知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

仮処分申し立て等が不法行為を構成するとされた事例

2007-11-05 07:07:39 | Weblog
事件番号 平成18(ネ)10040
事件名 特許権侵害差止請求権不存在確認等請求控訴事件
裁判年月日 平成19年10月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『4 争点(5)(信用を害する虚偽事実の告知行為又は不法行為)について1審被告のした本件仮処分申立等が1審原告に対する関係で,不法行為を構成するか否か,及び,不競法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するか否かについて,以下検討する。
(1) 不法行為該当性について
ア仮処分申立ての不法行為該当性について
 紛争の当事者が当該紛争の解決を裁判所に求め得ることは法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから,裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず,訴えの提起について不法行為の成否を判断するに当たっては,いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要である。したがって,法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは,原則として正当な行為であって,不法行為を構成することはない。
 しかし,提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合には,違法な行為として不法行為を構成するというべきである(最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
この理は仮処分の申立てにおいても異なることはなく,債権者がその主張する権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのに,あえて販売禁止等の仮処分を申し立てた場合には,同仮処分の申立ては違法な行為として不法行為を構成すると解すべきである。
また,当該仮処分申立てにおいて,債権者の主張した権利又は法律関係が,事実的,法律的根拠を欠くものであることを,通常人であれば容易に知り得たものとまでいえない場合であっても,権利の行使に藉口して,競業者の取引先に対する信用を毀損し,市場において優位に立つこと等を目的として,競業者の取引先を相手方とする仮処分申立てがされたような事情が認められる場合には,同仮処分の申立ては違法な行為として不法行為を構成するというべきである。当該仮処分の申立てが,違法な行為となるか否かは,当該申立てに至るまでの競業者との交渉の経緯,当該申立ての相手方の態度,仮処分に対する予測される相手方の対応等の事情を総合して判断するのが相当である。
上記の観点から,本件仮処分申立等が不法行為を構成するか否かを検討する。』

『ウ検討
(ア) 上記イに説示の各事実を総合すると,1審被告が本件仮処分申立て前に,本件特許明細書の記載を検討すれば,実施可能要件違反の無効理由が存在することを容易に知り得たものであり,また,通常必要とされる事実調査を行えば,本件特許権に進歩性欠如の無効理由が存在することも容易に知り得たものというべきである
そして,①1審原告のどの製品が1審被告の有するどの特許権をどのように侵害しているか何ら指摘することなく,ライセンス契約を締結するよう求めていた1審被告の交渉の態度,②西友に対しては,事前に警告等の措置を行った形跡はうかがわれないこと,③完成品を仕入れて一般消費者に販売する業態を採用している量販店に対して,仮処分を申し立てれば,量販店は,直ちに販売を中止するであろうことは十分に予測できたこと,④仮処分の申立てをしたことを記者に公表すれば,マスコミ等が事件報道することが予測できたこと等の諸事情を総合すれば,1審被告がした本件仮処分申立ては,専ら自己の有する複数の特許権を背景に1審原告に圧力をかけ,1審被告に有利な内容の包括的なライセンス契約を締結させるための手段として,行われたものと認められる。すなわち,本件仮処分申立ては,特許権侵害に基づく権利行使という外形を装っているものの,1審原告の取引先に対する信用を毀損し,契約締結上優位に立つこと等を目的とした行為であり,著しく相当性を欠くものと認められる。

(イ) 1審被告のした本件記者発表は,本件仮処分申立ての事実や本件仮処分事件における自己の申立内容や事実的主張,法律的主張の内容を説明したものであって,虚偽の事実を公表したものということはできない。
しかし,本件記者発表は,上記の本件仮処分申立てに続いて直ちに実施されていることに照らすならば,新聞記者らに告知した事項を掲載した記事が作成され,報道されることにより,本件製品の需要者を含む一般の読者に,本件製品が本件特許権を侵害しているかのような印象を与える蓋然性が高く,そのような報道がされた場合,量販店であれば,販売を中止せざるを得ない状況となる。そうすると,本件記者発表は,本件製品が本件特許権を侵害しているかのような事実を広く世間に知らしめることにより,1審原告に圧力をかけ,1審被告に有利な内容の包括的なライセンス契約を締結させる手段として用いられたものということができ,正当な権利行使の一環としてされたものとは到底いえない本件仮処分申立てと同様に,著しく相当性を欠くものと認められる

(ウ) 前記(ア)のとおり,1審被告が本件仮処分申立て前に,本件特許明細書の記載を検討すれば,実施可能要件違反の無効理由が存在することを容易に知り得たものであり,また,無効理由の有無について通常必要とされる事実調査を行えば,本件特許権に進歩性欠如の無効理由が存在することも容易に知り得たものというべきである

(エ) 以上によれば,1審被告による本件仮処分申立て及びこれに引き続く本件記者発表は,1審原告に対する不法行為を構成するというべきである。』