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一粒のタイル2

平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。(マタイ5:9)

イエスさまと同じ方向を向いて祈りたい(2020.5.7 祈り会)

2020-05-08 10:15:26 | 祈り会メッセージ
2020年5月7日祈り会メッセージ
『イエスさまと同じ方向を向いて祈りたい』
【ヨハネ17:20~22】

17:20 わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。
17:21 父よ。あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちのうちにいるようにしてください。あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるようになるためです。
17:22 またわたしは、あなたが下さった栄光を彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。

はじめに
 5月4日の月曜日に不思議な体験をしました。○さんのお宅に行って中に入れていただいたら、そこにレオナルド・ダ・ヴィンチの有名な「最後の晩餐」の絵の大きな複製が壁に掲げてありました。聖餐式を行いたいと思ってパンとぶどう液と聖餐カップを持参していましたから、偶然にもダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の絵によって、その場が整えられていたことに驚くとともに、とても感謝に思いました。

 その日の午前は教会の皆さんに郵送・手渡しする印刷物の印刷・封筒詰めと宛名ラベル貼りを行い、午後は○さんのお宅で聖餐式を行い、その後は何軒かのお宅へ印刷物を届けて近況の立ち話をして回り、忙しく過ごしましたから早々に寝ました。すると、夜中に目が覚めて、○さんのお宅の「最後の晩餐」の絵が私の中で鮮明によみがえり、その中心にいるイエスさまから多くの語り掛けをいただきました。そして、イエスさまが○さんを用いて多くのことを私に語って下さったことを、とても感謝に思いました。

人を通して語り掛けて下さるイエスさま
 イエスさまは「聖書」を通してはもちろん、地上にいる「人」をも用いて、私たちに様々なことを語り掛けて下さいます。私はそういう経験を何度もしています。高津教会に通っていた時は高津の方々を通して、神学生の時には実習先の教会の方々を通して、また牧師になってからは牧会している教会の方々を通してイエスさまは私に語り掛けて下さいました。

 私が初めて高津教会を訪れたのは2001年の8月12日でした。その日のことを私は鮮明に覚えています。その日、受付の兄弟がにこやかに迎えて下さり、帰り際には別の兄弟が親しげに話し掛けて下さいました。後からその日のことを思い出すと、あの時はイエスさまが受付の◇さんを通して「よく来ましたね」と語り掛けて下さったんだな、帰り際には□さんを通して、「また来て下さいね」と話し掛けて下さったのだと今では思っています。

 神学校の1年生の時は、寮の厳しい外出制限に私は苦しんでいました。その時は神学院教会の方々を通して、イエスさまは私を励まして下さいました。

 吸収された沼津教会の牧師をしていた時は、何とかして教会を存続させたい、それが叶わない場合でも自分たちで教会を畳んで財産を処分したいと、その方法を教会の皆さんと模索しましたが、その道は閉ざされていきました。牧師不足のため教会の存続は難しい、そのこと自体を受け入れるのにも時間が掛かりました。また、それを受け入れて以降も、せめて自分たちで教会を畳んで財産を処分したいと思いました。

 しかし、それすらも難しいことが分かって来た時、教会の皆さんが「先生、もういいですよ」と言って下さいました。その時点で私は沼津教会に5年間いたに過ぎません。一方、教会の方々は何十年間も沼津教会にいました。5年しかいない私でもつらかったのに、何十年もいた教会の皆さんは本当につらかったと思います。それなのに、「先生、もういいですよ」と言って下さいました。この時の私は、意地とプライドだけで頑張っていたのかもしれません。そんな私に、イエスさまは沼津教会の方々を通して語って下さったのだと思います。

 そして今回、○さんを用いてイエスさまはヨハネ13~17章の「最後の晩餐」のメッセージの大切さを私に語り掛けて下さっていると感じています。ヨハネ13~17章の「最後の晩餐」でイエスさまは、p.211からp.221まで11ページに亘って弟子たちにとても大切なことを教えています。ここにはキリスト教の教えのエッセンスがぎっしりと詰まっています。ここから、月曜日から火曜日に掛けての夜にイエスさまから多くの語り掛けをいただきました。きょうは、その中の一つを皆さんと分かち合いたいと思います。

イエスさまと同じ方向を向きたい
 それは、私はイエスさまと同じ方向を向くことをもっと意識すべきだろうということです。人と人とが出会う時は、先ずは互いに向き合うことから始まるでしょう。そうして、お互いのことを理解することから始めます。友達関係、男女の恋愛、夫婦関係、どれも大抵の場合はそうだろうと思います。先ずはお互いが向き合う形で関係を深めて行きますが、次の段階として同じ方向を向いて共に歩んで行くことも、大切なことだろうと思います。

 場合によっては、同じ方向を向いている者同士が知り合って、その次に互いに向き合うようになることもあると思いますが、その場合でも二人は再び同じ方向に向かって歩んで行くことが大切だろうと思います。

 イエスさまとの関係も、同じだろうと思います。イエスさまは弱い人々の方を向いて慰め、励まして下さいます。私たちもまた弱い者ですから、イエスさまは私たちに向かって慰め、励まして下さいます。本当に感謝なことです。

 しかし、その恵みを十分にいただいたなら、今度は自分もイエスさまと同じ方向を見て、イエスさまと同じ働きをしなければならないと思います。私たちは周囲の方々にイエスさまを信じていただきたいと願っています。その時、イエスさまはこういう恵みを下さるお方なんだと、自分がイエスさまから受ける恵みについて語ろうとします。しかし、それはなかなか伝わりません。一方、自分がイエスさまと同じ方向を向いて弱い方々を慰め、励ますなら、もっと伝わるでしょう。私はそれがなかなかできません。皆さんの多くはそれが無意識のうちに出来ているのだと思いますが、私は意識しないとそれができません。ですから、あまり意識しないでイエスさまのようになれたら良いなと、これまでは思っていました。

イエスさまと同じ方向を向いて、共に天の御父に祈りたい
 しかし今示されていることは、無意識でなく、もっともっと意識しても良いのではないかということです。それは、イエスさまと同じ方向を向くことを意識するなら、祈りが、もっと力強い祈りになるのではないかと思うからです。

 これまで私は祈る時、自分の方を向いているイエスさまを思い浮かべがちでした。しかし、そうではなくて、天の父にお祈りするイエスさまと同じ方向を向いて、イエスさまと一緒に天の父に祈るなら、もっと強い祈りになるのではないかと示されています。

 ヨハネの福音書の最後の晩餐のイエスさまも17章で天の父に祈っています。もう一度、17章20節から22節までを、交代で読みたいと思います。

17:20 わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。
17:21 父よ。あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちのうちにいるようにしてください。あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるようになるためです。
17:22 またわたしは、あなたが下さった栄光を彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。

 イエスさまは天の御父と一つ(ヨハネ10:30)のお方です。そのイエスさまが、私たちも同じように御父とイエスさまと一つになり、御父と御子との交わり(第一ヨハネ1:3)の中に入るように、祈って下さっています。そのように私たちが御父と御子イエス・キリストとの交わりの中に入るなら、天の御父のことをもっと身近に感じるようになるでしょう。すると、私たちの祈りは、より強力になるのだろうと思います。

 イエスさまが十字架で死んだ時、神殿の垂れ幕が真っ二つに裂けました(マタイ27:51他)。そうして私たちは天の父の恵みの御座に大胆に近づく(ヘブル4:16)ことが許されるようになりました。それまでは垂れ幕の内側に入ることが許されていたのは大祭司のみで、しかも年に1回だけのことでした。しかし、神殿の垂れ幕が裂けて以降は、イエスさまを信じる者は誰でも、そしていつでも天の御父に近づけるようになりました。そうしてヘブル人への手紙の記者は私たちにこのように語り掛けます。

10:19 こういうわけで、兄弟たち。私たちはイエスの血によって大胆に聖所に入ることができます。
10:20 イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのために、この新しい生ける道を開いてくださいました。

 ですから私たちはイエスさまと同じ方向を向いて、イエスさまと一緒に大胆に聖所に入って天の御父に近づいてお祈りしたいと思います。

おわりに
 もしイエスさまと同じ方向を向くのでなく、こちらを向いているイエスさまばかりを思い浮かべるのなら、私たちにとって天の父はいつまでも遠い存在であり続けるのではないでしょうか。

 そうではなくて、イエスさまと同じ方向を向いて天の父に大胆に近づいて御父と御子との交わりの中に入れていただきたいと思います。そうしてイエスさまと共に天の御父に祈りたいと思います。

 お祈りいたします。

17:21 父よ。あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちのうちにいるようにしてください。あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるようになるためです。
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神のわざが現れるためです(2020.4.23 祈り会)

2020-04-24 08:54:59 | 祈り会メッセージ
2020年4月23日祈り会メッセージ
『神のわざが現れるためです』
【ヨハネ9:1~3】

9:1 さて、イエスは通りすがりに、生まれたときから目の見えない人をご覧になった。
9:2 弟子たちはイエスに尋ねた。「先生。この人が盲目で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです。

はじめに
 今年の祈り会では旧約聖書に登場する女性たちを順次見て来ていますが、きょうは番外編として横田早紀江さんを取り上げて、早紀江さんのヨハネ9章3節への思いを分かち合いたいと思います。3節をもう一度お読みします。

9:3 イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです。

 横田早紀江さんの証しについては19日の礼拝メッセージでも引用しましたが、あいにくライブ配信は途中で切れてしまいました。次の礼拝のライブ配信に備えて、少なくともこちら側の通信速度ができる限り速くなるように対策中ですが、それが上手く行くかは26日に実際にやってみなければ分かりません。とにかく日曜日の午前中は通信がメチャクチャ混雑しているようです。

 19日の礼拝メッセージでは横田早紀江さんのヨブ記への思いを紹介しました。きょうは早紀江さんのヨハネ9章3節への思いを紹介します。これは先週、早紀江さんへのインタビューの動画を見て知ったのですが、早紀江さんはヨブ記だけでなく、ヨハネ9章3節にも、深い思い入れを持ってらっしゃいます。

 横田早紀江さんの娘さんのめぐみさんは、新潟の中学の1年生だった1977年の11月に突然失踪して行方が分からなくなりました。北朝鮮に拉致されたということが分かったのは20年後のことでしたから、娘の身に何が起きたのかが分からずにいて、早紀江さんは苦しんでいました。そんな時に早紀江さんは友人から聖書のヨブ記を読むことを勧められて読み始めたところ、苦しむヨブに深く共感したということです。ヨブは自分がどうしてこんな苦しみを受けなければならないかが分からずにいて、それが余計に苦しみを増し加えていました。

 早紀江さんもめぐみさんがどうして突然いなくなってしまったのか分からず、それが余計に苦しみを増し加えていました。そうしてヨブ記をきっかけにして聖書に親しむようになって洗礼を受けてクリスチャンになりました。このヨブ記については、次の26日の礼拝でも開く予定です。前回はヨブの友人のことには一切触れませんでしたから、次はヨブの友人について話すことにしています。

神のわざが現れるため
 さて、きょうはヨハネ9章です。早紀江さんへのインタビューの動画では、聞き手が早紀江さんにヨブ記の他にも聖書で慰めになっている箇所が他にもあるかを聞き、早紀江さんはこのヨハネ9章についても語っています。

 早紀江さんは、自分のせいでめぐみさんがいなくなったかもしれないということでも苦しんでいました。娘は何かに悩んでいて、悩みながら歩いている時に事故に遭ったり、海の波にさらわれたりしたのかもしれない、或いは何者かに連れ去られたのかもしれない。自分が悩みを聞いてあげていたら良かったのに、失踪の理由を様々に想像する中で、そのような自責の念にも苦しんでいました。

 その時にヨハネ9章3節の、子供の罪のためでもなく、親の罪のためでもなく、神様のわざが現われるためであるという、このイエスさまのことばから、神様の為さることは自分たちでは理解が及ばない領域のことであることを感じて、自責の念からも次第に解放されて行ったということです。

 そして、めぐみさんが北朝鮮に拉致されたことが分かって以降は、成長して母親になっためぐみさんの写真が北朝鮮側から出て来たり、めぐみさんの娘さんのキム・ヘギョン(ウンギョン)さんが現れたりと、早紀江さんが想像もしていなかったことが次々と起こりました。そうして早紀江さんは、神様は本当に自分たちには想像も及ばないところで動いている方だということを実感したそうです。

 この早紀江さんへのインタビューの動画(https://biblelearning.net/encount-55/)がYoutubeにアップロードされたのは2014年の5月14日です。そして、過去の新聞記事(例えば日経https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1701M_X10C14A3CC0000/)によれば、早紀江さんと夫の滋さんのご夫妻はこの年の3月にお孫さんのヘギョン(ウンギョン)さんと実際に対面していますから、神様は自分たちの想像もしない大きな所で動いていることを本当に実感したのだと思います。そうして早紀江さんは、もっと大きなことが起きることを期待して待ち望んでいます。

二倍以上の祝福への期待
 このインタビューの動画を見て、私も改めて、神様は私たちが想像するのよりも遥かに大きなことを為さる方であることを思わされています。

 19日のヨブ記を開いた礼拝メッセージの最後で私は、このコロナウイルスの災いが過ぎ去った時には、二倍以上のものが神様から与えられることを大いなる希望として待ち望んでいると話しました。神様はヨブの病気を治した後、ヨブに二倍の財産を与え、二倍以上の祝福を与えました。このことは私の大きな励みになっています。神様は21世紀の私たちには信仰という財産を2倍以上与えて下さると期待して待ち望んでいます。ヨブのようなへりくだった信仰を持つ者が世界中で二倍以上与えられることを期待しています。しかし、これは私が想像している範囲のことで、神様は私の想像以上にもっと素晴らしい恵みを与えて下さるのではないか、そういう希望を早紀江さんのインタビューの動画を見ていて感じるようになりました。

 例えば、それはどんなことなのか、想像できる範囲のことしか言えませんが、例えば、この横田早紀江さんのインタビューの動画は、もっともっと用いられて良いと私は思っています。

 このインタビュー動画のYoutubeでの視聴回数は、きょうの午前の段階で392回です。2014年5月にアップされて、この7年間でたったの392回です。聖書についての証しのサイトからしかアクセスできないようになっていますから、少ない回数にとどまっているのだと思いますが、それにしても、もっともっと多くの方々に見ていただきたい動画です。

 ちなみに、いま話題になっている星野源さんの動画の「うちで踊ろう」は4月5日にアップされてから、まだ18日ですが、視聴回数はきょうの昼の段階で378万回です。これに対して早紀江さんのインタビューの動画は392回ですから、星野源さんの動画の1万分の1です。早紀江さんの動画は、もっともっと見られて用いられるべき動画だと思いますから、私は、この動画が想像できないくらいに用いられる時が来るのではないかと期待しています。

 もう一度、ヨハネ9章に戻って、今度は2節をお読みします。

9:2 弟子たちはイエスに尋ねた。「先生。この人が盲目で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。両親ですか。」

 私たちの一人一人も、かつては霊的には目が開いていない者たちでした。霊的な目が開かれていませんでしたから、聖書のことばを読んでも何も響いて来ませんでした。それが、霊的な目が開かれてからは、聖書のことばのひと言ひと言が心に響いて、大きな恵みをいただくことができるようになりました。これは本当に素晴らしい神様のみわざです。イエスさまは3節で「この人に神のわざが現れるためです」とおっしゃいましたが、私たちの一人一人に神様のみわざが現わされました。これは本当にすごいことだと思います。

