多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

漏水減免申請届出

2018-10-01 16:49:51 | 法律・制度
「漏水減免申請届出」

ろうすいげんめんしんせいとどけで、という


寿限無寿限無・・・を思い出すような手続きに


出掛ける事になった。


水漏れに気づくのが遅く、気付いてからいくつか業者に当たってみたけれど、


どこも忙しくて 見積もりに行くのさえ 「9月にしてください」と言われた


8月。水道の元栓を止めて、水の汲み置きをし、家族に続けてシャワーを使ってもらい、


大慌てで洗濯をしたものの、やはり24時間何日、いや何十日も


流れ出ていた水の量は普通ではない。


ようやくある業者さんが見積もりに来てくれ、忙しい中


少しでも早く工事ができるように、とあれこれ職人さんの



スケジュールを組んで 工事に取りかかって数日後。


水道の検針に来た人が、「あの、やけに水道のメーターが回ってますけど、


心当たりありますか?」と言ってきた。


事情を話したら、「見えない場所の水漏れについては、(ろうすいげんめんしんせい)の手続きをすれば、


全額ではありませんが、ある程度請求が減らせる場合がありますので、


市役所に 電話してください。この用紙を失くさずに、持参してください。」と


教えてくれた。


しかし その時は まだ工事中なので私は家から出られないし、


夫が「今日は休みだ」という時に限って 市役所は閉庁である。


もうでかけられるかな、と思った時期に


他の用事があったり、台風が来たりで、出かける時がなかった。



夫は 用紙の「今回のご使用水量」と その横の「ご請求予定額」を見て


顔が引きつっていた。引きつらない方がおかしい。だって請求額がいつもの3倍である。


しかし 水道課に問い合わせると、


1 外から見えない場所の水漏れ


2 前回は漏水の指摘を受けていない事


3 減免措置は一度受けると一定期間は次の申請ができない事


1と2に当てはまり、3に納得の上で、必要な物を持参して、


聞き取りの上で書類を書いてもらいます、との事。


「あの、平日は仕事ですので、契約者でなくてもいいですか?」と


尋ねたら 「代理人でもいいですよ」と言われ 一安心。


明日 市役所に出掛けて 手続き済ませてきます。


市役所に行くと 各種お知らせのチラシとかパンフレットとかあって、


それぞれ字体が違ったりして そういうの見たりもらったりするのが


楽しみです。


書類書く時も 多分「世帯主」と「契約者」と 


書く欄があるんだろうなあ。で「窓口に来た方」の名前書く欄に


名前書いて「続柄」書いて。ハンコ押して。


水道だから 「漏水に至った理由」「発生日時」とかも書くのかしらん。


わくわく。夫は この手の書類が苦手ですが、私はこういうのが


面白いので 明日が楽しみです。色んな課を回りましたが、


水道課は 初めてです。あまり行く人はないようで、


おなじみの 国保年金課や高齢者福祉課とは別な建物で、


最上階にあるそうです。


水道課には どんなパンフレットがあるのでしょうか。


「節水」はもちろんですが、思いつくのは「凍結防止」くらいかなあ。


他に何があるか見てきます。市役所は市内(当たり前ですが)でも、


我が家からは果てしなく遠いです。乗り換え3回。直線距離なら近いけど、


バスや電車で行くと 乗りつぎの待ち時間が長いです。


市役所で よく「いつまで待たせるんだ!」と怒ってる人を見かけますが、


私は 市役所への往復の長い道中を思えば、市役所の待ち時間なんて


気になりません。ローカルな飲み物売ってる自販機で飲み物選んで、


貼ってあるポスターに見入ってる間に すぐ順番来ますしね。


市役所の「市民の声をお聞かせ下さい」って箱見ても


箱に向かってしゃべったりせず、ちゃんと用紙に意見書いて


入れてきます。昔自閉っ子が 箱に向かって「あー」って


やってたのを思い出しました。私も自閉っ子も自閉脳ですが、


それなりに社会に適応して暮してます。



LOCTITE(ロックタイト) 多用途補修パテ 48g DHP-481
クリエーター情報なし
ヘンケルジャパン
コメント

「教えてもらえて当たり前」の人

2018-02-09 11:46:30 | 法律・制度
自閉っ子が 特別支援級に入った時、障害者手帳を


持っていない子の方が多かった。


