のみたや

2015年01月25日 | 健康・病気

  年をとって、職場と自宅を往復している九想には、そうそう毎日面白い話はありません。
 といって九想話をやめるのもさびしいので、私の昔話を書きます。
 おめえの昔のことなんか知らねぇよ、とおっしゃる方もいるでしょう。
 そのへんのことは無視して書きたいと思います。
 これまたいつまで続くのかもわかりません。
 しょせん、いいかげんな男なんです。
 気が向いたときにときどき書きます。
 ほんとうのこともウソのこともあります。全部フィクションと思っていただいたほうがいいです。
 名前はみな本名ではありません。
 すみません  m(_ _)m


 いつものように山本さんの部屋でおれたちは飲んでいた。酒は一升瓶に入った剣菱だ。おれたちが飲む
日本酒はいつも剣菱だった。
 その日は、山本さんの就職祝いになった。
 山本さんはこれまで、山谷の日雇いで暮らしていた。高校を出てからずうっとらしい。
 山本さんは二十歳だ。去年は冬になってもそこそこ仕事はあったが、今年はまったくないらしい。
 それでこのところ山本さんは、山谷ではない仕事を探していた。
 それで見つけたのが「のみたや」というスナックだった。おれたちのアパート高瀬荘から歩いて七・八分ほど
のところにあるスナックの壁に募集のポスターが貼ってあったそうだ。深夜営業のスナックで、夕方七時から
翌日の七時までの仕事だという。昼間は、オーナーが店を開けていて、夜を山本さんがやるということだった。
 おれは十九歳、三月に上京して仕事を探し、その会社から近いということで駒込駅から十分ほど歩く高瀬
荘に住むことになった。ま、おれのことはあとにしよう。
 山本さんは、東京の下谷の生まれだった。絵を描くことが好きで、中学高校と生活のほとんどの時間に絵を
描いていたという。将来は絵描きになることが夢だった。そのために美大に入ろうと思った。どうせ入るなら東
京藝術大学に入ろうと考えたが落ちてしまったという。
 そのとき浪人も考えたが、“もう大学はいい、自分で絵の勉強をしよう”という気持ちになったという。
 そして高校を卒業して家を出た。高瀬荘に引っ越してきて、一週間に二・三日山谷で日雇いの仕事を探し
て働いて、あとはカンバスに向かって絵を描くという生活をしてきたようだ。
 と山本さんから聞いていたけど、おれが知っているのは、アルトリコーダーを吹いている山本さんだった。
 おれが高瀬荘に引っ越して住み始めて思ったのは、笛の音がいつも聞こえるアパートだな、ということだった。
いつも笛のメロディが流れていた。
 山本さんが吹いていたのです。のちに知ったのだが、山本さんは、フルートの楽譜をアルトリコーダーで吹い
ていたのだった。おれが会社に行っているときは知らないが、夜はいつもリコーダーの音が聞こえてきた。
 おれは、高校を出て手工ギターを作る工房に弟子入りした。ところが未熟なおれは、そこを三ヶ月で辞めて
しまった。辞めて茨城に戻った。兄の紹介で駅前の金物屋に勤めた。
 おれは高校のとき吹奏楽部にいた。手工ギター工房に行くときには、駅まで吹奏楽部の後輩たちが見送っ
てくれた。「おれは日本一のギターを作る」なんてことを後輩たちに宣言して列車に乗った。
 その吹奏楽部の元部長が金物屋の店先を、毎朝箒で掃除していた。おれはみっともなかった。
 毎日、毎日恥ずかしかった。生きていることが情けなかった。
 同級生に、高校を出て建築の各種学校に行っている橋本という男がいた。大学の夜間部に行っている奴も
いた。何度か話をするうちにおれも大学に行ってみようと考えるようになった。
 おれはそれから金を貯めた。といっても安い給料なのでたいした額は貯まらなかった。
 翌年の一月に金物屋を経営している奥さんに、辞めることをいった。ご主人は鉄鋼材を扱う会社を経営して
いた。奥さんの話では、息子に鉄鋼材の会社を継がせて、この金物屋はおれにまかせたいと考えていたという。
ありがたい言葉だったがおれは、東京に行って夜間の大学に行くと奥さんにいった。 
 それからおれは東京に行って仕事を探した。ちょうどそのとき、田舎で就職していたがカメラマンの夢を捨てき
れない男がいた。彼が東京に行って写真学校に行きたいという。それで最初は彼と一緒のアパートで暮らそうと
なり二人で東京に行った。しかし、かなかな仕事も住むところも難しく、結果として別々に暮らすことになった。
 二年前の中学校の同窓会で彼と会った。彼はカメラマンになっていた。一度、フランスのカメラ雑誌の賞を受
けているとそのとき話していた。おれは、長野に出稼ぎしている労働者だった。おれは明らかに彼に負けていた。
 彼は、写真学校に行っているとき、昼間は秋葉原の市場に勤めていた。昔、秋葉原には市場があったのです。
 彼とのことでは、ちょっと切ないエピソードがあります。今は書きません。
 おれは、本郷三丁目にある試薬会社に就職することに決まっていた。そこで龍彦に出会うことになる。

                                                      ーつづくー

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