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多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

佐々木正美先生の事

2018-07-02 12:27:00 | ギョーカイについて
佐々木正美先生との関わりは、10年ほどだった。


先生は「自分の特性や 感覚について 自由に言語表現できる稀有な自閉症者」を


見つけた事がうれしかったのだろう。連絡をくれ、何度か講演会に「当事者」として


登壇した。正式に主催者から依頼されたものは、交通費やわずかではあっても講師料が


私に支払われたが、佐々木先生個人が 思い付きで決められた時は、


私には 講師料はもちろん、交通費すら支払われなかった。


私が 空間認知に難があり、行き先を教えてもらっても、帰り道をどうたどれるかが


どうしてもわからない事を 話した時に、先生は「こういう認識や認知の違い、


特性を理解しなければなりません」と強調された。しかし帰りに 私は置き去りにされ、


スタッフに教えてもらった行き方を頼りにし、何度も同じ道を回りながら、


暗くなるころにようやく駅にたどり着き、疲弊して帰宅した。


ある時は 壇上ではないが フラッシュバックを起こして動けなくなった私を


何とか介抱して 講師控室に入れてくれたが、その後の講演会や発売されたDVDで、


「当事者が フラッシュバックを起こす現場に遭遇した」事を、何度も話していた。


名前さえ出さなければいいと思っていたのだろう。


ある時は 先生の講演の後、質疑応答の時間になり、


主催者は「佐々木先生がご質問に答えて下さいます」というのを


さえぎり、「私が 答えたあとに、こよりさんからも一言お願いしたいですね。


当事者の視線や意見というのは なかなか聞けないですから」と


主催者や 私に事前確認もなく、いきなりの変更をした。


しかも いくつかの質問に答えたあとは、すべて私に丸投げをした。


「わたしより こよりさんの意見の方が 役に立ちますから」と。


先生に 聞いてもらいたい、と来た人も多かっただろうに、質問はほぼすべて


知らない当事者に丸投げ。期待を裏切られた人の気持ちはどうだったのだろうか。


様々な事があり、まだ書ききれないが、その前の講演で


「自閉症の人は いきなりの変更が苦手ですから」だの


「自閉症の人には配慮を」と言った舌の根も乾かぬうちにこうである。


その時は 私も 混乱していて、自分の事で精いっぱいだったので、


この理不尽さや 矛盾に気づかなかった。


一番腹に据えかねたのは、「自閉症の人を傷つけたとしたら、それは大きな罪です。


この人たちは 辛い事を忘れられないという特性を持っているのです」の一言だ。


私が ある時 先生の講座で 話をした時、「録画したものができあがったら


送りますね」と 息子さんが約束をした。


しかし いつまでたっても 送られてこない。先生が病気で講演その他を中止された事もあり、


仕方のない事だろうと思っていたが、いつのまにかそれが編集されてYouTubeに


あった。そのことについても、ご家族からの連絡はなかった。


先生の 書籍や DVDには、私が話したことが 「当事者のエピソード」として


数え切れないほど 取り上げられている。事前に了解を求められた事はない。


できあがった本や DVDが 送られてきた事も、一度もない。


手紙や、ハガキ一枚も 何も送られてきた事はなかった。


私が 先生の講演で 当事者として話した後に、


控室の先生の元に「当事者の方の声が聞けてよかった」という参加者の方が


大勢訪れたそうだ。先生は「今日は実によかった」と満足げだった。


結局 私は 「珍しいモルモット」として 見られていたのだなあ、と


今 過去を振り返って感じる。


講演に出ても わずかな謝礼か、自己負担の状態の私に、


先生は 意識的にか無意識か わからないが、


「ノースカロライナに行きましょう」と誘った。


アメリカへの 長い旅行。普通の主婦が捻出できる金額ではないのに、


先生は いかにノースカロライナが良い所か、そこでTEACCHを見て欲しい、と


熱心に語った。私の旅費や滞在費は どこかから出てくると思っているような


そんな感じだった。


私に「あなたは 本を書くといいですよ」とも言われたが、


出版社にいくらでも関わりのある先生だが、紹介してくれることもなかった。


実現不可能な事を 善意で 勧めてくる。同じように期待だけ膨らまされて


後で 絶望した人もいたのではないかと思う。


先生の本に書かれていたエピソードだが、先生が学校で表彰状などをもらって


お母さんに見せても、ほめてもらえることはなく、その紙を破って捨てたり、


焚き付けにしたりしたそうだ。


大学にいくために働いてお金を貯め、どの大学に行こうか考えていた時に


決め手になった出来事は、「下宿先のおばさんが親切で優しかった」事だそうだ。


私が先生と関わったのは わずかな時間だが、今 考えてみると、


先生が 私に 関心を持ったのは、「珍しい新種」を見つけたのを


他の人に自慢したい気持ちと、



私を無意識に、あるいは意識的に利用する事で、一種の憂さ晴らしをしていたように


思う。


講演をするたびに たくさんの人に注目され、本が売れ、


講演料を持ちかえる。それが先生が 生涯かけて埋めようとした、


「ご自身の 発育や発達の欠け」なのだろうと思う。





















佐々木正美の子育て百科 ~入園・入学の前に、親がしておきたいこと~
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大和書房

