■ 新春恒例企画「人力で初詣」・・・今年は「浦安→柴又帝釈天」 ■
皆様、明けましておめでとうございます。
「激動の1年」の幕が上がりました。
そて、そんな一年の最初の記事は、
毎年恒例の「人力で初詣」。
最近、ジョギングや自転車の記事がめっきり少なくなってしまいましたが、
本来このブログは、ジョギングや自転車で行った先々の思い出を
記録に残す為の「備忘録」としてスタートしました。
それが、どこでどう間違えたのか、陰謀論たっぷりの妄想ブログになってしまいました。
ですから毎年1月の最初の記事は、
初心を取り戻す為に、「人力で初詣に行く」という企画です。
昨年までは津田沼に住んでいたので「成田山」までジョギングするという企画でした。
「途中で初日の出を見る」という抱き合わせ企画だったので、
12月31日に夕方から近所の仲間と新年直前まで飲んでいたにも関わらず、
朝6時に二日酔いを覚えながら走り出すという、まさに「決死の企画」でした。
「初詣は人力でGO」2009年
「人力でGO・・・ジョギングで初詣」2010年
「人力初詣・・・成田山まで人力でGO」2011年
昨年、浦安に転居したので、成田山までは55Km以上あります。
さすがにこれはキツイ。
さらに、今年はジョギングをサボり気味で、体重が人生初の68Kg。
この体重で30Km以上走ったら、ヒザを故障する事は必至・・。
そこで今年は江戸川を遡って、「柴又帝釈天」に行く事にします。
これは、いつもの30Kmのジョギングコースなので、
別に特別な感じはしないのですが・・・そろそろ無理も辛い歳なので。
朝5時に目覚めまて、出発の準備をしようと思いましたが、
生憎の曇天です。
ヤッター!!、「初日の出」は見れないので、もう少し寝よう!!
1月1日から、数々の妥協を重ねた上で、家を出たのは11:00amでした。
■ 「穏やか?」な2012年の始まり ■
浦安から柴又までは、旧江戸川を遡上します。
旧江戸川の東京側の土手には、ジョギングコースが整備されています。
明け方の重い雲もだいぶ薄れて、青空が覗く絶好のジョギング日和。
とても穏やかな2012年の元旦です。
川原でハトとカラスがエサをついばんでいると思いきや、
これはヒトリガモとオオバンです。
黒い鳥がオオバンですが、以前はあまり見かけた記憶がありません。
ここ3年ほどで、とても数が増えたのではないでしょうか。
そう思って調べてみたら、40年ほど前は関東より北に多かったようですが、
近年、全国各地で増加しているそうです。
さて、暫く走ると巨大な建造物が聳え立ちます。
これは篠崎の清掃工場の煙突です。
さらに煙突がもう一本。
これは大子製紙の工場です。
東京周辺では、風呂屋も含めて煙突がめっきり少なくなりました。
赤と白で塗り分けられた煙突は、今となっては懐かしい存在です。
浦安から旧江戸川を遡る事4Kmで、
江戸川水閘門(こうもん)に到着します。
この水門は昭和18年に完成しました。
渇水時に流量を減らしたり、塩分遡上を防いだりします。
通常、江戸川の水は、この水門を通って旧江戸川に全て流されますが、
洪水の時には、この水門は閉じられ、江戸川放水路に放流されます。
水門を超えると、江戸川の河川敷は格段広がり、
広々とした土手の上を走る事になります。
今回は「柴又」を目指すので、東京側の土手の上を走ります。
この辺りからは「東京スカイツリー」が良く見えます。
ってか、見えなければ電波が届かない訳ですが・・・。
しかし、この巨大さは建築物おスケールを越えています・・・。
突然、スペースシャトルが現れます。
幼稚園の屋上に設置された遊具ですが、
本物のスペースシャトルが退役した現在、
なんだかレトロな雰囲気が漂います。
土手の上を走るのも景色が良いものですが、
私は土手の下から、土手の上を見上げるのも好きです。
映画にありがちな景色です。
走り始めてから10Km程で、
総武線、国道14号、京成線の鉄橋を相次いでくぐります。
「橋フェチ」の方には嬉しいスポットでしょう?
