ホルモン屋徒然草~珍しホルブロだ

新米ホルモン屋の親爺の日々。ホルモンのこと、店の出来事、周辺の自然や話題。

牛スジ ぷるぷるハヤシ丼 (和風)

2007-05-31 09:41:28 | 第1紀 をかしら屋
久しぶりに作りました。
「牛スジ ぷるぷるハヤシ丼」。

賄いのつもりで作ったんですが、いつものうまさで。
やはり、少しだけですが、「本日の丼」で提供したいと思います。
かなり和風に味付けをしています。

牛スジのぷるぷる感が、ハヤシソースに溶けあって、あうんですね。これが。

ハヤシといえば、英名「ハッシュド・ビーフ」からハヤシライスになったという説。
考案者である丸善の創業者「早矢仕(はやし)有的」氏からとったという説があります。

丸善屋上の狭いゴルフ練習場の隣にあった、このハヤシを食べさす小さな喫茶に何回か通いました。
昔は、ハヤシはカレーの仲間と思っていた方も多く、小麦粉で伸ばすルーをつかったハヤシも多かったですね。
でも、ハヤシは本当は手間のかかる料理。
ソースづくりを一からやると二~三日はかかるんじゃあないんでしょうか。

何回かこのブログで書くことになるかもしれませんが、最初の会社で業務用製品の開発をしていたころ、東京の蕎麦屋さんの組合から委託され「蕎麦屋のカレー」シリーズを作ったことがあります。
蕎麦屋さんは朝早くから遅くまで働く、重労働。
一人前になるまでの修行期間も長く、昔は東北出身者が多かったという丁稚奉公も今では少なく、なり手が無い。売上も減少し、メニューも拡げないとファミリー層が来ない。そんな省人化とメニュー拡大のために、蕎麦屋さんらしいカレーの開発を依頼されたのです。
都内の有名どころの蕎麦屋を試食にまわったり(ああ!!良かったな~)、蕎麦屋さんの組合員の店で話を聞いたりして発売にこぎ着けました。
この「蕎麦屋さんのカレー」シリーズ。なんと、今でも発売されているようです。業務用のC&C(キャッシュ&キャリー:現金問屋)なんかに置いてあります。
そして、蕎麦屋さんっぽい小麦粉ルーで伸ばした感じの「蕎麦屋さんのハヤシ」も、この頃、開発したのです。

PS:ハヤシの開発で初歩的な方向性の確認は、デミグラかトマトかというソースの仕立て方ですね。さて、あなたはどちらでしょうか。

焼肉小説 プルコギ

2007-05-30 15:38:16 | 第1紀 読書・JAZZ
先日、本屋の店頭で衝動買いした「焼肉小説 プルコギ」を読了。
このゴールデンウイークに上映された、同名の「The 焼肉ムービー プルコギ」の原作なそうです。
映画も見たかったけど、こちら(盛岡)では上映していたのかな?

で、なかなかおもしろかった。開店休業中の短い時間帯を、ベランダで風に吹かれながら楽しく読ませていただいた。一気に、といっても二日がかりなのだが、久しぶりにつまることなく読んだ。
エンターテイメントである。
「プルコギ食堂」とか、「焼肉バトルロワイヤル」とか、赤肉派・白肉派とか、兄弟愛やメルヘンもあってなかなか読ませる。スピード感もいい。確かに映画的な本である。

楽しいのだが、勉強にもなる。当然、焼肉のうんちくにあふれているし、冒頭の「コブチャン」なんかいつのまにか当「をかしら屋」と比較してみたりする。

この「プルコギ食堂」。こんな店を開きたいものだなと思う。
「をかしら屋 プルコギ食堂」なんて、いいね。
早速、賄いでプルコギを作ってみました。

ラジオの原稿

2007-05-29 16:00:43 | 第1紀 をかしら屋
毎週木曜日、午前10時15分ころ、IBC岩手放送のラジオでコマーシャルを流している。

このコマーシャル、結構、人気がある。
木曜日の昼は早い時間からこのラジオコマーシャルを聴いてくださったお客様が立ち寄られる。

クライアント側の広告担当として十数年やってきた。
前にも書いたが、私はラジオ媒体が好きだ。
地元番組が好きだ。
リスナーと一体になっているラジオ番組が好きだ。
そんな番組のキャスターもディレクターも好きだし、ラジオを聴いている人が好きだ。
岩手のような田舎では地元の商品を告知するにはラジオ媒体を外せないと思うし、私自身、媒体選択の中でラジオに重きを置いてきた。