障害があっても、普通級に在籍していたお子さんもいた。


それは ご家庭それぞれで 決める事なので、


私は 気にしていなかった。学校の行事や参観日とかで


少しずつ 話を交わすようになり、自治体や 県の制度を


知らない人が 多かったのにも驚いた。


住んでいる自治体の 役所に行けば 資料がなにかしらあるはずだし、


役所まで行く暇がなくとも、文書なりで「こういう子どもについての


対策や、受けられる福祉制度があれば知りたい」と連絡を送っておけば、


返事が来るだろうし、地元の民生委員などを紹介してもらえる。


福祉と 学校とでは 管轄が違うし、学校の先生は


自治体の福祉の状況に詳しくない人もいる。


学校は 役所の下請けではないので、いちいち


世話をしてはくれないし、知っていても


福祉だの 療育だのと 口に出すだけでも


嫌がる親御さんもいるので、学校で 福祉関係の話が出ない事もある。


そういう時間を作るより 個々の子どもたちへの 指導や


カリキュラム作りの方が大変だろう。


学年が上がり、中学に入ってから、 普通高校を受験するか、


専門学校を選ぶか、支援学校の高等部か、という


大きな 選択の時期になる。ほとんどの親御さんは


「特別支援学校高等部」と「高等特別支援学校」の区別をよく知らないし、


その2つのどちらを選んでも「高卒資格」は得られない事も知らない。


学歴は「中卒」である。


中には「障害者手帳」の存在を初めて知った、という人もいた。


というより 障害者手帳取得対象者に 自分の子が当てはまる、という事を


知らなかったようだった。


「学校は何も教えてくれない」と不満を漏らす人もいた。


学校にしても 医師にしても、自治体の福祉について網羅しているわけではない。


自分で 調べて、希望を伝えて、学校でできる事、


かかりつけ医に 頼まなければならない事を


その都度頼まなければならない。


「誰かが 教えてくれて 当たり前」という感覚の人が


多いように感じた。


私は 家計が苦しい時代、おじいちゃんたちが寝たのを見て、


泣く子どもを 後に 夜パートに出た。


パートさんとも 仲良くなったが、皆さん


「扶養から超えないように働く」事を いつも頭に置いていた。


そのことには 一生懸命だけれど、他の事は無関心で、


パートでも 一定時間超えて働いていれば有給が使えることや


控除に使える書類に ついても知らない人ばかりだった。


生命保険や損害保険。自分名義になっているなら、


年末調整時に書類添付すると 税金が戻ってくる。


そんな事しらない、どうでもいい、そんな人が多かった。


やりくりには 知恵をしぼるのに、制度の利用となると無関心である。


色んな人がいるなあ、と思った。


私が 上司に 有給消化を申し出たら、


「パートには 有給は無いよ」と 無知で言ったのか、


知っていても 有給を取られては困ると思ったのかはわからない。


私は「本社に確認してください」と頼み、その後認められたが、


私以外に パートが有給を使う、という事はなかったそうだ。


今 複数の病院に 通院しているが、


受付で 大声で やり取りをする人を見かけることがある。


「OOという制度があるのに、ここでは教えてくれなかった」というものが多い。


ここは 病院で、役所の出張所ではないのだが、


制度を利用する際に「主治医の意見書」や「診断書」が必要になるので、


「医者が 教えてくれてれば 手間が省けたのに」と思う人がいるようだ。


そういう人を見かけると、不思議だなあ、と思う。


「誰かが教えてくれて当たり前」


「自分は知らなかったのに、同じ状況で 制度を利用して


得をしている人を許せない」という感覚は 私には考えても解せないからである。















発達障害、治るが勝ち! 自分の生き方を自分で決めたい人たちへ
クリエーター情報なし
花風社
コメント

警察のお世話になったこと

2017-09-30 20:11:42 | 法律・制度
子どもの頃、警察のお世話になったことがある。


私が 直接 法に触れることをしたわけではないが、


家族や 地域の人、そして警察の人に


心配や 世話をかけてしまった。


幼い頃、母は 働いていたし、


私の 普段の行動について あまり把握していなかった。


きょうだいの世話を 言いつけられたり、


その他の用事がある時は 母の言いつけに従って


