知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

実用新案権侵害についての被告の過失

2007-11-26 05:58:49 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)6536等
事件名 実用新案権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成19年11月19日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 実用新案権
裁判長裁判官 山田知司


『1 争点(1)(侵害性)について
・・・
(3) 以上によれば,被告によるイ号物件の販売等は原告P1の本件実用新案権を侵害する行為であるが,ロ号物件の販売等は本件実用新案権を侵害する行為ではない。
また,証拠(甲7,8,27)によれば,原告会社は原告P1が全額出資して設立された従業員6名の小規模会社であり,設立当初から原告P1が代表者を務めていること,本件考案の実施品は原告会社のみが製造販売しており,他に原告P1が本件考案の実施許諾をしている例はないこと,本件警告後に被告が原告P1に対して本件実用新案権の実施許諾を求めたのに対して原告P1はこれを明確に拒否したことが認められ,これらの事実からすると,原告会社は原告P1から本件実用新案権について独占的通常実施権の設定を受けたものと推認される。したがって,被告によるイ号物件の販売は,原告会社の独占的通常実施権も侵害する行為となる。』

『2 争点(2)(イ号物件の輸入販売等のおそれ)について
・・・
(3) 以上からすると,被告が今後イ号物件を輸入し,販売し又は販売のために展示するおそれがあるということは一般には困難であるように思われる。
 しかしながら,被告が今後イ号物件を「輸入」することについていえば,非侵害品であるロ号物件を販売しようとするとイ号物件を輸入することになること,被告はその後にいわゆるハ号物件を輸入しているが,イ号物件の金型が中国の製造元で廃棄されたといった事情は特に窺われないことからして,そのおそれが皆無とまではいえない。また,被告が今後イ号物件を「販売」し又は「販売のために展示」することについても,輸入したイ号物件の在庫が払底したか否かは不明であることに加え,先に認定したように,被告には代理人弁理士による正式回答で社内事実と異なる回答をするような厳密さを欠く面があることからすると,やはりそのおそれが皆無とまではいえない。
 したがって,被告が,イ号物件を輸入し,販売し又は販売のために展示するおそれがないとまではいえないから,これらの差止請求には理由があるというべきである(他方,被告がイ号物件を製造したことはなく,そのおそれがあるともいえないから,その差止請求には理由がない。)。

 なお,原告P1は,被告が在庫として保有するイ号物件の廃棄も請求する。
 しかし,実用新案法27条2項が規定する侵害行為を組成した物の廃棄請求は,差止請求権の行使を実効あらしめるために,差止請求権の実現のために必要な範囲内で認められるものである(最高裁判所平成11年7月16日判決・民集53巻6号957頁参照)。そうすると,被告が今なおイ号物件を在庫として保有しているとしても,先に述べたとおり被告がそれをロ号物件に改造せずにイ号物件のままで販売し又は販売のために展示するとは一般には考え難く,ただそのおそれがないとまではいえないという程度にとどまることからすると,被告が在庫として保有するイ号物件の廃棄請求を認めることは,差止請求権の実現のために必要な範囲を超えるというべきである。したがって,イ号物件の在庫品の廃棄請求は認めることができない

 また原告P1は,イ号物件の半製品及びその製造金型の廃棄も請求するが,前記認定のとおり被告は中国の製造業者からイ号物件の完成品を輸入したのであり,被告がイ号物件の半製品と製造金型を保有しているとは認められないから,これらの廃棄請求も理由がない。

『3 争点(3)(廃棄請求権侵害・廃棄義務の不履行の成否)について
・・・
(1) ここで原告P1は,過去において原告P1が被告に対してイ号物件の廃棄請求権を取得し,それが存続し得ることを前提に,その取得した廃棄請求権を無にされたとして,権利の侵害又は廃棄義務の不履行を主張している。

