多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

自閉っ子の知能・知識・そして行動

2018-10-08 23:31:26 | 子どものあれこれ
自閉っ子は 世間の方から見たら、知的障害者であり、自閉症者である。


学力も 高等支援学校の中でも 髙いとは言えなかった。


働き出して4年目になる。


現在も計算が苦手で、書く事も不得手である。


しかし 契約更新の書類は 自分で書き、捺印もする。


難しい計算は できなくとも、友人との外出の際には


交通費の予算を立て、食事代や 遊興費なども


予算を越さないように 自分で考えている。


遠出をする際には、夜行バスの手配や、テーマパークの切符の買い方を


スマホで検索して 自力でしている。私はゴミ箱の中のレシートや


チケットの半券を見て それを知る。


計算が不得手でも、書くことが苦手でも、


自分でやりたいと思えば 他の部分で補って生きていけるのだなあと


思う。


人との会話が困難なく出来、買い物はもちろん


チケットの予約なども 自力でできる自閉っ子は、


「知的障害者」とは 気付かれず、「その態度はなんだ」と


よその人と トラブルになる事もある。


定期券の見せ方が 不自然だとか、


障害者割引のチケットを持っている事を怪しまれたりもするようだ。


運転手さんや車掌さん、店員さんなどには障害者手帳を見せて納得してもらえるようだが、


それ以外の人には 自閉っ子も「個人情報」が載った障害者手帳はむやみに見せない。


納得できずに帰宅する日もあるが、どんな人でも何らかのトラブルや


いさかいを全く経験しないということはないので、自閉っ子にも


自分で 切り抜けていってほしいと思うだけである。


知能は平均より低くとも、知識と知恵で 補い、毎日行動している


自閉っ子である。


兄ちゃんも あれこれ苦労があるようだが、仕事に苦労は付き物だし、


その苦労を乗り越えて また成長してくれると思う。


夫と息子達が 毎日世間の荒波にもまれつつ、家で休息しては


また 波に向かって出かけていく様子を見られるのは、


無上の喜びである。


障害があろうとなかろうと、障害の種類や 軽重に関わらず、


自分で資質を活かせる道を選び、毎日頑張る男たちを送り出す幸せ。


あと数時間で、熟睡する男たちが目覚める時間になる。


元気に 出かけられますように。


私も できる事をがんばろう。


目が見えるうちに、手足が自由に動くうちに。


今 目が見えて、手足が、指が動く幸せ。


いつか 終わりが来るかもしれないけれど、見えなければその先の世界があるだろうし、


体の自由が利かなくなっても、他の楽しみがきっとあるだろう。


何が 起きるのか わからないのが人生だし、今をひたすら楽しんでいこうと思う。


男たちの 汚れた作業着を 洗い上げて干すのも私の大きな楽しみである。


昔と比べて、足が楽になったので、杖なしで立つ事も楽にできるし、


洗濯物を干すのも 中断せずできる。できない事を数えるよりも、


できる事を見つけて生きていこうと思う。自分も、家族も、知り合った人たちの中にも。






支援者なくとも、自閉っ子は育つ 親子でラクになる34のヒント
クリエーター情報なし
花風社
コメント

突然やってきた「卒父」の日

2018-08-02 07:42:54 | 子どものあれこれ
暑い日が続くが、わが家の男たちは 大忙しである。


8月も 仕事量が多くなりそうで、喜ばしい限り。


自閉っ子も兄ちゃんも、例年通りお盆の時期も 仕事である。


自閉っ子は 代休なのか、2日連続で お休みをもらった。


以前は 1日は 遊びや用足しで、残りの1日は休息に充てていた。


が。この連休、自閉っ子はフルに遊び、お盆には会えない友人と会うと


張り切って出かけていった。


同じ日、兄ちゃんは 休みではないが、仕事の後、会社関係の飲み会があり、


帰宅が遅くなるといって出て行った。


夫も 仕事が長引いたものの、7時には帰宅して


私と 二人で 食事をし、ゆったりのんびりしていた。


夫と二人。静かで いつもと違う空気が流れた。


