代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

東アジア共同体と地域紛争の解決 -ミンダナオ問題を例に-

2005年11月04日 | 東アジア共同体
 前のエントリー記事の続きです。私は、日本が中国と友好関係を発展させ、南京大虐殺事件など過去の問題とも誠実に向き合う中で、中国にも言うべきことは言いチベット自治区や新疆ウイグル自治区の人権状況を改善させていくことが可能になると考えます。敵対的に関係が悪化しつつある中で、互いの悪い点をののしり合っても、事態の改善は決して望めないでしょう。

 前のエントリーで、東チモール紛争やフィリピンのミンダナオ紛争の話題が出ましたので、それを事例に考察を進めたいと思います。ASEANという多国間連合の枠組みが、これまで紛争の解決に寄与してきたと思うからです。チベット問題を解決するためにこそ、東アジア共同体が必要だと考える根拠として例示したいと思います。

 国民の大多数がキリスト教徒であるフィリピンにおいて分離独立運動を展開してきた最大勢力はモロ民族解放戦線(MNLF)というイスラム教徒諸民族の連合体でした。フィリピン国民に占めるイスラム教徒の割合は5%ほどでしかなく、国内では圧倒的に少数派です。
 ASEANの最大国であるインドネシアはイスラム教徒が多数ですので、フィリピンのMNLFに対しては同情的でした。
 一方、住民の大多数がカトリック教徒であるフィリピンは、インドネシアに軍事占領されて弾圧される東チモールのカトリック教徒に同情的でした。
 ここで、インドネシアとフィリピンは、ASEANという地域連合の枠組みの中で互いに友好関係を保ちながら、それぞれの国内紛争について、理性的な対話を行ない、解決を模索するための土壌が存在しました。

 もし当時のインドネシアとフィリピンが、現在の日本と中国のようなギクシャクした関係であったとしたら、インドネシア政府は、フィリピン政府によるイスラム教徒の弾圧・虐殺を糾弾し、逆にフィリピン政府は、インドネシア政府によるカトリック教徒の弾圧・虐殺を糾弾し合うという形で、泥仕合を展開していたことでしょう。
 ASEANという多国間連合の枠組みが存在したため、そのような事態にはならなかったのです。ASEANという枠組みで、宗教感情と政治を切り離して、理性的な対話を行なうことが可能になりました。

 フィリピン政府とMNLFは25年間も続いた内戦に疲れ果て、1990年代初頭には和平の気運が高まりました。その際、フィリピン政府とMNLFの和平交渉の仲介役を買って出たのがインドネシア政府でした。インドネシア政府は、MNLFとフィリピン政府の双方のプライドを傷つけないよう、巧みな仲介役を果たしたと思います。

 さて、インドネシアの仲介で、MNLFとフィリピン政府が和平交渉をしていた最中に一つの事件が起きました。カトリックのフィリピンでは、同じカトリックの東チモールの独立を支援する市民運動が強かったのですが、1994年の5月に東チモール問題の解決のための市民国際会議がマニラで開催されたのです。

 インドネシアのスハルト大統領は烈火のごとく怒り、フィリピンのラモス大統領に対し、「東チモールの国際会議を中止しなければ、MNLFとの和平交渉の仲介役を下りる」と迫ったのでした。

 私も当時はフィリピンにいたのですが(熱帯林の研究で)、私のフィリピンの友人にも東チモールの独立支援運動をやっている人がいて、インドネシアが会議に介入したことに非常に立腹していました。私も「そうだ、そうだ。スハルトはケシカラン!」などと相槌を打っていたものでした。しかし後でよく考えて見ると、私も若気の至りでした・・・。

 東チモールの人権問題も解決しなければなりませんでしたが、ミンダナオの人権問題も早急に解決せねばなりませんでした。ミンダナオの内戦の犠牲者も、東チモールに匹敵するものでした。あの時、フィリピンのカトリック教徒は、東チモールのカトリック教徒に同情を寄せるほどには、国内のイスラム教徒に同情を寄せていなかったといえるのです。
 あそこで本当にインドネシア政府が和平の仲介を下りてしまえば、MNLFとの和平交渉そのものが頓挫して、内戦が再燃する可能性があったのです。
 
 ラモス大統領は、正義感に燃えるフィリピン市民とは違って、長期的な視野で行動したといえます。実際、1994年の危機の際に、ラモス大統領のとった行動は見事なものだったと思います。
 当時のフィリピンは、インドネシアと違って既に民主主義の国になっていました。ですので、市民が自発的に行なう会議に対して、国家が介入して中止をさせることは出来ないという立場はちゃんと守りました。
 しかし、国際会議への外国からの参加者には、フィリピン政府としてビザを発給しないという措置を取ったのです。こうして、ラモスはスハルトの顔も立てながら友好関係を維持し、その後もインドネシア政府に、MNLFとの和平交渉の仲介役を務めてもらうことに成功したのです。そしてMNLFとフィリピン政府との和平交渉は、1996年に合意に達したのです。

