2020年12月6日アドベント第二礼拝メッセージ
『沈黙の期間に着々と背後で働く神』
【マルコ1:14~15、Ⅱコリント12:1~10、ルカ1:8~20】
はじめに
きょうのアドベント第二礼拝で注目する人物はザカリヤです。特にザカリヤが、口がきけなくなって話せなくなったことに注目したいと思います。
きょうは次の五つのパートで話を進めて行きます。
①口がきけなくなって沈黙したザカリヤ
②沈黙の中間時代に実現した「ローマの平和」
③沈黙を強いられた戦時下のホーリネス系教会
④本格始動前のパウロのタルソでの神体験
⑤コロナ禍による沈黙期間中も背後で働く神様
①口がきけなくなって沈黙したザカリヤ
5節からだと朗読箇所が長くなるので8節から司会者に読んでいただきましたが、ザカリヤの箇所は5節から始まります。5節から7節をお読みします。
皆さんがご存知の通り、ザカリヤはバプテスマのヨハネの父親です。ルカの福音書1章にはバプテスマのヨハネが生まれた経緯が書かれています。そして、そこに挿入するような形で、イエス様の母のマリアが受胎告知を受けた場面が記されています。
マリアが御使いのガブリエルから受胎告知を受けた時、ザカリヤは口がきけないでいる期間の真っ只中にいました。ザカリヤが、口がきけなくなった経緯は司会者に読んでいただいた8節から20節に掛けて書かれています。8節と9節、
ザカリヤは神殿に入って香をたくことになりました。くじで決まったということですから、ここには神様が介入しています。ザカリヤは神様に呼び出されて神殿に入って行きました。そうして御使いのガブリエルがザカリヤに現れて、妻のエリサベツが男の子を産むと告げました。しかし、ザカリヤもエリサベツも年を取っていましたから、ザカリヤは言いました。18節です。
すると御使いはザカリヤに答えました。19節と20節、
この場面を読むと私は、ザカリヤのことを少し気の毒に思います。例えばアブラハムの妻のサラも不妊の女で子がありませんでした。そしてサラは子を産むことをあきらめていて、子を産むと聞かされた時には信じませんでした。でもサラが、口がきけなくされることはありませんでした。
或いはまた、「何によって知ることができるでしょうか」というような言い方で神様にしるしを求めた人物は過去にもいました。例えば士師記のギデオンがそうです。士師記6:17でギデオンは言いました(週報p.2)。
こう言ってしるしを求めたギデオンが、口がきけなくされることはありませんでした。ですからザカリヤのことを私は少し気の毒に思います。しかし、ザカリヤが沈黙を強いられたことが、聖書の中間時代の沈黙と重なると考えると、とても意味があることだと感じます。
②沈黙の中間時代に実現した「ローマの平和」
聖書の中間時代とは、旧約聖書と新約聖書の間の約400年間の沈黙の期間のことです。旧約聖書の最後のマラキ書の時代からイエス様の誕生まで、約400年間の沈黙の期間がありました。神様の大きな御業が行なわれる前には沈黙の期間があるようです。その代表がこの400年間の中間時代ですが、ザカリヤの約1年間の沈黙はそのミニチュア版とも言えるかもしれません。
ここで少し時間を取って聖書の中間時代について説明します。
この400年間の沈黙の期間の間、人々は主の到来を待ち望み続けていました。讃美歌の「久しく待ちにし」にあるように、人々は長い間主が来られることを待っていました。しかし、主はなかなか来ませんでした。それは時が満ちていなかったからです。そうしてマラキ書の時代から400年が経って、ようやく時が満ちました。きょうの招きの詞で引用したように、イエス様はおっしゃいました(週報p.2)。
どのように時が満ちたのか、一番大きな出来事は、ローマ帝国が地中海沿岸一帯を安定して支配するようになったことでしょう。
エルサレムは紀元前586年にバビロニア帝国によって滅ぼされました。その後、バビロニアはペルシャに征服され、ペルシャはギリシャに征服され、という具合にユダヤを支配する国は次々と入れ替わっていきました。しかし、紀元前27年にアウグストゥス帝が即位して始まった帝政ローマ帝国は長い間、この地中海沿岸一帯を支配し続けました。
ルカ2章1節から3節には、このように書かれていますね。
