多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

おっぱい飲んでねんねして~退行現象かな?~

2018-11-11 05:33:42 | トラウマ
先日の 「愛甲さんに質問する会」の途中に、ほんの一瞬ですが、


何とも言えない感覚がしました。何かのスイッチが 切れた、あるいは入った感じです。


当日は 皆さんと お食事して 楽しく過ごして


翌日帰宅しましたが、その日の夜 寝付いてから、翌朝起きられなくなりました。


起きられない、というよりも 置きたくない、動きたくないのです。


以前鬱の時に体験した 「動けない」のとは 違い、


体と心が 冬眠状態みたいな感じです。


朝 家族を送り出す事も できない日がありましたし、


朝起きて 食事して 家族を 送り出してから、また 眠った事も幾たびか。


その後 夕方まで 寝ていて、家族と夕食して また夜も寝て。


仮眠状態では、と 主治医には言われましたが、


眠い時と ただ ひたすら静かに布団の中で 丸まっていたい気持ちの時が


多かったです。感覚は冴えていて、眠る必要はないし


疲れてもないのですが、「じっとしていたい」気持ちが強いのです。


昨日は それも おさまり、自閉っ子と出かけてきましたが、


あの 数日間は何だったのかなあ、と自分で振り返り、


食事と トイレくらいで あとは 眠るか じっとするだけが ほとんどだった状態は、


「おっぱい飲んで ねんねして」の 乳児の状態か、ひょっとしたら胎児期の再現かなあとも。


あの会の ある時間が きっかけで 退行でも起こしたのかなと思いました。


冬眠から覚めて、すっきりした気分です。


自分の体に任せていると、自然に調整ができるなあと感じました。







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立ち寄った飲食店で

2018-10-20 19:12:28 | トラウマ
通院の後、昼食を食べに 近くの飲食店に入ろうとした。


店の外に椅子が 複数あり、どうも順番待ちらしい。


一番前を覗くと、「人数・大人・子ども・テーブル席・カウンター」などの項目を


書く用紙があった。名前と、大人一名、テーブル席と記入し、しばらく待つ。


「2名でお待ちのスズキ様」「4名でお待ちのタナカ様」と次々と呼ばれる。


私より 後に並んだ人も入っていくが、1テーブルに一人を座らせるより、


待てないお子さん連れや 家族で座りたい人を先に案内するほうがいいのだろう。


と 思って待っていたが、いつまで経っても 私は呼ばれない。


不思議に思い、記入した用紙を見たら、私の名前が 消してある。


複数の人が 応対するうちに、誰かが うっかり消してしまったんだろう、と納得。


改めて 最後に 書き直して、椅子に座った。


次に チェックに来た人が、「あ?お一人でお待ちの方ですか?」と


慌てていた。「そうです」とだけ 答えて 案内されたテーブルに着いた。


私が 待ってた事や、案内し忘れた事、チェックを誰かが間違えた事も


わかってくれたのだから、ごたごた言わなくてもいいなと思い、


メニューを開き、注文をした。


料理を待つ間、隣のテーブルの親子連れの言葉が 耳に入ってきた。


「自分の事は自分でするって言ったのに、それしないから


出てくるのが遅くなったんでしょ!もう少し早く着ければ


並ばなくて済んだのに!」


「・・・・」無言のお子さん。


「自分がしてほしい時だけ あれこれ言うのに、都合が悪いと黙る!」


昔の 自分を そのお子さんに重ねてしまい、居心地悪くなる私。


隣のテーブルに料理が届いて、ほっとしたのもつかの間。


テーブルマナーにチェックが入り、お子さんは手元が気になって


食べるのが ゆっくりになったらしく、それも親御さんの気に障ったらしい。


聞かないようにしてても、あれこれ声が聞こえて、落ち着かなかった。


ああ、昔の私も あんな風に母親をイライラさせていたんだなあ、と今はわかるけれど、


その時の私は なぜ叱られるのか、何が母の気に障ったのか わからなかった。


やる事なす事、地雷を踏んでいたんだなあ、と思った。


私の料理も届き、温かい料理を味わいながら、昔の母の気持ちを思った。


帰宅してから、母に一緒に食事にいこうと 電話をした。


実家からも近いし、母の好物だから喜ぶかと思ったら、


「え?あそこ?行きたいけどねえ、とてもお店まで歩けない」と言う返事が来た。


「皆でこっちに寄る用事がある時に誘って頂戴」と続いた。


夫や子ども達が休みで、車で出かける時なら、という意味だろう。


つい 最近まで、そのお店のそばのスーパーまで 買い物に出ていたのに、


ちょっとした事で 弱っていくんだなあ、と感じた。


何かにつけて 私を 叱りつけてた母は、もうどこにもいない。


私のトラウマは 遠い遠い昔話になった。


夫が休みで、他の用事が無い時に、また誘ってみよう。


母と 一緒に出掛けられる時が、あと何回あるのか、


神様しか わからないのだから。 









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トラウマ・フラッシュバックの経過

2017-12-10 14:40:28 | トラウマ
先月末から、なんとなく調子が悪く、


時には 高熱が出た。


病院で 検査をしても、


熱があるだけで インフルエンザでもないし、


風邪でもない、と言われる。


炎症反応も出ないし、白血球の数も正常である。


熱がある時は 悪寒がすれば ひたすら暖め、


暑いと感じたら 布団から 足を出したり


体に 風を当てた。


不思議な事に、夫が そばにいる時は 熱が出ない。


何故かなあ、と あれこれ思ううち、


子どもの頃 週末になると 必ずと言っていいほど熱を出していたことを


思い出した。


週末は、両親が家に居る。


私は きょうだいの面倒を見なくてもいいし、


親の代わりに 請求書を持って 支払いをすることもない。


学校で 先生や クラスメイトに 理不尽な扱いを受ける事もない。


安心感からか、解放感からか、私はよく 熱を出した。


「ああ、あのころの状況に似ているなあ」と


思いながら 数日を過ごし、


夫が 買ってきてくれたものや 息子達が作ってくれたものを食べ、


気の向くままに 体と心の様子を見ていた。


約束をキャンセルしなければならない事もあったし、


不安に襲われたりしたこともあったけれど、


夫が そばにいてくれたおかげで、


いつの間にか トラウマと フラッシュバックは


収まっていた。


タッピングをする方法もあったのだけれど、


今回は それを する気にはならなくて、


何もしないで 自分の様子をただ見ていた。


今朝起きたら 長男が 洗濯機を回していて、


台所からは温かい 豚汁の匂いがしていた。


夫は 新聞を読んでいて、


別に何をしてくれるわけでは なかったけれど、


そこに居てくれるだけで うれしいなあ、という気持ちになった。










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