 今のコロナウイルスによる苦しみが終わった時、この静岡で、日本で、そして世界中で今の二倍以上の方々の霊的な目が開かれることを私は期待しています。ヨブのようなへりくだった信仰を持ち、イエスさまと共に歩む方々が多く与えられる日を待ち望んでいます。

おわりに
 そのために、横田早紀江さんの動画がもっと用いられてほしいと願いますし、私たちの教会にも、まずはお一人でも新たに信仰を持つ方が与えられるように、祈っていたいと思います。
 ひと言、お祈りいたします。

9:2 弟子たちはイエスに尋ねた。「先生。この人が盲目で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。両親ですか。」
9:3 イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです。
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イスラエルの戦いを助けたラハブ(2020.4.16 祈り会)

2020-04-17 18:50:01 | 祈り会メッセージ
2020年4月16日祈り会メッセージ
『イスラエルの戦いを助けたラハブ』
【ヘブル11:30~31、ヨシュア2章】

ヘブル11:30 信仰によって、人々が七日間エリコの周囲を回ると、その城壁は崩れ落ちました。31 信仰によって、遊女ラハブは、偵察に来た人たちを穏やかに受け入れたので、不従順な者たちと一緒に滅びずにすみました。

はじめに
 この祈り会での、旧約聖書の女性たちに注目するシリーズでは、前回はモーセの姉のミリアムに注目しました。きょうはヨシュア記に登場するラハブに関連する箇所を見ます。

新約聖書にも登場するラハブ
 ヨシュアの時代、イスラエル人たちは約束の地であるカナンに進攻して、エリコやアイなどを次々に攻め取って行きます。その場合、イスラエルはその土地の人々のほとんどを殺しましたから、ヨシュア記は説教しづらい書だと私自身は感じています。ラハブが住んでいたエリコの町でも、ラハブの一族以外は皆殺しにされます。このことを肯定的に伝えることにはためらいがありますから、この祈り会のシリーズではヨシュア記は飛ばそうかなとも思いました。

 しかし、ラハブはマタイの福音書1章の系図ではルツ記のボアズの母親として登場する女性ですし、いまご一緒に読んだヘブル書11章にも登場する女性です。ヘブル書11章には「信仰によって、誰々は~」という書き方で優れた信仰を持っていた者たちのことが書かれています。そしてモーセの次にラハブの名があります。ヘブル書の記者はカレブやヨシュアのことは書かずに個人名としてはモーセの次にラハブの名を挙げています。これほどの女性をスキップして省略することはできませんね。

 それで、ミリアムのメッセージが終わった後から、ずっとラハブの回はどのようなメッセージにすべきか悩ましく思っていました。そんな時、ふとイスラエルの戦いが新型コロナウイルスとの戦いに重なって来ました。そして、そのようにイスラエルの戦いをウイルスとの戦いと重ねるなら、ヨシュア記のことも肯定的に語ることができるだろうと思いました。

未来の読者を励ます聖書の不思議な力
 ヨシュア記の記者は、もちろん未来のウイルスとの戦いのことを想定して書いた訳ではありません。しかし、例えばパウロの手紙も、当時の1世紀のローマの教会の人々や、テサロニケの教会の人々に宛てて書かれたものですが、そのパウロの言葉が時を超えて21世紀の私たちの心にも響いてきます。聖書とはそういう不思議な書物です。

 以前、ナチスに処刑されて死んだドイツの牧師のボンヘッファーのことをちらっと話したことがあったでしょうか。ここで改めてボンヘッファーの話をしたいと思います。

 ディートリッヒ・ボンヘッファーはドイツのルター派教会の牧師であり、神学者でした。ナチスを批判して説教を禁じられ,非合法の告白教会の牧師研修所長になりました。そして第2次世界大戦中にヒトラーに対する地下抵抗運動に加わり、1943年ゲシュタポに捕らえられ、1945年に処刑されました(平凡社マイペディアより)。ボンヘッファーが処刑されたのは、ヒトラーが自殺してナチス体制が崩壊するわずか3週間前のことだったそうです。

 ナチスを批判していたボンヘッファーがドイツに留まっていることは極めて危険なことでした。それでボンヘッファーは1939年に一度はドイツを出国してアメリカに行きました。ですから、そのままアメリカに留まっていれば、捕まって処刑されることもなかったわけです。しかし、彼はドイツに戻りました。

 なぜドイツに戻ったのか、それは聖書の第二テモテ4章21節がボンヘッファーの目に留まったからだということです。

 この、パウロのテモテへの手紙4章21節には次のように書いてあります。

「何とかして、冬になる前に来てください」

 ボンヘッファーは学問的な聖書釈義の訓練を受けた第一級の神学者でしたから、このパウロの言葉は紀元1世紀のテモテに宛てられた言葉であって、20世紀の自分への言葉ではないことは百も承知していました。しかし、この時、ボンヘッファーはこの言葉を自分への語り掛けと感じて、危機的状況にあったドイツの教会を守るために、危険をかえりみずにドイツへ戻って行ったのだそうです。聖書のことばの力は本当にすごいなあと思います。

 そういうわけで、ヨシュア記のイスラエル人たちを、現代のウイルスとの戦いのように受け留めたとしても、決して間違いではないのだろうと思います。

 ですから、きょうはヨシュア記の記事を、現代のウイルスとの戦いを思い浮かべながら読んでみたいと思います。

偵察の二人をかくまったラハブ
 ここからはヨシュア記2章をざっと見て行きたいと思いますが、1章のことも、ごく簡単に見ておきます。

 ヨシュア記の前の書の申命記の最後にモーセが死にました。モーセのリーダーの座を引き継いだのはヨシュアでした。ヨシュア記1章の1節と2節をお読みします。

1:1 のしもべモーセの死後、はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに告げられた。
1:2 「わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこの民はみな、立ってこのヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの子らに与えようとしている地に行け。

 こうして、イスラエル人たちは主の命令によっていよいよヨルダン川を渡って約束の地のカナンに入ることになりました。しかし、その前にヨシュアは二人の者をエリコに偵察のために派遣しました。その二人の偵察が泊まったのがラハブの家でした。

 しかし、このことをエリコの王に告げる者があったため、王は人をラハブの所に遣わせて、偵察の二人を捕らえようとしました。しかし、ラハブはこの偵察の二人をかくまいました。6節、

2:6 彼女は二人を屋上へ上がらせ、屋上に積んであった亜麻の茎の中におおい隠していた。

 そうしてラハブはかくまっていた二人を逃がす時に彼らに言いました。9節から13節、

2:9 彼らに言った。「がこの地をあなたがたに与えておられること、私たちがあなたがたに対する恐怖に襲われていること、そして、この地の住民がみな、あなたがたのために震えおののいていることを、私はよく知っています。
2:10 あなたがたがエジプトから出て来たとき、があなたがたのために葦の海の水を涸らされたこと、そして、あなたがたが、ヨルダンの川向こうにいたアモリ人の二人の王シホンとオグにしたこと、二人を聖絶したことを私たちは聞いたからです。
2:11 私たちは、それを聞いたとき心が萎えて、あなたがたのために、だれもが気力を失ってしまいました。あなたがたの神、は、上は天において、下は地において、神であられるからです。
2:12 今、にかけて私に誓ってください。私はあなたがたに誠意を尽くしたのですから、あなたがたもまた、私の父の家に誠意を尽くし、私に確かなしるしを与え、
2:13 私の父、母、兄弟、姉妹、また、これに属するものをすべて生かして、私たちのいのちを死から救い出す、と誓ってください。」

 9節に、「主がこの地をあなたがたに与えておられる」とありますから、ラハブはこれから起きることを知っていました。しかも、それはイスラエル人たちが彼らの力で行うことではなく、主が為さることだということも知っていました。10節を見ても、イスラエル人たちがエジプトを出ることができたのは、主が海の水を二つに分けたからだということを知っていました。さらにはまた、11節の後半に、「あなたがたの神、は、上は天において、下は地において、神であられるからです。」とありますから、ラハブは主がどのようなお方であるかを、よく知っていました。主がこれから為さろうとしていることに逆らうことはできないことをラハブはよく知っていました。それゆえラハブは自分の家族を救ってほしいと偵察の二人に嘆願しました。

ウイルスとの戦いも主の戦い
 きょうの話の最初に、ヨシュア記のイスラエルの戦いを、コロナウイルスとの戦いに重ねて読みたいと話しました。ボンヘッファーがパウロのテモテへの言葉を自分への言葉と受け取ったように、ヨシュアたちの戦いを今の私たちのウイルスとの戦いとして読みたいと思います。その読み方に沿うとすれば、このラハブの言葉は、どのように受け取れるでしょうか?ラハブは、これは主が命じた戦いであり、主はエリコを倒すことができる力を持つことを知っていました。

 ウイルスとの戦いも主の戦いであると読み取りたいと思います。ウイルスを倒すことは主にしかできないことです。弱い私たち人間では、とうていウイルスに打ち勝つことはできます。

 今、この戦いは国によって異なる戦い方をしています。ニュージーランドや台湾、ドイツなどや善い戦いをしていると報じられています。リーダーがヨシュアのような有能なリーダーだからなのでしょう。日本のリーダーもヨシュアのように有能であってほしいと思います。

 しかし忘れてはならないのは、これはヨシュアの戦いではなく、主の戦いであったことです。

 ラハブはそのことを知っていました。私たちもまたラハブのように主がどのようなお方であるかを知っている者たちでありたいと思います。

 お祈りいたします。
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苦悩する人のイエスと、力ある神のイエス(2020.4.9 祈り会)

2020-04-10 09:44:50 | 祈り会メッセージ
2020年4月9日祈り会メッセージ
『苦悩する人のイエスと、力ある神のイエス』
【マルコ14:32~36、ルカ22:39~44、ヨハネ18:1~11、ピリピ2:6~8】

はじめに
 きょうは受難週の木曜日です。この木曜日の晩にイエスさまは弟子たちと最後の晩餐の時を持ち、その後に捕らえられたとされています。

 マタイ・マルコ・ルカの福音書には、捕らえられる前のイエスさまがオリーブ山で、或いはゲッセマネの園で、苦悩している様子が描かれています。

受難を前にして、もだえ苦しんだイエス
 マルコの福音書14章32~36節を交代で読みましょう(コロナ対策で小さな声で)。
 
14:32 さて、彼らはゲツセマネという場所に来た。イエスは弟子たちに言われた。「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい。」
14:33 そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれた。イエスは深く悩み、もだえ始め、
14:34 彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここにいて、目を覚ましていなさい。」
14:35 それからイエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、できることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈られた。
14:36 そしてこう言われた。「アバ、父よ、あなたは何でもおできになります。どうか、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの望むことではなく、あなたがお望みになることが行われますように。」

 33節にはイエスさまが「深く悩み、もだえ始め」たこと、34節には「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです」とあります。イエスさまの苦悩がいかに深かったかをマルコはしっかりと描いています。

 次にルカの福音書22章を開きましょう。39節から44節を交代で読みましょう。

22:39 それからイエスは出て行き、いつものようにオリーブ山に行かれた。弟子たちもイエスに従った。
22:40 いつもの場所に来ると、イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい」と言われた。
22:41 そして、ご自分は弟子たちから離れて、石を投げて届くほどのところに行き、ひざまずいて祈られた。
22:42 「父よ、みこころなら、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの願いではなく、みこころがなりますように。」
22:43 〔すると、御使いが天から現れて、イエスを力づけた。
22:44 イエスは苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。〕

 ルカの福音書は44節が強烈ですね。「汗が血のしずくのように地に落ちた」という描写にはイエスさまの苦悩の深さが強烈に表れています。きょうは開きませんでしたがマタイもまたイエスさまが苦しみも悶えている様子を描写しています。

 このようにマタイ・マルコ・ルカの福音書には、イエスさまがこれからご自身の身に起こることを知っておられ、それゆえに深く苦悩していた様子が克明に描かれています。

 このようにイエスさまが悶え苦しまなければならなかったのは、私たちの中に根深くある罪のゆえであることを、まず覚えたいと思います。

捕縛に来た人々を圧倒した、力ある神のイエス
 さてしかし、ヨハネの福音書の最後の晩餐の後の描写はかなり異なります。今度はヨハネの福音書18章1~11節を交代で読みましょう。

18:1 これらのことを話してから、イエスは弟子たちとともに、キデロンの谷の向こうに出て行かれた。そこには園があり、イエスと弟子たちは中に入られた。
18:2 一方、イエスを裏切ろうとしていたユダもその場所を知っていた。イエスが弟子たちと、たびたびそこに集まっておられたからである。
18:3 それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやパリサイ人たちから送られた下役たちを連れ、明かりとたいまつと武器を持って、そこにやって来た。
18:4 イエスはご自分に起ころうとしていることをすべて知っておられたので、進み出て、「だれを捜しているのか」と彼らに言われた。
18:5 彼らは「ナザレ人イエスを」と答えた。イエスは彼らに「わたしがそれだ」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒に立っていた。
18:6 イエスが彼らに「わたしがそれだ」と言われたとき、彼らは後ずさりし、地に倒れた。
18:7 イエスがもう一度、「だれを捜しているのか」と問われると、彼らは「ナザレ人イエスを」と言った。
18:8 イエスは答えられた。「わたしがそれだ、と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人たちは去らせなさい。」
18:9 これは、「あなたが下さった者たちのうち、わたしは一人も失わなかった」と、イエスが言われたことばが成就するためであった。
18:10 シモン・ペテロは剣を持っていたので、それを抜いて、大祭司のしもべに切りかかり、右の耳を切り落とした。そのしもべの名はマルコスであった。
18:11 イエスはペテロに言われた。「剣をさやに収めなさい。父がわたしに下さった杯を飲まずにいられるだろうか。」

 17章までは最後の晩餐でした。そしてヨハネはすぐにイエスさまが捕らえられた描写に移っています。ヨハネはイエスさまが悶え苦しんだ場面を飛ばしています。ここでヨハネは苦悩する人としてのイエスさまではなく、力ある神としてのイエスさまを描いています。例えば6節をもう一度お読みします。

18:6 イエスが彼らに「わたしがそれだ」と言われたとき、彼らは後ずさりし、地に倒れた。

 「わたしがそれだ」とイエスさまが言った時、イエスさまを捕らえに来た人々は圧倒されて地に倒れました。この時、イエスさまは三度、「わたしがそれだ」と言いました。「わたしがそれだ」は5節の脚注を見ると「エゴー・エイミー」とあります。

 昨年の秋もこの祈り会で話しましたが、この「エゴー・エイミー」というギリシャ語は、英語で言えば「アイ・アム」です(「エゴー」が「アイ」で「エイミー」が「アム」)。この「エゴー・エイミー」は出エジプト記のギリシャ語訳(七十人訳)でも使われていて、主がシナイ山のふもとでモーセに言った「わたしは『わたしはある』という者である」(出エジプト3:14)の「わたしはある」は「エゴー・エイミー」になっています。

 そうしてヨハネの福音書のイエスさまは「アブラハムが生まれる前から『わたしはある』なのです」(ヨハネ8:58)とおっしゃいました。つまり天の父とイエスさまは一つである(ヨハネ10:30)ということです。

 もう一度ヨハネ18章6節に戻ると、イエスさまを捕らえに来た者たちはイエスさまに「エゴー・エイミー;わたしはある」と言われて後ずさりし、地に倒れました。力ある神様であるイエスさまが彼らを圧倒したのですね。

コロナウイルスも、力ある神のイエスに圧倒してほしい
 この力ある神様であるイエスさまに、いま猛威を振るっているコロナウイルスを圧倒していただきたいと私は強く願っています。