10時近い時間、兄ちゃんは 明日の仕事の事も考えて


早めに切り上げて帰宅。夫は「あ、来たか」というだけで、


普通に 会話をし、「冷蔵庫に 冷たいものあるぞ」と声を掛けていた。


自閉っ子からは、連絡も入らず、帰宅の気配もない。


その後しばらくして、夫の携帯が鳴った。


自閉っ子である。夫は いつもより強い口調で


「今日は (駅まで)迎えに来いといっても 行かないからな!」と


言ってから 電話に出た。


「今どこだ?え?家の前?じゃあなんで電話してきた?」


家に入った兄ちゃんが ドアの鍵を掛けたが、自閉っ子は鍵を忘れていったらしい。


夫が ドアを開けると、そこに自閉っ子がいた。


「鍵 忘れたのか。」「うん。」「ちゃんと持ってけよ。」「わかった。」


自閉っ子は シャワーを浴びに行き、


夫は また 私のいる部屋に 戻ってきた。


いつもなら、自閉っ子が遅い時は、心配して 電話を掛けたりしていた夫。


私が 「自分の勝手で遅くなったんだから、迎えはいい」と


制しても、駅まで迎えに行っていた夫。


自閉っ子も そんな父親に 甘えていた。


でも、今日は 夫も自閉っ子も 違った。


電話に出る前に、夫は 自閉っ子の迎えにはいかない、と決めていた。


多分自閉っ子も、「もう お父さんには 頼まない。自分で帰る」と


決めていたのだろう。


あ、どっちも 甘え 甘えさせ、の関係から変わったな、と思った。


「卒父」の日だなあ、と思った。


私は 兄ちゃんや自閉っ子の 「母役」からは もうとっくに卒業したのだけれど、


夫は 自閉っ子の事が 頼りなく見えていたのだろう。それがやっと、「大人同士」の関係になった。


「卒父記念、おめでとう!」と声を掛けたい気持ちだった。


翌日、兄ちゃんは いつもより早い時間に 出勤していった。


「昨日 早く切り上げた分、今朝はやる事があるから」と。


夫も 忙しそうに 出て行き、疲れている筈の自閉っ子も、


いつも通りに起きて支度して 出て行った。


夫の 子育ても、もう終了である。




~親離れ 子離れ頬に 土用東風~
















支援者なくとも、自閉っ子は育つ 親子でラクになる34のヒント
クリエーター情報なし
花風社
コメント

他の子と比べるという事

2018-06-02 11:11:05 | 子どものあれこれ
「子どもを他の子と比べるのは良くない」とおっしゃる方に会った。


私は 比べること自体は 悪い事ではないと思っている。


ただ その子どもには どうしようもない事、


性別だとか、体格、容姿などを比較して、


誰かの基準で優劣をつけるのは 嫌だと思う。


私の子どもたちは、男の子で、発達凸凹で、兄弟であっても


全く個性が違っていた。どちらの子も個性的で 私には


どっちの子も「かわいい子」でしかなかった。


その子その子で いいものを持って生まれてきたのだから、


別に「誰かのコピー」になる事はないと思って育てた。


上の子にしかできない事、下の子にしかできない事、


そういう事も 有って当然だから、「弟ができるのに」


「お兄ちゃんができるのだから」と 互いの長所を


他の子を責める道具にはしなかった。


家の整理をしていて、子ども達が幼い時の写真が出てきた。


見ていると、その時々の その子が持っていた課題が


ちゃんとその姿に表れている。「ああ、この時期には目を使う遊びを


したなあ」「あ、この時には視線の問題をクリアして、しゃがんだり


かがんだりができるようになっていたなあ」と


懐かしく思い出した。兄ちゃんの幼い時の写真にも、


検診や医師の診察では見逃された「物をつかむ力の弱さ」が


はっきりと 写っていた。その後時間をかけて、生活の中で


物をつかむ事、手先を使う事を本人が意識しない形で


繰り返すうちに、その課題もクリアできた。


自閉っ子の学校での写真も、面白いものがたくさんあった。


逆さバイバイではないが、逆さピースサインの写真。


先生は自閉っ子がなぜそういう反応をするのか 不思議に思われたようだ。


なんとか 自閉っ子に 正しい手の使い方をさせようと、


年上の女の子を相手に、握手をさせようとした写真があった。