さて、マーケティング論は後ですることにして、今日はリクエストがあったので、この「をかしら屋」のラジオコマーシャルの原稿をご披露したいと思います。
「方言編」です。これを呼んでくださる局アナさんが、方言界(?)の人なんで。
今週木曜日の原稿です。少しフライングかな。

作者は・・・・私です。

これを見ておもしろいと思った地元経営者の皆さん。当社はマーケティングのお手伝いもいたしますので、気軽にご相談ください。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

IBCラジオ「先取りランチタイム」 放送原稿 №7-9
放送日:07年5月31日(木)~ 10時15分 

★(夫)なあ、嫁さん。しってるが。
酒飲みの肴が「ホヤ」に行ぎ着ぐように、ホルモン喰いが最後に行ぎ着ぐのは「ガツ」だど。「をかしら屋」のだんながいっでだ。
★(嫁)は~、「ガツ」っで、豚の胃のことだすか。
★(夫)んだ。「をかしら屋」の「ガツ」は、豚の胃袋っこのなかでもほんの少ししかね、みのあっづい(身の厚い)どころ、「ガツミノ」っていうらしいんだども、ここを粒っこの荒い塩ど何種類かのスパイスに漬けて「塩ガツ」にして出してらっげ。この「をかしら屋」の「塩ガツ」をむしむしっと、歯~食いしばって食べるのがいいんだな~。
★(嫁)あんや~、よだれっこ、でできだ。ふんだらば、行ぐべ、行ぐべ。「をかしら屋」さ。盛岡松園団地入口の「をかしら屋」さ、ホルモン喰いさ行ぐべ。
★(夫)よ~っしゃ。俺は、いづもの「ホルモン定食」頼むがな。あのピンクと白のつやつやっとした、嫁様の肌っごみたいな新鮮プリプリホルモン、かどっこの立った厚切りの(あっづぎりの)レバー、さしの入った豚の舌っこ。辛味噌さつげで食えば、ご飯、何杯でも食える。ボリュームたっぷりで680円だもな~。それに今日は、モツ煮込み、喰う。「をかしら屋」のおやじが手間隙かげで何時間も煮込んだモツ煮込み。いまなら半額の140円だ。これをご飯にぶっかげだ「モツ丼」もいがっけ。
★(嫁)あ~ら、わだしは、いづもの「コラー麺」だな~。「をかしら屋」っていえば、牛すじ、かしら、すね肉、トンソクなどをじっくりと煮込んだコラーゲンたっぷりスープの、オリジナルラーメンの「コラー麺」。あのスープすすって、明日は肌っこ、びがびがだ?あは~ん(もだえる)。それど、おとっちゃん推薦の「塩ガツ」食っで、わだしも本当の「ホルモン喰い」になるべ。
★(夫)んでば、急がねば。どっごろで、「をかしら屋」って、なんであんなに「安ぐって」、「ボリュームあっで」、「新鮮」なんだ。ホルモンなんが、皿がらあっふれそうだっげよ。あっだなおっぎいレバー、みだごどないし。豚のホルモンもいろいろあって、レバー、タン、かしら、テッポー、ハツ、コブクロ、ハラミ。みんな380円だど。
★(嫁)あ~や、旦那様。安のも、ボリュームいっぺなのも、とびっきり新鮮なのも、あの「いわちくさん」がら、豚一頭の内蔵を直接仕入れているがら、でぎるんだずよ。
★(夫)んだがらが。和牛もうめしな。そう言えば、毎週木曜日夜からは、あの「岩泉龍泉洞黒豚ホルモン」も入ってくるらしぃぞ。
★(嫁)ほれ、わらしゃんどど、ばっちゃんど、隣のおかっちゃんもさそって、行ぐべ、行ぐべ。
(ここから、アナウンサーに戻って)
★っというわけで、盛岡松園団地入口、東黒石野バス停前の「ホルモン・焼肉 をかしら屋」。「空飛ぶ豚っこ」の看板が目印です。
★ランチタイムは11時半から2時、夕方は5時から営業です。
★詳しくは、当店のホームページで。お問いあわせ・ご予約は、「019-661-9700」、「盛岡661-9700」番まで。飲食店検索サイト「ぐるなび」にも掲載されています。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