そうして4節にあるようにヨセフとマリアはベツレヘムに行って、そこでイエス様が生まれるわけですが、注目すべきは1節です。「そのころ、全世界の住民登録をせよ」という勅令が初代皇帝のアウグストゥスから出されました。「全世界」ということばが決して大袈裟ではないほどにローマ帝国の支配は広範囲の地中海沿岸一帯に及んでいました。そうして、人々が住民登録のために安全に移動できるほどに平和が広い地域に亘って保たれていて、しかも道路網の整備も進んで通行しやすくなっていました。
後にパウロが伝道旅行でアジア・ヨーロッパの広い地域を巡って宣教ができたのも、ローマ帝国の一国支配によって平和が保たれていて自由に移動できたからこそです。このことで、イエス・キリストの福音が広く伝えられて行きました。そうして4世紀前半のコンスタンティヌス帝の時にはキリスト教が保護されるようになり、4世紀後半のテオドシウス帝の時代にキリスト教は遂にローマ帝国の国教、国の宗教になりました。もしバビロニア、ペルシャ、ギリシャと次々と支配国が変わっていた時代にイエス様が生まれていたとしたら、とてもこんな風にキリスト教が広く伝わることはなかったでしょう。
人々が長い間待ち望んでいた主の到来がなかなか実現しなかったのは、時が満ちていなかったからでした。ローマ帝国によって「ローマの平和」が実現したことで、ようやく時が満ちました。
旧約聖書と新約聖書の間の中間時代は聖書が沈黙していた時代でしたが、神様は背後でしっかりと働いており、着々と準備を進めていました。
③沈黙を強いられた戦時下のホーリネス系教会
このように沈黙の期間に神様が背後で働いておられた事例と言えば、私たちのインマヌエル教団の創設者の一人の蔦田二雄先生も正にそうですね。主(おも)にホーリネス系の牧師が狙い撃ちにされて拘束された事件は「ホーリネス弾圧事件」として知られています。今年の6月26日のクリスチャン・プレスには次のような記事が載っていました。
蔦田二雄先生は最初に逮捕された96名のうちの一人でした。逮捕された牧師のうちの7名は獄死したそうです。想像を絶するほどに過酷であったであろう2年間の獄中生活については、戦争体験がない小さき者の私が軽々しくコメントすべきではないかもしれません。しかし、そのような中にあっても神様は働いておられたことを覚えます。
この2年間に蔦田先生はどれほど深く神様との対話をしていたことでしょうか。いまコロナ禍の中にあって私は以前と比べて少しだけ神様との対話を深められるようになったと感じています。まして戦時下の獄中であれば、この沈黙を強いられた期間に、どれほど深く神様との対話を掘り下げていたことだろうかと思います。
④本格始動前のパウロのタルソでの神体験
沈黙の期間に神様との対話を深めた器の事例として、もう一人、パウロを挙げたいと思います。きょうの聖書交読で第二コリント12章を開くことにしたのは、そのためです。もう一度、第二コリント12章を見ることにしたいと思います(新約p.370)。
2節でパウロは「私はキリストにある一人の人を知っています」と書いていますが、これはパウロ自身のことです。何故こんなややこしい書き方をしているかというと、パウロはこの神体験をとても誇らしく思っていたからです。でも同時に、誇ることは益を生まず、却って害悪のもとになるだけであることをパウロは知っていましたから、こういう書き方をしているのでしょう。それがよく表れているのが1節です。「私は誇らずにはいられません。誇っても無益ですが、主の幻と啓示の話に入りましょう。」
こういう神体験は極めて個人的な体験ですから、人に話しても決して分かってもらえるものではありません。そういう共感してもらえない個人的なことを誇るなら、人から疎まれたり妬まれたりします。或いは逆に、過大に評価されるかもしれません。いずれにしてもそれらは害悪を生むだけで益にはなりません。ですから決して誇ってはなりません。でも、その体験があまりに素晴らしいと、ついつい誇りたくなってしまうのですね。
パウロは続けます。3節と4節、
この素晴らしい出来事をパウロは「十四年前」に体験したと2節に書きました。パウロの手紙が書かれた時期は概ね分かっていて、第二コリントが書かれたのは紀元55年か56年頃とされています。それより14年前というと紀元41年か42年頃で、これはパウロが故郷のタルソに戻っていた時期です。そこへ、バルナバがパウロを探しに出かけて行き、タルソにいたパウロをアンティオキアに連れて来ました。
