代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

森林の保水機能は樹齢や樹種に関係しない?? 国交省・河川局への反論その1

2005年02月22日 | 治水と緑のダム
 「緑のダム論争」は、今も日本で300あまり検討されている治水ダムを建設し続け、何十兆円という資金を環境破壊のために投じるのか、それともその何十兆円を、環境保全や温暖化対策に役立つ、もっと有用な公共投資に転用するのかという分水嶺で展開されている、日本の未来を左右するといっても過言ではない、きわめて重大な論争です。(ところで、国交省の皆様、あと300のダムを建設すると全部で何十兆円かかるのでしょうか? 20兆円ですか、それとも30兆円くらいでしょうか? ご存知でしたら教えていただきたく存じます。)

  国土交通省・河川局は、以下のホームページで、森林整備によりダム建設を代替しようという、「緑のダム論」を否定する論陣を張っています。その主張を同省のホームページから引用させていただきます。


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「緑のダム」による治水機能の代替は可能か?
・我が国は、世界の中でも北欧諸国等に次ぎ森林面積率の高い国です。
・治水計画は、こうした森林の保水機能を前提に計画されています。
・国土面積の約2/3を森林が占め、現在は歴史上森林が良好に保存されている時期に属し、これ以上森林を増加させる余地は少ない状況です。
・従って、必要な治水機能の確保を、森林の整備のみで対応することは不可能です。

「緑のダム」による利水機能の代替は可能か?
・森林の水源涵養機能については学説が定まっておらず、森林整備による効果の定量的な評価は困難ですが、森林の増加は樹木からの蒸発散量を増加させ、むしろ、渇水時には河川への流出量を減少させることが観測されています。
・従って、利水機能の代替を森林の整備に求めることは適切とは考えられません。
http://www.mlit.go.jp/river/opinion/midori_dam/midori_dam_index.html

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以上、引用文。

 緑のダム問題に関して、吉野川みんなの会など市民団体が主張してきたのは下記の点です。森林整備による洪水時の流出量の引き下げ幅を科学的に検討し、それがダムや堰による洪水流量の引き下げ幅より大きく、かつ、そのための予算がダムより安ければ、代替案として緑のダムを採用すべきである。
 これに対する、国交省の反論の骨子は以下のようなものだといってよいでしょう。

(a)森林による洪水時流出量の削減効果は認める。しかし、現在の日本は、国土の3分の2は森林であって、これ以上森林面積を増やせない。

(b)森林は、洪水時の河川流量を削減するという治水効果を持つ反面、渇水期においては、河川流量を減少させてしまう効果を持ち、利水の観点から見ると、森林整備は逆効果である。

 本日は、まず(a)の点を見てみましょう。確かに、国土に対する面積比だけで見れば、日本は世界有数の森林大国であり、これ以上に森林面積を増やす余地は少ないです。
 ただし、多くの市民が問題にしているのは、その森林の「質」があまりにもオソマツであり、ちゃんとした国土保全機能を果たせないことなのです。

 緑のダムをダムへの代替案とする人々は、「森林面積を増やせ」などとは一言も言っていないはずです。「間伐と枝打ちをキチンとやる」「急傾斜地や奥山など不適地に植えられたスギ・ヒノキ・カラマツなどはブナなど元来の広葉樹に戻す」という二点のみを実行すれば、洪水ピーク時の河川流量を抑制できるはずだと主張しているに過ぎません。

 (a)の理論は、「森林の持つ洪水調整機能は、純粋に森林面積のみに依存する。間伐をしているか否か、あるいは針葉樹か広葉樹かという、森林の施業や樹種選択の差異によっては何ら影響を受けない」という命題が真であったときにのみ、はじめて正当化できる主張です。国交省の掲げる命題は、植えた直後の幼齢林であろうが、50年生の成林であろうが、森林で覆われてさえすれば、洪水時のピーク流量は全く不変である、ということなのです。はたして皆さんは、この命題を信じ込むことができますか?

 吉野川や川辺川などの研究で明らかになったのは、洪水時のピーク流量は、流域の拡大造林(広葉樹林を伐採して針葉樹を植林すること)が盛んだった時期にもっとも高くなっており、その後の人工林の成長に伴って減少してくるということでした。この事実は、国交省そのものが全国の河川で研究してみれば実際に証明できることでしょう。ダムに何百億というお金を投資する前に、ほんの数億でもそうした研究に回して、それを検証していただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。

 国交省が、「80年に一度」とか「150年に一度」という大洪水の際に想定する洪水流量(=基本高水流量)は、決まって、流域の拡大造林がもっとも盛んであった60年代とか70年代に発生した洪水を根拠に定められています。まったく非科学的な態度です。90年代など、より近時における洪水実績から流出モデルの構築を行えば、流域の森林の状態はより人工林が成長した状態で反映されるので、基本高水流量はもっと低めに出るはずなのです。

 さらに、国交省の「治水計画は、こうした森林の保水機能を前提に計画されています」という主張は、はっきりとウソです。
 本来は、過去の実際のその河川における洪水データから貯留関数法(降雨に対する洪水流量をシミュレーション・モデルの一つ。森林の状態を反映させにくい工学的なモデル)のパラメーターを決定するべきなのですが、実際にはパラメーターは経験値をインプットしているだけの場合が多いようです。

 これは、長野県林務部の「森と水プロジェクト」の調査で明らかになりました。長野県林務部の職員たちは、森林の状態を貯留関数法に組み込んで再計算を行うという、歴史を揺るがすかも知れない画期的な研究を行いました(残念ながら、田中康夫知事もその研究の重要性を理解できておりません。田中知事、林務部の職員にはすばらしく優秀な方々がたくさんおりますよ! 職員の能力を信じて、その才能を発揮させながら改革を進めて欲しいと切に願います)。
 
 「森と水プロジェクト」の研究グループの中心にいた加藤英郎氏は次のように述べています。

 「ところで、河川工学の分野では、貯留関数法による流出解析においては、森林の機能は織りこみずみだとか、森林の存在を前提にしているという説明がなされているが、この9ダム(注:長野県の治水検討委員会で問題になった9ダム)計画の解析においては、森林の状況はほとんど考慮されていないのではないかという疑問が出てきた。これはどういうことかというと、流出モデル作成の過程では、まずモデルの初期値を決めてそれを検証して最終モデルとするが、9ダム計画で決定されたモデルでは、結果的に初期値をほとんどそのまま最終定数として採用している事例が多かった。このモデルの初期値は本来ならば実績の洪水データから求めることとしているが、実際はすべて経験式によって求められていた。ところがこの経験式においては、河川(流路)の延長と平均勾配のみで数値が決められることになり、森林の状況を表すファクターは全然入っていないのである」。
(加藤英郎、2004「脱ダムから『緑のダム』整備へ」、蔵治光一郎・保屋野初子編著、2004『緑のダム ―森林・河川・水循環・防災―』築地書館、183-184頁)

 そこで、加藤氏らは、経験式による従来の方法に変わって、建設省河川局が定めたとおり、近年の洪水実測データを尊重し、さらに土壌の雨水有効貯留量を評価して、再計算を実施しました。すると、長野県の薄川における洪水時の最大流量は、従来の方法による計算値よりも40%も低い値が出たのです。(加藤、前掲書、185頁)

 実際の基本高水流量は、ダム計画において採用される数値よりも40%も低いものなのであるとしたら、ダムは必要ないことになります。
 市民団体からのみではなく、県レベルの行政側からもこうした研究が出たのは、画期的なできごとでした。

 (b)の論点「森林は渇水を招く」に関しては、次回にします。

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