多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

母の味覚障害騒ぎ

2018-08-19 11:04:43 | 介護
実家の母を訪ねて、あれこれ話していた時の事。


食べるのが好きな人で、好物がいろいろあるが、


山育ちなので、お寿司や お刺身はごちそうである。


だが、「お寿司を食べても お刺身を食べても味がしない」という。


同居しているきょうだいは、「年だから 味覚が落ちたんじゃないか」


「味覚障害かどうか 検査をしたら」という意見。


母は 「最近は どこのスーパーのも味が落ちたし、


回転寿司に行っても どこのも美味しくない」とぶつぶつ。


しかし 食欲はあるし、私が立ち寄る時に 頼まれて買った



さほど上等ではないお寿司は ぺろりである。


はーん。要するに、一人で食べるのが嫌なんだ。


気持ちの問題だなあ、と気がついた。


きょうだいが 仕事で遅い時、


母は 待ちきれずに 自分で買い物に行く。


回転寿司にも出向く。


だが 骨折後は 足が弱り、歩くだけでも負担だろうし、


買い物で 疲れ、一人で TVの前で 食べてもつまらないのだろう。


今年の猛暑で、母の外出頻度は減っているし、


母の友人も 同じで、話し相手がなく 食事も一人が続き


気持ちが 満たされないんだろう。


兄ちゃんに 話をしたら、「ばあちゃん 大丈夫か」と心配してくれた。


「多分 暑い中 一人で買い物行ったり 外食したりで


疲れるんだろうし、誰かと一緒に食べると 元に戻ると思うよ」と話した。


一人で 歩いて 回転寿司。はしや 湯飲みが 取りにくい店もあるし、


注文も会計も 全部一人、というのが 疲れるのだと思う。


足を痛めてからは杖使用だし、会計で カバンからお金を出すのも


ゆっくりだろうし。食べた気がしないんだろう。


私が スーパーで買った お寿司は ペロッと食べてたから、


お茶一杯淹れて、はし一善でも 手渡してくれる人がいるだけで、気持ちが違うんだろうなあ。


通院の合間に なるべく立ち寄って、お昼だけでも


一緒に 食べる時間を作ろうと思った。


兄ちゃんや自閉っ子が 顔出せば、もっといいけど、


あいにく どっちも 大忙し。


落ち着いたら 一緒に顔見せに行こうと思う。










やさしい味覚障害の自己管理
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自閉っ子、毎日お疲れ

2018-07-12 07:59:06 | 介護
大阪の地震の後。自閉っ子の会社の支店も大阪にある。


そこの応援に 自閉っ子の上司や 同僚も応援に行った。


人手が足りない上、普段 大阪支店が 請け負っていた分の


商品も製造して 補わなければならない。


自閉っ子の 仕事量も多く、毎日フル回転である。


疲れはあっても、食べて寝て元気にまた出勤である。


今日は 休日なので、朝食後は ゆっくりしている。


また 明日から がんばって仕事にいけますように。


昔の ひ弱で コミュニケーション苦手で、


音に過敏で パニックを起こしていた自閉っ子はもういない。


過敏性は 「音の聞き分け」というスキルに変わった。


外を走るバスのエンジン音を聞き分け、


「今のバス、オートマだ」「今度のはマニュアル。」と


教えてくれる。


私の方が 自閉っ子に遅れを取っている。いや追い越されたと言っていいだろう。


先日も ゲームセンターの景品で 欲しいなあと思う物があり、300円ほど使ったが


取れなかったので、自閉っ子に「あれ取って」と頼んだ。


自閉っ子は クレーンゲームや UFOキャッチャーが得意で、