というわけです。

PS:しかし、菊地幸見アナの方言はうまいね~。

みんなで入れば怖くない。

2007-05-28 10:20:40 | 第1紀 生きる
露天の混浴風呂シリーズをやっている割りには色気が無いというあなたへ。
ちょっとだけよ~。
見たいけど、見てはいけない、のだ~。

大沢温泉実話シリーズ第四弾。

大沢温泉へは、一人で入浴だけのパターンと、仲間大勢と自炊部宿泊付きでのパターンがある。たまに、気の置けない数人で泊まることもある。
前の会社では広告・企画畑が長かったから、この業界のつきあいの方とプライベートで(当然、割り勘で)行くことも多かった。
なぜかこの旅館やら飲食店のサービス業の場合、放送媒体の営業さんが予約すると割りといい部屋に通されることが多い。
大沢温泉自炊部は少人数だと廊下に面した部屋、大人数であればそれ用の(離れで多少騒いでもクレームの来ないような)部屋。あまりないけど、閑散期に食事付きを頼むと食事用と宿泊の続き部屋を用意していただくこともある。
さて、この日は媒体さんの営業副部長が予約したのだが、案の定、格別の部屋に通された。
露天風呂横の角部屋。二階と三階に各一部屋ある。
く離れ部屋風でなんともつろげる。眺めがいい。景色もいいが露天も見える。
当然、覗きではないが、窓を開けて「自然に」露天を眺めるのである。

その日、夕食も館内の食堂ですませて(いつもは自炊で持ち込みの前沢牛やらお刺身やらですごいのだが)ゆったり。
夜も更けて12時過ぎ(確か1時にはいったん閉まる)。
なにやら動きが。

むむっ。若い女性が、一人、二人。
二人目が伝達係で、このあと次々と。
総勢7~8名かな。
大沢温泉の脱衣所は風呂の壁際で、その頃は隠しすだれもなく、当然、女性用の更衣室が分かれる前だった。ここで女性が着替えるのは、当然ながらけっこう勇気が要ることだろうと思っていました。
で、伝令が「大丈夫よ。敵部隊はおねむの時間で誰もいないは。」などと。
ぱっぱっと脱いで、バスタオルを巻いて入りましたね。
  (私、覗きではありません。たまたま夜風にあたっていただけで・・)
バスタオルを巻いて入浴するのは、この湯の場合、御法度ですが止める方もいません。
そして、ゆったりと皆で楽しそうに浸かってしまいました。
私も、積極的に見るつもりはもっとうありませんから、じゃあ寝ようかなあと思った瞬間、光ったのです。ぱぁっと。
いや、おもわず振り向きました。
な、な、なんですか。
みんな、川沿いの塀にならんで。
ぱしっ。
また、光る。
記念写真ですよ。みんなで大沢の露天に来ましたよとばかりに、パチリ。
そして、その光る直前。塀に寄り掛かった彼女達が、











ぱっと、一斉に、そのお肌を包んでいたタオルを、ひ、ろ、げ、た、んですね。

ありゃりゃ。
やるわい。

みんな楽しそうに、撮影係を交代しながら何枚か撮りおわえ、そくさくとお帰りになりました。

一夏の出来事。いや確か寒い時期。11月か2月でしたか。
2月といえば卒業旅行ですかね。
色気というよりは、若さの弾ける明るさを感じました。

PS:最近、同じような光景がコマーシャルでありますよね。
これ、あちこちではやっているんでしょうか。
中年男性が団体で、厄年記念とか、還暦記念でやったら・・。
想像するだけで気持ち悪いですね。

・・そして、まだまだ大沢温泉実話シリーズは、フィクション・誇大・過大・思い過ごしの表現も混ぜながら続きます。

あの丸坊主の一団は

2007-05-27 08:14:25 | 第1紀 生きる
大沢温泉実話シリーズ(なんかタイトルがグロいな~)第三弾。
気が引き締まるお話を。

大沢温泉は大人気の秘湯だから、そりゃ、いろんな人が来る。
第一話は天童よしみで、第二話は世界の小沢。
今回は奇妙な一団の話を。

このひなびた温泉にきて、風に吹かれながら日頃の憂さを忘れ、ぼんやりのんびりつかる。これが一番効く。疲れたからだと、少し干からびてきた魂に。
おまけにどうしても裸だから(この温泉。正しいから。バスタオルなんか巻いて入ったりする娘さんは、「風呂が汚れますから」と旅館の方に注意されますよ)、大きいも小さいもなく、みんな大好き友達よ、みたいになごんでいるのです。
風呂まできて、「部長いいですね、ここは。」「なんだ係長。いいにきまっているだろう。私が選んだんだから。」なんて上司・部下の会話は屁タレですね。
みんな、体も頭も浸かって、ふにゃらとなりましょうよ。

