1月11日(土)は、テレ朝日(1月8日)のグッド!モーニングで放映していた「回転福ねずみ」がいる戸部杉山神社に行ってみました。
又、折角なので、お参りしてから掃部山公園まで歩いてみました。
尚、歩くルートは、運動不足の解消を兼ねて次のようにしました。
横浜駅東口-京急戸部駅-戸部杉山神社-くらやみ坂-掃部山公園-紅葉坂-JR桜木町駅
<戸部駅に向かう>

横浜駅から戸部駅までは京急線(各駅で1駅)ではなく、横浜駅東口から箱根大学駅伝で走る東海道(国道1号線)を歩いてみました。
横浜駅東口の目の前にある国道1号線に出たので、取り敢えず、K1(首都高速神奈川1号横羽線)を撮ってみました。

かつては崎陽軒本店があった(?)横浜プラザホテルも、現在は閉館しているようでした。

帷子川(かたびらがわ)に架かる橋を渡りますが、帷子川の上流を眺めている人(?)がいました。

帷子川の上流には、京浜東北線と京急線が走っていて手前には万里橋(まんりはし)があります。



国道1号線の上にはK1が通っているので、歩道の左側はご覧のようになっていました。

高島町の交差点で国道1号線と国道16号線に分かれます。
取り敢えず、国道16号線方面を撮ってみました。

奥の方に、横浜ランドマークタワーが見えたのでアップで撮ってみました。

国道1号線に出たので、戸部駅方面を撮ってみました。

国道を暫く進むと、京急線の戸部駅が見えて来ました。
<戸部駅>

横浜駅東口からは20分程で戸部駅に着きました。

取り敢えず、京急線下の国道1号線を撮ってみました。


近くに、案内図「温故知新のみち」があったので現在地を確認しました。
「回転福ねずみ」のいる杉山神社は、国道を次の信号まで歩いて左折すると戸部公園近くにあります。
又、掃部山公園は、杉山神社から保土ヶ谷道に出て東に進めば着けそうでした。
見通しが明るくなったので、近くで昼食を済ませてから戸部公園に行くことにしました。
<戸部公園>


昼食を済ませてから、国道を暫く歩いてから信号を左折すると戸部公園に着きました。


戸部公園は、ご覧のような遊具がある比較的大きな公園でした。
<戸部杉山神社>

戸部杉山神社は、戸部公園側からも入ることが出来ましたが、正面に回ってみました。

正面には、ご覧のような立派な鳥居がありました。

折角なので、アップでも撮ってみました。


鳥居をくぐると、ご覧のような御神木があったのでアップで撮ってみました。

取り敢えず、境内の奥にある拝殿を撮ってみました。

参道の両側に石像の「回転福ねずみ」がいましたが、取り敢えず、拝殿をアップで撮ってみました。


参道の右側にいたオスの「回転福ねずみ」を撮ってみました。
尚、「回転福ねずみ」は思っていたよりもスムーズに回りました。

折角なのでアップで撮って、お願い事をしながら回してみました。


又、左側にいたメスの「回転福ねずみ」も撮ってみました。

可愛らしいメスの鼠だったのでアップで撮ってみました。
後ろには、説明案内板「大国主命と鼠」があって「回転福ねずみ」の回し方(内側)も書いてありました。
説明案内板には、オオナムチノミコト(大己貴神、後の大国主命)に、スサノオノミコト(素戔嗚尊)が与えた結婚の試練を鼠が救ったようなことが書いてありました。

近くに、大黒天像(後に大国主命と習合)があったので撮りに行ってみました。

ご利益があるようにアップで撮ってお参りをしましたが、奉納したのは俳優の黒沢年雄と出ていました。
尚、黒沢年雄は、横浜市西区の生まれで、ヒットした「時には娼婦のように」も歌っていました。

