多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

陛下が、東宮殿下でいらした頃の事

2019-05-02 08:18:00 | 思い出
今上の陛下が、東宮殿下でいらした頃の事。


平成何年だったか、記憶にない。


明治生まれの夫の祖母のもとに、


子どもや孫、ひ孫が集った。


その事は別に珍しい事ではない。


そのうちに「おばあちゃんとみんなで、旅行をしよう」という話が始まった。


夫の祖母は 旅行が好きで、若い時はあちこちに出かけていたが、


私が嫁いでからは、自分の子どもの家にすら、出かけた事は数回しかない。


「おばあちゃんが元気なうちに、みんなで旅行をしよう」というので、


すっかりへそを曲げた。


「わしが 生きてるうちに、ってことか?」


こうなると もう何を言っても無駄である。


「こよりさんも 何か言って」と言われたが、


私が口をはさんだら、もっと手に負えなくなるので、黙っていた。


旅行に行くように言えば、おばあちゃんのご機嫌が悪くなるし、


旅行に行くなと言えば、おばあちゃん以外の全員の機嫌が悪くなる。


早く終わってくれないかなー、と思った時に


おばあちゃんの一番末の息子、夫の叔父が口を開いた。


「お袋が行きたくないのはわかるけど、


俺たちもきょうだいで出かける事なんかないしな。


これが最初で最後だから、お袋付いてきてくれよ。


酒が入ってけんかになった時、仲裁役がいないと安心して飲めないから。」


これを聞いたおばあちゃん、納得して


「そりゃそうだな。わしがいないと収まりそうもないな」と上機嫌。


年寄り扱いされることは嫌でも、「子どもの監視役」という事なら


納得できたようです。


2泊3日のお出かけ。あちこち出かけた事のあるおばあちゃんには、


「なんだ、あそこか」という行き先でしたが、


何しろ子ども達が決めた事ですし、観光ではなく


「子どものきょうだいげんかの仲裁」が目的なので。


息子・娘・その配偶者・孫数名。総勢10数人の団体です。


私は もちろん留守番です。


その間 何をして過ごしたか、記憶がありません。


帰宅したおばあちゃん、上機嫌でした。


特急列車に乗っての移動。


ある駅で、「しばらく停車いたします」のアナウンスがあり、


「何だろう?」と 思っていた時、


乗った電車の反対側のホームに、


東宮殿下のお姿があったそうです。


おばあちゃんが座った座席から、ホームをお歩きになるお姿がはっきり見えたそう。


「旅行に行ってよかった。東宮さまのお姿が見られるなんて。


良い冥土の土産ができた。立派な方だった。」


わが家での平成の一番の思い出です。


陛下の即位のニュースを見て、


この時の事を思い出しました。








 


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