 4月5日の礼拝メッセージで私は、十字架のイエスさまは私たちと共に苦しみ、悲しんで下さると話しました。ゲッセマネの園でもだえ苦しみ、十字架の苦しみに遭って死んだイエスさまは私たちの苦しみと悲しみにも伴っていて下さり、共に苦しみ悲しんで下さっています。本当に幸いなことです。しかし、イエスさまは同時に力ある神様でもあられます。この力ある神様のイエスさまに、コロナウイルスの猛威を鎮め、治めていただきたいと思います。

 イエスさまが今のこのコロナウイルスに苦しむ世界をどのように見て、どのように為さるのか、私たちには分かりません。今の状況に介入せずにいるのか、どこかの段階で介入して下さるのかも分かりません。

 私たちには未来のことは分かりませんが、しかし私たちは十字架に付いて死んだイエスさまが三日目によみがえったお方であることを知っています。十字架によって絶望のどん底に落とされた弟子たちは復活したイエスさまに出会って大いに喜びました。このようにイエスさまは大きな喜びを与えて下さるお方です。絶望の時に希望を与えて下さるお方です。このことを覚えて、祈っていたいと思います。

おわりに
 最後に、ピリピ人への手紙2章の6節から8節までを交代で読みましょう。パウロが書いているように、イエス・キリストは神様です。神様が人となり、十字架に掛かりました。このことを思いながら、受難週の後半を過ごしたいと思います。

2:6 キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、
2:7 ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、
2:8 自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。

 お祈りいたします。
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モーセの姉ミリアムの功績と罪(2020.4.2 祈り会)

2020-04-03 10:07:54 | 祈り会メッセージ
2020年4月2日祈り会メッセージ
『モーセの姉ミリアムの功績と罪』
【出エジプト2章、4章、15章、民数記12章】

はじめに
 前回はモーセにはヘブル人の母とエジプト人の母がいたこと、そしてこの二人の母がいたことがモーセの人格形成に与えた影響について思いを巡らしました。

 きょうはモーセの姉のミリアムに注目します。

ミリアムの第一の功績
 モーセの姉ミリアムの第一の功績は何と言っても、赤ちゃんのモーセがエジプトの王女に保護された時に、ヘブル人の実際の母のもとで育てられるようにしたことでしょう。

 先週も読みましたが、出エジプト記2章をもう一度、簡単に振り返っておきたいと思います。

 2節でモーセが生まれます。この時、モーセの母は我が子を殺すことができなかったので、三か月の間育てていました。しかし隠しきれなくなったので、籠に入れてナイル川の岸辺に置きました。

 そして4節でモーセの姉のミリアムが登場します。4節、

2:4 その子の姉は、その子がどうなるかと思って、離れたところに立っていた。

 そうして見守っていると、エジプトの王女が弟のモーセを保護しました。それでミリアムは王女に言いました。

2:7 その子の姉はファラオの娘に言った。「私が行って、あなた様にヘブル人の中から乳母を一人呼んで参りましょうか。あなた様に代わって、その子に乳を飲ませるために。」

 ミリアムは最初からそうするつもりでは無かっただろうと思います。ミリアムは機転が利く頭の回転の速い少女だったようです。そして8節と9節、

2:8 ファラオの娘が「行って来ておくれ」と言ったので、少女は行き、その子の母を呼んで来た。
2:9 ファラオの娘は母親に言った。「この子を連れて行き、私に代わって乳を飲ませてください。私が賃金を払いましょう。」それで彼女はその子を引き取って、乳を飲ませた。

 こうしてモーセは幼い間はヘブル人の実際の母のもとで育てられることになりました。このことが80年後にモーセがイスラエル人を率いてエジプトを脱出することにつながります。もしモーセが最初からエジプト人の乳母に育てられていたら、モーセがイスラエル人のリーダーになることは決して無かったでしょう。或いはまたモーセがずっとヘブル人の家で育てられていたなら、やはりファラオとの交渉が必要なエジプト脱出のリーダーにモーセがなることはなかったでしょう。

 ですからモーセが後にイスラエル人のリーダーになったことに姉のミリアムは大きく貢献しています。これがミリアムの第一の功績ですね。

ミリアムの第二の功績
 次にミリアムの第二の功績ですが、出エジプト記の4章27節から31節までを交代で読みましょう。ここでモーセは兄のアロンに会います。

4:27 さて、はアロンに言われた。「荒野に行って、モーセに会え。」彼は行って、神の山でモーセに会い、口づけした。
4:28 モーセは、自分を遣わすときにが語られたことばのすべてと、彼に命じられたしるしのすべてを、アロンに告げた。
4:29 それからモーセとアロンは行って、イスラエルの子らの長老たちをみな集めた。
4:30 アロンは、がモーセに語られたことばをみな語り、民の目の前でしるしを行った。
4:31 民は信じた。彼らは、がイスラエルの子らを顧み、その苦しみをご覧になったことを聞き、ひざまずいて礼拝した。

 ここに姉のミリアムは登場しませんが、隠れたところで大きな働きがあったことでしょう。兄のアロンはモーセがエジプトの王家で豊かな暮らしをしていることを決して良くは思っていなかっただろうと思います。創世記の時代のヨセフの兄たちも弟のヨセフを良くは思っていませんでした。それは父のヤコブがヨセフを可愛がっていたからです。

 モーセの兄のアロンも弟のモーセが豊かな暮らしをしていることを妬まなかったはずがないと思います。それなのに、再会したモーセとアロンの関係が非常に良かったのは、姉のミリアムが中に入っていたからだろうと想像します。こうしてモーセとアロンは二人三脚でイスラエル人をエジプト脱出へと導きました。

ミリアムの第三の功績
 続いて、ミリアムの第三の功績です。それはミリアムが女性たちのリーダー的な存在であっただろうということです。イスラエル人たちの内の半分は女性です。ミリアムが女性たちのリーダー的な存在になったことでエジプト脱出も成功したのではないかと想像します。

 出エジプト記15章の19節から21節までを交代で読みましょう。

15:19 ファラオの馬が戦車や騎兵とともに海の中に入ったとき、は海の水を彼らの上に戻された。しかし、イスラエルの子らは海の真ん中で乾いた地面を歩いて行った。
15:20 そのとき、アロンの姉、女預言者ミリアムがタンバリンを手に取ると、女たちもみなタンバリンを持ち、踊りながら彼女について出て来た。
15:21 ミリアムは人々に応えて歌った。「に向かって歌え。主はご威光を極みまで現され、馬と乗り手を海の中に投げ込まれた。」

 これはエジプトを脱出した直後のことでした。20節に、ミリアムがタンバリンを手に取ると、女たちもみなタンバリンを持ち、踊りながら彼女について出て来たとありますから、ミリアムはイスラエルの女性たちのリーダー的な存在になっていたことを伺わせます。男性のモーセとアロンだけでは女性たちを率いて行くことは難しい面もあったと思いますから、ここでもミリアムは良い働きをしただろうと思います。

ミリアムの罪
 さて最後にミリアムの功罪の罪の方も見ておきたいと思います。ミリアムには功績だけではなく、罪もありました。民数記12章にはミリアムが犯した罪のことが書かれています。先に13章を見ておきましょう。13章には主がイスラエルの12人の族長たちに約束の地のカナンを偵察に行くように命令したことが書かれています。カナン偵察はエジプトを脱出してから1年あまりが経ってからのことです。ミリアムが罪を犯したのは、このカナン偵察よりも少し前のことでした。

 ミリアムは主の怒りに触れてツァラアトに冒されます。12章10節です。

12:10 雲が天幕の上から離れ去ると、見よ、ミリアムは皮膚がツァラアトに冒され、雪のようになっていた。アロンがミリアムの方を振り向くと、見よ、彼女はツァラアトに冒されていた。

 何が主を怒らせたのか、それは12章の1節と2節に書かれています。1節と2節、

12:1 そのとき、ミリアムとアロンは、モーセが妻としていたクシュ人の女のことで彼を非難した。モーセがクシュ人の女を妻としていたからである。
12:2 彼らは言った。「はただモーセとだけ話されたのか。われわれとも話されたのではないか。」はこれを聞かれた。

 これの何がいけなかったのか、少し分かりづらいので注解書を調べてみました。1節のクシュ人の妻についてはいろいろな解釈があるようですが、こちらは単なる言い掛かりでミリアムとアロンの不満は2節にあったようです。どうやらミリアムとアロンは、モーセばかりが表舞台に立っていることが気に入らなかったようです。そして注解書には、この不満はアロンの姉のミリアムの方から言い出したことではないかと書かれていました。なぜならツァラアトに冒されたのはミリアムの方だけだったからです。

 なるほど、そうなのかもしれませんね。女預言者のミリアムは自分に対しても主の預言があったのにモーセばかりが目立っていることを面白く思っていなかったというのは、確かにありそうなことですね。ちょうどヨセフの兄たちが弟のヨセフを妬んだように、ミリアムも弟のモーセを妬んだということなのでしょう。或いはまた、アダムとエバの息子のカインが弟のアベルを妬んだこととも似ています。

 カインから始まった妬みの罪は、私たち人間の間にしっかりと巣食っていると感じます。パウロも妬みが罪であることを何度か手紙に書いていますね。たくさんの功績があったミリアムもまた妬みの罪からは逃れられなかったようです。

 ミリアムは七日間宿営の外に締め出された後に戻りましたから、ツァラアトも癒されたのでしょう。そうして、ミリアムは民数記20章1節で死にました。

20:1 イスラエルの全会衆は、第一の月にツィンの荒野に入った。民はカデシュにとどまった。ミリアムはそこで死んで葬られた。

 ミリアムが死んだのはエジプトを脱出してから40年目の、イスラエルがカナンに入る直前のことのようです。そうすると、ミリアムは40年間の荒野の放浪の間、ずっとモーセと共に過ごしたということになります。この40年間、モーセは姉のミリアムに随分と助けられたことでしょう。ミリアムは妬みの罪に囚われたこともありましたが、大部分の時はモーセの助け手として良い働きをしたことでしょう。

おわりに
 これまで私はミリアムの生涯について考えたことはありませんでしたが、モーセが良い働きをした陰にはミリアムの存在があったことに思いを巡らすことができて感謝に思います。

 今の時代の私たちの教会運営にも荒野の中を歩むような困難を覚えますが、皆で協力して進んで行きたいと思います。

 お祈りいたしましょう。
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ヘブル人とエジプト人の母がいたモーセ(2020.3.26 祈り会)

2020-03-27 09:20:40 | 祈り会メッセージ
2020年3月26日祈り会メッセージ
『へブル人とエジプト人の母がいたモーセ』
【出エジプト2:1~10】

はじめに
 きょうはモーセにはへブル人の母とエジプト人の母の二人の母がいたことに注目して、それがモーセの人格にどのような影響を与えたかを考えてみたいと願っています。

 今ご一緒に読んだ出エジプト2章の1節から10節を読むと、へブル人の母とエジプト人の母の両方が、いかに深くモーセを愛していたかが分かります。
 当時のファラオは1章22節にあるように、

1:22 ファラオは自分のすべての民に次のように命じた。「生まれた男の子はみな、ナイル川に投げ込まなければならない。女の子はみな、生かしておかなければならない。」

という命令を出していました。それに逆らって男の子のモーセをナイル川に投げ込まずにいたへブル人の母の愛の深さは、自分が産んだ子に関することですから、理解できます。

 しかし、エジプト人の母(王女)のほうは、自分の子供ではありません。しかも、命令を出したエジプト王はこの王女の父親です。父親の命令に背いてへブル人のモーセの命を助けたのは、赤ちゃんのモーセがよほど可愛かったからでしょうか。背後に神の働きがあったと考えざる得ない不思議な出来事だと感じます。

 さて、きょうは、二人の母親がいたことがモーセの人格形成に与えた影響について考えてみたいと思っています。まずは一般論や私たちの周囲で見るケースについて考えた後で、モーセについて考察してみたいと思います。

混血や在日・在外の子供たち
 モーセの場合は生粋のへブル人で混血ではありませんが、まず混血の子供のケースから考えてみます。

 混血の子とは異なる出身国の父親と母親を持つ子供です。ハーフなどと呼ばれることが多いですね。日本に住む日本人でも父親か母親のどちらかが外国出身者である人はたくさんいますね。そういう人は、自分が何者であるか、というアイデンティティの問題で悩むことが多いそうです。例えば両親のどちらかが韓国人でもう一方が日本人だった場合、自分は韓国人なのか日本人なのか悩むということです。

 混血ではなくて両親が共に外国籍の在日の外国人もたくさんいます。その在日の方々も、いろいろな悩みを抱えていることと思います。在日というと朝鮮半島出身者の家系を指す場合が多いと思いますが、朝鮮半島出身者以外の在日の方々もいます。この在日の方々や、逆に両親と共に海外に滞在している在外の子供の場合、その子を何語で育てるかという問題も生じます。両親の言葉と現地の言葉の両方で育つ場合、日常会話レベルなら両方を使っても良いですが、高度な思考能力を養うにはどちらか一方にした方が良いと言われています。よほど優秀な子供のような例外もあると思いますが、多くの場合、どちらか一方にしておかないと深い思考能力を育むことは難しいと言われています。

 いずれにしても、同じ国籍の両親を持ち、両親の国で大人になるまでずっと過ごした子供に比べて、混血の子や親の出身国と違う国で暮らす子供はいろいろな悩みや困難を抱えることになります。しかし一方で、その悩みや困難の故に、思慮深い者や思いやりのある者に育つことも多いでしょう。或いはまた、大人になったら国際的な舞台で仕事をしたいと考える子供も多いことでしょう。それらはプラスに作用する例ですが、一方で悩みや困難を乗り越えることができずに苦しみ続ける子供もいることでしょう。

二人の母がいたモーセ
 さて、ではこれらを念頭に置いてモーセの場合を考えてみたいと思います。先ほども言いましたが、モーセは混血ではなくて、生粋のへブル人でした。2章1節にレビの家のある人がレビ人の娘を妻に迎えたとあります。ここにはモーセの父親の名前はありませんが、歴代誌第一の系図には、次のように書かれています。

6:1 レビの子は、ゲルション、ケハテ、メラリ。
6:2 ケハテの子は、アムラム、イツハル、ヘブロン、ウジエル。
6:3 アムラムの子は、アロン、モーセ、ミリアム。

 従ってモーセの父親の名はアムラムです。モーセは歴代誌第一の系図によればヤコブの子レビのひ孫に当たります。モーセの兄のアロンは大祭司になり、レビの家系は祭儀を司る一族になりました。

 モーセは小さい頃は、このレビ人の家で育ちました。モーセの姉のミリアムが、ナイル川でモーセを拾った王女に、7節にあるように「私が行って、あなた様にへブル人の中から乳母を一人呼んで参りましょうか。あなた様に代わって、その子に乳を飲ませるために。」と言ったからです。こうしてモーセは幼い頃は実の母親の家で育ちました。ヘブル語で育ち、へブル人の伝統も学んだことでしょう。アブラハム・イサク・ヤコブの神への信仰も学んだことと思います。

 そうして10節にあるように母親はモーセをファラオの娘のもとに連れて行きましたから、モーセは今度はエジプト人の王家の息子として育ちました。エジプトは四大文明の地で学問も進んでいましたから、王家の息子のモーセは世界最高レベルの教育を受けたことと思います。

 こうしてヘブル人の母とエジプト人の母の両方を持つモーセは、当然、自分は何者なのかという悩みを抱えていたことと思います。ヘブル人はエジプトでは奴隷の身分でしたから、エジプトの王家で裕福な暮らしをしていたモーセには葛藤があったことでしょう。その葛藤の表れが、11節と12節の事件でしょう。お読みします。

