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徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

夏の夜の幽玄の世界 ~ 山鹿灯籠まつり ~

2010-08-17 11:12:42 | その他
 昨夜は午後7時半頃から、山鹿灯籠まつりのハイライト、“千人灯籠踊り”を見に行った。実は千人灯籠踊りを観るのは初めて。灯籠踊りは過去何度も観ているのだが、最後の千人灯籠踊りだけは、山鹿の街中の交通混雑に恐れをなして、なかなか足が向かなかった。会場となる山鹿小学校のグラウンドに着いた時は、今年最後の千人灯籠踊りを観ようと、開始1時間前にもかかわらず人の波。ビエントのライブに続き、山鹿太鼓の先導で灯籠を頭に着けた千人の女性たちが入場。この祭の起源となった景行天皇の奉迎セレモニーの後、「よへほ節」に合わせて千人が踊る様は圧巻。ライトが落とされた中に浮かび上がる千個の灯籠が幽玄の世界へ誘った。


九州学院のベスト8進出と伯父の思い出

2010-08-16 23:39:29 | スポーツ一般
 高校野球で九州学院がベスト8に進出した。実に47年ぶりのことだそうだ。47年前と言えば僕らが高校3年生の年だ。当時の九学の中心選手に緒方君という、中学時代の同級生がいた。僕らがたしかインターハイ前の強化合宿をやっている頃、彼の活躍を聞いて勇気づけられたことを思い出す。それはさておき、九学といえば、30年前に亡くなった僕の伯父の母校でもある。伯父は九州学院野球部の大先輩に当たる。伯父は野球をやりたくて昭和2年、名門九州学院に進学した。在学中も活躍したらしく、卒業後は当時ノンプロの強豪チームだった門司鉄道管理局にスカウトされた。僕が高校に入って水球を始め、インターハイや国体の前の恒例だった東京合宿の際、板橋にあった伯父の家を度々訪ねた。伯父はそのことがことのほか嬉しかったらしい。おそらく自分の青春時代を重ね合わせていたのだろう。その伯父も九学のベスト8進出を喜んでいるだろう。

二つの終戦ドラマ

2010-08-15 23:00:23 | テレビ
 今年の終戦記念日にちなんだ番組の中で、この二つだけは見逃すまいと思っていた、TBSの「歸國」とNHKの「15歳の志願兵」。「歸國」は脚本が倉本聰ということもあり、また興味深いキャストだったので特に期待した。南の海で散った英霊たちには、今の日本はどう映るのか、という着想は面白いのだが、語られるエピソードは、コマ切れなので今いち感動は薄かった。このドラマのテーマでもある「戦後、日本人は豊かで幸せな国を目指して頑張ってきたのに、どこで何が間違ったんだろう?」という問いかけは、今、多くの日本人が認識していることでもある。真に英霊たちの鎮魂ができるような日本の国ができるのは、いったいいつのことなのだろうか。
 一方の「15歳の志願兵」、これはまさしく今夏のベストドラマだと思う。実話に基づいている話だけにリアリティがあり、戦争末期の狂気じみた時代に翻弄される家庭や家族の様子がよく伝わってくる。運命が分かれる二人の少年を演じる池松壮亮と太賀の演技は秀逸。ここ数年の戦争関連ドラマの中でも出色の感動編だ。

 

バーベキュー

2010-08-14 20:35:02 | その他
 今日は宮崎の長男夫婦、久留米の次男一家も揃って、盆休み恒例のファミリーでのバーベキュー。みわもてっぺいも食べるわ、食べるわ。3歳になったばかりのてっぺいは、ゲップをすると“オェ~ッ”となる始末。長男・次男の夫婦は1年ぶりの積もる話で夜更けまで語り合っていた。明日には、短い盆休みを終えて、それぞれの居住地に戻っていく。異常な暑さに辟易した今年の夏も、そろそろ終りが近づいてきたのだなぁと思うと、何やらちょっとセンチメンタルな気分になる。毎年のことなのだが・・・

故郷の香り ~ ♪瞳を閉じて ~

2010-08-13 23:36:56 | 音楽芸能
 お盆休みで懐かしい故郷へ帰って来ている人も多いだろう。故郷熊本に戻ってもう16年、帰省なんていう言葉も遠い昔のことのようだ。ここ数年、帰省とか里帰りとかいう言葉を聞くと、なぜか必ず思い出す歌がある。荒井由実時代のユーミンが作った歌、「瞳を閉じて」だ。この歌を作った長崎県は五島列島、奈留島のエピソードを紹介したドキュメントを見て以来、お盆で帰省というニュースを聞くと、必ずこの歌が浮かんでくるようになった。この歌が作られて既に36年ほど経っているが、今年も同じように、このメロディーを聴きながら、家族や友人たちの再会と別れが繰り返されることだろう。