取れた景品を私にくれたり、時には「横浜いくなら これ持ってって」と


何度か 花風社の浅見さんに 差し上げたりした。


しかし 自閉っ子は 気が乗らないのか、また癖になっては困ると思ったのか、


相手にしてくれなかった。


食品売り場を回った時も、「これ以上買うと持てなくなるぞ」とチェックが入る。


カートを押していると、中味の重さは実感できないが、


自閉っ子は 予想がつくらしい。その昔 買い物に連れて行って、


ジュースを持たせたりして、重さを感覚で覚えさせた事が


こういう形で 戻ってこようとは。


まだ買うものがあったけれど、自閉っ子からストップがかかった時点で会計へ。


半分ずつに分け、重い方を自閉っ子に持ってもらったが、


私の包みも 決して軽くはない。自閉っ子がいてくれてよかった、と一安心である。


毎日の労働で もっと重い物持ってるだろうから、鍛えられたんだなあ、としみじみ。


帰る途中の駅で、「自閉君!」と声を掛けられ、話を始めた自閉っ子。


「今日は休み?」


「おひさしぶりです。はい。そうです。」


「元気?」


「おかげさまで元気です。」


「今日はこれから 実習先に行くんだけど、自閉君とこも回るのよ。


実習生いってるの知ってる?」


「はい。OOさんですよね。」


「よろしくね。これから行ってくるから。」


「さようなら。」


私も 会釈はしたけれど、最初はどなたか思い出せなかった。


実習、という言葉が出てきて、「ああ、自閉っ子の学校の先生だ」と


わかったけれど、名前が思い出せなかった。


あとから 自閉っ子に教えてもらい、プリントでよく見た名前の先生で、


そこから 手がかりをつかんだが、なかなか思い出せなかった。


自閉っ子もよそいきモードに ぱっと変わり、大人らしい会話にチェンジ。


大人になったなあ、と感動。


自閉っ子の学校では、過去に入社した子が 問題を起こしたり、


自己都合で退職したりすると、翌年度からは 実習を受け付けてもらえない。


実習なしで 採用まで行く事はないので、学校ではなくハローワークから


自力で就労活動をするしかない。


そこまで したくない人は、学校からつなげてもらえる企業から


選ぶしかない。


自閉っ子が 就労して4年目。自閉っ子の先輩たちが


土台を作ってくれたおかげで 自閉っ子も入社できたし、


自閉っ子が 職場で信頼させる仕事をしているから、今年も実習を


受け付けてもらえ、その子たちの中から、何人かが 入社するだろう。


当時、早く全員の就労先を決めたい、と進路指導の先生も


それ以外の先生も 一丸になって 応援してくれた。


学年で 最後の最後に 就労先が決まった自閉っ子。


先生方を 最後まで悩ませた自閉っ子だったが、


内定が早かったか遅かったか、より、入社してからの


仕事の方が大切である。


学校で優秀で、先生に太鼓判を押されていたのに、


入社してから 一年持たずに辞めてしまった同級生もいる。


その後は 家でゆっくりしたり、バイトをしたりし、


最近また 就活を始めたという話が伝わってきた。


優秀だから、どこに行っても採用されるのだけれど、


逆に「いつでも辞めて他を探せばいい」という気持ちになってしまうのかもしれない。


「あなたは(この集団の中では)優秀だから」と刷り込まれてしまうと、


最初からやり直す事が ばかばかしくなるのかもしれない。


優等生になったことがない私や自閉っ子には、わからない世界である。







 




支援者なくとも、自閉っ子は育つ 親子でラクになる34のヒント
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夜中のチャイム連打の思い出