後ろにあった手水舎で身を清めて拝殿に向かいました。

取り敢えず、拝殿を撮ってお参りをしました。


お参りしてから拝殿の扁額を撮ってみました。


折角なので、拝殿の内部をアップで撮らせて頂きました。


又、「回転福ねずみ」に気を取られていて狛犬を撮っていなかったので撮ってみました。


社殿の右側に、戸部杉山神社の由緒碑があったので行ってみました。
御祭神が大己貴神(オオナムチノミコト)だと云うことは分かりましたが、他は良く分かりませんでした。

社殿の右側に、境内社の五社殿と聖徳太子殿があったので行ってみました。

取り敢えず、扉が閉まっている五社殿を撮ってみました。


隣にあった聖徳太子殿も撮ってみましたが・・・

社殿を横から撮って境内に戻りました。

駐車場の奥に、お堂のような建物があったので行ってみました。

建物の内部が見えないので何なのか(神楽殿?)分かりませんでした。

再度、鳥居を撮って戸部杉山神社を後にしました。
<保土ヶ谷道>

戸部杉山神社からは、西区役所の前を通って「くらやみ坂」に向かいました。

「くらやみ坂」は保土ヶ谷道の一部で、歩道にはご覧のようなシンボルマークがありました。

ご覧のような「くらやみ坂」を上りますが、名前の由来は「暗闇坂」ではなく「鞍止み坂」のようでした。

「くらやみ坂」を上っていると左側に、公園(?)があったので入ってみました。

公園で一休みしていると、道路側に祠と碑が見えました。


「くらやみ坂」に戻ると、ご覧のような祠と碑「くらやみざか」がありました。


「くらやみ坂」の左側には、ご覧のような大きな公園がありました。

右奥に横浜ランドマークタワーが見える公園をアップで撮ってみました。

この「伊勢町もくせい公園」は、「横浜みどりアップ計画」の一環で整備されたようです。

横浜ランドマークタワーを見ながら先に行ってみました。

公園に、真っ赤な葉っぱの植物(七福南天?)があったのでアップで撮ってみました。



又、ご覧のような黄色の花の植物があったのですが名前は分かりません。
「伊勢町もくせい公園」を過ぎたので、「くらやみ坂」を離れて東の方に行ってみました。
<掃部山公園に向かう>

道なりに暫く進むと、ご覧のような横浜駅根岸道路に出ました。

横断歩道を渡って東に進むと、下に京急線が通っている戸部橋がありました。

道路の右側に、明治12年(1879)創立の横浜市立戸部小学校がありました。
尚、私が卒業した横浜市立杉田小学校の創立は明治6年(1873)でした。 ← 関係ないですね!

校舎の入口には、再礎学温故と校歌の碑がありました。

又、今では珍しい二宮尊徳像があったので撮ってみました。

小学校の前に、ご覧のような建物があったので行ってみると、戸部コミュニティハウスでした。

又、コミュニティハウスの手前には御所山第二公園がありました。
<掃部山(かもんやま)公園>

道なりに先に行くと「戸部通り」に出て、コンビニの横を先に行くと掃部山公園の出入口がありました。
尚、戸部杉山神社からは30分程で掃部山公園に着きました。

「掃部山公園トイレのご案内」で現在地を確認しましたが、 何故か「掃部山公園案内図」ではありませんでした。

公園は山(丘?)の上にあるので、ご覧のような道を上って先に行ってみました。

途中に、ツワブキが咲いていたのでアップで撮ってみました。

公園の出入口(3ヶ所)の案内板の後に、小さな滝(?)が流れ落ちていました。

折角なので、滝をアップで撮ってみました。


又、横浜ランドマークタワーが間近に見えるようになったのでアップで撮ってみました。

ご覧のような階段があったので上ってみました。

公園には、ご覧のような銅像広場があって、広場の奥(南西方向)には井伊直弼像が建っていました。

広場に、大きな枝垂れ桜(?)があったので撮って、銅像の近くに行ってみました。

取り敢えず、井伊直弼像を撮ってみました。

井伊直弼は、近江彦根藩の第15代藩主で、安政の大獄や桜田門外の変で有名の人物で、横浜開港にも関わっています。
現在の掃部山は、明治初期に新橋駅と横浜駅(現在の桜木町駅)間の鉄道開通時には、外国人鉄道技師たちの官舎が建てられていましたが、明治17年(1884)にこの山を井伊家が買取し、大正3年(1914)に横浜市に寄付されました。
又、掃部山は、井伊直弼の官位であった掃部頭(かもんのかみ)から付けたようです。


折角なので、井伊直弼像をアップで撮ってみました。


井伊直弼になったつもりで、横浜港方面を撮ってみました。

ついでに、横浜ランドマークタワーと一緒に井伊直弼像を撮ってみました。
<JR桜木町駅に向かう>

井伊直弼像の後に、横浜能楽堂があるので掃部山公園を下りて外観を撮ってみました。

又、向かい側に、県立音楽堂があるので撮ってみました。

駐車場の先には、ご覧のような大クスノキがあったので撮ってみました。

包帯に巻かれている痛々しいそうなクスノキだったのでアップで撮ってみました。

大クスノキの奥には、ご覧のような県立青少年センターがありました。

県立青少年センターから紅葉坂(もみじざか)に出ると、向かい側に結婚式場の伊勢山ヒルズがありました。

紅葉坂を渡って、伊勢山ヒルズの前を通って中を覗いてみましたが、係りの人には見向きもされませんでした。

紅葉坂を下っていると、県立青少年センターの敷地内に金星太陽面経過観測記念碑があったので撮ってみました。
金星の太陽面通過は、金星が太陽面を黒い円形のシルエットとして通過していくように見える天文現象みたいです。


