多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

自閉っ子の心に残っている遊びの数々

2017-11-01 21:23:26 | 遊び
自閉っ子が、「どんどこどーん」と歌いだし、私の顔を見た。


「あ、覚えてるんだ」というと


「うん。小さい時 聞いた」という。


自閉っ子や 兄ちゃんをあやす時、


膝の上に乗せたり 脇を支えて立たせたりしながら、


体を軽くゆすって「どんどこどーん!」と繰り返し声を掛けて遊んだ。


1才か、2才くらいの頃のことなのに、


ちゃんと 心に残っているんだなあ、と私もその光景を思い出して


うれしくなった。


他にも あれこれ 遊びとも言えないような


家事や 介護の合間にした ちょっとした関わりを


自閉っ子は 心の中に 大切にしまっていてくれた。


多分 兄ちゃんもそうなんだろう。


私は TVの子ども番組の テーマソングは 歌ってやれなかったけれど、


童謡や 唱歌は よく歌った。


寝られない二人を連れて


畦道や 川のほとりを歩きながら


あれこれ歌った事も 昔の話になった。


無い物ねだりをしないで、今できる事で親子で楽しんだ事が


今 ちゃんと実になっているんだなあと思った。


世間の人に あれこれ言われることもあるけれど、


2人とも 親を越えて育ってくれて、家族で楽しく暮らせることが


ただただありがたく、幸せです。








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水や土で遊ぶこと

2017-09-17 11:44:36 | 遊び
「水」ひとつ とっても、

蛇口から出てくる水と、コップに入った水、


ペットボトルに入った水、

ましてや 地面のたまり水や 雨水、プールや お風呂の水が


「すべて (水)という 概念でくくられるもの」と


子どもが認識できるには 時間と 回数がかかると思う。


飲むときの水と、遊んでいて 服や手足にかかる水が 「同じ」だと


分るのにどれだけの 時間が 必要なのかなあ、と ふと 思った。


泥水や 滝の水、その他数え上げたらきりがない。


凍ったものが 融けて水になる瞬間。


昨日あるいた水たまりが、朝 薄氷になっていた時。


そういう繰り返しの中で 「遊び」や「体験」が


知識に 結びついていくのだろうし、


語彙や 体の発達とも無縁ではないという気がする。


わが家では 毎日 1升のお米を炊くが、


お酒一升は 通じても、「お米一升」は 通じない人が増えた。


その度に「10合の事を 一升と言うのよ」と 答えると


びっくりされる。


収穫した時は 石(これもいわば死語である)や 俵(一俵は約60キロ)で 表し、


日常では 斗(一斗は 約14キログラム)や 升(1・4キログラム)を 使うことが多かった。


今は ほとんどの家庭が 合を 使うだろうなと思う。


お店で買う時は キロで買い、研ぐために量る時は 升や 合である。


食べる時は 一杯、二杯。この使い分けを 子ども達は 見ていたので、


学校での単位の勉強の時には 知らず知らず役に立ったようである。


同じものでも 場面によって 量る単位を変える事、が 生活の中にあったからだ。


家では 計量カップより 一升ますや 五合ます、一合ますが 現役だったので、


来客時などに 大量の炊き込みご飯を炊く時は


子どもにも 量らせた。一升ますで 五合を量るやり方も教えたし、


同じやり方で 一合ますで 五勺(一合の半分)を量るやり方も教えた。


これは 私には 家事手伝いであるが、子どもたちには


遊びや 学習にもなったかもしれない。


キャンプの飯盒炊飯の時も、先生ですら 人数分のお米がどれだけか、を


計算していたらしいが、うちの子は 「一合のお米で ご飯茶碗二杯くらい炊けるよ」と


先生に話したそうだ。


私が 忙しい中で あれこれ こどもにできそうなことを やらせたことが、


それとは 気付かないうちに 遊びになり、学習になっていたのかなあと 今思う。


ヘレンケラーが、コップの中の水と 手を洗う水が「WATER]であることを


理解するのに時間がかかったというような 話をどこかで読んだ記憶があるが、


形や 温度が 変わるものに 同じ名前がついている、というのは


理解するのに 時間と 様々な経験が 必要だろうなあと思う。 









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正しい遊び方マニュアル?

2017-09-16 13:53:02 | 遊び
子どもがゲームや スマホに 夢中になる。

子どもが 遊ばないのは 問題だ、とかで

「脱 ゲーム」「脱 スマホ・タブレット」とかの 親向けの講座も

あるそうだ。親が そこの 講座に行ってる間、


子どもは 何をして待ってるのかなあ、と 私は そんな事が気になった。


講座にいくのも 親の気晴らしになるのかもしれないけど、


講座を 何回も受けるとしたら、留守番する子どもは


その間 ゲームや スマホして 待ってるのかも。と思って 


「遊び方指導講座」みたいなのが 出てくる時代なのかあ、と おかしくなった。


遊びなんて 子どもの 気の向くことをさせて 親や 周囲が



出来る範囲で相手をしてればいいんだと 私は 思って過ごしてきたけれど、


「遊び方 マニュアル」を 求める人も多いらしい。


危険の無い範囲で、 経済的に影響のない程度の遊びをしてれば


それで いいのじゃないかと おもうけれど、


「水道代がかかるけれど どの程度まで 水遊びをさせればいいのか」とか


「家族の 持ち物で遊びたがるが 取り上げると 癇癪を起こす」とかで


対応に 悩む人もいるらしい。不思議な話であるが 実話だそうな。


私は 子どもたちに


「これだけは 身に着けてほしい」ことを 生活の中で 教え、


子ども達は 体の使い方を覚え できる事を増やしていった。


遊びについては 親の時間の許す範囲で、親が できる範囲で


適当に あれこれ 相手をした。さあ あそぶぞ、みたいな気負いはないし、


子どもなんて 何でも 面白がるから、その場その場で できることをしたまでである。


どこかで そういう話をしたら、「子どもが もっともっと!と言ったらどうやって切りをつけるんですか?」と


質問された。「お母さんは OOするから 終わり」だったり、親の都合で打ち切りである。


一人で 続けるもよし、きょうだいと 遊ぶも良し、一人で他の事をしても良し、である。


癇癪を 起こしたこともあったかもしれないが、よく覚えていない。


ただ 相撲ごっこの 終わりの時は 「これにて千秋楽~」と 告げて、


子どもに 太鼓をたたかせた記憶がある。その間に私は 移動する。


どんどこどんどこ やって そのうちに 太鼓の音が やんだような記憶がある。


遊びに 「これが正しい」は 無いと思うので、マニュアルも


本も 要らないと おもうけれど、真面目な方は 


遊びすら 「正しく 学んだ上で」やりたい と思うようである。












発達障害、治るが勝ち! 自分の生き方を自分で決めたい人たちへ
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