妖しき文豪怪談

2010-08-12 20:20:05 | テレビ
日本文学史に名を残す、川端康成、太宰治、芥川龍之介、室生犀星の四人の文豪が書いた怪談を、四人の実力派映画監督がドラマ化した「妖しき文豪怪談」が、NHKのBS-hiで8月23日から4夜連続放送される。既に原作を読んだことのあるものもあれば、読んでいないものもあるが、できれば放送までに読んで、文豪たちの妖しき世界を、各監督がどういう風に映像化したのかを確かめてみたい。ただ、わが家はまだ地デジ化未対応なので、姉の家で録画してもらわねば。

■川端康成 「片腕」

8/23 22:00~23:00
演出:落合正幸
出演:平田満、芦名星

■太宰治 「葉桜と魔笛」

8/24 22:00~23:00 
演出:塚本晋也
出演:河井青葉、徳永えり、國村隼

■芥川龍之介 「鼻」

8/25 22:00~23:00 
演出:李相日
出演:松重豊、井川遥

■室生犀星 「後の日」

8/26 22:00~23:00 
演出:是枝裕和
出演:加瀬亮、中村ゆり

メダカちゃん

2010-08-11 18:04:15 | その他
 友人から、メダカの稚魚を分けてもらった。孵化して増えすぎたらしい。今まで魚類は飼ったこともないので、さっそく水槽を買いに行った。底に敷く砂は川に行けばあるかと思って行ってみたが、ほとんど潟に近く、使いものになりそうもないので結局購入した。水は近くの湧き水を汲みに行った。水温を上げるため一晩寝かし、朝になってやっと水槽に水を張り、メダカの住環境が整った。餌は削り節を粉末にして与えている。まだ体長1センチにも満たない稚魚だが、一生懸命生きている姿は愛おしい。僕らが子供の頃は、近くの小川で普通に見ることができたが、今はほとんど見かけなくなった。絶滅危惧種に指定されているらしい。そう思うと余計愛おしくなる。


「借りぐらしのアリエッティ」のバックステージ

2010-08-10 22:57:17 | 映画
 今夜のNHKで放送されたドキュメント「ジブリ 創作のヒミツ 宮崎駿と新人監督 葛藤の400日」は、日本が世界に誇るジブリアニメ制作の舞台裏が見られて興味深かった。特に、普通の映画については、これまでもいろんなドキュメントが、その舞台裏を紹介していたのでだいたい理解していたが、アニメについては、監督の役割というのがよくわからなかった。やはり今まで宮崎駿という人が偉大すぎて見えなかったことが、今回、米林宏昌という新人監督が七転八倒しながら創りあげていく姿を通じてよく見えたと思う。宮崎さんと米林さんの関係は、普通の会社でもよく見られる上司と部下の関係だが、後進の育成はいかにあるべきかという意味で、業種には関係なくとても参考になるドキュメントだったと思う。

父と三菱熊本青年学校

2010-08-09 16:17:26 | 時事
 今日は65回目の長崎原爆の日。僕の父はちょうど10年前に90歳で亡くなったが、僕がまだ幼かった頃、長崎原爆の日になると「あれは熊本に落とされる可能性もあったのだから他人事じゃないよ」という話をよく聞かせてくれた。たしかに熊本は投下候補地の一つだったらしい。父は戦時中、健軍にあった三菱熊本航空機製作所で青年学校の教員をやっており、爆撃機を作る軍需工場で常に空爆の危険性に怯えながら生活をしていた実体験から、熊本が被爆地となった可能性を感じていたのだろう。熊本製作所で作っていたのは「飛龍」という陸軍の最重要爆撃機で、月産50機を目指して、最盛期には学徒動員なども含め4500名が働いていたという。アメリカはそんな情報は当然把握していたはずだから、熊本が投下候補地として俎上に載ったというだけでもゾッとする話だ。熊本に生まれた一人として、犠牲となった広島や長崎の方々に対して申しわけないという気持を忘れたくないと思う。
※写真は「飛龍」

「ザ・わらべ」のステージに大満足!

2010-08-08 22:25:31 | その他
 今日は、市内の古町の一角、その昔、桶などを作る木工細工師が住んでいたという古桶屋町(ふるおけやまち)の普賢寺(ふげんじ)境内で行なわれた「城華まつり」に行った。お目当ては、子ども舞踊団「ザ・わらべ」のステージだ。小中学生の可愛らしい女の子たち四人が、30分のステージで民謡や歌謡曲に合わせて見事な踊りを見せてくれた。また、スザンヌが歌う熊本の応援歌「ダイスキ!くまもとファイヤー」も可愛い振り付けで踊ってくれた。久しぶりに見たが、いつも素晴らしい“和”の世界へ誘ってくれる。ビデオカメラのモニターを覗き込んでいたら、となりの席から聞き覚えのある声。思わず振り向いたら、なんと幸山熊本市長だった。




