知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許発明のクレームの明確性の判断手法

2007-04-01 22:52:22 | 特許法36条6項
事件番号 平成18(行ケ)10325
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年03月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 篠原勝美


『2 本件出願の願書に添付した明細書(甲8,以下,願書添付の図面も含め,「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし4の記載(以下,請求項1に記載された発明を「本件発明1」などといい,これらを一括して「本件各発明」という。)
【請求項1】地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり,前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる扉等の地震時ロック方法』


『1 取消事由1(特許法旧36条6項2号適合性の判断の誤り)について
(1)  本件発明1は,「地震時に扉等がばたつくロック状態となる方法」に係る発明であるところ,審決は,「本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,その殆どが極めて抽象的な表現を用いて記載されたものであり,かつまた,当該記載された事項の意味がその記載された事項自体からは明確に理解できず,このことにより特許を受けようとする発明の構成がその記載された事項によっては明確に把握できないといえる。」(審決謄本5頁第2段落)としたのに対し,原告は,本件発明1が明確である旨主張する

 本件発明1の特許請求の範囲には,「地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において」との記載があるところ,「扉等がばたつくロック状態」について,これを限定する格別の記載は見当たらない。

 一般的な用語例に従うと,「ロック」とは,「錠をおろすこと。鍵をかけること。錠。」(広辞苑第5版)とされ,扉についていえば,「ロック状態」とは,鍵をかけるなどして開かない状態をいうと解される。また,「ばたつく」とは,「ばたばたする。騒がしく動きまわる。じたばたする。」(同)などの意味を有する。
 そうすると,「扉等がばたつくロック状態」とは,「扉等がばたばたした状態にありながら,かつ,鍵をかけるなどして開かない状態」であると,一応理解することができる。しかし,その内容が一義的に理解されるとは,直ちに断定し難いところである。したがって,本件発明1が,これらの語のみで,特許請求の範囲が一義的に発明として特定されるのかは明らかではない

 本件明細書には,・・・

 以上によれば,係止体との関係で,「扉等のばたつきのほとんどないロック状態」は,扉等の係止具に「係止」するのに対し,「扉等がばたつくロック状態」は,扉等の係止具の係止部に「係止」するのでなく,単に「停止」するものをいうと認められる
 したがって,本件発明1にいう「扉等がばたつくロック状態」は,棚本体に設けられた係止体を用いて扉等の開閉を制御している状態であるが,係止体の存在にもかかわらず,扉等に設けられた係止具に「係止」せず,単に「停止」される状態をいうものと認められる。』

『( 3) 上記によれば,本件明細書の図1ないし図17に示されたロック方法は,地震時に扉等のばたつきのほとんどないロック状態となるものに係り(上記(2)ウないしカ),本件発明1の実施例に相当するものではない。これに対し,図18ないし図20に示されたロック方法のみが,地震時に扉等がばたつくロック状態となるものであり(同キ),本件発明1の実施例に相当するものである

 そして,本件明細書において,本件各発明について説明する部分は,発明が解決しようとする課題(上記ア),課題を解決するための手段(上記イ),発明の効果(上記ク)び上記キの実施例の説明と図18ないし図20しかない。

本件明細書には,・・・

 以上によれば,係止体との関係で,「扉等のばたつきのほとんどないロック状態」は,扉等の係止具に「係止」するのに対し,「扉等がばたつくロック状態」は,扉等の係止具の係止部に「係止」するのでなく,単に「停止」するものをいうと認められる。

  したがって,本件発明1にいう「扉等がばたつくロック状態」は,棚本体に設けられた係止体を用いて扉等の開閉を制御している状態であるが,係止体の存在にもかかわらず,扉等に設けられた係止具に「係止」せず,単に「停止」される状態をいうものと認められる。

 そこで,さらに,「係止」と「停止」の技術的意義及び区別がどのようなものであるかが明らかにされる必要がある。
本件明細書の発明の詳細な説明において,この点に関する記載としては,「・・・」,「・・・」があるが,これらはいずれも「係止体の係止部」の機能,作用が記載されているのみである。


『(4)  本件発明1は,特許請求の範囲の記載から明らかなとおり,「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体」が,「地震時に扉等の開く動きを許容しない状態」になるというものである。

 そして,「扉等のばたつきのほとんどないロック状態」を,一応上記のように解釈すれば,本件発明1は,装置本体に設けられた係止体を用い,「地震時に扉等の開く動き」,すなわち,地震時に扉等の開く方向への動きを許容しない状態になるものであると理解することができる。

『( 5) 以上を総合すると,本件発明1は,前記のとおり,「地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法」において,「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態にな(る)」ものである。
 ここにおいて,「ばたつく」状態にあるロック状態と,係止体が「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない」状態との関係は,特許請求の範囲の記載からは,明らかでない。』

『(8) 以上によれば,本件発明1は,当業者にとって,その技術常識を勘案しても,係止体が扉に当たるまでの距離及び地震時に扉が往復動可能に開く程度を理解することは,困難であって,特許請求の範囲の記載が明確でないということができ,また,本件発明1を引用する本件発明2ないし4も,特許請求の範囲の記載が明確でないということができる。そうすると,本件明細書は,特許法旧36条6項2号に規定する記載要件を満たしていないのであるから,本件各発明に係る特許は,特許法123条1項4号に該当するものとして,無効とされるべきものであり,これと同旨の審決の判断に誤りはない。』

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