多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

働きたい人、働きたくない人、働けない人

2018-08-27 09:11:21 | 労働
夫も、息子達も、「労働者」である。


私は 現在無職である。定収入はなく、夫の扶養家族である。


夫は「働いているが、できれば(働きたくない)人」


長男は「心身共に限界ぎりぎりまで働いている人」で


次男は「働いているが、もっと難しい仕事、高収入の仕事がしたい」人である。


私は フルタイムで働いていた時期もあり、パートでの経験もある。


専業主婦も 兼業主婦も経験し、 働きつつ子育て・介護・家事をこなした時期もある。


今 自宅で過ごす時間が増え、「働きたい」気持ちが出てきたが、


近所には 働ける場所がなく、遠方に通勤する術もない。


私がなぜ 働きたいのか、を考えてみたが、


収入を得たいというのも 理由の一つだが、


自宅で 一人で家事をする、というのが


向いていないというのが大きな理由である。


自分で決めて、自分で何かこなす。成果が出たのかどうかを


自分で判断する。この単調作業が嫌である。もう飽きた。


専業主婦時代でも、家族が自宅に誰かいる、という時は


同じ家事でも「誰かのニーズ」があるので、達成感ややりがいがあった。


介護の度合いが深くなると、24時間体制で、フル回転である。


自分の した事が どういう結果になるか、相手の要求が何で、


自分は今どこまで できそうか、それを瞬時に判断して


動く毎日は、忙しいけれど、面白いし、やりがいがあった。


息子達も 自立し、家事なども 二人で十分、いや十二分にこなせる今、


私は 「主」婦ではなく「従」婦である。


息子達も 仕事が忙しく、帰宅してからの夕食の支度は、


遅くなる。私が 気を利かせたつもりで 昨日ご飯を炊いたら、


長男から 「優しくしかし厳しく」お叱りを頂いた。


季節は 秋である。新米がまだ出回らない。好天が続き、


空気は乾燥している。私は 水加減を 普通にして炊いてしまい、


固めのご飯を好む長男の口にも 「固すぎる」ご飯ができあがってしまった。


昔取った杵柄は、もはや朽ちてしまった私である。


年寄りの冷や水。














発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術
クリエーター情報なし
KADOKAWA

最新の画像もっと見る

コメントを投稿