横浜ランドマークタワーが間近に見えるようになったのでアップで撮ってみました。



紅葉橋に遣って来ると、下を走っている桜川新道(?)が見えたのでアップで撮ってみました。


紅葉坂を更に下ると、国道16号線を渡る交差点「紅葉坂」が見えました。


折角なので、横浜ランドマークタワーを真下からアップで撮ってみました。

「動く歩道」が見えて来たので、「さくら通り」から上の「動く歩道」に乗れば桜木町に着けます。

「動く歩道」に乗ったので、左側に見えた帆船日本丸を撮ってみました。
<JR桜木町駅>

「動く歩道」を下りると、桜木町駅前に商業施設(?)があったので撮ってみました。
昔、JR桜木町駅の地下に大衆酒場(桜木町ゴールデンセンター?)があったので行ってみることにしました。
取り敢えず、駅前広場から近くの北改札(横浜駅)方面の飲食店街に行って地下の下り口を探すことにしました。
飲食店街をウロウロしてみましたが、地下の下り口は見つけられませんでした。

仕方がないので、駅前広場に戻って南改札(関内駅)方面に行って探すことにしました。
改札口の前を通って先に行くと、地下に飲食店がありそうな入り口を見つけました。
「ぴおシティ」が怪しそうなので行ってみると、16時過ぎたばかりなのに、どのお店も立ち飲み客で溢れていました。

どうにかカウンターとテーブル席があるお店を見つけたので、落ち着いて飲むことが出来ました。
今回の「回転福ねずみの戸部杉山神社~掃部山公園」は、年初めに「回転福ねずみ」のお参りが出来たので、子年の今年は何か良いことがありそうです。
又、横浜生まれの私は、掃部山公園、横浜能楽堂、県立音楽堂、紅葉坂など言葉だけでも懐かしい思いがしました。
尚、万歩計は、大して歩いていないのに18,000歩近くになっていました。
又、折角なので、お参りしてから掃部山公園まで歩いてみました。
尚、歩くルートは、運動不足の解消を兼ねて次のようにしました。
横浜駅東口-京急戸部駅-戸部杉山神社-くらやみ坂-掃部山公園-紅葉坂-JR桜木町駅
<戸部駅に向かう>

横浜駅から戸部駅までは京急線(各駅で1駅)ではなく、横浜駅東口から箱根大学駅伝で走る東海道(国道1号線)を歩いてみました。
横浜駅東口の目の前にある国道1号線に出たので、取り敢えず、K1(首都高速神奈川1号横羽線)を撮ってみました。

かつては崎陽軒本店があった(?)横浜プラザホテルも、現在は閉館しているようでした。

帷子川(かたびらがわ)に架かる橋を渡りますが、帷子川の上流を眺めている人(?)がいました。

帷子川の上流には、京浜東北線と京急線が走っていて手前には万里橋(まんりはし)があります。



国道1号線の上にはK1が通っているので、歩道の左側はご覧のようになっていました。

高島町の交差点で国道1号線と国道16号線に分かれます。
取り敢えず、国道16号線方面を撮ってみました。

奥の方に、横浜ランドマークタワーが見えたのでアップで撮ってみました。

国道1号線に出たので、戸部駅方面を撮ってみました。

国道を暫く進むと、京急線の戸部駅が見えて来ました。
<戸部駅>

横浜駅東口からは20分程で戸部駅に着きました。

取り敢えず、京急線下の国道1号線を撮ってみました。


近くに、案内図「温故知新のみち」があったので現在地を確認しました。
「回転福ねずみ」のいる杉山神社は、国道を次の信号まで歩いて左折すると戸部公園近くにあります。
又、掃部山公園は、杉山神社から保土ヶ谷道に出て東に進めば着けそうでした。
見通しが明るくなったので、近くで昼食を済ませてから戸部公園に行くことにしました。
<戸部公園>


昼食を済ませてから、国道を暫く歩いてから信号を左折すると戸部公園に着きました。


戸部公園は、ご覧のような遊具がある比較的大きな公園でした。
<戸部杉山神社>

戸部杉山神社は、戸部公園側からも入ることが出来ましたが、正面に回ってみました。

正面には、ご覧のような立派な鳥居がありました。

折角なので、アップでも撮ってみました。


鳥居をくぐると、ご覧のような御神木があったのでアップで撮ってみました。

取り敢えず、境内の奥にある拝殿を撮ってみました。

参道の両側に石像の「回転福ねずみ」がいましたが、取り敢えず、拝殿をアップで撮ってみました。


参道の右側にいたオスの「回転福ねずみ」を撮ってみました。
尚、「回転福ねずみ」は思っていたよりもスムーズに回りました。

折角なのでアップで撮って、お願い事をしながら回してみました。


又、左側にいたメスの「回転福ねずみ」も撮ってみました。

可愛らしいメスの鼠だったのでアップで撮ってみました。
後ろには、説明案内板「大国主命と鼠」があって「回転福ねずみ」の回し方(内側)も書いてありました。
説明案内板には、オオナムチノミコト(大己貴神、後の大国主命)に、スサノオノミコト(素戔嗚尊)が与えた結婚の試練を鼠が救ったようなことが書いてありました。