 ところで,実用新案法27条1項は,「実用新案権者又は専用実施権者は,自己の実用新案権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者…に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と規定しているが,この差止請求権は,所有権に基づく物権的請求権と同様,侵害行為やそのおそれが存するに連れて不断に発生し続け,侵害行為やそのおそれが消滅した場合に発生しなくなるものにすぎない(すなわち,差止請求権をある時点で取得し,それが存続するという性質のものではない。)。
 そのため,侵害行為やそのおそれの存否は,この請求権の存否を確定すべき時(事実審の口頭弁論の終結の時)を標準として定められるべきものであり,その標準時点を離れて差止請求権の「取得」や「存続」は観念できず,したがって,「取得した権利」の「消滅」や「無になること」もやはり観念し得るものではない。そして,実用新案法27条2項が規定する侵害行為を組成した物の廃棄請求は,差止請求権の行使を実効あらしめるために,差止請求権に付随して認められるものであるから,廃棄の必要性についても,差止請求権と同様に事実審の口頭弁論の終結の時を標準として定められるべきものであって,その標準時点を離れて廃棄請求権の「取得」,「存続」も,取得した権利の「消滅」,「無になること」も観念し得るものではない
したがって,原告P1の上記主張は,まずその前提において失当というべきである。

(2) また,仮に原告P1による廃棄請求権の取得を肯定したとしても,先に述べたとおり,実用新案法27条2項が規定する侵害行為を組成した物の廃棄請求は,差止請求権の行使を実効あらしめるために認められるものである。そうすると,被告が侵害品であるイ号物件を非侵害品であるロ号物件に改造することは,侵害品の存在を消滅させ,その販売等による将来の実用新案権侵害行為のおそれを消滅させることにより,差止請求権の行使をより実効あらしめるもので,廃棄請求権の趣旨目的をむしろ実現する行為であるといえるから,それをもって廃棄請求権を侵害するものということはできない。
 この点について原告P1は,廃棄行為の趣旨は実用新案権侵害により得たもので侵害者が利益を得ることのないようにする趣旨も含むと主張するが,廃棄請求権は差止請求権を実効あらしめるために認められたものであるから,この主張は採用できない。
 したがって,廃棄請求権侵害を理由とする損害賠償請求は理由がない。』

『4 争点(4)(本件実用新案権侵害についての被告の過失)について
(1) 実用新案権者は,その登録実用新案に係る技術評価書を提示して警告した後でなければ,自己の実用新案権の侵害者に対し,その権利を行使することができないとされている(実用新案法29条の2)。これは,実用新案権が実体審査なしで権利が付与されることから,警告をする際には評価書の提示を義務づけるということによって,権利行使に先立って自分の権利の有効性について客観的な評価を権利者自身に十分に認識してもらうということで権利の濫用を防止するということとともに,権利行使を受けた第三者の過度な調査負担を防いで適切な権利行使を担保するという趣旨と解される。したがって,相手方が当該実用新案権の存在を知らない場合はもとより,たとえ相手方が当該実用新案権の存在を知っていたとしても,そのことから直ちに,その後の侵害行為について相手方に過失があるということになるものではなく,既に特許庁が作成した技術評価書の内容を知っている等の特段の事情がない限り,相手方において,当該実用新案権の侵害について過失があるということはできないものと解すべきである

(2) 本件においては,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,①原告会社は平成15年4月2日には本件考案の実施品の販売をしていたこと(甲30),②本件実用新案権は平成15年7月16日に登録され,その登録実用新案公報は平成16年1月8日に発行されたこと(甲1),③業界紙である「ペット産業情報新聞ペット&Life」第57号(平成16年4月号)では,原告会社の実施品が「切れ味で売れる」「本格工具の技術と材質」の見出しの下で紹介され,その記事中には「実用新案登録製品」と記載されていたこと(甲32),④ペット専門通信販売総合カタログである「通販クラブ2004 春・夏号」にも原告会社の実施品が掲載されたこと(甲33)が認められる。
しかし,これら証拠によっても,原告会社の実施品がどの実用新案権に係るものであるのかは記載されておらず,その技術的評価書の内容についてはなおさらである。そうすると,原告P1が初めて被告に対して本件実用新案権の技術評価書を提示して本件警告をした平成18年2月8日以前の時点で,前記特段の事情があるとは認められず,したがって,被告の同日以前のイ号物件の輸入販売行為に過失があったとは認められない
他方,本件警告以後のイ号物件の販売については,被告に過失があったと認められる。なお,本件警告は原告P1が行ったものであるが,これによって被告は本件実用新案権の内容とその技術評価書の内容を知るに至った以上,これ以後は原告会社に対する関係でも過失があったということができる。』

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