ザ・ライバル

2009年08月25日 | 健康・病気
24日の00:10から放送していた
「ザ・ライバル創刊50年!
 少年週刊誌サンデー・マガジンの熱い闘いをドラマ化
 巨人の星・おそ松くん・オバケのQ太郎の誕生秘話 
 幻の原画登場!
 藤子不二雄A・ちばてつやによる証言記録」
という番組が面白かった。

私は、小学5年と6年のとき少年サンデーを買っていた。
私がそのとき好きだったのが、
「オバケのQ太郎」「伊賀の影丸」「おそ松くん」だった。
私の本名は「久」なので「キュー」というのが好きだったのです。
いつしか「Q太郎」というのは私のあだ名になってしまった。

サンデー・マガジンの編集者の人たちの
マンガに対する熱意がすごかったですね。

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プロフェッショナル選

2009年08月24日 | 健康・病気
とんでもない番組を00:10から03:30までNHKでやっていて、
私はそれを観てしまった。
25日の夜10時から「プロフェッショナル」が再会するにあたって
これまでのものが再放送された。
0:10 未来の車で逆風に挑む極秘の開発現場に密着
1:00 天才マンガ家・浦沢直樹の秘密に迫る
1:44 将棋名人戦SP森内俊之VS羽生善治
2:42 日本の空を守る航空管制官

この中で「将棋名人戦SP森内俊之VS羽生善治」を一番興味深く観た。
これは2008年の名人戦です。
森内俊之と羽生善治は同じ歳で、小学校のときから戦っていたそうだ。
しかし、将棋の強さは羽生のほうがまさっていたようで、
若いときは羽生が将棋界では出世が早かった。
ところが、重厚な守りの森内があるときふっきれて勝つことが多くなり、
彼のほうが先に永世名人になってしまった。
(しかし、こんなうすっぺらな書き方では正確ではないかも知れない)
お互いに、相手の存在を認めている。
ライバルがいるから自分がいる。素晴らしいなと思いました。
森内が名人で羽生が挑戦者、2勝3敗でむかえた6局目、
これで負けたら名人でなくなるというときに、
投了するときいう「負けました」という言葉、つらいだろうな。

いや、ほかのも感心して観ました。
ホンダで燃料電池自動車の開発をしている人、
羽田で働く航空管制官も素晴らしかった。
天才マンガ家のときは少し眠ってしまった。
みんな素晴らしいです。

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女房帰る

2009年08月23日 | 健康・病気
今朝、私が目が覚めたのは6時を過ぎていたような。
女房が起きたからです。
そして私はまた眠ってしまった。
昨日、遅かったのです。
私の施設のイベントに参加してくれた劇団の人たちと
遅くまで飲んでいたからです。

目が覚めたときには女房はいなかった。
東京に帰りました。
今日の12時からフラメンコ教室の練習があったから、
それに間に合うように高速バスに乗っていった。
11月1日にフラメンコ教室の発表会がある。
そのためになんとしても練習しておかないといけないらしい。

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今日

2009年08月22日 | 健康・病気
私の勤める職場で、大きなイベントがありまして、忙しかった。
寝ます。

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女房がいる

2009年08月21日 | 健康・病気
今、この家に女房がいる。
今日来た。今、隣の部屋で寝ています。
私が家に帰ってきたのは午後11時半。
女房は、2時頃中軽井沢に着いて、美容院に行ったという。
ずーっと行きたいと思っていたが、行く暇がなく
今日に至ってしまったという。

その美容院の人がよかった。
8年前に三鷹から中軽に来たらしい。
4時間ほど美容院にいて、社宅に来て
部屋の掃除をしたり、風呂、トイレを洗ったりしていた。

そういうところに帰れるということはいいですね。
冷蔵庫にあったもので簡単な料理も作っていた。
たまに来る女房というものはいい。
これが毎日となると…。
このへんのところはいろいろさしさわりがあるので書きません。

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コンドルは飛べない

2009年08月20日 | 健康・病気
ここ2ヶ月ぐらい、ほぼ毎日ケーナを吹いている。
昼休みに10分ほどですが。
しかし、毎日のように吹くということは大きいですね。
これまでなかなか出なかった高い音が楽に出るようになり、
速いフレーズの指使いがそこそこできる。
といっても、まだまだ未熟ですが…。

毎日、3・4時間練習していれば、プロになれるのでは、
なんて錯覚してしまう。
煙草をやめているのもいいようです。
なにしろ息が続く。
以前、パンカーラでケーナを吹いたとき、
「煙草をやめたらケーナよくなりますよ」
とsay1さんにいわれた。
そのことが、喉に刺さった小骨のように、私の心に残っていた。
私が煙草を我慢できているのも、あの言葉のお陰だと思っている。