パウロの異邦人伝道が本格的に始まったのは、このアンティオキアからでしたから、パウロのタルソ時代は言わば沈黙の時代と言えます。タルソでも多少の宣教活動はしていたと思いますが、タルソ時代のことでパウロが書き残しているのは、この素晴らしい体験のことだけです。それほどパウロはこの体験を誇らしく思っていました。しかし誇っても良いことはないので第三者的な書き方をしています。5節と6節、
この神体験はよほど素晴らしかったのでしょうね。パウロは7節でもう一度その体験の素晴らしさを語ります。7節、
パウロの体験した神体験はあまりに素晴らしかったので、それゆえに高慢にならないようにと、とげを与えられたとパウロは書いています。よほど素晴らしい神体験だったのでしょうね。
この素晴らしい神体験がパウロの宣教活動を根底から支えたことは確実です。これほどの体験を与えて下さった神様のためにパウロは粉骨砕身働きました。このように神様は、タルソにいてまだ本格的な宣教を始める前のパウロに幻を見せて、着々と準備をしていました。
⑤コロナ禍による沈黙期間中も背後で働く神様
今のコロナ禍の中、私たちは外へ向かっての伝道活動ができない、沈黙の期間の中にいます。しかし、きっと神様はコロナ後に備えて着々と準備を進めて下さっていることでしょう。ですから私たちは、今は神様との交わりを深める時としたいと思います。もしかしたらパウロのような神体験を与えて下さるかもしれません。パウロほどではなくても、何らかの幻を見せて下さるかもしれません。或いは個人的に語り掛けて下さるかもしれません。そうして整えられて、コロナの終息後には、神様の御声がもっとさやかに聞こえるようになり、御心にかなった活動ができるようになっていたいと思います。
ザカリヤも、口がきけないでいる間、神様との交わりを深めていたことと思います。それゆえ息子のバプテスマのヨハネが生まれた時に口がきけるようになったザカリヤは聖霊に満たされて神様を賛美しました。まずルカ1章64節、
ルカ1:64 すると、ただちにザカリヤの口が開かれ、舌が解かれ、ものが言えるようになって神をほめたたえた。
そして68節と69節、
少し飛ばして76節から79節、
ルカ1章12節で見たように、神殿で御使いが現れた時、ザカリヤは恐怖に襲われました。しかし、息子のバプテスマのヨハネが生まれて、この恐怖の体験は素晴らしい体験に変わりました。
自分自身のことを思い返しても、神様との距離が近づく時は恐ろしさを感じていたと思います。もしかしたら神様は自分を用いようとしているかもしれないと初めて思った時には恐怖を感じました。しかし、そこから一歩前に踏み出すことで、多くの恵みをいただきました。
このコロナの沈黙の期間中、私たちは神様との交わりを深めて、神様が私たちの一人一人に役目を与えて下さろうとしていることを感じたいと思います。それは小さな役目かもしれませんし、人によっては大きな役目かもしれません。それらを感じ取りたいと思います。そうしてコロナ後には私たちも喜びに包まれたいと思います。
神様との関係がそれまでよりも近くなる時には恐怖を感じることもあるかもしれません。しかし、恐れずに前に進んで行きたいと思います。そうしてザカリヤのように神様をほめたたえたいと思います。
このことに思いを巡らしながら、しばらくご一緒にお祈りしましょう。
『沈黙の期間に着々と背後で働く神』
【マルコ1:14~15、Ⅱコリント12:1~10、ルカ1:8~20】
はじめに
きょうのアドベント第二礼拝で注目する人物はザカリヤです。特にザカリヤが、口がきけなくなって話せなくなったことに注目したいと思います。
きょうは次の五つのパートで話を進めて行きます。
①口がきけなくなって沈黙したザカリヤ
②沈黙の中間時代に実現した「ローマの平和」
③沈黙を強いられた戦時下のホーリネス系教会
④本格始動前のパウロのタルソでの神体験
⑤コロナ禍による沈黙期間中も背後で働く神様
①口がきけなくなって沈黙したザカリヤ
5節からだと朗読箇所が長くなるので8節から司会者に読んでいただきましたが、ザカリヤの箇所は5節から始まります。5節から7節をお読みします。
