知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

出願当時存在しなかった事項が含まれることになった場合の要旨変更の判断例

2008-08-02 15:33:52 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10431
事件名 補正却下決定取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


(3) 以上によれば,本願の出願当初明細書における本願発明は,・・・,従来技術においては・・・,球が一瞬の間に球検出部を通り抜け,後は遊技盤面にごく普通に落下していくという単調さであったものを,球の通過を検知し,これに基づいて可変表示ゲームの始動等の特典を付与することを可能としつつ,通過した球の挙動を変化させて遊技者の興趣を増大させるという意義を有するものである。

 そして,本願の出願当初明細書には,ここでの「特別可変表示装置」につき,可変表示ゲーム,すなわち,始動口にパチンコ玉が入賞すると3箇所の特別図柄表示部における図柄が所定時間変動表示された後に停止表示され,その際3箇所の図柄が揃うと特賞遊技状態(大当たり)となるゲームの表示を可能とするため遊技領域に設けられた表示装置である旨,また,「特別変動入賞装置」につき,このようにして特賞遊技状態となった場合に開閉扉が所定時間ずつ開放されるという特別遊技を可能とするための装置である旨の記載があると認められるものの,「特別可変表示装置」が上記のように特別変動入賞装置の作動を決定する特別可変表示ゲームを実施する以外,他の目的があるとの記載はない

 そうすると,本件出願当初の明細書に記載された特別可変表示装置は,特別変動入賞装置の作動を決定する目的を有する装置であって,特別入賞装置とともに存在することに技術的意義を有する装置であると認められる

(4) これに対し,本件補正後の請求項1の記載は前記第3,1,(2)ウのとおりであるところ,これによると,「特別可変表示装置」については,「普通変動入賞装置への遊技球の入賞に基づき特別可変表示ゲームを表示可能な特別可変表示装置」と特定されているものの,「特別変動入賞装置」については規定するところがないから,本願補正発明は,特別可変表示装置を有しつつ特別変動入賞装置を有しない遊技機,換言すれば,特別変動入賞装置の作動を決定する目的を持たず特別入賞装置とともに存在することを要しない特別可変表示装置をも,その請求の範囲に含むものである

 そして,本願の出願当時におけるパチンコに代表される遊技機の技術分野において,特別変動入賞装置と無関係な特別可変表示装置が遊技機に単体で存在することが自明であったとは認め難いから,このような遊技機(特別変動装置の作動との関係から切り離された「特別可変表示装置」が単体で存在する遊技機)を出願当初の明細書から把握することは自明のことではないというべきである

 そうすると,本件補正は,明細書の中に新たに遊技機に単体で存在する特別可変表示装置という技術的事項を導入するものであるから,明細書の要旨を変更するものといわなければならない。

・・・

4 取消事由2について
(1) 原告は,出願当初の明細書には「特別可変表示装置」につき「特別変動入賞装置」と関連付けて明確な定義がなされているから,「特別可変表示装置」を構成要素とする本願補正発明に係る遊技機は,「特別変動入賞装置」を構成要素として挙げていなくても,これを含む遊技機と考えるのが相当である旨主張する

 しかし,本願補正発明に係る請求項1には,「特別可変表示装置」の構成要件として「特別変動入賞装置」を含む旨は記載されておらず,しかもその意義は「前記普通変動入賞装置への遊技球の入賞に基づき特別可変表示ゲームを表示可能な特別可変表示装置」という明確なものであるのに対し,請求項の記載上,「特別可変表示装置」と「特別変動入賞装置」を関連付けるような定義は存在しない。したがって,本願補正発明に係る請求項の記載上は「特別可変表示装置」を構成要素とする遊技機において特別変動入賞装置が当然含まれるものと解することはできない。

・・・

(2)ア また原告は,原々出願当時(平成4年10月27日)の技術常識では,「特別可変表示装置」を備えていれば「特別変動入賞装置」を備えていることは自明であり,「特別変動入賞装置」を必要としない「特別可変表示装置」を備えた遊技機はそもそも存在せず,本願補正発明について本件決定がしたような「特別変動入賞装置を必要としない特別可変表示装置を備える遊技機である」などという解釈は生じ得ない旨主張する

イ 確かに,補正が適法であれば原々出願時(平成4年10月27日)まで遡及するのであるから,補正の適否は原々出願時の技術常識に照らして判断すべきであることは,原告の主張するとおりであり,また,原々出願時である平成4年10月27日当時において,「特別変動入賞装置」を必要としない「特別可変表示装置」を備えた遊技機が存在したことを認めるに足りる証拠も見当たらない。

 しかし,「特別変動入賞装置」と切り離された「特別可変表示装置」が単体で存在する遊技機が技術的にみて存在し得ないというのであればともかく,そうでないとすれば,「特別変動入賞装置」と「特別可変表示装置」は概念的に別個の装置として構成可能なものである以上,原々出願時に実際に存在していなかったことをもって,その当時において「特別変動装置を必要としない特別可変表示装置を備えた遊技機」という解釈が生じ得ないとか,「特別可変表示装置」を備えていれば「特別変動入賞装置」を備えていることが自明であるということはできない
 そして,本願の明細書に記載された特別変動入賞装置の機能は,上記段落【0020】のとおり,「特別可変表示装置」において大当たりが発生すると,変動入賞装置114の開閉扉117が所定時間ずつ所定サイクル開放される特別遊技が行われ,これにより獲得球数を増加させるものと理解することができるが,「特別可変表示装置」において大当たりが発生した場合に直ちに増加した入賞球を獲得させるなど,「特別変動入賞装置」の構成を欠きながらこれと同様の機能(獲得球数の増加)を生じさせることが技術的に困難であるとは解し難いから,特別変動入賞装置とは関係なく存在する特別可変表示装置を備えた遊技機の存在を観念することが困難とはいい難い
 そうすると「特別変動装置を必要としない特別可変表示装置を備えた遊技機」という解釈は何ら不合理なものではなく,「特別可変表示装置」を備えていれば「特別変動入賞装置」を備えていることが自明であるということはできない。

・・・

エ上記のとおり,乙2発明ないし乙3記載の遊技機は本願発明における特別可変表示装置に相当する装置を備えながら,特別変動入賞装置に相当する装置を有さない遊技機である。そして,これらは本願の出願後に公開された技術ではあるものの,その記載に鑑みると,本願の出願時以降に生じた技術革新により初めて存在可能になったという事情は見当たらず,技術的にみて本件の原々出願当時(平成4年10月27日)において本願の発明と相容れないものとは解し難い

 そうすると,「特別可変表示装置」が単体で存在する遊技機が,本件原々出願時に技術的にみて存在し得ることは,以上のような遊技機の存在からも推知できるものというべきである。

 したがって,「特別変動入賞装置」を必要としない「特別可変表示装置」を備えた遊技機が,原々出願時に存在しないことをもって,「特別変動装置を必要としない特別可変表示装置を備えた遊技機」という解釈は生じ得ないとの原告の上記主張は,採用することができない。

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