っていうときに、きれいに頭を丸めた一団が来ると、ちょっとぎょっとし、緊張してしまいます。
そう、お坊さんの早めの忘年会があったのか、11月のそろそろと寒くなる時期に、この一団と大沢で出くわしたのです。のんびり、ぼけっと頭の時に!!

一人目が入った時は、好ましい若坊主だなあと微笑んでいたんですが、これが次々と如意棒を持ってあらわれると、やはり気が引き締まるというよりなんかしらあわてます。
まあ、坊さんも温泉には入るわけで、まして由緒ある金勢様を祭っている大沢温泉ですから、坊さんも神主さんも巫女さんもきていいわけです。
いや、この時期、年末の忙しいころを避けて、若い坊さん青年部の忘年会があったって不思議じゃありません。
まあしかし、何宗かわかりませんが、丸坊主の一団を前に、なんだか気の引き締まった一日でした。
さすがに坊さん。ぬぼ~、ぼけ~の温泉に浸かっても、さっきの会社員みたいにへらへらおべっか話などなく、いつぞどこぞに檀家がいるかわかりませんから、はめ外すことなく念仏を唱えながら(ウソです)静かに入っていました。

世界の小沢と温泉に入る

2007-05-26 15:34:14 | 第1紀 生きる
*** 天童よしみ の 第二弾。
*** 実話です。
   ***多少の誇張や見栄、成り行き上の小さなウソ、はったりはありますが。

いつだったか。何年前か。
そう遠くはない。数年前?

夏から秋にかけての季節だったような。

いつものように、大沢温泉自炊部での仲間のお泊まり。
であれば、なにかの名目で集まるから(なにかの名目をつけて、ともいえる)、夏のイベントの反省会か、秋の一連のイベントの反省会か。

いつも通り、幹事の役目という名の特権濫用で、早めに会社を抜け出し、チェックイン(大沢にはにあわないか)してすぐさま露天風呂へ。爽やかな季節の露天はいい。得にも、熱い昼下がりから夕方にかけて、風がだんだん心地よくなってくるころの時間帯、そして日が暮れる前の夕やけの頃、だらだらと何時間も湯につかったりあがったりしているのがいい。

その日、すでに露天は大勢の人だった。そして、若い声が。
この温泉には若い声は珍しい。

温泉での人だかりは好きではないから、手前の空いているところからそっと入る。
真ん中の岩、御神体の珍宝や亀や象やラクダに似た石が重ねてあるところに、老若男男が楽しそうに群がっている。
楽しそうな若い男達に囲まれて、二人の大人がいる。若い男達に負けず楽しんでいる顔が輝いている。座の中心の日本人と、かなり年上ながら彼を守るように連れ立つ外人。

んんっ。見たことあるな。
ありゃっ、ありゃありゃ。
まさか。
あれは、世界の小沢だベ。
小沢征爾。指揮者の。
はへ~。

っと。
確かに小沢征爾でした。
小沢征爾が岩手の花巻の大沢の露天風呂で、すっぽこぽんで、賑やかにはしゃいでいるのであります。

お隣の老人は、・・忘れました。

・・・いろいろネットで調べたんですが、もし、2002年であれば(すいません、私の記憶の時間軸がぼやけてしまって)、「コンサートキャラバン」ですね。北東北の各地の小さな学校なんかで無料コンサートを行っていました。
小沢征爾音楽塾」(200年から毎年実施)のついでだったかもしれません。どこかに行くついでに、または私みたいにどこかをついでにこの大沢へきたんだと思います。

で、このキャラバンであれば、この老人は、ひょっとして、ロストロポービッチだったかもしれません。
顔はしっかり記憶していますので、なんとなく・・・そんな気が。違ったかな。
   (キャラバンのことをネットで調べたんですが、ここ(クリック)がいいかな?)