 長くなってきましたが、私の言いたかったことがお分かりでしょうか? ASEANという多国間連合が存在することにより、各構成国の紛争を広域的に調停することも可能になったのです。あそこでインドネシアとフィリピンの関係が、いまの中国と日本のようだったら、売り言葉に買い言葉で関係を悪化させて、MNLFとの和平もならなかったのではないかとすら思えるからです。

 各国がそれぞれ国内問題を抱えています。紛争の当事者は長期の紛争の中でのさまざまな怨念に燃えて、先がよく見えなくなっています。そうした中で、インドネシア政府が、見事にMNLFとフィリピン政府の和平を仲介したように、第三国が紛争調停することが可能になるわけです。
 さて、「チベット問題を解決したい」という正義感に燃える方々に考えていただきたいのです。東アジア共同体があった方が、解決への近道と思いませんか?

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11 コメント

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Unknown (サクラ)
2005-11-05 00:54:24
はじめまして、政治的は事だけで無く色々の事を書かれているので良く読ませて頂いています。

さて、今回チベット問題を解決の近道もしくは方法として「東アジア共同体」があればとのお話で、ASEANを例に挙げて話をされていますが、私にはそうは思えません。

なぜならば、ASEANは多国間による経済発展の相乗効果を第1に考え、政治的特に他国間の紛争に対して解決する為では無いからです。しかし関さんが例に挙げたフィリピンとインドネシアの事は過去として事実であり否定するつもりはありません。

東アジア共同体を作るのであれば、逆に中国はチベットからの侵略を止め軍等を撤退しない限り無理かなと思います。

例えば、ASEANに現在加盟しているベトナムはカンボジアの侵略を止めてから加盟したと思います。なぜ撤退をしたのかは、やはり自国の経済発展の為と自分は考えます。

今の中国では、日本も東南アジア諸国も共同体を作りたくても出来ないです。

そして、中国は現在の所必要は無いと考えていると思います。良い悪いとは別に、軍事力・経済発展・資源保有量において必要としないからです。

長くなりましたが、自分が今現在思っている事を書かさせて頂きました。

しかし、自分は「東アジア共同体」はできると思います。それは、民主主義は他の思想などを受け入れる事が出来るかです。
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Unknown (抗日戦士)
2005-11-05 23:39:35
東アジア共同体はアメリカをアジアから追い出すためのトロイの木馬アルよ!



アメリカがいなくなったら、我ら支那人の好き放題アルよ!



お前のような馬鹿がいてくれるおかげで、我ら支那人は大助かりアルよ!



日本を占領した暁には、おまえの家族を殴り殺して喰ってやるアルよ!お前には褒美として、その肉を食わせてやるアルよ!
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サクラさま ()
2005-11-06 08:03:22
>例えば、ASEANに現在加盟しているベトナムはカン

>ボジアの侵略を止めてから加盟したと思います。な

>ぜ撤退をしたのかは、やはり自国の経済発展の為と

>自分は考えます。



 的確なコメントまことにありがとうごさいました。

 たしかにASEANは、政治的な意図を持たない経済的な問題を主要に話しあう場ですが、実際にはベトナムのカンボジアからの撤退に見られるように、域内の紛争を緩和する作用を果たしてきたと思います。



 フィリピンのイスラムは、国内では少数派ですがASEANの中にはインドネシアやマレーシアといったイスラム国がいますし、逆にインドネシアのキリスト教徒は少数派ですが、ASEANの中にはフィリピンというキリスト教国がいます。国家の中で、弾圧されてきた少数派は、より広域的な諸国連合の中で、生きる道を見出せるケースが多いです。

 

 でも、ミャンマーはカレンへの弾圧を止めていませんし、インドネシアはアチェやイリアン・ジャナでの弾圧を止めていませんし、その種の問題はたくさん残っています。

 しかしながら、アセアン加盟国が、だんだん国内少数民族への弾圧をしにくい雰囲気になってきていることは確かです。

 ミャンマーも以前のような半鎖国状態と違って、アセアン加盟で国際社会の目が光るようになってきたので、やはりその目を意識せざるを得ません。

 

 その論理から行くと、東アジア共同体の設立以前に全ての紛争を解決せよと迫るのではなく(中国以外の国もその種の問題はあるのです)、共同体の中で、ソフトに解決していく路線が現実的なのでは、と私は思います。

 東アジア共同体に中国もインドも入れば、中国はチベット問題をより強く意識せざるを得ず、ダライ・ラマにも譲歩するようになるだろうと思います。

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「抗日戦士」を名乗るネットウヨク様 ()
2005-11-06 08:07:44
 何か、急にネットウヨクの方々の書き込みが増えたのですが、また2ちゃんねるにでも、私のことが紹介されたのでしょうか?