ルカ1:5 ユダヤの王ヘロデの時代に、アビヤの組の者でザカリヤという名の祭司がいた。彼の妻はアロンの子孫で、名をエリサベツといった。
6 二人とも神の前に正しい人で、主のすべての命令と掟を落度なく行っていた。
7 しかし、彼らには子がいなかった。エリサベツが不妊だったからである。また、二人ともすでに年をとっていた。
6 二人とも神の前に正しい人で、主のすべての命令と掟を落度なく行っていた。
7 しかし、彼らには子がいなかった。エリサベツが不妊だったからである。また、二人ともすでに年をとっていた。
皆さんがご存知の通り、ザカリヤはバプテスマのヨハネの父親です。ルカの福音書1章にはバプテスマのヨハネが生まれた経緯が書かれています。そして、そこに挿入するような形で、イエス様の母のマリアが受胎告知を受けた場面が記されています。
マリアが御使いのガブリエルから受胎告知を受けた時、ザカリヤは口がきけないでいる期間の真っ只中にいました。ザカリヤが、口がきけなくなった経緯は司会者に読んでいただいた8節から20節に掛けて書かれています。8節と9節、
8 さてザカリヤは、自分の組が当番で、神の前で祭司の務めをしていたとき、
9 祭司職の慣習によってくじを引いたところ、主の神殿に入って香をたくことになった。
9 祭司職の慣習によってくじを引いたところ、主の神殿に入って香をたくことになった。
ザカリヤは神殿に入って香をたくことになりました。くじで決まったということですから、ここには神様が介入しています。ザカリヤは神様に呼び出されて神殿に入って行きました。そうして御使いのガブリエルがザカリヤに現れて、妻のエリサベツが男の子を産むと告げました。しかし、ザカリヤもエリサベツも年を取っていましたから、ザカリヤは言いました。18節です。
18 ザカリヤは御使いに言った。「私はそのようなことを、何によって知ることができるでしょうか。この私は年寄りですし、妻ももう年をとっています。」
すると御使いはザカリヤに答えました。19節と20節、
19 「この私は神の前に立つガブリエルです。あなたに話をし、この良い知らせを伝えるために遣わされたのです。
20 見なさい。これらのことが起こる日まで、あなたは口がきけなくなり、話せなくなります。その時が来れば実現する私のことばを、あなたが信じなかったからです。」
20 見なさい。これらのことが起こる日まで、あなたは口がきけなくなり、話せなくなります。その時が来れば実現する私のことばを、あなたが信じなかったからです。」
この場面を読むと私は、ザカリヤのことを少し気の毒に思います。例えばアブラハムの妻のサラも不妊の女で子がありませんでした。そしてサラは子を産むことをあきらめていて、子を産むと聞かされた時には信じませんでした。でもサラが、口がきけなくされることはありませんでした。
或いはまた、「何によって知ることができるでしょうか」というような言い方で神様にしるしを求めた人物は過去にもいました。例えば士師記のギデオンがそうです。士師記6:17でギデオンは言いました(週報p.2)。
士師記6:17 ギデオンは言った。「もし私がみこころにかなうのでしたら、私と話しておられるのがあなたであるというしるしを、私に見せてください。」
こう言ってしるしを求めたギデオンが、口がきけなくされることはありませんでした。ですからザカリヤのことを私は少し気の毒に思います。しかし、ザカリヤが沈黙を強いられたことが、聖書の中間時代の沈黙と重なると考えると、とても意味があることだと感じます。
②沈黙の中間時代に実現した「ローマの平和」
聖書の中間時代とは、旧約聖書と新約聖書の間の約400年間の沈黙の期間のことです。旧約聖書の最後のマラキ書の時代からイエス様の誕生まで、約400年間の沈黙の期間がありました。神様の大きな御業が行なわれる前には沈黙の期間があるようです。その代表がこの400年間の中間時代ですが、ザカリヤの約1年間の沈黙はそのミニチュア版とも言えるかもしれません。
ここで少し時間を取って聖書の中間時代について説明します。
