■ 激変する中東情勢 ■
ジュネーブにおける交渉の結果、イランへの経済制裁が一部解除されます。
イランが受け入れた条件を次の通り。
1) 5%以上のウラン濃縮の禁止
2) 西部アラクの実験用重水炉の建設中断
1)はウラン型原子爆弾の製造の事実上禁止
2)はプルトニウム型原子爆弾の事実上の禁止です。
尤も、ある程度の規模の原子炉を持たずに、5%以下のウラン濃縮だけ許されても、イランとしても困ってしまうと思います。小規模な研究用の原子炉の運用だけが可能という事かも知れません。
■ サウジアラビアとシーア派 ■
最近の中東情勢で目に付くのは、サウジアラビアの行動。
シリア問題でも、テロリストを支援していますが、今回も宿敵イスラエルと共同戦線を張って、イランの核開発を徹底的に阻止しようとしました。
サウジアラビアは「サウード王家」が支配する「絶対君主国」です。
サウード家は「ワッハーブ派」と呼ばれる厳格なイスラム教徒です。「ワッハーブ派」はイスラム2大宗派の一つの「スンニ派」に分類される事も多い様ですが、、厳格な法学派の一つ「ハンバル派」に属しています。
「ワハーブ主義」のサウジアラビアでは、厳格なイスラムの習慣が義務付けられており、女性はつい最近までは自動車の免許を取る事すら許されていませんでした。
一方、イスラム教のもう一つの勢力である「シーア派」はイスラム教徒全体の10~20%程度の少数派ですが、イランやイラク、レバノン、バーレン、イエメンなどでは多数派です。シリアのアサドはシーア派です。サウジアラビアの東部にもシーア派住民が居住しており、全人口の10%程度に当たります。
シーア派とスンニ派の違いは、シーア派が預言者ムハンマドの血統に拘るのに対して、スンニ派は預言者の血統に拘らない事が最大の対立点です。両派は比較的早い時期に分派しています。スンニ派は世俗的である一方で、戒律は厳格に守ります。一方、シーア派は婚前交渉や飲酒に比較的寛容で、ラマダンの絶食もしない人達も居ます。
■ 油田地帯にシーア派住民が多い ■
「アラブの春」の時にサウジアラビア近海の島国、バーレーンででシーア派住民による暴動が起きています。サウジアラビアが軍隊を送り込み、この暴動を鎮圧します。
同様にシリアにテロリストを送り込んでいるのも、アサド大統領がシーア派(シリア国内では少数派)で、イランのシーア派を連携しているからです。
何故、サウジ王家がこれ程までにシーア派を警戒するかと言えまば、サウジ王家は、国内のシーア派の分離独立を恐れているのです。
サウジアラビアのシーア派は、油断地帯が多い東部の湾岸地帯に住んでいます。この地域のシーア派が蜂起して独立したならば、サウジアラビアの国富を生み出す石油資源を失う事になります。
ここには国営石油会社サウジ・アラムコが本社を構える都市ダーランがあり、日量500万バレルの超巨大なガワール油田、日量80万バレルのカティフ油田とアブサファ油田や、輸出拠点となる巨大なラスタヌラ港、それにアブカイクの石油施設も存在します。
■ 敵の敵は味方 ■
中東戦争は本来、イスラエルVSアラブの戦いでした。
サウジアラビアは中東の盟主として、イスラエルと対立していました。
ところが、イランの核開発に関しては、対立するイスラエルとサウジアラビアが共同歩調を取ります。イランに限らず、シーア派が絡むと、サウジアラビアは同胞であるアラブ人に攻撃を加える事に躊躇しません。
■ 穏健派政権の発足が国際社会への復帰を促したイラン ■
イスラエルがイランを敵視するのは、原理的な傾向が強いシーア派が、イスラエルの存在を徹底的に敵視している事への裏返しです。イランは事ある毎に、イスラエルを刺激してきました。
イランはアメリカ大使館占拠事件などで、アメリカとも徹底的に敵対していたので、イスラエルとアメリカの利害も一致しており、イランは北朝鮮、リビア、シリアと共に、悪の枢軸として、国際社会から孤立していました。一方、アメリカと対立する中露はこれらの国に援助を行い、石油を獲得していました。
今回、イランが国際社会に復帰した背景には、イランに穏健的なロウハニ政権が発足した影響が大きいと言えます。今までのアフマデネジャド元大統領は、カダフィー同様にアメリカに対して敵対的でした。しかし、周辺国の反米政権が次々に瓦解する中で、イラン国民は穏健派のロウハニを大統領とする事で、生き残りを図ったとも言えます。
■ 面白く無いサウジとイスラエル ■
イランの国際社会の復帰は、サウジとイスラエルにとっては面白くありません。
イランは表面的にはオトナシクなっても、裏ではシリアのアサドや、レバノンのヒズボラ、その他のシーア派勢力を支援しています。
ヒズボラはイスラエルの喉に刺さった棘ですし、東部シーア派を抱えるサウジアラビアはイランを警戒しています。
■ 中東戦争のリスクは減ったのか、増えたのか? ■
今回のイランの核開発を巡る歴史的合意?で中東のバランスはどうなるのでしょうか?
1) イランが穏健国家に変貌して中東に緊張が弱まる
2) イランが国力を増すと同時に、北朝鮮の様に秘密裏?に核武装して中東の緊張が高まる
このいずれかなのでしょうが、イランが核武装すれば、イスラエルも容易にはイランを攻撃出来ず、中東は緊張の内にバランスします。
一方、イランが核開発を放棄しながらも、シーア派過激化に支援と続ける場合、イスラエルとサウジアラビアは、イランにお灸を据える欲望に勝てないかも知れません。
■ イランの国際社会復帰は、中東戦争のハードルを下げたのでは無いか? ■
イスラエルもサウジアラビアも常識の通用しない国ですから、イランが国際社会に復帰したとしても、イラン敵視を緩めるとも思えません。イランとて、簡単にはシリアやヒズボラの支援を止めるとも思えません。
イランが国際的に認められれば認められる程、サウジとイスラエルのイラン攻撃の動機が強まるとも言えます。
はたして、今後中東はどうなって行くのか。専門家で先が読み難い中東情勢。いつも何かが起きていて、それでいて決定的な事はなかなか起きません・・・。