2:11 こうして日がたち、モーセは大人になった。彼は同胞たちのところへ出て行き、その苦役を見た。そして、自分の同胞であるヘブル人の一人を、一人のエジプト人が打っているのを見た。
2:12 彼はあたりを見回し、だれもいないのを確かめると、そのエジプト人を打ち殺し、砂の中に埋めた。

 モーセの中のヘブル人の血が騒いだのでしょうね。モーセはヘブル人を苦しめていたエジプト人を打ち殺してしまいました。もしモーセが幼い頃をヘブル人の母親のもとで過ごさなければ、彼のヘブル人としての血もそれほど騒がなかったかもしれません。

 この事件によって、モーセはミディアンの田舎で羊飼いとして40年間を過ごさなければならなくなりました。ただ、少し前の礼拝のメッセージでも話しましたが、羊飼いとして40年間を過ごしたことで足腰が鍛えられたことでしょう。また一匹一匹の羊を愛して群れを率いたことは、イスラエル人たちを率いてエジプトから脱出することにも役立ったことでしょう。或いはまた、王家の息子から羊飼いになったことで謙遜も身に付けたことでしょう。モーセがシナイ山の麓で主に出会った時、モーセは主に「私は口が重く、下が重いのです」と言いましたが、エジプトの王家にいた時のモーセだったら、こんなことは言わなかったのではないでしょうか。

どうして自分はここにいるのか
 そして、荒野で過ごす間にモーセは自分が何者であるかについても、いろいろと考えたのではないでしょうか。羊飼いとしてのモーセはミディアン人の家族と共に過ごしましたから、ヘブル人としてでもなく、エジプト人としてでもなく、ミディアン人と同じ生活をしていました。「どうして自分はここにいるのだろうか」、と思うこともしばしばだったかもしれません。

 ここで少し、私自身のことを話させて下さい。モーセは「どうして自分はここにいるのだろうか」とミディアンの地で思ったかもしれないと今話しましたが、私は20代の最後の頃、アメリカのテネシー州のオークリッジという田舎町で過ごしている時に、そのようなことをしばしば考えました。

 前も話したことがあるかもしれませんが、オークリッジは本当に田舎でした。それは、このオークリッジの研究所は原爆の材料となるウランを濃縮する技術を開発して製造するために第二次大戦中に密かに作られたからです。戦時中は秘密で原爆用のウラン濃縮が行われていました。私はオークリッジに行くまで、そこで広島の原爆の材料が製造されていたことを知りませんでした。今のようにネットで簡単に調べられる時代だったら研究所の歴史も調べることができたと思いますが、当時はそういうことは知りませんでした。ですから、この研究所に来て滞在していた時はしばしば、「どうして自分は広島の原爆を作った場所にいるのだろうか」と思っていました。

 でも、ここで思い悩んだことが、その20年後に牧師になるために神学校に入学することにつながって行ったのだと思います。そして今、コロナウイルスで世界中が騒動になっている中で自分がやるべきことは何かを考えさせられています。その考えの一端を次の礼拝の時に語らせていただきたいと願っています。

 きょうの最初のほうの話の中で、両親と共に海外に滞在している子供の話をしました。私自身も小学校2年と3年の時の2年間をアメリカのニューヨークで過ごしました。それで、国際的な場で働ける仕事に就きたいと思うようになり、理工系でしたから研究者を目指しました。そうして研究者の卵として留学した研究所が、広島の原爆の材料となる濃縮ウランを製造していた研究所でした。

おわりに
 ミディアンでの羊飼いのモーセについて思いを巡らしていて、私自身のことについても振り返ることができましたから感謝でした。

 神様はモーセのそれまでの経歴をすべて用いてモーセをイスラエル人のリーダーにしました。神様は私の経歴もすべて用いようと為さっているのだと思います。皆さんの人生も、様々なことがあったことと思います。そして神様は、皆さんのお一人お一人のこれまでの経歴もすべて用いようと為さっていることと思います。その私たちがこの静岡教会に集められていることを覚えたいと思います。

 今、コロナウイルスで苦しむこの世のために私たちに何ができるか、共に考え、主の導きを仰ぎながら進んで行くことができたらと思います。

 お祈りいたしましょう。
 
2:10 その子が大きくなったとき、母はその子をファラオの娘のもとに連れて行き、その子は王女の息子になった。王女はその子をモーセと名づけた。
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ヨセフの成長に用いられた女(2020.3.19 祈り会)

2020-03-21 09:06:28 | 祈り会メッセージ
2020年3月19日祈り会メッセージ
『ヨセフの成長に用いられた女』
【創世記39:17~23】

はじめに
 祈り会では、聖書に登場する女性に順次注目しています。前回は、ユダの子孫を残した女性のタマルに注目しました。

 さて、きょうの女性はヨセフを誘惑したエジプトの女性です。ただ、彼女がしたことについては、あまり注目しません。彼女がしたことは、まったくひどいことだからです。しかし、彼女がいなければ、ヨセフは成長できなかったでしょう。ヨセフはエジプトで王に次ぐ第二の地位に就いて、行政をすべて任されました。ヨセフには国の行政の現場での経験は一切ありませんでした。それにも関わらず、総理大臣に相当する高い地位に就いたのは、彼が牢獄にいる間に様々な面で成長できたからだと思います。

監獄に入れられたヨセフ
 では、まず短く、ヨセフを誘惑した女性がしたことを見ておきたいと思います。ヨセフがエジプトに連れて来られたのは、ヨセフが兄たちに憎まれていたからです。それで兄たちはヨセフを商人に売り飛ばしてしまいました。

 そうして39章にヨセフがエジプトに連れて来られてからのことが記されています。1節から3節までをお読みします。

39:1 一方、ヨセフはエジプトへ連れて行かれた。ファラオの廷臣で侍従長のポティファルという一人のエジプト人が、ヨセフを連れ下ったイシュマエル人の手からヨセフを買い取った。
39:2 がヨセフとともにおられたので、彼は成功する者となり、そのエジプト人の主人の家に住んだ。
39:3 彼の主人は、が彼とともにおられ、が彼のすることすべてを彼に成功させてくださるのを見た。

 主がヨセフと共におられたので、ヨセフは成功する者となりました。続いて、4節を飛ばして5節、

39:5 主人が彼にその家と全財産を管理させたときから、はヨセフのゆえに、このエジプト人の家を祝福された。それで、の祝福が、家や野にある全財産の上にあった。

 この主人の妻がヨセフを誘惑したのは、この時でした。7節、

39:7 これらのことの後、主人の妻はヨセフに目をつけて、「一緒に寝ましょう」と言った。

 ヨセフはもちろん断りました。それゆえ、きょう始めにご一緒に読んだような事態に発展してしまいました。17節に飛びましょう。17節、

39:17 彼女は主人に、このように告げた。「あなたが私たちのところに連れて来た、あのヘブル人の奴隷は、私にいたずらをしようとして私のところに入って来ました。

 主人は、妻の言葉を信用して激怒し、ヨセフは監獄に入れられてしまいました。ヨセフにとっては本当に気の毒なことでしたが、不思議なことに、これによってヨセフはエジプトの王の方へと近づいて行くことになりました。20節にあるように、ヨセフが入れられた監獄は、王の囚人が監禁されている監獄だったからです。

 神様の為さることは、本当に不思議ですね。こうして王家に近づいたヨセフは、40章の1節にあるように、エジプト王の献酌官と料理官と同じ監獄で過ごすことになりました。この監獄でヨセフは献酌官が見た夢を解き明かしました。40章の12節から14節まで、

40:12 ヨセフは彼に言った。「その解き明かしはこうです。三本のつるとは三日のことです。
40:13 三日のうちに、ファラオはあなたを呼び出し、あなたを元の地位に戻すでしょう。あなたは、ファラオの献酌官であったときの、以前の定めにしたがって、ファラオの杯をその手に献げるでしょう。
40:14 あなたが幸せになったときには、どうか私を思い出してください。私のことをファラオに話して、この家から私が出られるように、私に恵みを施してください。

 こうして、ヨセフの解き明かしの通り、献酌官は元の役職に復帰することができて、エジプトの王ファラオの側で再び仕えるようになりました。ヨセフは献酌官がファラオに自分のことを話してくれるだろうと、大いに期待したことでしょう。ところが、23節にあるように、献酌官長はヨセフのことを思い出さないで、忘れてしまいました。

 そうして、41章の1節には、「それから2年後」とあります。聖書の記事はあっさりと「2年後」と書いてありますが、ヨセフにとってのこの2年は、どんなものだったでしょうか。ここには何も書いてありませんから、かえって凄みがあると感じます。ヨセフの絶望がどれほど深いものであったか、ここには何も書かれていないことで、かえってヨセフの心の暗闇の深さを際立たせているように感じます。

 献酌官が監獄を出た当初、ヨセフは自分もすぐに出られるかもしれないと大いに期待したことでしょう。それが1週間経っても2週間経っても、何事も起こらず、1か月、2か月と経ち、半年、1年と過ぎて行きました。1年経っても自分が呼び出されることはありませんでしたから、それ以降のヨセフの絶望の深さは想像できないぐらいに深いものであっただろうと思います。

泥沼の底に沈みこんだ2年間
 このヨセフの暗闇の2年間に思いを巡らしていて、今週の礼拝で皆さんと交読した詩篇69篇を思い起こしました。詩篇69篇をご一緒に見ることにしましょう(旧約p.1001)。1節と2節を交代で読みます。

69:1 神よ 私をお救いください。水が喉にまで入って来ました。
69:2 私は深い泥沼に沈み 足がかりもありません。私は大水の底に陥り奔流が私を押し流しています。

 ヨセフの監獄での2年目は、このように深い泥沼に沈んだものであったのではないでしょうか。続いて3節と4節、

69:3 私は叫んで疲れ果て 喉は渇き目も衰え果てました。私の神を待ちわびて。
69:4 ゆえなく私を憎む者は私の髪の毛よりも多く 私を滅ぼそうとする者 私の敵偽り者は強いのです。私は奪わなかった物さえ返さなければならないのですか。

 4節の「ゆえなく私を憎む者」は、ヨセフを誘惑した女性であり、また妻がついた嘘をそのまま信じた主人です。そうして、ヨセフの兄たちもヨセフを憎んでいました。ただし、兄たちの場合は「ゆえなく」ではなく、ヨセフに原因がありました。5節、

69:5 神よあなたは私の愚かさをご存じです。私の数々の罪過はあなたに隠されていません。

 ヨセフは監獄の中で、かつて自分が兄たちを怒らせるようなことを無邪気に言ってしまった愚かさを悔やんでいたかもしれません。ヨセフは自分が見た夢を兄たちに話して、兄たちが自分を伏し拝むようになると言ったのでした。こんなことを話せば、兄たちが怒るのは当然です。ヨセフは監獄の中で激しく後悔したかもしれません。8節、

69:8 私は自分の兄弟からのけ者にされ母の子らにはよそ者となりました。

 本当にその通りになってしまいました。ヨセフは兄たちから「のけ者」にされ、エジプトに連れて来られて「よそ者」になりました。しかし、この暗闇の中でヨセフは却って神様に祈るようになったのではないでしょうか。13節と14節を交代で読みましょう。

69:13 しかし私はよ あなたに祈ります。神よ みこころの時にあなたの豊かな恵みにより 御救いのまことをもって私に答えてください。
69:14 私を泥沼から救い出し 沈まないようにしてください。私を憎む者どもから大水の底から救い出してください。

 この監獄での2年間はヨセフにとっては試練の時でしたが、この深い泥沼の底で神様との濃厚な交わりの時を持つことができたのではないでしょうか。順調に歩んでいる時には決してできない神様との深い交わりを経験することができて、それがヨセフを成長させたのだと思います。そうでなければエジプトの王に次ぐ第二の地位に就くことはなかったでしょう。

 ヨセフを誘惑したエジプト人の主人の妻は本当にひどい女性でした。しかし、この女性がいたからこそ、ヨセフは成長することができました。神様が為さることは、本当に不思議ですね。

おわりに
 今、世界全体が新型コロナウイルスによる泥沼に陥っています。礼拝でも話しましたが、単に病気に掛かって死者が増えることへの懸念だけでなく世界中で人の行き来が止まり、物流が止まり、経済が停滞しています。病気による死者ではなくて不況による死者が出てもおかしくない状況になって来ています。教会の皆さんの中にも仕事への影響が出ている方もいるかもしれません。ですから、私たちは祈らなければなりません。

 最後に詩篇69篇の1節と2節をご一緒に読んでメッセージを閉じます。

69:1 神よ 私をお救いください。水が喉にまで入って来ました。
69:2 私は深い泥沼に沈み 足がかりもありません。私は大水の底に陥り 奔流が私を押し流しています。

 お祈りします。
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新約聖書に名を残したタマル(2020.2.20 祈り会)

2020-02-21 08:38:10 | 祈り会メッセージ
2020年2月20日祈り会メッセージメモ
『新約聖書に名を残したタマル』
【マタイ1:1~3、創世記38章】

はじめに
 祈り会ではこれまで、サラ、ハガル、リベカ、レア、ラケルに注目して来ました。順番で行くと、次はタマルです。しかし、タマルをどう理解したら良いか、非常に難しいと思いました。それでタマルは飛ばそうとも思いましたが、タマルはマタイの福音書の系図にも登場する女性ですから、やはり取り上げることにしました。

マタイの系図に記されているタマル
 まず、マタイの福音書1章の1~3節を交代で読みましょう。

1:1 アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系図。
1:2 アブラハムがイサクを生み、イサクがヤコブを生み、ヤコブがユダとその兄弟たちを生み、
1:3 ユダがタマルによってペレツとゼラフを生み、ペレツがヘツロンを生み、ヘツロンがアラムを生み、

 このように、3節にタマルの名前が出て来ます。しかし、後でご一緒に見ますが、タマルはユダの長男エルの嫁です。つまりタマルにとってユダは義理の父に当たります。タマルは遊女に成りすまして義父のユダの所に入って子供をもうけます。信仰の道を歩む私たちとしては、戸惑わざるを得ません。聖書はこういうことを包み隠さず記しているところが、とても興味深いと思います。

 いま開いているマタイの福音書1章の系図には、タマルの他にも女性の名前が記されていて5節には「サルマがラハブによってボアズを生み」、「ボアズがルツによってオベデを生み」とあります。ラハブは遊女でしたし、ルツはモアブの女でした。さらに、6節には「ダビデがウリヤの妻によってソロモンを生み」とあります。ダビデはウリヤの妻のバテ・シェバを王宮に招き入れ、彼女が子を宿したと分かるともみ消し工作をした果てにウリヤを戦争の最前線に送って殺してしまいました。この重い罪によってダビデの家庭は崩壊して、ダビデは長い間苦しむことになります。ソロモンはそのような時に生まれて育った息子でした。イエス・キリストはこのダビデとバテ・シェバとの間に生まれたソロモンの父子の家系に属します。

 マタイの福音書のイエス・キリストの系図にタマル、ラハブ、ルツ、バテ・シェバが含まれることは本当に興味深いことだと思います。聖書はきれいごとを書いているのではなく、その大半は罪にまみれた人間たちのことが書かれています。私たちもまた罪を抱えながら生きて来ましたから、新約聖書の冒頭にこのような系図があることは、とても励まされるように感じます。

ユダの長男エルの嫁だったタマル
 さて、タマルについて、創世記38章を順次見て行くことにします。

38:1 そのころのことであった。ユダは兄弟たちから離れて下って行き、名をヒラというアドラム人の近くで天幕を張った。

 その頃というのは37章の出来事があった少し後ということでしょう。37章ではヨセフが兄たちに憎まれて、エジプトに向かっていた商人に売られたことが記されています。
 続いて2節と3節、

