知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

相違点に適用する引例の技術分野と本願発明の技術分野

2007-02-24 09:55:01 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10287
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年02月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

原告は,引用刊行物2(甲3)のように,圧力差を利用するという発想がない装置に基づき,本願発明のように,圧力差を利用する装置とすることは,当業者といえども容易に想到し得ないと主張する
 確かに,引用刊行物2には,「第3図において,ピストンリングブロツク4は,プランジヤー5の頭6に,ばね座金7を介してナツト8で取付けられている。」(2頁左上欄15~18行)との記載があり,引用刊行物2のピストンリングブロック4は,プランジャー5の頭6にばね座金7を介してナット8で取付けられるものであると認められるので,引用刊行物2記載の発明は,本願発明と同様の形で圧力差を利用するものとはいえない。
 しかしながら,前記のとおり,審決は,本願発明と引用刊行物2記載の発明のみを対比したものではなく,本願発明と引用発明を対比した上で,相違点1,2について引用刊行物2記載の技術事項を適用しているものである。そもそも,負圧のかからないリングにも負圧をかけてシール効果を高めるということ自体は,原告出願に係る引用刊行物1(甲2)に記載されている事項であり(段落【0005】,【0009】,【0019】),審決は,引用刊行物1のそのような記載事項を前提とした上で,本願発明と引用発明の相違点について,引用刊行物2に記載された技術事項を適用しているものである。したがって,引用刊行物2記載の発明自体が圧力差を利用する装置でなければならないものではない

 もとより,引用発明と引用刊行物2記載の発明の技術分野,技術課題,課題を解決するための手段等における相違から,当業者であれば,両発明の組合せを試みるとは考えられないような場合には,両発明を組み合わせて進歩性の判断をすること自体が誤りとなることもある。しかしながら,本件では,引用刊行物2に記載された発明は,ピストンリングブロックを用いることにより,シリンダー内の高圧漏れを防ぎ,ほぼ完全に近いシールを可能にするものであり(2頁左下欄下から2行~右下欄3行),引用発明と引用刊行物2記載に係る発明は,いずれも高圧漏れを防ぐためのシール装置という点で共通の技術分野に属するのであるから,引用刊行物2に記載された事項を引用発明に組み合わせて進歩性の判断をすることが誤りであるということはできない。

 このように,本件では,本願発明と引用発明との相違点1及び2に係る事項が引用刊行物2に開示されており,引用発明と引用刊行物2に記載された発明を組み合わせることを妨げるような事情も認められない。したがって,相違点1及び2に係る構成は,引用刊行物1及び2に基づいて,当業者が容易に想到し得たものであるということができる。』

特許請求の範囲の拡張・変更-クレーム中の図面記載番号の解釈

2007-02-24 09:40:36 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10126
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年02月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一
  
『( 1) 訂正事項aは,特許請求の範囲の請求項1の「鉤部材(15)は・・・かつ枠体の内側に設けられているガイド部(19)に案内される軸部(21,42)により上下方向へ移動可能に設けられており,」との記載を,「鉤部材(15)は・・・かつ枠体の内側に設けられているガイド部(19)に案内されて軸部(21,42)により上下方向へ移動可能に設けられており,」との記載に訂正するというものである。
そして,訂正前の請求項1の記載によれば,その発明の構成において「ガイド部」に案内されるものは「軸部」であることが明らかであり,また,訂正後の請求項1の記載によれば,その発明の構成においては,「ガイド部」に案内されるものは「鉤部材」となることが明らかである。すなわち,①「軸部」は,訂正前の請求項1に係る発明においては「ガイド部(19)に案内される」ことが必須の構成とされていたが,訂正後の請求項1に係る発明においては「ガイド部(19)に案内される」ことが必須の構成とはされず,また,②「鉤部材(15)」は,訂正前の請求項1に係る発明においては「ガイド部(19)に案内」されることが必須の構成とされていないものであったが,訂正後の請求項1に係る発明においては「ガイド部(19)に案内」されることが必須の構成とされるに至っているものである。
 しかるところ,原告は,請求項1記載の発明において,「軸部」がガイド部に案内されることが,必須の構成であったとすることが不合理であり,当業者は,請求項1に係る「ガイド部(19)に案内される軸部(21,42)により」との記載が,誤記又は不明瞭な記載であって,本来,「鉤部材(15)は・・・ガイド部(19)に案内されて軸部(21,42)により」であると容易に理解するものであると主張するが,以下のとおり,この主張を採用することはできない。』

『原告の上記主張は,要するに,特許請求の範囲の請求項1において,「軸部」の語に,軸部がガイド部に案内されない態様である実施例1の符号「21」が付されていることを根拠とするものであるが,特許請求の範囲には,「各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない」(特許法36条5項)のであり,ただ,「請求項の記載の内容を理解するため必要があるときは,当該願書に添付した図面において使用した符号を括弧をして用いる」(特許法施行規則様式29の2の[備考]14のロ)ことが許容されているにすぎない。そうすると,請求項の記載において,実施例に係る図面の符号が用いられたとしても,それは,単なる補助的な手段であって,請求項記載の発明の構成が当該実施例に係る具体的構成に限定されるものではなく,同様に,当該実施例に係る具体的構成によって,請求項記載の発明の構成が特定されるものでもない
 したがって,本件において,請求項1の「ガイド部(19)に案内される軸部(21,42)」との記載における「軸部」に付された符号「21」が,軸部がガイド部に案内されない態様である実施例1についてのものであったとしても,それがため,訂正前の請求項1に係る発明の構成において,「ガイド部」に案内されるものが「軸部」であることが,何ら不明瞭となるものではない。』

『訂正前の請求項1は,その記載により,「軸部」が「枠体の内側に設けられているガイド部」に案内され,その「軸部」により,「鉤部材」が上下方向へ移動可能に設けられていることが,一義的に理解されるものであり,何ら不明瞭な点は存在しない。したがって,訂正事項aは,①請求項1に係る発明においては「ガイド部(19)に案内される」ことが必須の構成とされていた「軸部(21,42)」を,「ガイド部(19)に案内される」ことが必須の構成とされなくするものであり,また,②請求項1に係る発明においては「ガイド部(19)に案内」されることが必須の構成とされていない「鉤部材(15)」を,「ガイド部(19)に案内」されることが必須の構成とされるようにするものであって,①は実質上特許請求の範囲を拡張するものに該当し,②は実質上特許請求の範囲を変更するものに該当するものというべきである。』