くまもとの夏祭り・・・火の国まつり

2010-08-07 23:03:55 | その他
 昨日今日と夕食後、散歩がてらに火の国まつりを見に行った。昨日は熊本城二の丸広場でのオープニングステージと花火大会、そして今日はメーンイベントの市街中心部での「おてもやん総踊り」を見た。今年が33回目だそうだが、実は僕はこの祭のことはあまり知らない。始まった昭和53年(1978)というと熊本を離れて、転勤族の生活をしていた頃だから無理もないのだが。僕らが子どもの頃にも「火の国まつり」というのはあった。ただし、春に行なわれていたと記憶している。何度か見に行ったことはあるが、なぜ夏祭りに変わったのかは知らない。総踊りの司会進行をするローカルタレントが、しきりに盛り上げようと鼓舞するのだが、歩道を埋め尽くした観客が意外と冷めているのが気になる。おてもやんのサンババージョンもあるが、それほど盛り上がるわけでもない。全国にはいろんなタイプの祭があるが、“熊本らしい祭り”とはどんな祭りなのだろうか。踊りの列を眺めながら、ふとそんなことを考えた。


夢千代日記と原爆詩

2010-08-06 23:07:02 | テレビ
 広島が65回目の原爆の日を迎えた今日、NHKでドキュメンタリー「吉永小百合 被爆65年の広島・長崎」が放送された。吉永さんは20年以上にわたり、原爆詩の朗読をライフワークとして取り組んでいる。この方の信念と実行力には本当に頭がさがる思いだ。しかし、その吉永さんも、「このままでは日本から原爆体験が消えてしまう」と、風化が進む現状に危機を感じているという。吉永さんがこの活動を始めたのは、30年ほど前に出演した名作ドラマ「夢千代日記」で胎内被爆の芸者を演じたのがきっかけだという。このドラマは、これまでのあらゆるテレビドラマの中で、僕が最も好きなものの一つだが、ドラマはあくまでもフィクションの世界。なのに吉永さんをつき動かしたものは、いったい何だったのだろう。ひょっとしたら表現者としての宿命のようなものを感じたのかもしれない。

豊田正子と赤い鳥

2010-08-05 16:46:53 | その他
 いささか旧聞に属するが、昨年3月、荒尾で行なわれた「第4回海達公子まつり」で特別講演をされた鳥越信さん(児童文学研究者、元大阪国際児童文学館館長)は、日本の児童文学史における「赤い鳥」の再評価という意味では、大正~昭和初期に「赤い鳥」に投稿した多くの少年少女たちを掘り起こすことは、とても意義のあることだと話された。もちろん、海達公子もその中の一人であるが、わけても豊田正子のはたした役割は大きいと強調された。豊田正子とは、小学生の頃、「赤い鳥」に投稿していた綴方が、「綴方教室」としてまとめて刊行されると、たちまちベストセラーとなり、1938年には映画化もされ、一躍、時の人となった女性である。成人してからも作家として活躍した。「赤い鳥」の晩年には、主宰者の鈴木三重吉と北原白秋が袂を分かち、「赤い鳥」から自由詩や童謡が外されたこともあり、綴方の代表であった正子の存在がいっそう大きくなったのである。
※豊田正子(左)と映画「綴方教室(1938)」で正子を演じた高峰秀子

藤沢周平 ~ 山桜 ~

2010-08-04 20:02:53 | その他
 藤沢作品を全部読んだわけではないが、今まで読んだ中で最も好きな作品が、この「山桜」という短編だ。ある意味、最も藤沢作品らしい叙情性に溢れた作品だと思う。特に主人公の野江が、運命の人、弥一郎と出逢う山桜の樹の下の場面は素晴らしい。一昨年、映画化もされたが、今日は朗読で、この素晴らしい藤沢文学の世界を楽しんだ。



野江と弥一郎のただ一度の出逢いのシーン

ディオンヌ・ワーウィック ~ 涙の分かれ道 ~

2010-08-03 22:29:51 | 音楽芸能
 70年代前半に僕が最も多く聴いた歌手はたぶん、ディオンヌ・ワーウィックだろう。LP盤のレコードが擦り切れるほど聴きまくったものだ。そのほとんどの曲がバート・バカラックとのコンビによるものだった。「I'll Never Fall in Love Again」、「I Say a Little Prayer」、「サン・ホセへの道」等々。バート・バカラックと袂を分かってから、しばらく低迷期があったようだが、1979年にバリー・マニロウのプロデュースによる「涙の分かれ道(I'll Never Love This Way Again)」が大ヒットし、グラミー賞を獲得するなど、見事にカムバックした。そのバリー・マニロウは、80年代に入ってから、僕が最も多く聴いた歌手だ。


“I'll Never Love This Way Again” Dionne Warwick with Barry Manilow



“Somewhere Down The Road” Barry Manilow