38:2 そこでユダは、カナン人で名をシュアという人の娘を見そめて妻にし、彼女のところに入った。
38:3 彼女は身ごもって男の子を産んだ。ユダはその子をエルと名づけた。

 ユダに長男のエルが生まれました。4節と5節、

38:4 彼女はまた身ごもって男の子を産み、その子をオナンと名づけた。
38:5 彼女はまた男の子を産み、その子をシェラと名づけた。彼女がシェラを産んだとき、ユダはケジブにいた。

 続いてユダに次男のオナンと三男のシェラが生まれました。6節、

38:6 ユダはその長子エルに妻を迎えた。名前はタマルといった。

 ここで今日注目するタマルが登場します。7節と8節、

38:7 しかし、ユダの長子エルはの目に悪しき者であったので、は彼を殺された。
38:8 ユダはオナンに言った。「兄嫁のところに入って、義弟としての務めを果たしなさい。そして、おまえの兄のために子孫を残すようにしなさい。」

 ユダは次男のオナンに、兄嫁のタマルのところに入るように言いました。しかし9節、

38:9 しかしオナンは、生まれる子が自分のものとならないのを知っていたので、兄に子孫を与えないように、兄嫁のところに入ると地に流していた。

 オナンはタマルが身籠ることがないようにしていました。10節と11節、

38:10 彼のしたことはの目に悪しきことであったので、主は彼も殺された。
38:11 ユダは嫁のタマルに、「わが子シェラが成人するまで、あなたの父の家でやもめのまま暮らしなさい」と言った。シェラもまた、兄たちのように死ぬといけないと思ったからである。タマルは父の家に行き、そこで暮らした。

 シェラは三男です。シェラはまだ成人していませんでしたから、タマルは将来、シェラとの間で子供をもうけられるように、当分の間はやもめとして暮らすことになりました。

遊女に成りすましてユダのところに行ったタマル
 そうして何年かが過ぎました。12節からは交代で、18節までを読みましょう。

38:12 かなり日がたって、ユダの妻、すなわちシュアの娘が死んだ。その喪が明けたとき、ユダは、羊の群れの毛を刈る者たちのところ、ティムナへ上って行った。友人でアドラム人のヒラも一緒であった。
38:13 そのときタマルに、「ご覧なさい。あなたのしゅうとが羊の群れの毛を刈るために、ティムナに上って来ます」という知らせがあった。
38:14 それでタマルは、やもめの服を脱ぎ、ベールをかぶり、着替えをして、ティムナへの道にあるエナイムの入り口に座った。シェラが成人したのに、自分がその妻にされないことが分かったからである。
38:15 ユダは彼女を見て、彼女が顔をおおっていたので遊女だと思い、
38:16 道端の彼女のところに行き、「さあ、あなたのところに入らせてほしい」と言った。彼は、その女が嫁だとは知らなかったのである。彼女は「私のところにお入りになれば、何を私に下さいますか」と言った。
38:17 彼が「群れの中から子やぎを送ろう」と言うと、彼女は「それを送ってくださるまで、何か、おしるしを下されば」と言った。
38:18 彼が「しるしとして何をやろうか」と言うと、「あなたの印章とひもと、あなたが手にしている杖を」と答えた。そこで彼はそれを与えて、彼女のところに入った。こうしてタマルはユダのために子を宿した。

 まだ続きがありますが、時間の関係で、ここまでにしたいと思います。

子を生むことに執念を燃やしたタマル
 タマルは遊女に成りすましてユダのところに入りました。それは14節にあるように、「シェラが成人したのに、自分がその妻にされないことが分かった」からです。当時の慣習では、普通であれば三男のシェラは兄嫁のタマルを妻として迎えることになっていました。しかし、義理の父のユダにそのつもりが無いことを知って、タマルはユダの子供を宿すことにしました。

 このことを、読者の私たちはどう受け留めるべきでしょうか。人それぞれだと思いますが、私はしばらくタマルについて思いを巡らしていて、「執念」を感じました。少し前に私たちはヤコブの妻とレアとラケルについての記事を読みました。二人とも凄まじい執念の持ち主だったと思います。

 姉のレアは、夫のヤコブが自分の妹のラケルを愛していましたから、何とかヤコブが自分を愛するようにと執念を燃やしていました。一方、妹のラケルは不妊の女性でしたから、ヤコブの子供を得ることに執念を燃やしていました。この姉妹の戦いは凄まじいものであったと思います。

 そして私たちは先日の礼拝説教で、ヤコブが自分を祝福してくれるまで神様を去らせないという、祝福への執念を燃やしました。このヤコブの執念も凄まじいものでした。

 この学びの流れから、タマルの場合も、子を生むことへの執念を感じました。やもめの立場に置かれたままで子を生まずにいることは彼女にとって耐えられないことだったのだろうと思いました。

 今年に入ってからの、聖書の女性たちについての学びを通じて私は、皆が生きることに一生懸命であることに感銘を受けています。神様から命を授かって、この世で生かされている者として、自分の人生をひたむきに一生懸命生きています。

 そうして自分もまた、もっと懸命に生きるべきと励ましを受けています。タマルの行ったことは決して褒められるようなことではありませんが、懸命に生きている姿からは学ぶべきものがあると思いました。きょうの学びに感謝したいと思います。

 そして、26節でユダが「あの女は私よりも正しい。私が彼女をわが子シェラに与えなかったせいだ」と言って自分の過ちを認めたことにも感謝したいと思います。

 これらのことに感謝しながら、お祈りいたします。
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不妊の女性であったラケル(2020.2.13 祈り会)

2020-02-14 10:39:48 | 祈り会メッセージ
2020年2月13日祈り会メッセージ
『不妊の女性であったラケル』
【創世記30:1~8】

はじめに
 先週はヤコブの妻の一人のレアに注目しました。そして、きょうはレアの妹のラケルについての箇所を開いています。ラケルは後にヤコブの息子のヨセフとベニヤミンを生みますが、長い間、不妊の期間が続いていました。いまご一緒に読んだ箇所は、ラケルがまだ不妊の女性だった時の記事です。

不妊の女性がたくさん登場する聖書
 ラケルは姉に嫉妬していたと1節に書かれています。

 ここに書いてあるラケルの言葉は凄まじいですね。

「私に子どもを下さい。でなければ、私は死にます」(1節)

「神は私をかばってくださり、私の声を聞き入れて、私に男の子を与えてくださった」(6節)

「私は姉と死に物狂いの争いをして、ついに勝った」(8節)

 「勝った/負けた」の世界ではないと思うのですが、不妊の女性であることの敗北感を非常に強く感じていたことが分かります。

 聖書には、不妊の女性がたくさん出て来ますね。アブラハムの妻のサラも不妊の女性でした。年を取ってからイサクを生みましたが、生涯の多くを不妊の女性として過ごしました。年を取ってから子供を生んだ女性と言えば、新約聖書のルカの福音書のエリサベツもそうですね。エリサベツもだいぶ年を取ってから祭司のザカリヤの子のバプテスマのヨハネを生みました。サラもエリサベツも子供を生んだ時に非常に喜びました。

 ダビデの生涯が描かれているサムエル記の最初にも、サムエルの母親のハンナが不妊であった時の苦しみが書かれていますね。不妊の女性は、自分が子供を生んで育てる喜びを味わえないということ以上に、周囲の目に苦しんでいることが良く分かります。聖書の時代の不妊の女性は、周囲からは女性なのに女性としての役割を果たしていないという批判的な目で見られていました。これは聖書の時代だけでなく現代においても、いまだにそうですね。まだまだそういう風潮が続いていることが国会や地方議会での心ないヤジなどからも分かります。

 不妊の女性の悩み・苦しみは男の私には分からないだろうと思う方もいるかもしれません。確かに女性に妊娠・出産に関してはそうです。しかし、それに類する悩みは私にもあります。

不妊の牧師
 それは牧師になってからの私には受洗者が与えられていないということです。既に信仰を持っている人をより深い信仰に導いて来たという思いはありますが、新たに信仰へと導いたことはありません。新しく信仰を持つことを「新しく生まれる」と書いて「新生」と呼びますね。私は新しく生まれる者が与えられる喜びを味わっていません。神様は私を牧師として召し出しました。それなのに、どうして新しく生まれて来る者を与えて下さらないのか、とも思います。

 不妊の女性の場合は、神様は自分を女性として生んで下さったのに、どうして子供を授けて下さらないのかと思うでしょう。牧師の私の場合は、神様はどうして新しく生まれる者を与えて下さらないのだろうかと思います。しかし実は、正直なことを言えば、私は神様との関係においては、それほど悩ましくは思っていません。悩ましいのは周囲が私のことを不妊の牧師として見て、一人前の牧師として見ていないであろうということです。周囲というのは信徒よりは牧師です。

 周囲の人々の大半は、私が牧師としてこの8年間をどう過ごして来たかをそれほど知らずに、受洗者が一人も与えられていないという結果だけを見て、私を評価します。これは結構悩ましいことだと思っています。

 例えば前任地の沼津に私は6年間いました。沼津教会は広い通りには面していなくて、しかも隣に2階建てのアパートがあって、まったく目立ちませんでした。ですから人に気付かれにくい教会でした。また、専用の礼拝堂も無くて、普段は料理と食事のスペースとして使っている台所を礼拝の間として兼用していましたから、霊的な雰囲気を来会者に感じていただくことにも適していませんでした。それゆえ新しい人が来にくい会堂でした。

 そういうわけで、沼津に着任してからの私は、とにかく狭い路地から抜け出して台所兼用ではなく専用の礼拝堂がある会堂を持てるようにと願い、教会の皆さんと新会堂の建設を目指して全力で取り組みました。その活動を神様は驚くほどに祝福して下さいましたから、私はとても感謝に思っています。ですから私は神様との間で良い関係を築いていると信じています。しかし、周囲は私のことを受洗者が与えられていない不妊の牧師として見ているであろうことを思うと、少し悩ましく思います。

 神様は不妊の女性であったラケルやサラ、エリサベツやハンナに子供を授けて祝福して下さいました。ですから、私にもそのような時が来るであろうと信じています。その時が早く来ますように教会の皆さんと共に様々なことに取り組んで行きたいと思っています。
 
ヨセフの遅い誕生が、イスラエル人が増えることにつながる
 さて、ラケルは後にヨセフを生みました。その場面を確認しておきましょう。創世記30章の22節から24節までです。交代で読みましょう。

30:22 神はラケルに心を留められた。神は彼女の願いを聞き入れて、その胎を開かれた。
30:23 彼女は身ごもって男の子を産み、「神は私の汚名を取り去ってくださった」と言った。
30:24 彼女は、その子をヨセフと名づけ、「が男の子をもう一人、私に加えてくださるように」と言った。

 こうしてラケルはヨセフを生みました。そしてヤコブはこのヨセフを溺愛しました。このことが、ヤコブの家族がエジプトに移住することにつながり、イスラエルの民がエジプトで増えることにつながって行きますから、神様の為さることは本当に不思議だなあと思います。そのきっかけとなった場面も見ておきましょう。創世記37章の1~8節です。
 
37:1 さて、ヤコブは父の寄留の地、カナンの地に住んでいた。
37:2 これはヤコブの歴史である。ヨセフは十七歳のとき、兄たちとともに羊の群れを飼っていた。彼はまだ手伝いで、父の妻ビルハの子らやジルパの子らとともにいた。ヨセフは彼らの悪いうわさを彼らの父に告げた。
37:3 イスラエルは、息子たちのだれよりもヨセフを愛していた。ヨセフが年寄り子だったからである。それで彼はヨセフに、あや織りの長服を作ってやっていた。
37:4 ヨセフの兄たちは、父が兄弟たちのだれよりも彼を愛しているのを見て、彼を憎み、穏やかに話すことができなかった。
37:5 さて、ヨセフは夢を見て、それを兄たちに告げた。すると彼らは、ますます彼を憎むようになった。
37:6 ヨセフは彼らに言った。「私が見たこの夢について聞いてください。
37:7 見ると、私たちは畑で束を作っていました。すると突然、私の束が起き上がり、まっすぐに立ちました。そしてなんと、兄さんたちの束が周りに来て、私の束を伏し拝んだのです。」
37:8 兄たちは彼に言った。「おまえが私たちを治める王になるというのか。私たちを支配するというのか。」彼らは、夢や彼のことばのことで、ますます彼を憎むようになった。

 3節に、「イスラエルは、息子たちのだれよりもヨセフを愛していた」とあります。イスラエルというのはヤコブのことです。このことで、兄たちはヨセフを憎みました。

 しかし、当のヨセフは兄たちが自分を憎んでいることに気づいていませんでした。それで、兄たちに自分が見た夢の話をして、ますます憎まれるようになりました。

 そうして兄たちはヨセフをエジプトに向かっていた商人に売ってしまい、ヨセフはエジプトに連れて行かれました。

 もしラケルが不妊の女性ではなくて、もっと早くにヨセフを生んでいたら、ヨセフが兄弟たちに憎まれることもなかったでしょう。するとヤコブの子孫のイスラエル人たちがエジプトで大いに増えることも無かったかもしれません。神様は本当に不思議なことを為されると、つくづく思います。

 ですから、たとえ悪いことが続いていても、主は必ず祝福を備えて下さっています。

おわりに
 今回、このメッセージの準備をここまで進めて来て、私たちの教会の将来のことを思いました。その中で、ついつい弱気になってしまいそうにもなりました。あまり考え過ぎると、本当に神様はこの教会を祝福して下さるだろうかと、つい思ってしまいます。

 しかし、神様は必ず祝福して下さるという強い気持ちを持ち続ける必要があると思いました。そして、むしろ「主が祝福して下さるまでは去らせない」というヤコブの信仰が必要であろうと思いました。

 次の聖日はその場面をご一緒に開いて、午後の運営委員会に臨みたいと思っています。きょうは最後に、その場面を予告編的に見て終わりたいと思います。

 16日の午前の礼拝では創世記32章を開いて、午後の運営委員会に臨みます。きょうはその創世記32章24節から29節までを読んで終わります。

32:24 ヤコブが一人だけ後に残ると、ある人が夜明けまで彼と格闘した。
32:25 その人はヤコブに勝てないのを見てとって、彼のももの関節を打った。ヤコブのももの関節は、その人と格闘しているうちに外れた。
32:26 すると、その人は言った。「わたしを去らせよ。夜が明けるから。」ヤコブは言った。「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」
32:27 その人は言った。「あなたの名は何というのか。」彼は言った。「ヤコブです。」
32:28 その人は言った。「あなたの名は、もうヤコブとは呼ばれない。イスラエルだ。あなたが神と、また人と戦って、勝ったからだ。」
32:29 ヤコブは願って言った。「どうか、あなたの名を教えてください。」すると、その人は「いったい、なぜ、わたしの名を尋ねるのか」と言って、その場で彼を祝福した。

 お祈りします。
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ユダを生んだレア(2020.2.6 祈り会)

2020-02-07 08:46:43 | 祈り会メッセージ
2020年2月6日祈り会メッセージ
『ユダを生んだレア』
【創世記29:30~35】

はじめに
 木曜日の祈り会では聖書に登場する女性に注目しています。女性に注目することで、男性だけに注目していたのでは分からない聖書からのメッセージを読み取ることができれば幸いであると思っています。

 例えば、アブラハムの妻のサラに仕えたエジプト人の女奴隷ハガルをも主は憐み、決して見捨てることはありませんでした。このハガルについては先日の礼拝でも目を留めました。主はアブラハムの家を追い出されて絶望していたハガルに寄り添い、励ましました。ハガルは荒野をさまよい、水がなくなったために死を覚悟していましたが、主はハガルの目を開いて水がある場所を教えました。そしてハガルとハガルが生んだ息子のイシュマエルの生活を見守りました。主はこのように男と女、主人と奴隷の区別なく苦しみの中にある者を憐れんで下さいます。