自閉っ子は、差し出された手を見て、自分も手を出そうとするが、


相手が 差し出した手を つかむには、自分がどちらの手を出すのがいいか、


感覚がつかめず、両方の手を出そうとしている。


向かい合った相手へ どちらの手をだせばいいか、これは


まだ 逆さピースサインの段階の自閉っ子には 難問だったろうな、と思う。



いろんな場面の写真を見ると、その時子ども達が 何を越えようとしていたか、


それをクリアして 次は何にチャレンジしていったかが わかり、


見ていて面白かった。


物をつかむことに苦心していた事が嘘のように、今は


会社で 様々な作業をこなし、後輩の指導もする兄ちゃん。


弱視で、自分の体の感覚があやふやだった自閉っ子も、


目も治り、体を動かすことが得意になり、会社で一般の人と


同じ仕事をこなすようになった。


スマホやタブレットで 好きなグループや歌手の動画を再生し、


歌詞や振付を 覚えて 気分よさそうに歌う姿は、


「こんにちは」が 言葉であり、あいさつであり、相手から


自分へ、自分から相手への コミュニケーションの手段だと


わかるまでに 数年を要した時期を思うと、別人のようである。


どちらの子も、自分の持って生まれた資質を 最大限に活かしていると


思うので、それぞれいい生き方をしていると思う。


人様から見たら「ただの親バカ」であるが、


私にとっては どちらの子も 私を越えて育ってくれた事に、


ただ感謝である。












自閉っ子の心身をラクにしよう!
クリエーター情報なし
花風社
コメント

イヤイヤ期とか反抗期とか

2018-05-21 13:03:02 | 子どものあれこれ
「子どものイヤイヤ期」だの「魔の2歳児」だの、


子どもからしたら 随分と失礼な言い方が、


世間では まかり通っているのが 不思議である。



「反抗期」というのも 親や周囲からの目線でつけられた


名称だろうなあと思う。


「親や周囲の 思い通りの行動をしない子」だというだけで、


勝手に「イヤイヤ期」だの「魔」だの言われたら


たまらない。


相手が 子どもだから どう言ってもいいと思うのだろうか。


それでいて、思春期や 青年期に問題(親や周囲から見ての)が


起きると、


「あんなにいい子だったのに」と 言い出すのが不思議である。


本人は 昔も 今も 「同じ人間」だと思うのだが、


自分のおもうように 育ってくれないと、


この世の 終わりのように 感じる人がどうも多いようだ。


わが子とはいえ、自分とは 別人格を持つ


違う個性を持つ「人間」として


向き合う事ができない人を見ると、不思議に思う。


 







感覚過敏は治りますか?
クリエーター情報なし
花風社
コメント

電話ボックスが欲しい自閉っ子

2018-05-08 20:31:05 | 子どものあれこれ
今は 携帯電話があり、固定電話を使う事も少なくなった。


公衆電話も、もう何年も使っていない。


夫も 息子達も、それぞれ自分の部屋があるが、


古い 木造家屋で 襖で 間仕切りの状態では、


生活音は 筒抜けである。


私も 夫も 長男も そうしたものだと思って暮らしているが、


最近 自閉っ子が「電話ボックスが欲しい」と言う。


友人との 電話のやり取りを 家族に聞かれたくないらしい。


今も 暗い中、庭に出て 何か話しているのが聞こえる。


内容は わからないが、家族とは 離れた場所で


電話がしたいのだろう。


「電話ボックスが欲しい」と しきりに言っていたが、


検索したら イギリス製で オーダーすれば 可能らしい。


ただし 何十万もかかるそうだが。


どこかに 払い下げのルートがあったら、飛んで行きそうな


自閉っ子である。


電話ボックスでなくても、何か 自作したら済む話である。


学校で 木工や 金属加工など 勉強したのだから、


その経験を活かしてみたらどうかなあ、と思う。




英国 ★赤い電話BOX★ 原寸大!!! 超リアル ディテールが素晴らしい UK イギリス アウトドア 限定販売 受注販売 (レッド)
クリエーター情報なし
picnicjapan
コメント