欅並木をのぼった左手にあるお店

ちいさいけど心ほっこり、French!テイストなお店♪

しあわせの近道

2011-08-21 | poem
ピアニストは誰もいなくなったホールでゆっくり鍵盤を流していきます。
その音はピアニストの思いがカタチになったもの。
静かで悲しいバラードです。
ひとりの女がホールの入口でその音をじっと聞いていました。
ですが、ピアノを弾く人に気づかれまいとじっと聞き耳をたてているだけです。
ピアニストはゆっくりと音を奏でていき、やがて、鍵盤を閉じました。そして、うなだれたまま涙を流していました。
音が聞こえなくなってはいましたが、女はホールに入ろうとはしませんでした。
ただじっとその場で待っているのでした。
ゆっくりと立ち上がりピアニストはその場を後にします。
やがて、入口近くで立っている女に気づきます。
力なく、でも、女を見つめて笑みを浮かべました。
"お疲れさま"女はそう言葉にしようとしましたが、かすれてうまく出ませんでした。
ピアニストはゆっくり女に近づいていき、抱きしめます。とてもやさしい抱擁。
女はぐっとこらえていました。
"これからのことをゆっくり考えよう。もうこの指に惑わされることもなくなる"
女はピアニストの顔を見上げることができませんでした。
ピアニストはそのまま女の肩を抱き、ホールを離れていきます。
冷たい冬の町並み。凍てつく夜の中をふたりは町の片隅の方へと。
"これからゆっくりしあわせを見つけていきましょう"
女の言葉にピアニストの体がすこしかたくなって。
"もう半分は手にしているんだよね。今までそれに気づかなかっただけなんだ。
今までどこを見て生きていたんだろう? もうすこしこの町のことを知らなきゃならないし、大人にならなきゃいけないからね・・"
鋭い輝きの月が頭上で明るんでいます。
"なにか食べにいこう。おいしいものを食べるのがしあわせへの一番の近道かも・・。そんなことも今まで考えたことがなかったけどね・・。"