「正美のまなざし」というサイト

2017-08-07 19:22:58 | ギョーカイについて
「ぶどうの木」のサイトは 閉鎖されたけれど、


佐々木先生のコラムの 一部と、佐々木先生の訃報を伝える形で、


「正美のまなざし」というサイトが できていたことを知った。


何度か アクセスしてみたが、


佐々木先生に対する 批判的な コメントや、


佐々木先生の 活動についての 疑問について書かれたコメントは


次々に削除され、佐々木先生を 賛美するコメントや


亡くなられた事を 惜しむコメントだけが 残されていた。


「残された家族の 励みにもなりますので、コメントを」というような


事が 書いてあり、私は それを見て 気分が悪くなった。



土曜の夜、


私は また フラッシュバックを起こし、


愛甲修子さんに 教えていただいた 方法で 自己治療をして


また 落ち着く事ができた。


多分 まだ 何度か こうした事は 起きるだろうけれど、


自分で乗り越える事を たくさんの方に 教えていただいたのだから、


その都度 乗り越えていこうと思う。













支援者なくとも、自閉っ子は育つ 親子でラクになる34のヒント
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花風社

理不尽さを 受け入れない

2017-07-21 09:07:24 | ギョーカイについて
生まれてから今まで、様々な場所で「理不尽な事」が


たくさんありましたが、それを 受け入れて過ごしてきた私でした。


でも、「理不尽なことを 受け入れなくてもいいのだ」という事を


学習し、行動に 移すことを 覚えました。


最近も、あるところから 依頼を受け、場所と日時の指定を受け、


私は 他のスケジュールを すべて 断って


そのことへの 準備を すすめていたのですが、


相手側から 一方的な キャンセルが入りました。


「申し訳ありません」の一言だけ。


予定が 決定になる前でしたら まだいいですが、


決定して 準備に入ってから ですので、


私には 大打撃です。仕事もしていない私は


甘く見られたのでしょう。これが 仕事をしている人が


わざわざ 予定を組んでくれたとなったら


対応が 違ってくると思います。


無職の 発達障害者で、肩書がないとなると


どう扱っても いいとおもうんでしょうか。



断ってしまった 他のスケジュールは 取り戻せないですし、


精神的ダメージも 大きいです。


もし 逆に 私が 引き受けた事に 自己都合でキャンセルを入れたら


キャンセル料が 発生するでしょうし、


多分「発達障害の人は これだから」というような事を


言われるでしょう。


電話での話し合いを するのは 難しいので、


相手に会える機会を 探して直談判してみるつもりです。


勝手に 依頼して、場所と 日時も決まってて、


いきなりの 向こうからの 都合でのキャンセル。


「申し訳ありません」の一言で もう済んだつもりなんでしょうね。


その人も含め関連したところが 発達障害者に 同じことをししては


困るので、「これは ルール違反ですよ」という事を


その人と その周辺の人に 伝えたいと思うので、


行動に移すつもりです。


他にも  似た事が 別の場所で 現在進行形でありますが、


こちらにも 対応を 考えています。








発達障害、治るが勝ち! 自分の生き方を自分で決めたい人たちへ
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花風社

