
僕が彦根在勤の頃、彦根から御坊市の和歌山工業高専などにリクルートに行くこともあったので、F君がいる新宮まで行ってみようと思ったこともあるが、紀伊半島の突端・串本を回って行かなくてはならないので帰社時間に間に合わないとあきらめたこともあった。また、彦根で従業員の採用面接をやっていた時、和歌山から一人の青年が応募してきた。履歴書に書かれた出身校がたまたまF君が務める学校だったので、面接がひと区切りした時、F君の名前を出してみた。するとそれまで能弁だったその青年が急に寡黙になってしまうというひと幕もあったことを思い出した。
同世代の友の元気な様子に勇気づけられた一日だった。
紀伊国屋文左衛門が大シケの荒波の中、紀州有田から大量のみかんを江戸へ運んだ時の様子が唄われている俗謡「かっぽれ」。