さて、小沢さん。
もちろん私も声をかけましたよ。
「どうも。」って。本当に。
そしたら、「やあ。」って、首をかしげながら。
私はCDでもテレビでも良く見て知っていますから「どうも。」。
小沢さんはもちろん私なんか知りませんが、にこにことさもよく知っているように挨拶されたもんだから、とりあえず「やあ。」と。
まあ、裸のつきあいをしたわけです。

天真爛漫の小沢さん。
露天が見える橋を渡っている若い楽団員の女性軍に、「お~い、こっちきて入ったら。気持ちいいよ。」と。
いまならセクハラと言われそうですが、全然。いたずらでも無いし、おふざけでもなく、本当に異性の仲間に自然に声をかけているから、みんななんとも楽しそうにしているんです。少年、小沢ですね。
白髪の老人があわてて、岩に立ち上がって声をかけているすっぽんぽんの小沢さんの指揮棒を手で隠していました。PTAのお父さんみたいに。微笑みながら。

若い女性達も、きゃっきゃっと喜んでいましたよ。



大沢温泉と私の実話です。

他にもこんな話がいっぱいこの湯には浸かっています。
すこしずつお話ししましょう。


PS:いやはや、ムスティスラフ・レオポリドヴィチ・ロストロポーヴィチ。
いまさらながら、冷や汗ですね。
最近お亡くなりになられました。
経歴を見てもすごい人だし。
あの温厚な、人懐っこい顔を忘れません。
少年小沢と、PTAロストロポーヴィチのコンビを。


ありがたや 食洗機

2007-05-26 09:57:48 | 第1紀 をかしら屋
学生時代は飲食店のアルバイトに精を出した。

台所にもたったことの無い少年。
唯一作るのは、部屋のストーブでゆったりと沸かすお湯で作るインスタントラーメンだった。袋から出した乾麺を入れたとたんに、ストーブの弱い火力しかない鍋は力を落とす。再沸騰するまで時間がかかるから、ラーメンができるころには麺がふにゃふにゃになった。しかし、これはこれでうまい。友人達にもふるまったのだが、「不思議なラーメンだね。」と。
その後の東京での生活では、猫舌だったのでインスタントラーメンに氷を入れて食べていた。氷一個で「一番ラーメン」。氷二個で「二番ラーメン」。友人達も、「このアイデアでラーメン屋をやったら」と冷やかしていた。

アルバイトの最初は、上京して二年目。大学一年の時の中目黒のラーメン屋。
ラーメン屋はどこも小世帯である。
忙しい時間帯で厨房内は三人だったから、当然のようにこの坊やはうとまれた。
なにせ、何も知らないのである。相手は即戦力を求めているのに。
一週間で系列の居酒屋にまわされ、ここでも生ビールもろくに注げない少年は、即、首と相成った。
その後、一年生のうちは、調査会社の調査マンや(おもしろかった、羽田空港のハイジャックにも出くわしたし、雪の新潟へアンケート調査で出張したり)、地元の移動図書館の貸し出し係など、短期間のアルバイトをしながら自炊をして少しずつ料理することを覚えて行った。
そして、開店前の仕込みから売上管理までやった吉祥寺の一杯飲み屋から始まり、何軒かの飲食店のアルバイト(一日8時間くらいは働いていたからアルバイトなのかしら?)生活を楽しんでいた。

学生アルバイトといえば、一昔は「皿洗い」と相場が決まっていた(らしい)。
吉祥寺の一杯飲み屋はカウンターだけの店で、鮟鱇の吊るし切り以外は何もしなかった雇われ親方以外の学生バイト三人で、仕入、仕込み、調理、接客となんでもこなしていたから、当然、皿洗いも手洗いでやっていたし、皿洗い当番がもっとも気楽だった。
その後のバイトは、結構、中規模の店が多く、調理とサービスはきっちり分かれていたので厨房に入る機会はなかった。
今でもそうらしいが、和食も洋食もフロアサービスの人が厨房に入ることは好まれない。目に見えないがはっきりと仕切りがあるし、特に和食の人には職人気質が多い。同じアルバイトでも、フロア派と厨房派に分かれてしまう。
それでも、神田のサントリー系の酒場では、カウンター内でグラス洗い、グラス磨きの日々を送った。京王ホテルあがりの太り気味のバーテンダーは、きれいな女性がカウンターに座る時以外はあまり仕事もせず、良く無断欠勤をしたが、アルバイトへの指導は厳しく口うるさかった。おかげで、割としっかりした仕事を覚えることができたし、彼が休んだ時は代打のバーテンダーになりきってカクテルを作るのも楽しみだった。