迷惑電話・メールのその後

2017-07-17 16:16:14 | ギョーカイについて
私が 迷惑電話の 番号を記録している事や、


これ以上 状況が 悪くなったら 警察や他の機関にも相談しよう、と


思っていることなどを


twitterその他で 書き込みをした事、


また 浅見淳子さんが ブログや twitter等で 書いてくださったこと、


また 私への迷惑電話が 岩手県からもかかってくることを


知った「発達マイノリティいわて」の方が サイト等で取り上げて


下さったことの おかげだと思いますが、


迷惑電話や 迷惑メールが 止まりました。


他にも 私の ブログや 浅見淳子さんの ブログに


コメントいただいた方々、twitter等で ご意見を


寄せてくださった方々に 感謝申し上げます。


私も 愛甲修子さんから トラウマ治療を受け、


今は 不安や 恐怖が起きた時は 自分で対処できるようになりました。


その結果、自分でも 今回の出来事に対し、


行動を 起こすことが できるようになりました。


私への 迷惑電話の うちの 一本は、


「岩手県 盛岡市」から 発信されていることを


ある方法で 突き止めました。


今後も こうしたことがあるかもしれませんが、


そうした事が 起きても 私は どうしたらいいか


自分で 判断し 動くことができる、という事が


わかりました。 


これを 契機に、私はまた 違った行動が


できるようになりましたし、様々な方との


交わりのおかげで、困難な時は 知恵をいただき


アドバイスを いただきながら、その上で 自分は


頂いたものを どう活かしていけばいいのかが


わかってきたように思います。


私も また 新たな 修行を続けていきます。


お世話になった皆さんに、心から 感謝申し上げます。















治療のための精神分析ノート
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人の言葉を鵜呑みにする人たち

2017-07-14 12:04:04 | ギョーカイについて
私が 子どもたちに 発達の偏りがある、と気づいたのは


子ども達が 乳児期の頃だが、健診で 診てくれた 保健婦や


医師や その他の人は 私が何を訴えても


「大丈夫です」「お母さんの気にしすぎ」と


取り上げてくれなかった。


かかりつけの小児科医も、同意見、他の小児科医も 同意見だった。


私は 「これは このままにしていたら 大変な事になる」と思い


自己流で 子どもたちの 修行を 重ねてきた。


修行、と 言っても家事・育児・介護の中で、


私が 子ども達に 割ける時間は よそのおうちより少ない。


その少ない時間の中で、家事の傍ら、一緒に遊びつつできることを探し、


私にも 子どもにも 負担がなく、かつ お金のかからない方法で


育ててきた。


周囲には 療育センターに 通う人もいたし、


よこはまクリニックに 予約を入れた人もいた。


それは そのお宅で お子さんにいいと思う方法を 選択したのだから


私が 口を出すことではないし、


私は 私に できる方法で 子ども達を育てていくだけである。


夫は 繊細な人で、仕事に行くだけで 神経をすり減らしており、


育児や介護にまで 割ける力は 無かったから、


夫には 十分家で休息してもらえるようにした。


周囲では 親子団欒や 父子の関わりなどが 子供に与える影響が


なんたら、という情報が 飛び交っていたが、父親が疲労困憊の


状況で 子育てに 関わっても 良い事はないだろう、と


夫も子どもも 調子のいい時に、


私が 様子を見ながら 一緒に関わってもらうようにした。


子どもがぐずったり、夫が 不快そうになったら


そこで 引き離して 終わり、である。


親にも 個性があり、限界があるのだから、


「OOすべきである」と いくら 政府広報が主張しようと、


何とか党が「子どもと 親子の触れ合いを」と


ポスター貼りにこようと、


私の 家庭で 実現不可能なことは 無視である。


世間から見たら 非常識な 子育てだったかもしれない。


最近も 無言電話や いたずら電話、悪意のメール、


その他が 来る。これは 私が 佐々木先生に ついて


私との間や 講演で先生や ご家族が 公言したことについて


書いたことに 不満や 敵意を持った人の行為かもしれない。


今 夫と 子どもたちの 関係は 良好だし、


夫も 子どもも 不出来な 私を労わってくれ、


悠々自適の 毎日である。


私も 子ども時代、理想的な環境で育ったわけではないので、


子どもや 夫に 普通の奥さんや お母さんが したようなことは


できていないのだが、それでも 今 私たち家族は


幸せな 毎日を 送っている。


子どもたちが 経済的・精神的自立を果たし、


一緒に 暮らしては いるものの、私が 子どもたちに


することは 作業着のしみ抜きや


通院のついでに 頼まれた買い物をするくらいである。


朝は さっさと 起きてきて タイマーで炊かれたご飯を


弁当箱に詰め、おかずを作り、朝ごはんを食べて


仕事に行く。これを 長男が 引き受けてくれている。


リウマチの私が 包丁握って あれこれしたり、


緑内障で 視野の欠けた目で ご飯の水加減を調整するより


その方が 早い。


夕食は 長男が 次男に 指示を出し、 二人で作る事が多い。


私が 午後の診察を終え、交通機関を使って帰宅すると、


子どもたちの 帰宅の方が 早い日が多いからである。


「やれる人が できない人を助けて 家庭(あるいは社会)を回す」と


いう事が 誰が言い出すともなく 日常になっている我が家である。


自閉っ子の心身をラクにしよう!
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花風社