この400年間の沈黙の期間の間、人々は主の到来を待ち望み続けていました。讃美歌の「久しく待ちにし」にあるように、人々は長い間主が来られることを待っていました。しかし、主はなかなか来ませんでした。それは時が満ちていなかったからです。そうしてマラキ書の時代から400年が経って、ようやく時が満ちました。きょうの招きの詞で引用したように、イエス様はおっしゃいました(週報p.2)。
マルコ1:15 「時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」
どのように時が満ちたのか、一番大きな出来事は、ローマ帝国が地中海沿岸一帯を安定して支配するようになったことでしょう。
エルサレムは紀元前586年にバビロニア帝国によって滅ぼされました。その後、バビロニアはペルシャに征服され、ペルシャはギリシャに征服され、という具合にユダヤを支配する国は次々と入れ替わっていきました。しかし、紀元前27年にアウグストゥス帝が即位して始まった帝政ローマ帝国は長い間、この地中海沿岸一帯を支配し続けました。
ルカ2章1節から3節には、このように書かれていますね。
ルカ2:1 そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストゥスから出た。
2 これは、キリニウスがシリアの総督であったときの、最初の住民登録であった。
3 人々はみな登録のために、それぞれ自分の町に帰って行った。
2 これは、キリニウスがシリアの総督であったときの、最初の住民登録であった。
3 人々はみな登録のために、それぞれ自分の町に帰って行った。
そうして4節にあるようにヨセフとマリアはベツレヘムに行って、そこでイエス様が生まれるわけですが、注目すべきは1節です。「そのころ、全世界の住民登録をせよ」という勅令が初代皇帝のアウグストゥスから出されました。「全世界」ということばが決して大袈裟ではないほどにローマ帝国の支配は広範囲の地中海沿岸一帯に及んでいました。そうして、人々が住民登録のために安全に移動できるほどに平和が広い地域に亘って保たれていて、しかも道路網の整備も進んで通行しやすくなっていました。
後にパウロが伝道旅行でアジア・ヨーロッパの広い地域を巡って宣教ができたのも、ローマ帝国の一国支配によって平和が保たれていて自由に移動できたからこそです。このことで、イエス・キリストの福音が広く伝えられて行きました。そうして4世紀前半のコンスタンティヌス帝の時にはキリスト教が保護されるようになり、4世紀後半のテオドシウス帝の時代にキリスト教は遂にローマ帝国の国教、国の宗教になりました。もしバビロニア、ペルシャ、ギリシャと次々と支配国が変わっていた時代にイエス様が生まれていたとしたら、とてもこんな風にキリスト教が広く伝わることはなかったでしょう。
人々が長い間待ち望んでいた主の到来がなかなか実現しなかったのは、時が満ちていなかったからでした。ローマ帝国によって「ローマの平和」が実現したことで、ようやく時が満ちました。
旧約聖書と新約聖書の間の中間時代は聖書が沈黙していた時代でしたが、神様は背後でしっかりと働いており、着々と準備を進めていました。
③沈黙を強いられた戦時下のホーリネス系教会
このように沈黙の期間に神様が背後で働いておられた事例と言えば、私たちのインマヌエル教団の創設者の一人の蔦田二雄先生も正にそうですね。主(おも)にホーリネス系の牧師が狙い撃ちにされて拘束された事件は「ホーリネス弾圧事件」として知られています。今年の6月26日のクリスチャン・プレスには次のような記事が載っていました。
「6月26日はホーリネス弾圧事件のあった日です。1942年のこの日早朝、日本政府により牧師96人が「治安維持法違反容疑」(キリストが統治者として再臨することを説いたのが天皇制を否定するものとされました)で逮捕されました(翌年の第二次検挙と合わせて124人)。」
蔦田二雄先生は最初に逮捕された96名のうちの一人でした。逮捕された牧師のうちの7名は獄死したそうです。想像を絶するほどに過酷であったであろう2年間の獄中生活については、戦争体験がない小さき者の私が軽々しくコメントすべきではないかもしれません。しかし、そのような中にあっても神様は働いておられたことを覚えます。
