知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

一群のイラストが翻案物にあたるかの判断事例

2009-04-19 11:53:18 | 著作権法
事件番号 平成19(ワ)7877
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成21年03月26日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次


第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告各イラストは原告各イラストを複製し又は翻案したものであるか)について
・・・
(3) 被告各イラストは原告各イラストについての原告の著作権を侵害するものか
 著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいい,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,原著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作することをいう。
 したがって,被告各イラストが原告各イラストを複製又は翻案したものというためには,被告各イラストが原告各イラストの特定の画面に描かれた女性の絵と細部まで一致することを要するものではないが,少なくとも,被告各イラストに描かれた女性が原告各イラストに描かれた女性の表現上の本質的な特徴を直接感得することができることを要するものというべきであり(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁,同平成9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁参照),その結果,被告各イラストの女性が原告各イラストの女性を描いたものであることを想起させるに足りるものであることを要するものというべきである
 したがって,原告各イラストの著作権者である原告において,被告各イラストが原告各イラストを複製又は翻案したと主張している本件においては,被告各イラストが原告各イラストに依拠して作成されたことを前提として,それが原告各イラストを複製したものか又は翻案したものかを区別することに実益はなく,少なくとも,原告各イラストのうち本質的な表現上の特徴と認められる部分を被告各イラストが直接感得することができる程度に具備しているか否かを検討することをもって足りるというべきである。以下においては,そのような観点から検討することとする。

(4 ) 被告各イラストは原告各イラストに依拠したものであるか
ア そこで,まず,被告らが原告各イラストに依拠したものであるか否かについて検討する。ここでいう「依拠」とは,ある者が他人の著作物に現実にアクセスし,これを参考にして別の著作物を作成することをいう。

イ ところで,原告著書に描かれている原告各イラストは極めて多数にのぼり,被告各イラストがそれぞれ原告各イラストのうちどのイラストに依拠して作成されたものであるかを個別に特定して主張立証することは著しく困難である。他方,原告著書のように,同一のコンセプトに基づき,かつ同一の特徴を有する人物をひとつのキャラクターとして多様に表現する場合,後から描かれるイラストは,先に描かれたイラストに依拠しながら,その本質的な表現上の特徴を直接感得できるようなイラスト(すなわち,同一のキャラクターを表現していると認められるイラスト)を新たに創作するものと解される。したがって,後から描かれるイラストは,先に描かれたイラストを原著作物とする二次的著作物と見られる場合が多いと考えられる。

 二次的著作物の著作権は,二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ,原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じない(前掲最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決)から,第三者が二次的著作物に依拠してその内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製したとしても,その再製した部分が二次的著作物において新たに付与された創作的部分ではなく,原著作物と共通しその実質を同じくする部分にすぎない場合には二次的著作物の著作権を侵害したものとはいえない。
 しかし,二次的著作物に依拠したとしても,これにより原著作物の内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製したとすれば,二次的著作物を介して原著作物に依拠したものということができ,原著作物の著作権を侵害することになる。また,一話完結の連載漫画などとは異なり,原告著書のように1冊の著書に多数のキャラクターがイラストとして描かれている場合に,どのイラストをもって原著作物とし,どのイラストをもって二次的著作物とするかを判然と区別することは困難である

 以上の点を考慮すると,本件において,原告としては個々の被告各イラストについて,原告各イラストのうち被告らが実際に依拠したイラストを厳密に特定し,これを立証するまでの必要はなく,原告各イラストのうちのいずれかのイラストに依拠し,そのイラストの内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製し又はそのイラストの表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作したことを主張立証することをもって,原告各イラストの著作権侵害の主張立証としては足りるというべきである。

ウ 以上の点を前提に,被告各イラストが原告各イラストに依拠して作成されたものであるか否かについて判断するに,・・・,原告各イラストのうちのいずれかのイラストを参考にして個々の被告各イラストを描いたことが認められるから,被告各イラストが原告各イラストに依拠して描かれたものであることを優に認めることができる。

(5 ) 被告各イラストは原告各イラストを複製又は翻案したものか
ア 上記(4)のとおり,原告としては,個々の被告各イラストがそれぞれ原告各イラストのうちどのイラストに依拠して作成したものであるかを具体的に特定することは必ずしも必要でないが,個々の被告各イラストが個々の原告各イラストを複製又は翻案したか否かを判断するためには,最低限,個々の被告各イラストが依拠したと考えられる原告各イラストを選択し,特定した上で,個々の被告各イラストが,このように特定された個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴を直接感得することができるか否かを検討する必要がある。したがって,まず,個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴がどこにあるのかを検討する必要がある

 そして,この点を検討するに当たっては,個々のイラストを他のイラストとは切り離してそれ自体からその本質的な特徴は何かを検討するのではなく,原告各イラスト全体を観察し,原告各イラストを通じてそのキャラクターとして表現されているものを特徴付ける際だった共通の特徴を抽出し,これをもとに個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴がどこにあるかを認定すべきものと解される。なぜなら,原告各イラストは,原告が別紙原告イラスト目録で挙げるだけでも127点の多数に及ぶものであるところ,これらの各イラストは同一の女性(キャラクター)を表現するものとして同一のコンセプトの下に描かれたものであるから,そのキャラクターを特徴付ける共通の特徴を見いだすことができるのであり,その特徴は,まさに個々の原告各イラストの本質的な表現を特徴づけるものとみるのが相当だからである。もちろん,キャラクターなるものは,そのイラストの具体的表現から昇華した人物の人格ともいうべき抽象的概念であって,具体的表現そのものではなく,それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということはできない(前掲最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決参照)から,キャラクター自体に著作物性を認めることはできない。しかし,個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴が何かを検討する際に各イラストに共通する表現上の特徴を考慮することは,キャラクター自体に著作物性を認めることではないから,これを考慮することに何らの問題はないというべきである。

イ そして,そのような観点から原告各イラストに共通して現れている特徴を観察すると,原告各イラストの基本的なコンセプトは,前記のとおり,「独り暮らしをする若い女性」であり,上記(1)のアないしオを表現上の特徴として描かれたものであることが認められる。これに対し,被告各イラストは,マンション読本の表紙に,被告イラスト1を含む3人の人物が描かれており,被告イラスト1の女性とその夫,その子である男児が描かれている。・・・。このように,原告各イラストと被告各イラストとは,その性格・環境決定の上で異なるコンセプトをもって描かれたものということができる。

ウ そして,より具体的に原告各イラストの本質的な表現上の特徴は何かについて検討すると,・・・。

エ 以上によれば,結局のところ,原告各イラストを特徴づける本質的な表現上の特徴は,顔面を含む頭部に顕れた特徴ということにならざるを得ない。そこで,原告各イラスト(甲5,12)を総合した場合の際だった表現上の特徴を抽出すると,次のとおりと認められる(・・・。)。
・・・

オ そこで,上記観点から,個々の被告各イラストが原告各イラストの本質的な表現上の特徴を直接感得し得るものであり,これを複製又は翻案したものといえるか否か順次検討する。
・・・

カ小括
 以上のとおり,個々の被告各イラストは,これが依拠したと原告が主張する個々の原告各イラストを複製又は翻案したものとは認められないから「マンション読本」の作成,発行,配布するなどした被告の行為が原告の複製権又は翻案権ないしは自動公衆送信権を侵害したということはできない。

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