スケジュールをこなしたが、


そうでない日は、一人で あちこちぶらぶらしたり、


図書館へ行ったりしていた。


一旦帰宅してから 出かけてはいたが、


行き先のメモを 残す習慣もなかった。


ある日、あまり 接したことのない、家がどこなのかも知らない


同じ学年の子に、「家に来ない?」と誘われた。


答えずにいたら、「うちには 小さな犬がいるよ、家の中で飼ってるよ」と


言われた。


当時、室内犬は 珍しかった。


犬に気をひかれた私は、「行く」と答えてしまった。


私が 家に帰って 荷物を置いた後、その子が 家まで


案内してくれた。


きれいな お家で、その子の部屋に入れてくれた。


ベッドもあるし、子ども部屋なのに TVもあった。


小さな犬が ケージに居た。


「じゃあ 開けるね」と 犬を放してくれた。


楽しかった。おやつも 出してくれた。見たこともないお菓子だった。


かなり 時間が経った気がしたので、


時計を探したが 見えない所にあるらしい。


あるいは その子が 隠したのかもしれない。


外は 見えなかったが、「夜だ」という気がした。


玄関のドアノブを回しても、開かない。


鍵を 開けたつもりだったが、まだ他に 開かない工夫がしてあるらしい。


「家に帰らないと 怒られる」私の頭に浮かんだのは


そのことだけだった。


不思議な事に、その子の親は 待っても待っても帰ってこない。


夜遅い仕事をしているのかもしれない。


電話がないか 探したが、私には 探せなかった。


それから 長い時間が経ち、私が 泣きだしてから、


ようやくその子は ドアを開けてくれたが、


「まだ 遊んで行けばいいのに。面白いTVやるよ」と


遊び相手がいなくなる事を 残念がっていた。


暗い道を、走って走って、どこか 分る場所に出たいと


あちこち見ながら 息が切れるほど走った。


そのうちに 見慣れた場所に出て、ほっとして


歩き始めたが、なかなか家には 着かなかった。


行く時は 気がつかなかったが、けっこう遠くまで


行っていたらしい。


家に着いたら どれだけ 怒られるだろう、叩かれるだろう、と思うと


気が気でなかった。


今度は そのことが 怖くて、泣けてきた。


泣きながら 歩く私に、知らないおばさんが声を掛けてきた。


「あんた OO町の OO小学校の子じゃない?」


うなづく私を そのおばさんは 手を引いて 歩いてくれて、


他の 大人が 一杯集まった場所に行き、


「迷子の子、見つかったよ!」と 声を張り上げた。


わーっと どよめきがあがり、その後は


何が何だか わからないうちに 家に着いていた。


両親に 連絡が 行っていたようで、母が飛び出してきた。


母は いきなり 私を抱きしめたが、ただ 無言だった。


その時 父が どこにいたかは わからない。私を探しに


どこか 行きそうな場所に 行っていたのかもしれない。


家に入ってから 母が 警察に連絡をして、


「おかげさまで 見つかりました。ご心配ご迷惑かけました」と


言っていた姿を 覚えている。


何も 説明を 求められなかったし、


母も 何も 言わないので、一体何が何だか


私には 理解できなかった。


なぜ 母が 私を叱らないのか、叩かないのかが


わからなかった。


その後 その子の家には 行かなくなったが、


そのことで 学習するということも なかったので、


私は その後も 母がいない時は あちこちふらふら 歩いていた。


たまに もらえる小銭を貯めておいて、


駅前まで 何キロも 歩いて 本を買ったりした。


高い本は 買えないので、文庫本を買うのが 楽しみだった。


その本を 母が見つけて 「どこで買ったの」と聞かれ、


「お金貯めて 駅まで歩いて 本屋さんで買った」と


言ったら、「そんな事は 恥ずかしいからやめなさい!」と 


叱られた。何が 恥ずかしいのか わからないので、納得が出来なくて、


その後は 母に 見つからないように 買った本を 隠すようにした。


お店で お金を払って物を買うことが なぜ恥ずかしいのか、


今でも 謎である。


母も、周囲の大人も 私に 「年齢にふさわしい振る舞い」や


「気をつけるべきこと」を 私にわかる言葉では 教えてくれなかった。


普通の子が 何となく教えられなくても 理解できることが、私にはわからなかった。


何かしてから 訳の分からない言葉で 怒鳴られたり、