この2年間に蔦田先生はどれほど深く神様との対話をしていたことでしょうか。いまコロナ禍の中にあって私は以前と比べて少しだけ神様との対話を深められるようになったと感じています。まして戦時下の獄中であれば、この沈黙を強いられた期間に、どれほど深く神様との対話を掘り下げていたことだろうかと思います。
④本格始動前のパウロのタルソでの神体験
沈黙の期間に神様との対話を深めた器の事例として、もう一人、パウロを挙げたいと思います。きょうの聖書交読で第二コリント12章を開くことにしたのは、そのためです。もう一度、第二コリント12章を見ることにしたいと思います(新約p.370)。
Ⅱコリント12:1 私は誇らずにはいられません。誇っても無益ですが、主の幻と啓示の話に入りましょう。
2 私はキリストにある一人の人を知っています。この人は十四年前に、第三の天にまで引き上げられました。肉体のままであったのか、私は知りません。肉体を離れてであったのか、それも知りません。神がご存じです。
2 私はキリストにある一人の人を知っています。この人は十四年前に、第三の天にまで引き上げられました。肉体のままであったのか、私は知りません。肉体を離れてであったのか、それも知りません。神がご存じです。
2節でパウロは「私はキリストにある一人の人を知っています」と書いていますが、これはパウロ自身のことです。何故こんなややこしい書き方をしているかというと、パウロはこの神体験をとても誇らしく思っていたからです。でも同時に、誇ることは益を生まず、却って害悪のもとになるだけであることをパウロは知っていましたから、こういう書き方をしているのでしょう。それがよく表れているのが1節です。「私は誇らずにはいられません。誇っても無益ですが、主の幻と啓示の話に入りましょう。」
こういう神体験は極めて個人的な体験ですから、人に話しても決して分かってもらえるものではありません。そういう共感してもらえない個人的なことを誇るなら、人から疎まれたり妬まれたりします。或いは逆に、過大に評価されるかもしれません。いずれにしてもそれらは害悪を生むだけで益にはなりません。ですから決して誇ってはなりません。でも、その体験があまりに素晴らしいと、ついつい誇りたくなってしまうのですね。
パウロは続けます。3節と4節、
3 私はこのような人を知っています。肉体のままであったのか、肉体を離れてであったのか、私は知りません。神がご存じです。
4 彼はパラダイスに引き上げられて、言い表すこともできない、人間が語ることを許されていないことばを聞きました。
4 彼はパラダイスに引き上げられて、言い表すこともできない、人間が語ることを許されていないことばを聞きました。
この素晴らしい出来事をパウロは「十四年前」に体験したと2節に書きました。パウロの手紙が書かれた時期は概ね分かっていて、第二コリントが書かれたのは紀元55年か56年頃とされています。それより14年前というと紀元41年か42年頃で、これはパウロが故郷のタルソに戻っていた時期です。そこへ、バルナバがパウロを探しに出かけて行き、タルソにいたパウロをアンティオキアに連れて来ました。
パウロの異邦人伝道が本格的に始まったのは、このアンティオキアからでしたから、パウロのタルソ時代は言わば沈黙の時代と言えます。タルソでも多少の宣教活動はしていたと思いますが、タルソ時代のことでパウロが書き残しているのは、この素晴らしい体験のことだけです。それほどパウロはこの体験を誇らしく思っていました。しかし誇っても良いことはないので第三者的な書き方をしています。5節と6節、
5 このような人のことを私は誇ります。しかし、私自身については、弱さ以外は誇りません。
6 たとえ私が誇りたいと思ったとしても、愚か者とはならないでしょう。本当のことを語るからです。しかし、その啓示があまりにもすばらしいために、私について見ること、私から聞くこと以上に、だれかが私を過大に評価するといけないので、私は誇ることを控えましょう。
6 たとえ私が誇りたいと思ったとしても、愚か者とはならないでしょう。本当のことを語るからです。しかし、その啓示があまりにもすばらしいために、私について見ること、私から聞くこと以上に、だれかが私を過大に評価するといけないので、私は誇ることを控えましょう。
この神体験はよほど素晴らしかったのでしょうね。パウロは7節でもう一度その体験の素晴らしさを語ります。7節、
