<おでいげ>においでおいで

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弟に死なれてみると寂しくなった

2017年07月30日 23時29分32秒 | Weblog

死んだ弟の法名は「釈信慧信士」。遺影が我が家の仏壇にも飾られているので、ここに座ると声を掛ける。生きているときの実名で愛情を込めて呼ぶこともあるが、読経の時には敬って法名で呼ぶ。実にいい名だ。彼は晩年に仏教系の短大の仏教学部に再入学して僧侶の資格を取った。もちろん京都の本願寺で研修も受けて。資格を得たのだが、お寺に入って住職になることはなかった。ただ我が家の仏壇に座って、父の命日母の命日に読経と説法をしてくれた。法衣を来て畏まって。活動はそれだけだった。弟とは4才違う。小さい頃には兄弟喧嘩もした。よくした。長じてからも時々衝突することがあった。しかし、いざ死なれてみると寂しくなった。遊ぶ相手も喧嘩する相手もいなくなったということを実体験する。ああもっと兄らしいことをしてあげればよかったと悔いることも再々ある。旅へ出るとき、温泉に入りに行くときなどに、「おい、ついてこないか」と声を掛ける。ついてきているような気持ちになる。寂しさが、すると幾分か和らぐのである。

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