第3章 福音の奥義
神様は豊かなお方
エリは感動していた。
「きょうの語り合いのことをとても期待していたけど、期待していた以上に素晴らしい会になったね。」
ノンも満足そうだ。
「僕もヨハネの福音書に関する新しい発見をエリとジュンと共有できて、本当にうれしいよ。」
ジュンもうなずきながら言った。
「本当に、そうだね。私も感動しているよ。でも、あまりにたくさんの新しいことがあったから、もう一度復習したいな。」
エリが言った。
「うん。それも良いけど、このフードコートにはもうだいぶ長い時間いるから、そろそろ場所を変えない?」
ノンとジュンも場所を変えることに賛成したので、三人はフードコートを出た。そして歩きながら、なおヨハネの福音書について語り合った。
ジュンは、うっとりとした表情で言った。
「ヨハネの福音書って、『神様は豊かなお方』だってことが本当に良く分かる書だね~」
「どういう所が?」
エリが聞くと、ジュンはこう答えた。
「だって、ヨハネの福音書って、表面を読んだだけではマタイ・マルコ・ルカと同じようにイエス様の地上生涯を描いた書だって、誰でも思うよね。でも実は、創世記から列王記まで、さらにはエズラ署やマラキ書の時代までが重ねられていて、それらの時代にもイエス様がいたことが示されているんだよ。イエス様は創世記のヤコブと格闘し、またモーセやエリヤなどの預言者たちの内にいて、それぞれの時代の人々に語り掛けていたんだよ。すごいよね~。」
ノンも応じた。
「何て言うか、すごく厚みを感じる書だよね。イエス様の地上生涯だけだと、そういう厚みを感じないんだけど、旧約聖書の時代が重なっていると思うと、神様の分厚い愛をマタイ・マルコ・ルカの福音書の何十倍も感じる気がするんだよね。」
エリも納得したようだ。
「あ~、それで『神様は豊かなお方』だということが良く分かる書というわけだね。それなら、ワタシも同意するよ。ヨハネの福音書には豊かな膨らみのようなものを感じるからね。」
そして、ジュンは霊性について語り始めた。
「こういうのを『霊的』って言うんじゃないかな?霊性は時間を超えたものの中に感じることが多いと思うんだよね。たとえば古いお寺の境内にいると時間を超えた『何か』を感じるでしょ?この『何か』が霊性だと思うんだよね。」
ノンもうなずきながら言った。
「『霊性』って、どう表現したら良いのか、なかなか適切な言い表し方が見つからない難しさがあることばだよね。『時間を超えた何か』というのは、まさにその通りだと思うな。忙しくて頭を使っている時はまったく感じず、ボーっとしている時に感じやすいものだよね。」
「私もそう思うよ。神様の分厚い愛に包まれてフワフワと無重力の中で浮いているというか、脱力している時にしか感じないものだよね。エリには、この感覚が分かるかな?」
「アメリカはまだ歴史が浅くて日本のような古いお寺がないから、ちょっと分かりにくいね。でも、今朝、蓮永寺を散歩した時は、そんな風な心持ちになったな。そういうのを『霊性』というのは、何となく分かる気がするよ。」