さて、「をかしら屋」の厨房内ににも新品で購入した「食洗機」がある。自動食器洗い機である。
これがないと、いくら小さい店でも三人(平日は二人)で店をまわすことはできない。
下げた皿やグラスを軽く下洗いして食洗機にいれる。人では触れない熱い湯がまんべんなくシャワーになり皿を洗う。人手がかからず、早く、丁寧で、熱い湯で洗うから乾きも速く、衛生的である。人手より水も使わないそうだ。
「をかしら屋」にいれているのは小型機で設置スペースも狭くてすむ。湯温も60℃くらいあり、あらいは完璧だ。ただし、熱すぎて洗い終わった後にすぐに触るのはつらい。
「をかしら屋」の厨房は狭く、食器も少ないから、洗ってすぐ使いたい時もあるが、なにせ食洗機から出たばかりは熱い。焼肉を皿に乗っけたら、テーブルにつくまでに焼けていました。とか、冷麺がテーブルについたら温麺になっていました。なんてことにならないかな。

この食洗機があっても、土日の夜は皿が洗いきれない。というより、皿洗いにまで手が回らない。下げ膳のところは、もう皿とグラスで山盛りになる。それでも使いたい皿が無い時は、この山の下に重ねられた皿をそっと抜き出し洗って使う。10時過ぎまで一回も食洗機を使えない時もあった。
だから、「をかしら屋」で同じ料理を頼んでもばらばらの皿や椀で出てくることは珍しくないのです。決して中身まで違うことは無いので心得てほしい。
きれいな皿「を」食べたい方は(いや、きれいなそろいの皿「で」食べたい方は)、どうぞかしこまったそれなりのお店へどうぞ、などとたまには開き直るか。

前沢牛スジ煮込み丼

2007-05-25 11:26:18 | 第1紀 をかしら屋
宣伝です。

昨日から一鍋限定で「前沢牛スジ煮込み丼」を出している。
本日の丼 680円。半丼 350円。
安い!!
なおかつランチは通常680円のコラー麺と冷麺に半丼がついて880円。
安いではないか!!

前沢牛を納めている問屋さんからスジだけ取り寄せて、2日煮込みました。
まずは上々に仕上がったと思いますよ。
刺しっけたっぷりの肉片もついて、作る時からわくわくしました。

出す前に、いつものように賄いで店員の口にだいぶ入っていきます。
そう、私の口にも。
残り少なし。
お早めに。

魔法使い

2007-05-25 00:02:36 | 第1紀 生きる
さてさて、母は最近魔法使いである。
庭や道のそこらへんに落ちている枯れ枝を冬の間、一生懸命、ガラスの瓶に入れて、毎日水を換える。
な、な、なんと、生き返るのである。枯れ枝が。
春になるとみごとに息を吹き返す。

な、そうだ。

確かに、冬の母の部屋にはこの枯れ枝が何本も空瓶などのささっていた。
そして、春になると芽をふいた。
さすがに婆。年取るとともに魔力をましてきたな。

その母が、店に置けと渡したのがこれ。
縁起物だと魔法使いは言っている。

ヤナギなそうだ。ほんまかいな。
去年、一度枯れそうになったが、今は息を吹き返している。

で、とりあえず、私は毎日、拝んでいるわけです。
商売繁盛のヤナギを。

PS:ヤナギには蛙がいます。・・これがいい。

紫ツメクサ クローバー ミツバ

2007-05-25 00:02:11 | 第1紀 生きる
子供の頃の遊び場は、家の外、近所の庭、畑、リンゴ園、川、堰、畦道、雑草畑、山(今は里山とかいう)などだった。
道端に座り込み同じ年頃の友人達(童子:わらしゃど)と遊んだ。

春はいろいろな草花が短期間にあちこち出てくるから、わらしゃどにとってはおもしろい。
なかでも好きなのは、ミツバ。
道端にも、リンゴ畑にもおえていた(生えていた)。
そして、春。おえて、まもなく花が咲く。
このミツバの花を、蜂みたいにちゅうちゅう吸う。
集めて花輪を作る。
好きだった。

故郷の詩人(?)、宮沢賢治も好きだったそうな。
今では、なんとかツメクサとか、かっこういいこというが、ミツバだ。

好きだな、ミツバ。
花の中に鼻をくっつけて、甘い香りを嗅ごう。