多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

過剰な気、不足な気

2018-02-13 17:33:42 | 
昔 両親の実家に帰省した時の事。


たくさんの 大人や 子どもが集まると


個性も様々で、衝突も起きる。


しかし その場にいた 大人、特に老人達は、


場を収めるのが とてもうまかった記憶がある。


エネルギーが ありあまって 仕方ない子は、


大人の 仕事の場に交ぜて、


力仕事の手伝いをさせたり、後について長い距離を


歩かせたりする。


反対に 私のような 虚弱な子には、


活力はあるが、気配りもでき、


大人にも 子どもにも合わせられる


年長の 「お姉さん」や「お兄さん」に世話をさせた。


私は 帰省した時に、母や きょうだいと 一緒に


入浴した記憶がない。


誰の配慮かわからないが、年長のいとこと 一緒だったり、


時には 一人で ゆっくり入らせてもらった。


大人や子どもが たくさん 入り乱れる中、


誰も不快にならないように、ケンカや いさかいが起きないように、


あの場を 采配してくれていたのは 誰だったのだろう。


元気のいい子は それに応じた扱いをされたし、


私のような 虚弱な子にも 集団の中で「疲れない」ような


配慮が いつのまにか なされていた。


あの「気」の 活かし方。子どもが騒いでも、


赤ん坊が泣いても、誰かが その場の バランスを取っていた。


過剰な気は 気が不足した方へ 流していく。


今思うと そんな場所だった。


私はいつも「気をもらう」方だったが、


いつの間にか 「気を与える」方に 変わった気がする。


私は 病人ではあるが、「気」は 十分あるらしい。


「こよりさんに会うと 元気になる」と 言われることがある。


相手の方が あれこれ普段言えない事をおしゃべりして すっきりしたせいだとも思うが、


ただ 会うだけで 私から何か感じる人もいるようだ。


私も いい気を感じる場所に行ったり、


人様の気を頂いたりする事もある。


今は 人との関わりが 偏っていて、


うまく気を 抜いたり 埋めたりという場所が


少なくなっているように思う。




























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