西洋学問の受容と西周と赤松小三郎 2015年05月29日 | 赤松小三郎 明治になってから西周は品川弥二郎や山縣有朋の長州閥とは親密な関係にあった。山縣は西周に「軍人勅諭」を起草させた。品川は自らが設立した独協大学の初代校長を西周に委ねた。慶応3年の時点で、徳川慶喜の側近であったはずの西周がすでにスパイとして、赤松小三郎を薩長に売り渡していたのではないか・・・? それ故に、明治になってからも長州閥から厚遇されたのではないか・・・と。考えたくないのだが、品川の日記を見て、その疑念がどうしても頭から離れない。あくまで仮説として書き留めておく。 . . . 本文を読む