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島倉千代子

2013年11月08日 | 健康・病気

この世の花(島倉千代子)



今日、島倉千代子さんが亡くなった。
75歳という歳を知ると、「しょうがないのかな」「いや早いよ」などと思う。
私が島倉千代子の歌というとこの歌です。
子どもの頃、よくラジオから流れていました。
なんか毎週、私の知っている“昭和のひと”が亡くなる。
さびしいです。

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氷点下

2013年11月07日 | 健康・病気

一昨日、軽井沢の最低気温が-0.5℃だった。
車のフロントガラスが凍っていた。
いやですね。
秋があっというまに終わってしまった。
紅葉も散り始めています。

  
       10月11日                 10月30日                  11月6日

これはウォーキングのときに同じ場所の木々を写した写真です。
10月11日には青々としていたもみじが、10月30日に紅葉していた。
そして、11月6日にはほとんど葉が散っていました。

          日々雑事かまけていても冬来る

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内科検診

2013年11月06日 | 健康・病気

今日、佐久平にあるK内科クリニックに予約時間の9時ぴったりに行った。
中に入るとお年寄りがたくさんいた。
今日も、私より年下の人はいなかった。
見た感じ70歳前後という感じの人たちでした。
その中にいて、受付の女の子の若さが眩しかった。
看護師たちは、だいたい30・40代でした。

受付をすませ、イスに坐って週刊現代を読んでいると、名前を呼ばれ検尿コップを渡された。
私はこれが苦手です。
朝起きてトイレに行く。
食事をして家を出る前にトイレに行く。
それで軽井沢から車で30分ほどでK内科クリニックに着く。
それで検尿コップを渡されてもそうかんたんいオシッコは出ない。
夏のときは結局、検尿コップが空のままだったときがあった。

看護師さんに呼ばれる。
その部屋では体重・血圧を測り、採血される。
なんかいつもとは違う状態で血圧を測られた。
なんかその看護師のとがった行為に私は緊張した。
結果、今日の血圧は、140/80だった。
検診のときに医師がいう。
「冬に入ると血圧が高くなるから気をつけて下さい」
私は冬に入ったせいじゃないと思う。
あの看護師のせいだ。
もっと言葉や態度が柔らかかったら、135/80ぐらいだったと思う。
血糖mg/dlが133、ヘモグロビンAlc % が6.0だった。
今日の数値的な問題は、血圧だけだった。
あの看護師でなかったら…。

私は、子どもの頃からずーっと低血圧でした。
小学生の頃は、運動会の練習をしていて貧血で倒れたこともあった。
そんな私が、いまじゃ高血圧、歳をとったということですね。
私も尿酸値には気をつけていた。
50代になって尿酸値が高くなった。
血糖値も高かった。
今は、薬を飲んでいるので基準値に入っている。
薬をやめたら上がるだろう。
こういう数値と上手くつきあって生きるしかないですね。
現在の私の最低限やろうと決めていることは、ラジオ体操とウォーキングです。
今朝も6時半に起きてラジオ体操をして、午後3時から1時間、中軽井沢の別荘群の中を歩いた。
中軽井沢の紅葉も、終わり始めています。

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献血

2013年11月05日 | 健康・病気

夏、私の勤務する職場の公園に献血車が来た。
ここ何年も献血をしていないので、いい機会だから献血しようと思った。
しかし、書類に記入して医師の問診を受けたら「献血は出来ない」といわれた。
その理由は、血圧を下げる薬を飲んでいるせいだった。

40代のころ、私は献血を多くしたことで所沢市から表彰され、記念品に時計をもらったことがあった。
それは、日曜日になると女房と所沢の西武デパートによく行った。
そして私は、献血ルームに直行した。
女房の買い物につきあっていられないからです。

自分が献血が出来ない身体だ、といわれてショックでした。
自分はもう“健康”な身体ではないことが、悲しいです。

明日、内科検診を受けに行きます。
血圧・尿酸値・糖が、基準値に入っているかどうか心配です。

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祝 楽天日本一

2013年11月03日 | 健康・病気

楽天 田中が2日連続登板で締めた! 球団創設9年目で初の日本一(サンケイスポーツ) - goo ニュース

楽天が日本一になったことを、心よりお祝い申し上げます。

 



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岩谷時子さん逝く

2013年11月01日 | 健康・病気

岩谷時子さんを偲んで「愛の賛歌」



昭和の偉大な作詞家がまた亡くなってしまいました。
このひとの作詞した歌を私はどれぐらい知っているのだろうか?

岩谷時子さんが亡くなったことを知らせたあとに、あるラジオのパーソナリティが話してくれた。
越路吹雪が1952年に、自分が出演していたシャンソンショー「巴里の唄」の劇中歌として「愛の讃歌」があった。
それを日本語で歌いたいが、プロに日本語に訳してもらうにはかなりのお金がかかる。
そのときの越路にはお金がなかった。
それでマネージャーの岩谷時子に、英文科を出ているんだからというわけで訳詞を頼んだそうだ。
どうして英文科出のひとにフランス語を訳させるのか、そのへんがよく分からないが面白い。
そのときに越路吹雪に金があったら、作詞家岩谷時子は生まれなかった、らしい。

「愛の賛歌」という歌に、私にはひとつのエピソードがある。
私が高校のときには5クラスあった。
1組が音楽専攻、2・3組が美術専攻、4組が書道、そして5組が進学クラスだった。
私は、吹奏楽部の仲間と1組にいた。
(美術にも未練があったんですけどね。私は、中学のときに美術はいつも「5」でした。ジガジサン)
高校3年の音楽の教科書に「愛の賛歌」が載っていた。
それがちょうど100ページのところだった。
残念ながら、訳詞は岩谷時子ではなかった。
でも、私たちはその歌が好きだった(特に男子は)。
授業の終わりのころになると、
「先生、100ページ歌うべ~」と誰かがいう。
そうすると先生は、あのイントロをピアノで弾いた。
そしてクラス全員で「愛の賛歌」を絶唱した。
懐かしい思い出です。

加山雄三の歌の作詞は、岩谷時子のものが多い。
「君といつまでも」「旅人よ」「お嫁においで」がある。
ザ・ピーナッツの「ウナ・セラ・ディ東京」、ピンキーとキラーズの「恋の季節」、
島倉千代子の「ほんきかしら」、沢たまきの「ベッドで煙草を吸わないで」、まだまだ沢山ある。
園まりの「逢いたくて逢いたくて」が岩谷時子の作詞とは知らなかった。
このたび岩谷時子のことを調べていて知った。
私はこの歌が大好きです。
最近、ケーナでこの曲をよく吹いている。
YouTubeにこの歌があったので追加します。
園まりが可愛いですね。
中学生のときにこの歌を吹奏楽部で演奏したことがあった。
その編曲が好きだった。
サビのところがトロンボーンだったのです。
顧問の先生が指揮をしながら、「もっと感情を込めて吹け」なんていっていた。

♪ 好きなのよ 好きなのよ くちづけをしてほしかったの だけど…せつなくて 涙が出てきちゃう

私は、恋愛のこと何も分からないのに一所懸命吹いていました。
吹奏楽部の楽譜では、トロンボーンがメロディを吹くなんてことはめったになかった。
行進曲などは、チューバとホルンとトロンボーンはほとんどリズム楽器なんです。
(いや、中にはトロンボーンがメインの曲もありますよ。でも少なかった)
せっかく与えられた幸運に、トロンボーンの3人は存分にひたっていました。

岩谷時子さんのご冥福をお祈りします。

園 まり 逢いたくて逢いたくて 編集=動画x3 静止画x24(+ 再生リスト)


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