7 その啓示のすばらしさのため高慢にならないように、私は肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高慢にならないように、私を打つためのサタンの使いです。
パウロの体験した神体験はあまりに素晴らしかったので、それゆえに高慢にならないようにと、とげを与えられたとパウロは書いています。よほど素晴らしい神体験だったのでしょうね。
この素晴らしい神体験がパウロの宣教活動を根底から支えたことは確実です。これほどの体験を与えて下さった神様のためにパウロは粉骨砕身働きました。このように神様は、タルソにいてまだ本格的な宣教を始める前のパウロに幻を見せて、着々と準備をしていました。
⑤コロナ禍による沈黙期間中も背後で働く神様
今のコロナ禍の中、私たちは外へ向かっての伝道活動ができない、沈黙の期間の中にいます。しかし、きっと神様はコロナ後に備えて着々と準備を進めて下さっていることでしょう。ですから私たちは、今は神様との交わりを深める時としたいと思います。もしかしたらパウロのような神体験を与えて下さるかもしれません。パウロほどではなくても、何らかの幻を見せて下さるかもしれません。或いは個人的に語り掛けて下さるかもしれません。そうして整えられて、コロナの終息後には、神様の御声がもっとさやかに聞こえるようになり、御心にかなった活動ができるようになっていたいと思います。
ザカリヤも、口がきけないでいる間、神様との交わりを深めていたことと思います。それゆえ息子のバプテスマのヨハネが生まれた時に口がきけるようになったザカリヤは聖霊に満たされて神様を賛美しました。まずルカ1章64節、
ルカ1:64 すると、ただちにザカリヤの口が開かれ、舌が解かれ、ものが言えるようになって神をほめたたえた。
そして68節と69節、
68 「ほむべきかな、イスラエルの神、主。主はその御民を顧みて、贖いをなし、
69 救いの角を私たちのために、しもべダビデの家に立てられた。
69 救いの角を私たちのために、しもべダビデの家に立てられた。
少し飛ばして76節から79節、
76 幼子よ、あなたこそいと高き方の預言者と呼ばれる。主の御前を先立って行き、その道を備え、
77 罪の赦しによる救いについて、神の民に、知識を与えるからである。
78 これは私たちの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより、曙の光が、いと高き所から私たちに訪れ、
79 暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、私たちの足を平和の道に導く。」
77 罪の赦しによる救いについて、神の民に、知識を与えるからである。
78 これは私たちの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより、曙の光が、いと高き所から私たちに訪れ、
79 暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、私たちの足を平和の道に導く。」
ルカ1章12節で見たように、神殿で御使いが現れた時、ザカリヤは恐怖に襲われました。しかし、息子のバプテスマのヨハネが生まれて、この恐怖の体験は素晴らしい体験に変わりました。
自分自身のことを思い返しても、神様との距離が近づく時は恐ろしさを感じていたと思います。もしかしたら神様は自分を用いようとしているかもしれないと初めて思った時には恐怖を感じました。しかし、そこから一歩前に踏み出すことで、多くの恵みをいただきました。
このコロナの沈黙の期間中、私たちは神様との交わりを深めて、神様が私たちの一人一人に役目を与えて下さろうとしていることを感じたいと思います。それは小さな役目かもしれませんし、人によっては大きな役目かもしれません。それらを感じ取りたいと思います。そうしてコロナ後には私たちも喜びに包まれたいと思います。
神様との関係がそれまでよりも近くなる時には恐怖を感じることもあるかもしれません。しかし、恐れずに前に進んで行きたいと思います。そうしてザカリヤのように神様をほめたたえたいと思います。
このことに思いを巡らしながら、しばらくご一緒にお祈りしましょう。