叩かれたり、という事が 多かった。


子ども達には 自分の 経験を踏まえて、


「出かける時には 行き先を 家の大人にいう事」や


「O時までには 必ず帰る事」を 約束させて、その理由も 教えた。


どこまでが 「してもいい事」で、


どこからが 「危ない事」なのか、私は 言語化してもらわないと


理解できなかった。両親は さぞかし 育てにくかっただろうと


今 思う。私が 両親の帰宅まで、どこで 何をしているのか、


ほとんど把握できなかったのだから、帰宅が遅くなったあの日、


警察に 話す情報が どれだけあったのだろうか。


よく立ち寄る図書館も、買い物に行く商店街も 皆閉店していただろうし、


誰も 下校後の 私の 足取りをたどれなかったのではと思う。


たくさんの人に 心配や ご迷惑をかけた事を、今


申し訳なく思う。あの時から 40数年が過ぎた。捜索にあたってくださった


警察官の方は ご高齢か、中には 他界されたかもしれない。


感謝の気持ちと お詫びの気持ちを お伝えしたいと思う。


協力してくれた 地域の 皆さんにも。


私の 気まぐれで 大騒ぎを起こしましたが、今も無事で


生活できています。ありがとうございました。




































犯罪の危険から子どもを守る!―子どもと親の不安を解消する77のヒント
クリエーター情報なし
学習研究社
コメント

市役所の ご意見箱

2017-01-31 15:14:43 | 法律・制度
自閉っ子も障害者手帳を持ってるし、私も 持っている。


私は 介護保険も 利用しているので、市役所に 手続きに 行く事が普通の人より多い。


市内には 本庁の他に 支所もあるのだが、どこへ行くにも


車でないと 不便である。


本庁に 朝から 何時間も バスと電車乗り継いでいくと、


係りの方は 「支所でもできますよ」と にっこり 教えてくださる。


支所でもできることは 知っているが、


そこへいく 交通機関が ない。


市が 交通機関が 少ない地区に マイクロバスを 走らせてくれているのだが、


我が家から そのバスに 乗っても 支所には行けない。


うちから バスに乗って JRまで行き、途中の駅で ローカル線に 乗り換える。


また 降りて、乗り換えると やっと 市役所の 近くに 行ける。


バスが少ないのに 電車だけ多いという事はない。無人駅であるから


どんどん 電車は通過して、一時間に2本が やっとである。


その次の 電車も同じである。


大事な手続きだから 仕方がないんだけど、


時間と 交通費が 痛手である。


市役所に 行くために 病院の予定や ケアマネさんや ヘルパーさんとの 予定の


組み合わせや 変更に四苦八苦である。そのほかに 家の予定や


知人とも会いたいから、頭の中が こんがらがる。


自閉っ子が 携帯の 機種変ができるのは いつだ、とか あれこれ言ってくるし、


もう 大混乱である。


さっき 市役所から 電話が来て、昨年私が この実情を書いて 「市長への 投書箱」に


いれたのを、市長が 読んで 事情を聞けと言ったらしい。


私は 日中 病院その他の 用事でいないから、なかなか通じず


言われた人は 困っていたらしい。


で、 あらためて 実情説明して、


「すぐに バスを 増発するとか そういうことは とても 無理だとわかっているので、


ご老人や 小さいお子さん連れで ベビーカーで バスに 乗りにくい方とか うちのような 複数の障害者がいる家とか、」


いろんな方の 意見も聞いて下さる場所を 作っていただくことを 検討いただけるだけでも


ありがたいんですが」とお答えした。


今日も 市役所から 封書が来てましたよ。


自閉っ子の手続きの 案内でしたが、持参せずに 封書で返送すればいいと 書いてあったので


ほっとしました。


郵便局も 銀行も 近くにないので、


名古屋の病院行ったときに そこで なんでも 手続きしています。


市役所に言ったからって 予算も 人手もいるし すぐに 何かしてもらえるとは


思ってないですが 投書を 読んでくれて 返事がきたことが うれしかったですね。


この先 夫が 年を取って、運転できなくなると 買い物も 不自由になるので、


先の事を 考えて おかないといけないなあと いつも 思います。













リアル公務員
クリエーター情報なし
英治出版
コメント