ケーナがうまくなりたいな。
コンドルを飛ばしたい。

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また、ゴーギャン

2009年08月19日 | 健康・病気
「楽園の絵がやってきた『ゴーギャンが伝えるメッセージ』」
NHK総合でやった再放送(01:55~)を観てしまった。
牟岐礼という作曲家が、ゴーギャンの絵
《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》
に曲を作った。
その曲にニュージーランド生まれの、
祖先がマリオ族の20歳の女性が詞をつけた。

浅井愼平は、好きだったゴーギャンの絵
《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》
が日本に運ばれてきて最初に開梱されたときに、
お願いして居合わせた。
それほどゴーギャンが好きなようです。
その絵のテーマに沿って彼が写した写真を番組で見せてくれた。

ゴーギャンは、若いとき株式仲買人(証券会社の社員)
をしていてかなりの収入があった。
そのときで、月3000フランあったそうな。
これは平均的なフランス人の収入の6倍だという。
ところが株式相場が大暴落して仕事に不安を覚えたとき、
安定した生活に絶対的な保証はないと気付き、
勤めを辞め、画業に専心するようになった。
それまでは、趣味の日曜画家だった。

絵を描くことに家族は大反対だったそうだ。
そりゃそうだろうな。絵で収入があるとは思えない。
そのときのゴーギャンはどんな気持ちだったのだろう?
私も子どもが生まれてからも、仕事を辞めて小説を書きたいと思っていた。
ところが、私にはなんのあてもない。
会社に勤め収入がないと家族が生きていけなかった。
それでしかたなしに会社勤めをしていた。

そんなことはどうでもいい。
これからの私の生き方だ。
《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》
というような大作は描けないが、
それなりの“小品”を書きたいと思う。
真剣に、小説を書こう。
でないと、私が壊れそうだ。

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遠い茨城

2009年08月18日 | 健康・病気

去年の8月18日の九想話を読むと、
父の命日」というのが書いてあった。
あ、今日は親父の命日だったのか、と思い出した。
情けないですね。

今年もお盆に茨城に行けなかった。
ずいぶん墓参りに行ってない。
ちょっと、長野から茨城は遠い。
こんどのお正月には行こうと思っています。

兄も10月で定年退職になるという。
田舎の風景も変わっているのだろうな。

 

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途方に暮れる

2009年08月17日 | 健康・病気
11日、東京の女房の家に帰ったときとても困ったことになった。
12時前に着いたが、女房は会社に行っていない。
私は、私の持っている鍵でドアを開けた。
開けたのはよかったが、そのあと鍵がドアから抜けない。
前回もそうだった。
しかし、そのときは10分ほど引っ張っていたら抜けた。

ところが、このときはまったく抜ける気配がなかった。
鍵穴に吸い付いたようになってしまっていて取れない。
私は、その日の午後5時に小手指で友人と待ち合わせていた。
でも、鍵がドアから抜けないのなら家を空けるわけにいかない。

1時間以上ドアに吸い付いた鍵を引っ張っていてもとれなかった。
どうしてだろうと思った。
1月にその家に引っ越してオリジナルからコピーした鍵を使っていた。
軽井沢に引っ越すまで1ヶ月以上は、
その鍵で開け閉めしていてなんでもなかった。

なのに、鍵がドアから抜けない。
なんなんだ、私は弱りました。
どうしても抜けなかったら団地の自治会に電話しようと思った。
(あとで考えたが、自治会に話しても解決したかどうか?)
その前に、鍵の近辺のビスを全部抜いてバラした。
分解してみたが、原因がつかめない。

シリンダーだけになったものを私は叩いた。
そのシリンダーの内側と外側のビスの通る穴がずれてしまった。
その穴を合わせて、鍵全体を元通りにして、自治会に電話したかった。
なんでおれはこんなことをしているんだろう?と途方に暮れた。
穴を合わせるためにシリンダーをかなり強くドライバーで叩いた。
すると、なんと、鍵が取れた。振動で取れたようだ。

女房にメールした。
すると最近彼女の鍵でもそういうことがあったそうだ。
なんとか元の状態にして私は家を出た。
とうぜんオリジナルの鍵でドアを閉めて。

この家を借りたとき、UR賃貸(昔の公団住宅)の人にあることを聞いていた。
「鍵は、ピッキング防止の鍵になってます」
そのためにコピーした鍵では抜けなかったのか?
そのへんのことは分からない。
でももう私は、コピーした鍵であのドアを開閉したくない。
オリジナルの鍵でドアを閉めて軽井沢に帰ってきました。

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さぶい

2009年08月16日 | 健康・病気
九想話を書こうとしていたが、いつしか寝てしまった。
目が覚めたら寒かった。
Tシャツだけだったのですが、今、長袖のパジャマを着た。
軽井沢の季候に私の体はついていけません。
明日も仕事です。
寝ます。

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