飛騨の山猿マーベリック新聞

💛専守防衛💛💛れいわ新選組💛💛立憲民主党💛
💛日本共産党💛💛社民党💛💛気晴らしには演歌が一番💛

●国会議員討論会「核兵器廃絶にむけた日本の役割~核の非人道性を想起して~」

2024年08月06日 22時27分04秒 | ●YAMACHANの雑記帳

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◆8月6日広島原爆の日現地中継

2024年08月06日 22時07分33秒 | ●YAMACHANの雑記帳

8月6日広島原爆の日現地中継

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●岩盤保守が「はだしのゲン」を嫌う理由?そのあと、自民党と日本共産党の違いと広島市長

2024年08月06日 21時02分06秒 | ●YAMACHANの雑記帳

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●マイノリティ・リポート】夏休み特別編 李琴峰さんと語る

2024年08月06日 20時22分19秒 | ●YAMACHANの雑記帳

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★Kamala Harris Transformation from 1964 to 2024 || Through The Years

2024年08月06日 15時35分42秒 | ●YAMACHANの雑記帳

Kamala Harris Transformation from 1964 to 2024 || Through The Years

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◆<東京新聞社説>原爆忌に考える 「語り継ぐ人」になる

2024年08月06日 14時35分49秒 | ●YAMACHANの雑記帳
 79回目の原爆忌の今日6日、一冊の歌集が世に出ます。広島市などの書店に並ぶ予定で、インターネットでの購入も可能です。
 タイトルは「ひろしまを想(おも)う」(レタープレス)。著者は、同市安佐南区在住の切明(きりあけ)千枝子さん(94)。15歳の時、爆心地から南東約2キロで被爆しました。
 当時切明さんは、県立広島第二高等女学校(現・広島皆実高校)の4年生。その日、勤労動員先の軍用たばこ工場から休みをもらい、けがの治療のために医院へ行く途中、すさまじい閃光(せんこう)とともに地面にたたきつけられて、倒壊した家屋の下敷きになりました。
 暗闇の中で意識を取り戻し、何とか自力で抜け出して、廃虚の中を無我夢中で母校へたどり着いたのですが、そこにもやはり地獄絵図。全身にやけどを負って変わり果てた姿の学友たちが、力尽き、次々と死んでいく。亡きがらは、校庭に穴を掘り、重油をかけて荼毘(だび)に付しました。
 燃えながら泣きながら母校へたどりつき果てたる友よ八月六日
 原爆の犠牲になった学友や親族への鎮魂と平和への祈りを込めて短歌を作り始めたのは1967年ごろ。「朝日歌壇」へ投稿したのがきっかけでした。70年代から被爆の「語り部」としての活動を始めています。
 そんな切明さんに歌集の出版を勧め、実現のために奔走したのが、仙台市出身で、一橋大大学院で社会学を研究する佐藤優(ゆう)さん(23)。切明さんからみれば、ひ孫の世代です。

◆悲しみを短歌にぶつけ

 広島市立大国際学部の2年生だった2021年の秋、証言会の開催を手伝いながら切明さんの語りに触れて、「もっと聞きたい。おうちへ行ってもいいですか」と頼み込み、翌週から卒業するまで、毎週のように通い詰めました。
 「悲しい記憶は全部、短歌にぶつけてきたんだよ」
 あるとき、切明さんがふと漏らしたひと言が、気になって仕方がありませんでした。ところがいくら「読ませてください」と頼んでも「恥ずかしくて見せられない」と、なかなか応じてくれません。あきらめず、3カ月間、しつこく迫ってようやく、書きためた原稿の束を預けてくれました。
 かくれんぼかくれしままに消え失(う)せし友を探して今日まで生きぬ
 特売の林檎(りんご)の包み持ち替へて核廃絶の署名をなせり
 「限られた文字数の中に、切明さんの人生や思いの丈がぎゅっと凝縮されている。私たちが私たちの未来について考えるためのヒントがそこにある。この歌と言葉の中に詰まったものを絶対に消してはいけない。本にしよう」
 佐藤さんはカンパを募り、「ヒロシマ平和創造基金」の助成を受けて資金を準備。託された歌の中から500首を厳選し、わずか5カ月で出版にこぎ着けました。

◆バトンを渡したからね

 巻末には、切明さんが子どもたちへの「証言」を締めくくる、いつもの言葉を添えています。
 <『平和』はね、じっと待っていても、自分から来てくれるものではないからね。力を尽くして、引き寄せ、つかみ取り、離してはいけないもの。みんなで必死に守らないと、すぐに逃げてしまうのよ。私の大切な人たちのように、戦争、ましてや核兵器なんかで、死んではいけないからね。>
 出来上がった歌集を手にして、佐藤さんは言いました。
 「まかせたよ、バトンを渡したからねと、切明さんはおっしゃいますが、私は何を受け取ったんだろうって、ずっと考え続けているんです。ただ、たとえ切明さんがいなくなったとしても、これまで話してもらったことを忘れない人、語れる人の一人でい続けようと思っています」
 私には想像できぬあの夏の日しかし必死に描きつづける
 最近ひそかに短歌を作り始めたという、佐藤さんの作品です。
 核兵器の使用をほのめかす国があり、核軍縮に対する逆流が進んでいます。
 今日原爆忌。平和を引き寄せ、つかみ取って離さぬために、ヒロシマの声にあらためて耳を傾け、「想い」を寄せて、唯一の戦争被爆国から世界に向けて、語り継がねばなりません。
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◆【全編】広島で平和記念式典 79回目の「原爆の日」(2024年8月6日)

2024年08月06日 14時29分54秒 | ●YAMACHANの雑記帳

【全編】広島で平和記念式典 79回目の「原爆の日」(2024年8月6日)

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