ここから柴又までは5Km弱です。
対岸の千葉県側に国府台の丘が見えてきます。
江戸川の河岸段丘ですが、この一帯は自然が残されていて、
その昔は金持の妾宅が多い事で知られていました。
日本画家の東山魁夷のアトリエもこの地にありました。
そんな土地柄故か、隣接するJR市川駅周辺は何故か料亭が多くあります。
浦安から走る事15Km、とうとう柴又に到着です。
土手の上に公衆便所の様にポッコリ建っているのは「寅さん記念館」です。
「寅さん記念館」の建物自体は、土手と一体化しており、
公園の様な丘の地下が、記念館になっています。
■ 新春の「帝釈天」は大混雑 ■
「寅さん記念館」からしばらく歩くと「帝釈天」の境内です。
参道は人込みが予想されるので、裏手から境内に入るのは、
成田でも良く使う、初詣の極意・・・って、こんなんでご利益があるのか?
「柴又帝釈天」は江戸時代初期の寛永6年(1629年)に開かれた日蓮宗のお寺です。
正式名称は「経栄山 題経寺」と言うのだそうですが、こんなのは誰も知りません。
18世紀末から、「帝釈天」の呼び名で親しまれています。
「帝釈天」はその元はヒンドゥー教の神でした。
「阿修羅」とも戦ったという武勇の神でしたが、
仏教に帰依した後は「梵天」と並び、仏教を守護する神となります。
いつもは観光客もまばらで、
笠置修の御前様や佐藤蛾次郎の寺男が居そうな雰囲気ですが、
正月ともなると、初詣客で境内は混雑しています。
本堂の参拝は結構並ぶので、仮設の賽銭箱に小銭を遠くから投げ入れます。
最前列のオジサンの頭をかすめて、どうにか小銭は賽銭箱に入りました。
境内で人だかりが出来て居増す。
老若男女がたわしで擦るのは「身代わり菩薩」として親しまれる「浄行菩薩」
体の悪いところをたわしで擦ると、ご利益があるとか・・・。
昭和53年に作られたので、歴史は浅いのですが、
すっかり名物になっています。
■ 団子屋と川魚料理屋が有名な参道 ■
「帝釈天」の参道は短いのですが、そこに名物の「団子屋」が軒を連ねます。
「吉野家」や「亀谷本舗」が有名ですが、何と言っても外せないのは
「男はつらいよ」の1作目から4作目まで、
「寅さんの実家」として撮影に使われた「とらや」。
上の写真は名物の「たんきりアメ」屋。
店先で包丁をクルクルと放り上げるパフォーマンスで有名でしたが、
近年はハサミで切っていたりします。
伝統の技は、受け継がれなかったのでしょうか・・・。
本日は、販売のみで、実演はお休みお様です。
■ 「帝釈天」と言えば「川魚料理」 ■
「帝釈天」と言えば「川魚料理」。
「うなぎ」は勿論の事、「コイ料理」など有名です。
上の写真は、参道の中央付近にある「川千屋」。
とても大きな店ですが、さすがに正月は大繁盛で、
「いつになったら、机に付ける分かりません」と言われました。
仕方が無いので、別の店にします。
参道から信号を渡った所に「たなかや」という店を発見。
比較的空いていたので、こちらの店に入ります。
実は私は「うなぎ」が嫌いです。
特に、高級な、ふっくらと柔らかい「うなぎ」は更に苦手です。
とりあえず、「うなぎ」なら皆一緒なので、一番安い「うな丼」にします。
二合徳利を一本頼んで、ちょっと江戸っ子気分を味わいます。
・・・って、ジョギングの途中で酒飲んで大丈夫なの?
