通彦は大股な足取りでこちらに近づいてきた。いつもの歩き方だった。スーツの上着を脱いで壁の隅にあった帽子掛けに掛けた。私は無言でその一連の動作を見守っていた。椅子に座ると「悪かったな、遅れて。」とひとこと言った。
「別にいいの。仕事忙しかったのね、ごめんね。」
通彦の顔を除きながら静かに答えた。先ほど心の中に発生した黒い雲のようなもやもやとしたものは、通彦が現れたことでそれほど気にならなくなった。
「お腹空いたね。何食べようか。」
言いながらメニューを開いた。こんなに待っている時間があったのだから先にオーダーするものを考えておけばよかったのだと、今気が付いた。私はこんな風にいつも手際が悪い。
私がメニューを広げて眺めていると、通彦が「とりあえずビールもらっていいかな?」とぼそっと言った。ビールと言っても国産のものから地ビールから外国産のものまで数種類のビールがあった。
「通彦どうする?どのビールがいい?地ビールとか色々あるよ。」
メニューを通彦のほうに見せながら聞くと、彼はネクタイを緩めながら少しかったるそうに「いいよ普通に、生で。」と答えた。私はなんとなく通彦がやはりいつもと違うとまた感じ始めた。先ほど気のせいだったと思ったもやもやとした気分が、また雨雲のように湧いてきて心を支配し始めた。
メニューを通彦のほうに向けてもちっとも乗り気でない様子だった。しかし、私もいざメニューをよく見て気が付いたのだが、ポテト料理の店だとは分かっていたけれど本当にじゃがいも料理ばかりなのだった。その他にもじゃがいもでないビールに合う料理が色々とあるのだろうと思っていたのだったが、サラダから揚げ物、メインディッシュやデザートに至るまで、ほとんどすべてにじゃがいもが使われているのだった。
「ここね、ポテトの専門店らしいの。りか子先輩が教えてくれて。」
言い訳がましく聞こえたかなと思いながら言ってみた。私の職場の先輩のことはいつも話しているので通彦も知っていた。だが彼はいつものように会話に乗ってこなかった。一向に、今日は何の為に会っているのかも気づいていないかのようだった。メニューを一応見てはいるが何か別のことを考えているようにも思えた。仕事で何かトラブルでもあって気持ちがまだ職場なのだろうかと考えた。
「いいよ、適当に頼んで。俺あんまり芋って好きじゃないから。」
「そうなの?」
通彦はいつも飲むときはビールばかりで、メニューにあれば必ずフレンチフライを頼んでいた。デートで私が手作りのお弁当を持参して、ポテトサラダを作ることもあったがそれも普通に食べていた。そうだったのか。嫌いだったなんて。
「ごめんね。今日せっかく通彦の誕生日なのに。たまには目新しいところと思ってここにしたのだけれど・・・。」
私は自分の企画能力のなさにがっくりときてしまった。やはり、もっとシックな店を予約してコース料理でも頼んでおけばよかったのか。そういうところは気を使って嫌だと以前通彦が言っていたので、ビール好きな通彦のためにここにしたようなものなのに。
店内は私たちの他に客が一組いるだけだった。最初に私が店に入ったときは誰もいなくて、そのうちに一組やって来てそれだけだった。情報雑誌にも載っているくらいだし、りか子先輩もおいしいよと言っていたのだから、もっと盛況している店だと思っていた。店内にはジャズでもクラシックでもない環境音楽のようなぼやけた音楽が流れていた。もう一組の客は反対側のほうのテーブルに座っていて、私たちの会話は他の何かにかき消される訳でもなくくっきりと宙に浮いていた。私は少しも落ち着かなかった。
「店変える?まだオーダーしてないし。」
あまりに盛り上がりに欠ける展開になってきたので、思い切って言ってみた。
「いいよ別に。お前の好きなもの頼めばいい。」
時間も遅くなってきたので、ビールとフレンチフライとその他ビールに合うようなものを数点頼んだ。注文を一通り終わると、また沈黙が訪れた。