2018-05-23 13:23:49 | 介護
数年前、家族の介護をしていた時のこと。


水仕事をしていたり、他の物音がしたりで、


私を呼ぶ声に 気付かない事が数回あった。


か細い老人の声は、気にしていても


時に 耳に届かない事がある。


そこで 手元で ボタンを押すと、


私の居場所で チャイムが鳴るように


設置が簡単なものを 購入した。


昼間は いいが、夜中に 何度もチャイムの連打、である。


慌てて飛んでいくが、特に 変わった様子はない。


「お父さん、どうかしました?」と聞くと


「別に 何もない。」という。


「じゃ、また 何かあったら 呼んでくださいね」と


戻ると、数分も経たずに チャイムの音が響く。


その度に 「どうかしましたか」と 飛んでいく。


そんな毎日だった。


別に 用はなかったが、誰が 起きているのか、とか


誰か家族の顔が見たいとか、そんな気持ちなんだろうな、と思い、


何度チャイムが鳴っても、その度 そばにいって様子を見た。


その チャイムの音が 鳴らなくなるころに、


今度は 夫の足音が聞こえてくる。


「あ、もう朝なんだなあ」と 思い、


起き上がって 朝食の支度や 洗濯にかかった。


私は 生来不器用で 気が利かず、


世話をされる方は いろいろと 不愉快だったと思うが、


孫や 息子は 寝ていて来ない、と知りつつ、


それでも 「おーい」「おい」と 呼んだり、


チャイムを鳴らし、私を待っていてくれたことを


思い出すと 夜中の寂しさを 紛らわすくらいの


役には立っていたのかなあと思う。


今 私を呼ぶのは、夫と息子達だが、


夫や息子達の声が 皆 そっくりで、


時々「あ、おじいちゃんが読んでる」と 感じる事がある。


声や仕草、食べ物の好みなど、ちょっとしたことが


それぞれ似ている。


片付けの最中に、古いアルバムを見つけて開いたら、


長男にそっくりな顔や、次男そっくりな立ち姿、


夫そっくりの姿など、色んな姿があり、しばらく見入ってしまった。


夫の祖母、夫の母、そして私は 皆 似た所がないのだが、


それぞれが産んだ子どもは 皆そっくりで、


夫の祖母が 「わしが産んだ子と、O子が産んだ子と、お前が産んだ子が


なんで 同じ顔なんや?」と いつも不思議がっていたことを


思い出す。



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空気が読めない自閉スペクトラムでも

2018-03-31 13:20:37 | 介護
私は 自閉スペクトラムである。当初の診断は アスペルガーである。


その場の 空気が読めないし、気が利かない、と


幼い時から 周囲の人を悩ませてきた。


しかし 夫と 結婚し、三世代同居が 始まり、


子ども達が生まれてからは 四世代同居であった。


パート・家事・育児・介護、その他もろもろ。


何が何だかわからず 夫を始め その上の世代の人たちを


困らせてきたが、年数と 回数をこなすうち、何とかなった。


上達は しないものの、熟練はできる、というわけで、


人に 褒められるようなレベルにはなれなくとも、


日常生活を 自分なりに 切り盛りすることができるようになった。


で、今では 夫の知り合いのお宅に出向いて、


ちょっとした お手伝いの最中である。


自分が 病気持ちなので、相手の方が 何に困りそうかが


健康な人よりは 推察しやすい。


食事も 好みを把握し、後は 歯の状態や


胃腸の具合を 見つつ、かつ 私でもできる範囲の


簡単な物を作って ご飯も 普通がいいのか 軟飯か、と


炊き分けておく。


今の所 処置や診察の結果が良好とのことで、


私も しばらくは ゆったりして 自分の通院や


用足しをしている。


もともと 気が利く性質ではないが、世代の違う家族との


同居で、どこかが弱った人に対して どうしたらいいのか、


自然にできるようになったのは よかったなあと思う。


その目で 自分の母を見つめると、「あ、あれが無理そうだな」とか


いろいろ わかってきて、相手のプライドを傷つけないように


手助けできることが できるようになってきた。


どこにいても、学ぶことはできるし、その学びを


他の人に 役立てていけるのはうれしいことである。


 



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親類の手術のお世話

2018-03-26 19:13:15 | 介護
私は 元気に お気楽に過ごしていたが、


夫の親類の女性が ある手術を受けることになり、


その前後の お世話に 向かう事になった。


手術自体は 長時間ではなく、日帰りも可能だけれど、


一人で 自宅には帰れないと ご本人はおっしゃる。


しかも 回数が 何回かに 渡るとの事で、


ご本人の 精神的 ショックは 相当なものだった。


親族にも お仕事があり、何度も休むわけにはいかないのと、


その方には女性の親族がいない。


トイレや 着替えなど、やはり女手が欲しいとの事で、


私は 今 その人の 自宅に度々伺い、


通院や 術前術後のお世話をしている。


日帰り手術でも、他の処置でも、その人には


不安と恐怖が 付きまとい、見ていても


「これは 大変だなあ」と思った。



病院から 帰ってからは、動く気もしないそうなので、


休んでもらって 私は 簡単なおかずを数品作ったり、


お茶を淹れて 話し相手になったりしている。


今日も 通院の付き添いをし、一緒に帰宅し、


とりとめのない話をしてきた。


病院というものや 病気というものに慣れている私がいる事で、


その人も 当初より 少し 気持ちが安定してきたように思う。


他の方には「日帰り手術?かんたんでいいね」と


不安や 恐怖に 共感してもらえない事が、


ものすごいストレスだったようだ。


最初は 不信感が 大きかったが、日を重ねる事に


不信感や 不満が 話題から少し減っていっているようで、


この調子で この人が 自分の心と体に向き合える状態になってくれればいいなと


思っている。














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