 真剣な疑問・批判であれば、もちろんお答えしますが、あなたのようなふざけた書き込みは、まじめに議論しようとする人々にとって邪魔なので、今後は削除させていただきます。
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ネチケット (山澤)
2005-11-07 00:19:50
敵を知り己を知れば百戦危うからず、といいますから、思想信条によらずアメリカをどうとらえるか、中国をどうとらえるか、事実を踏まえた議論は極めて重要です。しかし不毛なアラシ投稿は凛として削除することが、ネット界が脱マスコミの受け皿として成熟していく絶対条件だと思います。関さんにもそうした対応を期待します。
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削除は、最後の手段 (Unknown)
2005-11-07 01:03:42
明らかにトピックスの内容と一致しない場合を除き安易に削除をするのは、いかがなものかと思いますが

無視するか徹底的に論破すれば投稿をしない大多数の閲覧者は、関さんを賞賛するでしょう。多くの人にとって荒らしは、痛い人でしかないからです

世の中には、削除させて「議論に負けたから削除した」と高言し投稿したものをキャプチャーして追い詰めるものもいますから管理人は、絶大な力を自己のブロブ内では、持ちますから削除は、くれぐれも慎重になさることを進めます。

安易な削除は、論破できないどころか論破されてしまった対策が削除と思われますね



実名を出されている関さんは、ご苦労が多いと思いますが応援の意味もこめて参考になるアドレスを残しておきます



炎上せずに実名ブログをやる3つの方法

http://blog.livedoor.jp/hirox1492/archives/50067198.html



です。がんばってください
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山澤さま、unknownさま ()
2005-11-07 20:51:26
 暖かい励ましのコメントまことにありがとうございました。私はこれまでコメントを一つも削除したことがなかったのですが、この上にあるネットウヨクのやり方にはさすがに言葉を失いました。



 こんなに愚劣きわまりない日本の恥さらしのような人間が、「愛国者」を名乗っているのかと思うと、絶望的な気分になりますね。

 犯罪を誘発するような言動でない限り、削除はしないという方針で行きたいと思いますが、このコメントの場合、もうほとんどそれに近いですね。ネットウヨクがいかに卑劣な人種であるかの記念として、しばらく留めておきたいと思います。



 また適切なアドバイスもありがとうございます。私は、「炎上しても困らない」を目指したいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

 
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確かに下品ですね (key-bee)
2005-11-08 11:24:05
>東アジア共同体はアメリカをアジアから追い出すためのトロイの木馬アルよ!



せめてこの一言で終わらせておけば、それも一理あるかも、と思えたのですが。



関さんはアメリカを敵視していますが、

アメリカを排除するのではなく、アメリカとも今以上に良い関係を築けないものでしょうか?



まぁ俺もアメにも文句はいっぱいありますけどね。

アメの腐れ牛肉など輸入再開されても食べないし。

外食で牛肉食うのも控えなきゃ。
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key-beeさま ()
2005-11-08 18:18:40
>アメリカを排除するのではなく、アメリカとも今以

>上に良い関係を築けないものでしょうか?



 私の場合米国とは、現在のような不平等条約に基づく占領=支配の関係を終わらせ、ふつうの二国間関係にしたいと思っているだけです。

 今のアメリカと日本の「良い関係」って、ご主人さまと忠犬ハチ公の「良い関係」以上のものではないと思うのですが・・・。しかもハチ公は、与えられるエサも滞ってき、だんだん飢え始めています。

 

 アジアで二匹目の「ハチ公」であったフィリピンは、民意に基づき国際法の正当な手続きを経て、1991年に米軍基地を撤去させることに成功しました(その在比米軍の一部は沖縄にやってきました)。しかし、それ以後、フィリピンと米国との関係がとくに悪化したという事実はありません。

 

 むしろ米国人は「おお、なかなかフィリピンもやるじゃないか」と、かつて侵略して植民地支配した国を見直したと思います。それで、フィリピン人も胸を貼って米国人と付き合えるようになったと思います。



 私のフィリピンの友人なんか、米軍基地の問題で、日本に対して優越感を持っていますよ。「フィリピンの方が日本よりも民度が高い」って・・・・。

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でも米軍基地が撤去したら (key-bee)
2005-11-09 08:48:53
日本が自分で戦わなくちゃならないのでは?

日本は金を払うから、血はアメリカが流せってのが、今のスタイルでしょう。



アメリカから独立するなら、憲法改正して軍隊を持たなければ国が成り立たなくなると思うのですが。

しょうじき核は欲しいですね。

国際社会での発言力が段違いになると思います。
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