 きょうはヤコブの妻の一人のレアに注目することにします。きょう目を留めたいのは創世記29章の31節と35節です。31節には、「主はレアが嫌われているのを見て、彼女の胎を開かれた」とあります。そして35節には、レアが4番目に生んだヤコブの子を「ユダ」と名付けたことが書かれています。きょうは、この二つの節を味わってみたいと思います。その前に、レアについての基礎知識を確認しておきたいと思います。

ヤコブの妻レアの苦悩
 レアはアブラハムの孫のヤコブの妻です。ヤコブは母のリベカの指図で兄のエサウに成りすまし、父イサクの祝福を横取りしました。これに怒った兄のエサウはヤコブを殺そうと考えために、ヤコブは家を出ることにしました。そうして向かった先がハランにいた伯父のラバンの家でした。ラバンは母リベカの兄です。ヤコブの母のリベカはこのハランの地の出身で、かつてアブラハムのしもべがイサクの妻となる女性を探し求めて、ここに来たという経緯がありました。

 さて、伯父のラバンにはレアとラケルの二人の娘がいました。この二人の姉妹がヤコブの妻になりました。ヤコブは妹のラケルのほうを愛していましたが、レアとラケルの父のラバンは、妹を先に嫁にやるわけにはいかないと言いましたから、まず姉のレアがヤコブの妻になりました。そうして、その後でラケルも妻になりました。

 30節に、ヤコブは、レアよりもラケルを愛していたとあります。レアにとっては、とてもつらいことだったと思います。そんなレアを主は憐れんでいました。31節をお読みします。

29:31 はレアが嫌われているのを見て、彼女の胎を開かれたが、ラケルは不妊の女であった。

 主はレアが苦しんでいるのを見て、彼女を祝福しました。レアがどれだけ苦しんでいいたかは、32節以降を読むと分かります。

29:32 レアは身ごもって男の子を産み、その子をルベンと名づけた。彼女が、「は私の悩みをご覧になった。今こそ夫は私を愛するでしょう」と言ったからである。

 レアの悩みはヤコブに愛されていないことでした。そんな中でレアはヤコブにとっての最初の男の子ルベンを生みましたから、これで夫は自分を愛するだろうと思いました。家族にとって長男はとても大事ですから、長男を生んだレアは愛されて当然です。しかし、ヤコブの愛はレアには向かわずにラケルの方ばかりに向けられていたようです。続いて33節、

29:33 彼女は再び身ごもって男の子を産み、「は私が嫌われているのを聞いて、この子も私に授けてくださった」と言って、その子をシメオンと名づけた。

 主はレアに次男のシメオンを与えました。それでもヤコブはレアを愛しませんでした。それでさらに34節、

29:34 彼女はまた身ごもって男の子を産み、「今度こそ、夫は私に結びつくでしょう。私が彼に三人の子を産んだのだから」と言った。それゆえ、その子の名はレビと呼ばれた。

 レアは今度こそ、夫は私に結びつくと考えましたが、そうはならなかったようです。この間、主は一貫してレアを祝福し続けました。主は苦しんでいる者のそばにいて下さることを感じます。ヤコブは普通の男性で、決して聖人君子ではありませんから、二人の女性を分け隔てなく平等に愛することはできなかったとしても仕方がないと思います。それゆえレアは大変につらい思いをしましたが、主は子供を与えるという形でレアに慰め励ましました。

主をほめたたえたレア
 レアはそんな憐れみ深い主に感謝していました。4番目の子供が生まれた時に「主をほめたたえます」と言いました。35節、

29:35 彼女はさらに身ごもって男の子を産み、「今度は、私はをほめたたえます」と言った。それゆえ、彼女はその子をユダと名づけた。その後、彼女は子を産まなくなった。

 そうしてレアはその子をユダと名づけました。下の脚注を見ると、ユダは「ほめたたえる」の意の語源「ヤダ」の派生語である、ということです。

 ここから、子どもを生むたびにレアの信仰が深まっていった様子が見て取れるように思います。四番目の子供が生まれた時、レアは純粋に主をほめたたえました。この四番目の子供のユダの子孫がユダ族となって、ダビデにつながり、イエス・キリストへとつながって行きます。ですから、この35節を、私はとても興味深く感じます。ダビデ、そしてイエス・キリストにつながる系譜は長男のルベンの家系からではなくて4番目の子供のユダの家系からのものでした。

ユダ族の家系を重視する聖書
 聖書はとにかくユダ族の家系を重視しています。マタイの福音書1章の系図は、ユダ族の系図そのものですね。開かなくて良いですから、マタイ1章1節から3節の途中までを聞いていて下さい。

1:1 アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系図。
1:2 アブラハムがイサクを生み、イサクがヤコブを生み、ヤコブがユダとその兄弟たちを生み、
1:3 ユダがタマルによってペレツとゼラフを生み、

という風に続いて行きます。注目すべきは「ヤコブがユダとその兄弟たちを生み」としていることです。マタイの系図にユダの兄のルベン、シメオン、レビの名前は出てきません。

 或いはまた、列王記の後にある歴代誌もユダ族の記述に偏っています。歴代誌の最初のほうには系図がありますから、そこにはルベンやシメオンやレビの系図も書かれています。しかし歴代誌第一の11章からは、歴代誌の記述はほとんどダビデ以降のユダ族の家系の描写のみに絞られます。まだ私が聖書をあまり読み込んでいなかった頃、歴代誌の記述は列王記の記述と似ている部分が多くありましたから、私は歴代誌と列王記の違いがよく分かっていませんでした。しかし実は、歴代誌第一の11章以降の記述のほとんどはダビデの家系のことだけであることを後になって知りました。

 聖書の記述が、このようにユダ族の系譜を重視していることを考えると、気になるのは、ユダ族がイエス・キリストにつながって行くことは既にレアがユダを生んだ時から決まっていたのだろうかということです。神様は最初からそのようなご計画を持っておられたのだろうかということが、とても気になります。これはもちろん神のみぞ知る、の世界ですから私たちには分からないことですが、創世記29章35節にレアが「私は主をほめたたえます」と言っているのを読むと、もしかしたら、この時から決まっていたのかもしれませんね。

生前は評価されない者が大半
 レアは夫のヤコブからは愛されませんでしたが、主からは愛されて多くの子供を授かる祝福を受けました。そして、その中の一人のユダはユダ族の祖先となってダビデとイエス・キリストの系譜につながって行きました。このことをレアはもちろん生きている間には知ることはありませんでした。私たちの多くもそうです。

 学問や芸術の世界を考えてみると分かりますが、学者や芸術家は死んだ後に評価されることが少なくありません。もちろん、生きている間に評価されて名声を得る人も多くいますが、生きている間は埋もれていて死後に評価されるようになった人は多くいます。何だかレアの人生に似ているように思います。レアはダビデとイエス・キリストにつながるユダを生むという大きな仕事をしました。

 私たち一人一人がしていることはもっと小さなことかもしれません。しかし、やがて終わりの時が来てイエスさまが再臨した時、私たち一人一人の小さな仕事も評価されることでしょう。私たちがイエスさまを宣べ伝える働きを継続してキリスト教会が存続したから、天の御国が来ることができたと評価されることと思います。

おわりに
 きょうはレアに注目しました。ヤコブに愛されなかったレアは悩み多き女性でしたが主に愛され、大きな仕事をしました。私たちも様々な困難を抱えながら生きていますが、私たちの小さな働きも主は祝福して下さっていますから、それを励みに主と共に歩んで行きたいと思います。

 お祈りしましょう。

29:35 彼女はさらに身ごもって男の子を産み、「今度は、私はをほめたたえます」と言った。それゆえ、彼女はその子をユダと名づけた。
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決断の速い女性リベカ(2020.1.23 祈り会)

2020-01-24 10:44:58 | 祈り会メッセージ
2020年1月23日祈り会メッセージ
『決断の速い女性リベカ』
【創世記24章、27章】

はじめに
 夜の祈り会では今年は聖書に登場する女性に注目しています。一回目はアブラハムの妻のサラに注目し、二回目はサラの女奴隷のハガルに注目しました。三回目の今日はリベカに注目します。ハガルがサラに追い出される箇所をまだ見ていませんが、これは近いうちに礼拝メッセージで見ることにしたいと思います。

アブラハムの兄弟ナホルの孫娘リベカ
 今日注目するリベカは、アブラハムの息子イサクの妻になった女性です。きょうのメッセージのタイトルは『決断の速い女性リベカ』です。その箇所を交代で読むことにします。創世記24章54~59節です(旧約p.40)が、ここを読む前に、ここに至った経緯を簡単に説明しておきます。

 23章の終わり(p.36)を見ると、ここでアブラハムの妻のサラが亡くなって、アブラハムはサラを手厚く葬ります。そして24章の1節には、アブラハムが年を重ねて老人になっていたことが記されています。

 この頃のアブラハムの心配は息子のイサクがまだ妻を迎えていないことでした。周囲にはカナン人の女がたくさんいましたが、嫁にはふさわしくないとアブラハムは考えていました。それでアブラハムは自分の全財産を管理している家の最年長のしもべに言いました。4節です。

24:4 「あなたは、私の国、私の親族のところに行って、私の息子イサクに妻を迎えなさい。」

 そうしてしもべは10節にあるように、アラム・ナハライムのナホルの町へ行きました。概ねハランがある地域のようです(巻末の地図2)。この辺りにアブラハムの兄弟(恐らくは弟)のナホルの一族が住んでいました。詳しい経緯は省きますが、ここでしもべはナホルの孫娘のリベカに偶然に出会います。リベカから見るとアブラハムは大伯父に当たります。

 さてしもべは、リベカとの出会いは主の導きによるもので、リベカこそがイサクの妻になるべき女性であると確信しましたから、リベカの兄ラバンとリベカの父ベトエルに会いいに行きました。するとリベカの兄ラバンと父ベトエルは言いました。50節と51節です。

24:50 ラバンとベトエルは答えた。「からこのことが出たのですから、私たちはあなたに良し悪しを言うことはできません。
24:51 ご覧ください。リベカはあなたの前におります。どうぞお連れください。が言われたとおりに、あなたのご主人の息子さんの妻となりますように。」

 こうしてリベカがイサクの妻になることが決まりました。

決断の速い女性リベカ
 では54節から59節までを交代で読みましょう。

24:54 このしもべと、ともにいた従者たちは、食べたり飲んだりして、そこに泊まった。朝になって彼らが起きると、そのしもべは「私の主人のところへ帰らせてください」と言った。
24:55 彼女の兄と母は、「娘をしばらく、十日間ほど私たちのもとにとどまらせて、その後で行かせるようにしたいのですが」と言った。
24:56 しもべは彼らに、「私が遅れないようにしてください。が私の旅を成功させてくださったのですから。主人のところへ行けるように、私を帰らせてください」と言った。
24:57 彼らは答えた。「娘を呼び寄せて、娘の言うことを聞いてみましょう。」
24:58 彼らはリベカを呼び寄せて、「この人と一緒に行くか」と尋ねた。すると彼女は「はい、行きます」と答えた。
24:59 そこで彼らは、妹リベカとその乳母を、アブラハムのしもべとその従者たちと一緒に送り出した。

 リベカの家の側では、リベカを嫁に出すにしても、こんなに早くに彼女を送り出すとは思っていませんでした。しかし、アブラハムのしもべの側では、すぐにでもリベカを連れて行きたいと思っていました。54節にあるように、しもべはリベカと出会った翌日に「帰らせてください」と言いました。それで58節でリベカ本人に聞くと、彼女は「はい、行きます」と答えたのでした。

 きょうのメッセージのタイトルは先ほども言ったように、「決断の速い女性リベカ」です。リベカ自身もあまりに速い事態の進行に動揺しただろうと思います。しかし彼女は自分の身に起きたことが天から与えられたものであると直感して「はい、行きます」と答えたのだろうと思います。ちょうどイエスさまの母親のマリアが御使いのガブリエルの訪問を突然に受けて受胎告知された時と同じような感じだと思います。マリアは戸惑いましたが、迷わず「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように」と御使いのガブリエルに言いました。

重大な局面であるほど必要な速い決断
 このリベカやマリアのように決断の早い女性は凄いなあと思いますが、考えてみると、私たちの人生においても、こういう一生のうちに二、三度あるかないかの重大な局面であればあるほど、決断の速さは必要ではないでしょうか(もちろん、じっくり考えたほうが良い場合もありますが)。それは、人生の一大事の場合には神様の導きが関わっている可能性が大きいからです。決断せずに迷っていると人間的な思いがどんどん入って来て、せっかく神様が背中を押して下さっているのに、結局は御心とは違う進路を歩むということになりかねません。

 例えば今夜の夕ご飯はカレーにしようかスパゲッティにしようか、迷う時もあると思いますが、どちらを食べてもそれがこれからの人生に大きく影響することはないでしょう。神様もそこまでは干渉していないでしょう。しかし例えば洗礼を受けるか受けないかでは、これからの人生は大きく変わります。もし少しでも洗礼を受けてみようかという思いが心の中に浮かんだなら、それは神様が背中を押している可能性が高いでしょう。そこで思い切り良く洗礼を受けようと決断するなら(もちろん牧師と相談した上で、ですが)、その人のこれからの人生は大きく変わって行きます。

イサクの息子への祝福で即座に行動したリベカ
 さて、今夜はもう一箇所、ご一緒に見たい記事があります。創世記27章の8節から13節までです。この時、イサクとリベカの夫妻にはエサウとヤコブの二人の息子がいました。そして、イサクは長男のエサウに祝福を与えようとしていました。リベカはそのエサウへの祝福をヤコブが代わりに受けるようにとヤコブに言いました。8節から13節までを交代で読みます。8~10節はヤコブへのリベカのことばです。

27:8 さあ今、子よ、私があなたに命じることを、よく聞きなさい。
27:9 さあ、群れのところに行って、そこから最上の子やぎを二匹取って私のところに来なさい。私はそれで、あなたの父上の好きな、おいしい料理を作りましょう。
27:10 あなたが父上のところに持って行けば、食べて、死ぬ前にあなたを祝福してくださるでしょう。」
27:11 ヤコブは母リベカに言った。「でも、兄さんのエサウは毛深い人なのに、私の肌は滑らかです。
27:12 もしかすると父上は私にさわって、私にからかわれたと思うでしょう。私は祝福どころか、のろいをこの身に招くことになります。」
27:13 母は彼に言った。「子よ、あなたへののろいは私の身にあるように。ただ私の言うことをよく聞いて、行って子やぎを取って来なさい。」

 この箇所を読むとヤコブは戸惑っていますから、リベカとヤコブが前もって何か打ち合わせをしていたわけではありません。リベカはヤコブが祝福を受けるようにしてあげたいと漠然とは考えていたかもしれませんが、それがどのような形なら上手く行くのか細かいことまでは考えていなかっただろうと思います。

 しかし、リベカは夫のイサクが長男のエサウに祝福を与えようと話しているのを聞いてヤコブがエサウになりすますという計画を思い付いて、即座に行動しました。ここにもリベカの決断の早さが良く出ていると思います。

 従って、この出来事は天が仕組んだことなのかもしれません。これまで私は、このリベカの作戦がリベカの人間的な思いがそうさせたのか、それとも天から出たことなのか、何とも判断できないと思っていました。しかしリベカの決断の早さに注目してみると、これは天から出たことなのだろうと今回の思い巡らしで思いました。天はリベカの決断力の早さを用いてヤコブがエサウの代わりに祝福を受けるようにしたのだろうと思いました。