■ 「矢切の渡し」を渡って千葉県へ ■
ここから千葉県側を走って、津田沼の実家を目指します。
先ず、江戸川を渡らなければなりませんが、
いつもは、金町浄水場のすつ上の橋を渡りますが、
本日は「矢切の渡し」を、渡し船で渡ります。
かつては、船頭さんが竹竿と魯を使っていたのですが、
現在は、船外機が付いています。
ちょっと風情が足りませんが、
でも水面ぎりぎりの川舟は、結構スリルがあります。
■ 「野菊の墓」の小道を辿る ■
さて、船を下りたら、ここからは「酒気帯びジョギング」です。
体の心からホカホカとしてきますが、ペースは上がりません。
「民さんは野菊の様な人でした」というのは伊藤左千夫の「野菊の墓」の一節です。
この「野菊の墓」で民子が政夫と別れて嫁いでゆくときに渡るのが「矢切の渡し」です。
現代でいうところの「恋愛物のベストセラー小説」ですが、
今にしてみれば、「世界の中心で愛をさけぶ」みたいな小説とも言えます。
私達の世代では「松田聖子」の映画が思い浮びますが、
日本髪を結った「松田聖子」の顔は、ちょっと笑えました。
松戸市は、「民子」がたどったであろう小道を、
「野菊のこみち」として整備しています。
と言っても、道しるべが立っているだけの、、
キャベツ畑やネギ畑の中を通る、単なる農道です。
■ 里見氏と北条氏の古戦場跡 ■
畑を抜けると、河岸段丘が連なります。
坂道を登ると、「野菊の墓文学碑」のある公園があります。
そこから、江戸川方面が一望できます。
実はこの地は、古戦場跡です。
「八犬伝」で有名な南房総、安房の国を拠点する里見氏は、
当時関東を収めていた北条氏を破って関東に進出する野望を抱きます。
里見と北条の戦闘は2回行われますが、
1564年の戦いは、矢切から国府台周辺を戦場として戦われました。
傾斜地の上から攻め下るという、地の利を生かして戦った里見側は
北条氏の武将たちを次々と討ち取ってゆきますが、
夜になって酒に浮かれる里見方を、北条は挟み撃ちにします。
不意を突かれた里見方は、総崩れとなり、
大将・里見義弘は安房に逃れますが、里見氏が再興する事はありませんでした。
この合戦で、両軍の兵士達、千人余りがこの地に屍を曝したといわれています。
■ これは何ですか? ■
高台の上をしばらく走ると表れる不思議な建物。
今は外装に修復中で足場が掛かっていますが、
これは「栗山配水塔」と呼ばれる、水道施設です。
昭和9年の建設だそうで、現在も現役です。
足場が掛かった状態では分かり難いのですが、
頂上に小さな塔の様な構造を載せた佇まいは端正で美しく、
平成18年度にの土木学会選奨土木遺産に指定されています。
■ 東京近郊に「田舎の風景」が残る国府台 ■
栗山配水塔を過ぎて坂道を下ると、風景は突然一変します。
林や竹林が現れ、この一帯だけはあたかも里山の雰囲気を残しています。
当然「ちかんに注意」の看板も。
夜はきっと「怖い」でしょう・・・。
この辺り、芸術家のアトリエの様な住宅も点在し、
とても東京から川一つ隔てた場所とは思えない雰囲気です。
私のお気に入りのジョギングコースです。
■ 風が冷たくなってきたので、ジョギング終了 ■
日が傾き始めると、風は急に冷たくなります。
本当はここから湾岸道路まで下って、
実家まで30Kmちょっとを走るつもりでしたが、
一杯引っ掛けてしまったので、本日は20Km弱でジョギングは終了。
最寄の京成国府台駅から、電車で帰ることにします。
京成国府台駅は、江戸川鉄橋を渡ってすぐの所にあります。
電車が遅れているなと思ったら、地震があった様です。
走っていたので気付きませんでした。(酔っていたから?)
■ 今年は少しダイエットしなくちゃ ■
昨年までのハードな初詣と違い、
今年はダルダルな初詣となりました。
歳のせいか、少し走ったくらいでは
ナカナカ体重も減りません。
今年は、アクテゥブな「人力でGO」にしようと心に誓いました。
本年も「人力でGO」を宜しくお願いいたします。