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「別にいいの。仕事忙しかったのね、ごめんね。」
通彦の顔を除きながら静かに答えた。先ほど心の中に発生した黒い雲のようなもやもやとしたものは、通彦が現れたことでそれほど気にならなくなった。
「お腹空いたね。何食べようか。」
言いながらメニューを開いた。こんなに待っている時間があったのだから先にオーダーするものを考えておけばよかったのだと、今気が付いた。私はこんな風にいつも手際が悪い。
私がメニューを広げて眺めていると、通彦が「とりあえずビールもらっていいかな?」とぼそっと言った。ビールと言っても国産のものから地ビールから外国産のものまで数種類のビールがあった。
「通彦どうする?どのビールがいい?地ビールとか色々あるよ。」
メニューを通彦のほうに見せながら聞くと、彼はネクタイを緩めながら少しかったるそうに「いいよ普通に、生で。」と答えた。私はなんとなく通彦がやはりいつもと違うとまた感じ始めた。先ほど気のせいだったと思ったもやもやとした気分が、また雨雲のように湧いてきて心を支配し始めた。
メニューを通彦のほうに向けてもちっとも乗り気でない様子だった。しかし、私もいざメニューをよく見て気が付いたのだが、ポテト料理の店だとは分かっていたけれど本当にじゃがいも料理ばかりなのだった。その他にもじゃがいもでないビールに合う料理が色々とあるのだろうと思っていたのだったが、サラダから揚げ物、メインディッシュやデザートに至るまで、ほとんどすべてにじゃがいもが使われているのだった。
「ここね、ポテトの専門店らしいの。りか子先輩が教えてくれて。」
言い訳がましく聞こえたかなと思いながら言ってみた。私の職場の先輩のことはいつも話しているので通彦も知っていた。だが彼はいつものように会話に乗ってこなかった。一向に、今日は何の為に会っているのかも気づいていないかのようだった。メニューを一応見てはいるが何か別のことを考えているようにも思えた。仕事で何かトラブルでもあって気持ちがまだ職場なのだろうかと考えた。
「いいよ、適当に頼んで。俺あんまり芋って好きじゃないから。」
「そうなの?」
通彦はいつも飲むときはビールばかりで、メニューにあれば必ずフレンチフライを頼んでいた。デートで私が手作りのお弁当を持参して、ポテトサラダを作ることもあったがそれも普通に食べていた。そうだったのか。嫌いだったなんて。
「ごめんね。今日せっかく通彦の誕生日なのに。たまには目新しいところと思ってここにしたのだけれど・・・。」
私は自分の企画能力のなさにがっくりときてしまった。やはり、もっとシックな店を予約してコース料理でも頼んでおけばよかったのか。そういうところは気を使って嫌だと以前通彦が言っていたので、ビール好きな通彦のためにここにしたようなものなのに。
店内は私たちの他に客が一組いるだけだった。最初に私が店に入ったときは誰もいなくて、そのうちに一組やって来てそれだけだった。情報雑誌にも載っているくらいだし、りか子先輩もおいしいよと言っていたのだから、もっと盛況している店だと思っていた。店内にはジャズでもクラシックでもない環境音楽のようなぼやけた音楽が流れていた。もう一組の客は反対側のほうのテーブルに座っていて、私たちの会話は他の何かにかき消される訳でもなくくっきりと宙に浮いていた。私は少しも落ち着かなかった。
「店変える?まだオーダーしてないし。」
あまりに盛り上がりに欠ける展開になってきたので、思い切って言ってみた。
「いいよ別に。お前の好きなもの頼めばいい。」
時間も遅くなってきたので、ビールとフレンチフライとその他ビールに合うようなものを数点頼んだ。注文を一通り終わると、また沈黙が訪れた。
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