 では、もし天の神様がヤコブが祝福を受けるにふさわしいと考えていたなら、なぜ生まれる時にヤコブを長兄にしなかったのか、とも思いますが、恐らくはもしヤコブが先に生まれていたらヤコブはエサウのような凡庸な人物にしかならなかったのだろうなと思います。ヤコブはこれから色々と苦労することになり、それがヤコブを成長させました。神様は人を成長させるのに試練を与えるという手法を良く用いますから、ヤコブの場合もそうなのでしょう。

 ヤコブはやがてイスラエル十二部族の族長の父となります。このことのために決断の早い女性リベカが用いられたのだろうと、今回の思い巡らしの中で思いました。

おわりに
 リベカは人生の非常に重要な局面で素早い決断ができる女性でした。重要なことであればあるほど、それは天から出たことであると直感したからではないでしょうか。私たちはどうでしょうか。たとえ天から出たことと直感しても人間的な思いに囚われてタイミングを逃してしまうようなことはないでしょうか。

 リベカのことを思いながら、お祈りしたいと思います。

24:58 彼らはリベカを呼び寄せて、「この人と一緒に行くか」と尋ねた。すると彼女は「はい、行きます」と答えた。
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使命を授かって力を得たハガル(2020.1.16 祈り会)

2020-01-17 08:13:46 | 祈り会メッセージ
2020年1月16日祈り会メッセージ
『使命を授かって力を得たハガル』
【創世記16:1~16】

はじめに
 今年の祈祷会では聖書に登場する女性に注目したいと願っています。前回の第1回目はアブラハムの妻のサラに注目しました。第2回目の今日はサラの女奴隷であったハガルに注目します。ハガルは今ご一緒に読んだ16章の後、21章にも登場しますが、きょうは16章に目を留めます。

サライに苦しめられた女奴隷のハガル
 この16章の頃、アブラハムはまだアブラム、サラはまだサライでした。このサライの女奴隷であったハガルの人生は苦難に満ちていました。

 まず奴隷であるということだけで、不自由な境遇にあります。奴隷は何事も主人の命令通りにしなければなりません。自分の意思で何かをするということができません。

 そして、ハガルの主人はアブラムではなくてサライでした。これもハガルにとってはつらいことでした。16章ではこの後でサライがハガルを苦しめる場面がありますが、21章も併せて考えるなら、サライは日常的にハガルにつらく当たっていたのではないか、そんな気がします。先週はサライの一生を見ましたが、サライの人生はアブラムの行く所に付いて行く人生でした。アブラムは主からの語り掛けを直接受けていましたから、励ましを感じてどこにでも行けました。しかし、サライの場合は主からの語り掛けを直接的に受けたわけではありませんから、アブラムに付いて行くのは大変なことだったと思います。

 アブラムの甥のロトとアブラムが別々の場所に住むことにした時も、アブラムはロトに好きな方へ行くように言ったので、ロトは見映えの良い土地を選びました。そうでない方の土地へ行ったアブラムは苦労したと思いますから、それはまたサライの苦労でもありました。そういう苦労がサライにはありましたから、女奴隷のハガルにつらく当たって不満のはけ口にしていたのかもしれません。

 さて、サライは不妊の女で子供を授かっていませんでした。そして16章2節でサライはアブラムに一つの提案をします。

16:2 「ご覧ください。は私が子を産めないようにしておられます。どうぞ、私の女奴隷のところにお入りください。おそらく、彼女によって、私は子を得られるでしょう。」
 
 アブラムはこの提案を聞き入れたので、ハガルはアブラムの子を身ごもりました。しかし、このことでハガルはサライのことを軽く見るようになったということです。それでサライはハガルのふるまいを5節で「横暴なふるまい」と言ってアブラムに訴えます。するとアブラムはサライに言いました。6節です。

16:6 アブラムはサライに言った。「見なさい。あなたの女奴隷は、あなたの手の中にある。あなたの好きなようにしなさい。」それで、サライが彼女を苦しめたので、彼女はサライのもとから逃げ去った。

 サライはハガルが「横暴なふるまい」をしたと言いましたが、多分これは誇張した表現のような気がします。傍から見たら、それほど大したことは無かったかもしれません。しかし、そんなことをサライに言えば却ってサライを怒らせることになりますから、アブラムは「好きにしなさい」と言いました。それでサライはハガルを苦しめました。新改訳の第3版では「苦しめた」が「いじめた」になっていました。ハガルは本当に気の毒な立場にありました。それで、ハガルはとうとう逃げ出しました。奴隷の身分で自分の意思で動くことが許されない立場のハガルが唯一自分の意思で動いたのが逃げ出すことでした。

主の使いが現われてサライのもとに戻ったハガル
 すると主の使いが来てハガルに言いました。9節です。

16:9 の使いは彼女に言った。「あなたの女主人のもとに帰りなさい。そして、彼女のもとで身を低くしなさい。」

 主の使いはこのようにハガルに言いましたが、ハガルにしたらサライのいじめに我慢できなくなった末にとうとう逃げ出したのです。逃げ出す寸前であったなら、まだ分かります。しかしハガルは既に逃げ出してしまっていました。いくら主の命令であったとしてもサライのもとに帰れるでしょうか。そのまま帰らないという選択肢もあったことでしょう。

 戻ればまたどんな仕打ちが待っているか分かりません。それでもハガルは戻ることにしました(実際、21章でハガルはサライに追い出されます)。どうして彼女は戻ることができたのでしょうか。それは、次の10節以降から見て取れます。10節から12節、

16:10 また、の使いは彼女に言った。「わたしはあなたの子孫を増し加える。それは、数えきれないほど多くなる。」
16:11 さらに、の使いは彼女に言った。「見よ。あなたは身ごもって男の子を産もうとしている。その子をイシュマエルと名づけなさい。が、あなたの苦しみを聞き入れられたから。
16:12 彼は、野生のろばのような人となり、その手は、すべての人に逆らい、すべての人の手も、彼に逆らう。彼は、すべての兄弟に敵対して住む。」

 この場面は、イエスさまの母のマリアが御使いのガブリエルから受胎告知を受けた時の場面と似ていると感じます。マリアは自分が置かれた状況をそんなには分かってはいませんでしたが、何か重大な使命を天から授かったようだということだけは分かりました。それでマリアは「どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように」とガブリエルに言いました。

 女奴隷のハガルも、天から重大な使命を授かったと感じたのだろうと思います。10節で主の使いは「わたしはあなたの子孫を増し加える。それは、数えきれないほど多くなる。」とハガルに言いました。

 この主の使いのことばからハガルは大きな力を得たのだろうと思います。考えてみると、女の人がお腹の中に人の命を宿すということは、そのことだけで神様から使命を授かったとうことになるのだろうと思います。そして、その使命が女の人に力を与えるのでしょうね。

困難の中で私たちに使命を与える神様
 男の私は自分のお腹の中に人の命を宿すということはありません。しかしイエスさまを信じた私は聖霊を受けてイエスさまの証人になるという使命を授かっています。聖霊が私に力を与えて、少々のつらいことがあっても前進して行くことができます。

 イエスさまの弟子たちも、そして使徒パウロも同じでした。パウロは様々な困難に遭いました。その困難はハガルの受けたもの以上とも言えるかもしれません。パウロはコリント人への手紙第二で書いていますね。

11:24 ユダヤ人から四十に一つ足りないむちを受けたことが五度、
11:25 ローマ人にむちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度、一昼夜、海上を漂ったこともあります。
11:26 何度も旅をし、川の難、盗賊の難、同胞から受ける難、異邦人から受ける難、町での難、荒野での難、海上の難、偽兄弟による難にあい、
11:27 労し苦しみ、たびたび眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さの中に裸でいたこともありました。

 パウロはこれらの困難に遭いましたが、パウロはイエスさまから異邦人の使徒になるという大きな使命を授かっていましたから、くじけることなく前進して行きました。

 イエスさまの母のマリアも、結婚前に子を宿すという大変な事態になりましたが、それを受け入れました。女奴隷のハガルも、主人のサライのもとに戻れば、また困難があるということは分かっていましたが、天から重要な使命を授かったことを感じてサライのもとに戻ったのではないかと思います。創世記21章を見ると、実際にハガルはサライからさらにつらい仕打ちを受けることになります。この創世記21章については、いずれかの機会に礼拝で開いて、礼拝に集う皆さんとも分かち合うことにしたいと思います。

 現代のクリスチャンの私たちも困難と使命の両方が与えられているのだと思います。困難だけに目を向けると、どうして自分がこのような困難に遭わなければならないか、と思うこともあります。しかし、ハガルが困難の中で使命を授かったように、私たちも困難の中にあって私たちを守って下さっているイエスさまを証しするという使命を授かっています。

 イエスさまが共にいて下さいますから、私たちはこの困難の中にあっても前進して行くことができます。イエスさまを信じて聖霊の力を受けている私たちはこの共にいて下さるイエスさまを証言して行きたいと思います。

 お祈りいたしましょう。
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サラの一生(2020.1.9 祈り会)

2020-01-10 06:48:43 | 祈り会メッセージ
2020年1月9日祈り会メッセージ
『サラの一生』
【創世記17:16】

はじめに
 今年の祈り会では、聖書に登場する女性に目を留めることにしたいと思います。モーセやダビデのような男性が注目されることが多い聖書ですから、今年は女性に注目したいと思います。第1回目の今日はアブラハムの妻のサラに注目します。そして第2回はサラに仕えた女奴隷のハガイ、第3回はイサクの妻のリベカというように、順次、聖書に登場する女性を見て行くことにしたいと思います。

 聖書の中の女性というと、ルツ記のルツやイエスさまの母のマリアなど良い信仰を持つ女性はしばしば取り上げられますが、他の女性はあまり取り上げられないでしょう。例えば創世記のヨセフを誘惑したエジプト人の妻などはひどい女性ですが、彼女がいなければヨセフは人間的に成長しなかったかもしれません。或いは預言者エリヤはイゼベルに苦しめられますが、そんなエリヤと共に主はいて下さり、やがてエリシャへと預言者の働きが引き継がれて行きます。このように神様は不信仰な女性をも用います。そのようなことも、共に学ぶことができればと願っています。

 さて、今日はサラに注目します。サラもイゼベルほどではないですが、問題のある女性だったと言って良いでしょう。サラはイシュマエルを生んだ女奴隷のハガルにとてもつらく当たりました。それゆえハガルは苦悩します(ハガルについては、次回見ます)。苦悩したのはハガルだけではありません。アブラハムも妻のサラからハガイを追い出すように言われて苦悩します。このようにサラは問題の多い女性だったと言えます。しかし、サラにも同情すべき点がたくさんあります。そして、そんなサラを神様は祝福しました。またアブラハムはサラをとても愛していました。このアブラハムのサラへの愛の大きさはサラが死んだ時の記事から分かります。今日はそれらのことを分かち合うことにしたいと思います。

主の呼び掛けはアブラハムにあった(サラではない)
 サラはアブラハムの腹違いの妹でした。同じ父親を持ちますが母は違いました(創世記20:12)。ですから出身地はアブラハムと同じで、ウルの地でしょう。アブラハムとサラの父テラはユーフラテス川の下流域のウルに住んでいました。聖書の巻末の地図2を見ましょう。ウルはバビロンの南東2~300kmの所にあり、ほとんどペルシア湾に近い所です。ちなみに、地図1を見ると、ここは現代ではイラクの地域であることが分かります(今正にこのイラクを舞台にしてイランとアメリカの間で軍事衝突の危険があります)。

 さて創世記11章によると父テラはアブラハムとサラ、そしてロトを伴ってウルの地を出てハランの地まで来て、そこで死にました(31~32節)。サラは自分の父でもあるテラを故郷のウルから約1000kmも離れたハランの地で亡くしました。アブラハムとサラはとても心細かったことでしょう。そんな時、主はアブラハム(アブラム)に語り掛けました。12章の1節と2節です。

12:1 「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。
12:2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。」

 そうしてアブラハムはハランを離れてカナンの地を目指し、カナンに住むようになりました。そのカナンがイスラエルになりました。この主のことばに従ってカナンに向かったアブラハムは信仰の父と呼ばれるようになります。ここでサラの立場に立って考えてみたいと思います。アブラハムの場合は、主からの直接の語り掛けがありましたから気持ちを強く持つことができたでしょう。しかしサラには主からの直接の語り掛けがあったわけではないでしょう。ただアブラハムに従って行くのみでした。カナンではどんなことが待ち受けているのか、主からの直接の語り掛けがあったわけではないサラはとても不安だったことでしょう。

お人好しの夫アブラハム
 そして、カナンに着いたアブラハムの一行は、甥のロトと別々に暮らすことにしました。創世記13章8節から11節、

13:8 アブラムはロトに言った。「私とあなたの間、また私の牧者たちとあなたの牧者たちの間に、争いがないようにしよう。私たちは親類同士なのだから。
13:9 全地はあなたの前にあるではないか。私から別れて行ってくれないか。あなたが左なら、私は右に行こう。あなたが右なら、私は左に行こう。」
13:10 ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、がソドムとゴモラを滅ぼされる前であったので、その地はツォアルに至るまで、の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていた。
13:11 ロトは、自分のためにヨルダンの低地全体を選んだ。そしてロトは東へ移動した。こうして彼らは互いに別れた。

 ロトは見映えの良い土地を選んで、そちらへ移動して行きました。この時、サラは自分の夫のアブラハムのことを、「この人は何てお人好しなんだろう」と思ったかもしれませんね。アブラハムはそれで良かったかもしれませんが、妻のサラにとっては、これもまた大変なことだったでしょう。

 しかも、こんなこともありました。12章の14節と15節、

12:14 アブラムがエジプトにやって来たとき、エジプト人はサライを見て、非常に美しいと思った。
12:15 ファラオの高官たちが彼女を見て、ファラオに彼女を薦めたので、サライはファラオの宮廷に召し入れられた。
12:16 アブラムにとって、物事は彼女のゆえにうまく運んだ。それで彼は、羊の群れ、牛の群れ、ろば、それに男奴隷と女奴隷、雌ろば、らくだを所有するようになった。

 エジプトでサラはアブラハムから離れてファラオの宮廷に召しいれられました。こういうこともサラの人格形成に影響したのだろうなと思います。

サラを祝福した主
 そして最も大きなこととして、サラには、不妊の女という負い目がありました。これはサラを非常に苦しめたことでしょう。ある時、サラはアブラハムにこんな提案をしました。16章2節です。

16:2 サライはアブラムに言った。「ご覧ください。は私が子を産めないようにしておられます。どうぞ、私の女奴隷のところにお入りください。おそらく、彼女によって、私は子を得られるでしょう。」アブラムはサライの言うことを聞き入れた。

 そうして女奴隷のハガルによってアブラハムの子イシュマエルが生まれることになります。しかし、このことがハガルを苦しめ、アブラハムを苦しめ、サラ自身も苦しむことになります。このハガルに関することは次回に取り上げることにします。

 このようにサラはいろいろと問題がある女性でしたが、それはサラの味わった苦労と無関係では無かっただろうと思います。そんなサラを主は祝福すると約束しました。17章16節です。

17:16 わたしは彼女を祝福し、彼女によって必ずあなたに男の子を与える。わたしは彼女を祝福する。彼女は国々の母となり、もろもろの民の王たちが彼女から出てくる。

 そうして主は約束通り、アブラハムとサラに息子イサクを与えました(創世記21章1~6節)。3節のイサクの所に星印(*)がありますから、下の注を見ると、イサクの意味は「彼は笑う」だそうです。そうしてサラは言いました。6節です。

21:6 サラは言った。「神は私に笑いを下さいました。これを聞く人もみな、私のことで笑うでしょう。」

 サラは欠点の多い人でしたが、主はこうしてサラを祝福しました。私たちもまた欠点の多い者たちですが、主は私たちを祝福して下さいます。サラと同じで様々な苦労も味わいますが、そんな私たちを主を愛して下さり、祝福して下さいます。

サラのために悼み、悲しみ、泣いたアブラハム
 そしてアブラハムもサラのことをとても愛していました。最後にサラが亡くなったことをアブラハムがとても悲しんだ箇所を見ることにします。

23:2 サラはカナンの地のキルヤテ・アルバ、すなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは来て、サラのために悼み悲しみ、泣いた。

 「悼み、悲しみ、泣いた」と動詞が三つ続くところから、アブラハムの悲しみがいかに大きかったかが分かります。そしてサラを葬るための墓所をヒッタイト人から買い取ることにしました。土地を譲ってもらうのでなく買って自分の所有地とすることにこだわりました。ここにも妻のサラを単に葬れば良いというのではなくて、自分のために尽くしてくれたサラのためにできるだけのことをしてあげたいというアブラハムのサラへの愛が見えると思います。19節と20節、

23:19 その後アブラハムは、マムレに面するマクペラの畑地の洞穴に、妻サラを葬った。マムレはヘブロンにあり、カナンの地にある。
23:20 こうして、この畑地とその中にある洞穴は、ヒッタイト人たちの手から離れて、私有の墓地としてアブラハムの所有となった。

 きょうはサラの一生をご一緒に分かち合いました。サラは苦労の多い一生を過ごしました。そういう苦労が彼女の人格形成に影響を及ぼしたのかもしれません。サラは欠点の多い女性でした。しかし、そんなサラを主は愛し、祝福して下さいました。アブラハムもまたサラを愛していました。

おわりに
 アブラハムは行く先々で祭壇を築いて良く祈る人でした。そんなアブラハムはサラのためにも良く祈ったことでしょう。そして、そんなアブラハムをサラも愛していたことでしょう。アブラハムとサラは互いに愛し合っていました。

 私たちも欠点の多い者たちですが、そんな私たちをも主は愛して下さり、祝福して下さいます。私たちもまたアブラハムとサラのように、互いに愛し合いながら信仰の道を進んで行きたいと思います。

 一言お祈りいたします。

17:16 「わたしは彼女を祝福し、彼女によって必ずあなたに男の子を与える。わたしは彼女を祝福する。彼女は国々の母となり、もろもろの民の王たちが彼女から出てくる。」
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魂のマッサージ(2019.12.19 祈り会)

2019-12-20 09:21:27 | 祈り会メッセージ
2019年12月19日祈り会メッセージ
『魂のマッサージ』
【ルカ2:25~32】

はじめに
 私たちはもっと「魂のマッサージ」が必要ではないか、最近私はそんな風に考えるようになりました。「魂のマッサージ」とは、みことばの種が蒔かれる土地である魂の状態を、良い地の状態にするということです。イエスさまは「種まきの例え」でおっしゃいましたね。良い地に蒔かれたみことばの種は何十倍、百倍もの実を結びますが、道端や岩地、茨の中に蒔かれた種は実を結ぶことがありません。

 良い地とは良く耕され、神の霊の水がよく浸み込んでいく土地です。良く耕されていない固い土地では種も土の表面に留まりますし、水も浸み込んで行きません。魂がそんな風に固くなっていたら、せっかく種が蒔かれても発芽すらできないでしょう。

 ですから、みことばを受け入れる魂を柔らかくするためのマッサージが必要ではないかと思うのです。マッサージをして魂が柔らかくなるなら、聖書の大抵の場所から、力をいただくことができるようになると思います。

まず、ゆったりした気分になろう
 さてマッサージを受けるには、まずはゆったりとした気分にならなければなりません。ゆったりしなければ体は硬直したままでほぐれないでしょう。まして魂の場合はもっとゆったりとした気分が必要だと思います。それで先週は讃美歌の「久しく待ちにし」をゆっくりと歌って、硬直した魂をほぐしていただくことを考えました。みことばもマラキ書を開き、人々が400年以上に亘って救い主が来ることを待ちわびていたことに思いを巡らしました。そのように長い歳月のゆったりとした流れに思いを馳せるなら、魂は少しずつほぐれていくことでしょう。

 そして今日は、ルカ2章でシメオンが幼子のイエスさまを抱いた場面をご一緒に見ることにします。ここにもゆったりとした時間が流れていることに思いを巡らしたいと思います。ルカ2章25節と26節をお読みします。

25 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルが慰められるのを待ち望んでいた。また、聖霊が彼の上におられた。
26 そして、主のキリストを見るまでは決して死を見ることはないと、聖霊によって告げられていた。

 シメオンは一体どのくらいの年月の間、主を待ち望んでいたのでしょうか。何十年もの間、静かに待ち続けていたのではないでしょうか。26節に、「主のキリストを見るまでは決して死をみることはないと、聖霊によって告げられていた」とあります。それは逆に言えば主を見た後は、長くは生きられないということです。主がいつ現れるか分かりませんが、現われたならシメオンの命はそこまでということになります。ですから、シメオンにとっての主が現われるまでの期間は、とても厳粛な期間であったと思います。心を騒がせずに落ち着いてゆったりした心持ちで主が現われるのを待っていたのだろうと思います。

 そうして幼子を抱いたシメオンは言いました。29節と30節、

29 「主よ。今こそあなたは、おことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。
30 私の目があなたの御救いを見たからです。

 シメオンの、「しもべを安らかに去らせてくださいます」ということばから、シメオンが心を騒がせずに安らかに主を待っていた様子を感じ取ることができると思います。

 そして、31節と32節、

31 あなたが万民の前に備えられた救いを。
32 異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの栄光を。」

 32節に「異邦人を照らす啓示の光」とあります。少し前の礼拝メッセージで、ルカ15章の「放蕩息子の帰郷」の物語を、異邦人が父の家に帰る物語として読みたいと話しました。異邦人は創世記の時代に父の家を出ました。そうして何千年も経って新約の時代に入ってようやく父の家に帰って来ることができました。この何千年という長い時間のゆったりとした流れに心を向けることも魂のマッサージに有効だろうとおもいます。

イエスを柔らかく抱く
 さて、このシメオンの箇所からは、もう一つ読み取りたいことがあります。

 シメオンはイエスさまの両親のヨセフとマリアと親戚関係にあったわけではありません。それでも幼子のイエスさまを抱く恵みに与ることができました。つまり幼子を抱いたシメオンは私たちのことでもあります。私たちもヨセフとマリアの親戚ではありませんが、シメオンがイエスさまを抱くことが許されたのですから、私たちもイエスさまを霊的に抱く恵みに与ることができます。しかし、その際には魂がほぐれていなければなりません。

 今年の4月に献児式を行った時に私は、赤ちゃんを泣かせてしまって、本当に申し訳なかったと思います。あの時は私の腕が硬直していたために、赤ちゃんは抱かれ心地が悪かったんだと思います。この教会に来てからまだ1ヶ月経たない不慣れな段階で献児式を行いましたから、腕だけでなく体全体が硬直していたのかもしれません。また、式文を片手に持ちながら赤ちゃんを抱いたのも失敗だったと思います。式文をちゃんと読めるように持つことに意識が行ってしまって、赤ちゃんを柔らかく抱くことの方には意識が十分に向いていなかったと思います。

 赤ちゃんを抱く時、腕を硬直させていては赤ちゃんは喜びません。幼子のイエスさまを霊的に抱く時も、魂を硬直させていてはイエスさまは喜びません。魂を柔らかくしてイエスさまを魂の中に迎え入れたいと思います。心を騒がせていてもいけません。心がザワザワした状態でイエスさまを迎え入れても、イエスさまは喜ばないでしょう。イエスさまを聖霊に置き換えてみると良く分かると思います。魂が硬直していては、聖霊は私たちの内に入って来ることができません。

腕の中のイエスも家の中のイエスも同じ
 よく開く箇所ですが、きょうもルカ10章のマルタとマリアの姉妹の箇所を開きたいと思います。ルカ10章38節からです(新約p.136)。38節、

38 さて、一行が進んで行くうちに、イエスはある村に入られた。すると、マルタという女の人がイエスを家に迎え入れた。

 ここでマルタがイエスさまを家に迎え入れたことを、幼子のイエスさまを腕の中に抱くのと同じこととしてみたいと思います。するとマルタの魂の状態がいかにイエスさまを迎え入れるのにふさわしくない状態にあったかが、良く分かると思います。40節をお読みします。

40 ところが、マルタはいろいろなもてなしのために心が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。私の姉妹が私だけにもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのですか。私の手伝いをするように、おっしゃってください。」

 こういう魂の状態のマルタに抱かれても、幼子のイエスさまはぜんぜん喜ばないでしょう。ですからイエスさまはおっしゃいました。41節と42節です。

41 「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。
42 しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。

 イエスさまを私たちの内に迎え入れる時、私たちはシメオンが幼子のイエスさまを抱いた時のように、ゆったりとした心持ちで迎え入れたいと思います。妹のマリアはそのように魂が整えられていました。私たちもシメオンとマリアのように魂を柔らかくしてイエスさまをお迎えしたいと思います。そうして、クリスマスに向けて心を整えて行きたいと思います。

 お祈りいたしましょう。
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皆が久しく待ち望んでいる魂の救い(2019.12.12 祈り会)

2019-12-13 06:46:00 | 祈り会メッセージ
2019年12月12日祈り会メッセージ
『皆が久しく待ち望んでいる魂の救い』
【マラキ4:4~6、ヨハネ14:26~27】

はじめに
 イエスさまがこの世に生まれた2千年前、人々は救い主が来ることを待ちわびていました。当時のユダヤはローマ帝国に支配されていましたから、ローマの支配から自分たちを救い出して、かつてのダビデの王国のような国を建設してくれる救い主を待ち望んでいました。

 いつから、待っていたのかを考えてみると、やはりエルサレムが滅亡して人々がバビロンに捕囚として引かれて行った頃からなんだろうなと思います。ただ、そんな中にあっても主はエレミヤやエゼキエル、ハガイやゼカリヤなどの預言者たちを通して人々に語り掛けていました。しかし、マラキ以降は、預言者を通しての主のことばが、ぱったりと途絶えてしまいました。この沈黙の期間に入ってからは、人々はとても不安だったと思います。

主の声を待ち続けていた沈黙の期間
 マラキ書には主の厳しいことばが並んでいますが、どんなに厳しくても主が沈黙してしまうよりは、ずっと良かったと言えるでしょう。それゆえ、人々が主の到来を待ちわびていたのはマラキの時代の後から、とも言えるかもしれません。マラキ書4章の4節から6節までを交代で読みましょう。

4 あなたがたは、わたしのしもべモーセの律法を覚えよ。それは、ホレブでイスラエル全体のために、わたしが彼に命じた掟と定めである。
5 見よ。わたしは、の大いなる恐るべき日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。
6 彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、この地を聖絶の物として打ち滅ぼすことのないようにするためである。

 このようにマラキは預言者エリヤが来ることを預言して、旧約聖書が閉じられます。マラキの時代は紀元前400年頃です。これ以降、主のことばは途絶え、イエスさまの時代まで約400年間沈黙が続いていました。人々はどんなに不安だったことでしょうか。現代の日本に置き換えるなら、400年前と言えば江戸時代の初期で、徳川家康が亡くなった頃(1616年)です。今日は先ずこの400年という長い時間に思いを馳せながら、教会福音讃美歌59番の「久しく待ちにし」の歌詞を味わい、歌うことにしたいと思います。

 
久しく待ちにし 主よ、とく来たりて、
 み民の縄目を 解き放ちたまえ。
 主よ主よ、み民を 救わせたまえや。

 あしたの星なる 主よ、とく来たりて、
 小暗きこの世に み光をたまえ。
 主よ主よ、み民を 救わせたまえや。

 ダビデの裔(すえ)なる 主よ、とく来たりて、
 平和の花咲く 国をたてたまえ。
 主よ主よ、み民を 救わせたまえや。

 力(ちから)の君なる 主よ、とく来たりて、
 輝く御座(みくら)に 永遠(とわ)に即きたまえ。
 主よ主よ、み民を 救わせたまえや。

 救い主の到来は、少なくともマラキの時代から、さらに遡るならバビロン捕囚の時代か待たれていました。ですから、救い主が来られたことを知った時は、どんなにうれしかったことでしょう。

霊的な世界の王であるイエス
 ただし弟子たちが本当の意味で、イエスさまこそが救い主であったと理解したのはペンテコステの日に聖霊を受けた時です。イエスさまが地上で教えていた時は、弟子たちはほとんど理解できていませんでした。なぜなら、弟子たちが待ち望んでいたのは民衆たちと同じで、ダビデのような王だったからです。しかし実際のイエスさまは、霊的な世界での王でした。イエスさまは暗闇の中にある私たちの魂を救い出すために、この世に来て下さいました。

 霊的な世界のことですから、弟子たちがこのことを本当に理解できたのはペンテコステの日に聖霊を受けた時でした。そうして、この日からペテロたちの力強い宣教が始まりました。

 聖霊を受けてからの弟子たちは、かつてイエスさまから聞いた教えを振り返り、その霊的な意味を深く理解し、イエスさまに感謝したことでしょう。弟子たちは聖霊を受けて初めて、自分たちが心の奥底で本当に待ち望んでいたのはダビデのような地上の王ではなくて、実は霊的な世界の王だったのだと気付いたのでした。

人は誰でも心の奥底で魂の救いを求めている
 ヨハネの福音書1章には、イエスさまが付いて来た弟子たちに、「あなたがたは何を求めているのですか?」と聞いたことが記されています。私たちは誰でも、実は心の奥底で魂の救いを求めています。しかし、救われる前にそのことに気付く人はいません。霊的な世界のことは聖霊を受けて初めて分かるようになるからです。

 私自身のことを振り返ってみても、そうだったなと思います。高津教会に通うようになる前の私は、いつも漠然とした不安を抱えていました。自分の内面には背骨になるような心の支柱が無いと感じていました。しかし、何が自分の背骨に成り得るのかぜんぜん分かりませんでした。いろいろな本を読み漁った時もありましたが、答は見つかりませんでした。私の抱えている問題が奥深い所にある魂の領域の問題だということに気付いていなかったからです。

 それが高津教会に辿り着いた時に、こここそが自分が求めていた場所ではないかと感じるようになり、通い続けているうちに次第にそれが確信になり、そうして洗礼を受けました。洗礼を受けたのは、42歳の時でした。まさに『久しく待ちにし』だったと思います。どうすれば漠然とした不安が無くなるのか分からないまま、不安が解消する日が来ることを私は長い間、待ち望んでいました。

魂の領域の深い平安を与えるイエス
 これは誰もがそうなのではないでしょうか?心の奥深い所にある自分の魂が救いを待ち望んでいることは、聖霊を受けるまでは分かりません。しかし、自分が何かを求めていることは何となく漠然と感じ、それが分かるようになる時を待ち望んでいるのだと思います。

 これまで何度も引用している箇所ですが、ヨハネの福音書14章の26節をご一緒に読みましょう。

26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。

 聖霊を受けた私たちは霊的な魂の領域のことが分かるようになりました。しかし、聖書から離れて世間の中で忙しく暮らしていると、すぐに霊的な領域のことを忘れてしまいます。そうして心を騒がせてしまいます。しかし、それでも心の奥底の魂はいつも霊的な癒しを求めています。ですから、もし心が騒がしくなった時には、次の27節のイエスさまのことばを思い出せば、イエスさまが平安を与えて下さいます。最後に27節をご一緒に読んで終わります。

27 わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。

 お祈りいたします。
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