近くに、大黒天像(後に大国主命と習合)があったので撮りに行ってみました。

ご利益があるようにアップで撮ってお参りをしましたが、奉納したのは俳優の黒沢年雄と出ていました。
尚、黒沢年雄は、横浜市西区の生まれで、ヒットした「時には娼婦のように」も歌っていました。

後ろにあった手水舎で身を清めて拝殿に向かいました。

取り敢えず、拝殿を撮ってお参りをしました。


お参りしてから拝殿の扁額を撮ってみました。


折角なので、拝殿の内部をアップで撮らせて頂きました。


又、「回転福ねずみ」に気を取られていて狛犬を撮っていなかったので撮ってみました。


社殿の右側に、戸部杉山神社の由緒碑があったので行ってみました。
御祭神が大己貴神(オオナムチノミコト)だと云うことは分かりましたが、他は良く分かりませんでした。

社殿の右側に、境内社の五社殿と聖徳太子殿があったので行ってみました。

取り敢えず、扉が閉まっている五社殿を撮ってみました。


隣にあった聖徳太子殿も撮ってみましたが・・・

社殿を横から撮って境内に戻りました。

駐車場の奥に、お堂のような建物があったので行ってみました。

建物の内部が見えないので何なのか(神楽殿?)分かりませんでした。

再度、鳥居を撮って戸部杉山神社を後にしました。
<保土ヶ谷道>

戸部杉山神社からは、西区役所の前を通って「くらやみ坂」に向かいました。

「くらやみ坂」は保土ヶ谷道の一部で、歩道にはご覧のようなシンボルマークがありました。

ご覧のような「くらやみ坂」を上りますが、名前の由来は「暗闇坂」ではなく「鞍止み坂」のようでした。

「くらやみ坂」を上っていると左側に、公園(?)があったので入ってみました。

公園で一休みしていると、道路側に祠と碑が見えました。


「くらやみ坂」に戻ると、ご覧のような祠と碑「くらやみざか」がありました。


「くらやみ坂」の左側には、ご覧のような大きな公園がありました。

右奥に横浜ランドマークタワーが見える公園をアップで撮ってみました。

この「伊勢町もくせい公園」は、「横浜みどりアップ計画」の一環で整備されたようです。

横浜ランドマークタワーを見ながら先に行ってみました。

公園に、真っ赤な葉っぱの植物(七福南天?)があったのでアップで撮ってみました。



又、ご覧のような黄色の花の植物があったのですが名前は分かりません。
「伊勢町もくせい公園」を過ぎたので、「くらやみ坂」を離れて東の方に行ってみました。
<掃部山公園に向かう>

道なりに暫く進むと、ご覧のような横浜駅根岸道路に出ました。

横断歩道を渡って東に進むと、下に京急線が通っている戸部橋がありました。

道路の右側に、明治12年(1879)創立の横浜市立戸部小学校がありました。
尚、私が卒業した横浜市立杉田小学校の創立は明治6年(1873)でした。 ← 関係ないですね!

校舎の入口には、再礎学温故と校歌の碑がありました。

又、今では珍しい二宮尊徳像があったので撮ってみました。

小学校の前に、ご覧のような建物があったので行ってみると、戸部コミュニティハウスでした。

又、コミュニティハウスの手前には御所山第二公園がありました。
<掃部山(かもんやま)公園>

道なりに先に行くと「戸部通り」に出て、コンビニの横を先に行くと掃部山公園の出入口がありました。
尚、戸部杉山神社からは30分程で掃部山公園に着きました。

「掃部山公園トイレのご案内」で現在地を確認しましたが、 何故か「掃部山公園案内図」ではありませんでした。

公園は山(丘?)の上にあるので、ご覧のような道を上って先に行ってみました。

途中に、ツワブキが咲いていたのでアップで撮ってみました。

公園の出入口(3ヶ所)の案内板の後に、小さな滝(?)が流れ落ちていました。

折角なので、滝をアップで撮ってみました。


又、横浜ランドマークタワーが間近に見えるようになったのでアップで撮ってみました。

ご覧のような階段があったので上ってみました。

公園には、ご覧のような銅像広場があって、広場の奥(南西方向)には井伊直弼像が建っていました。

広場に、大きな枝垂れ桜(?)があったので撮って、銅像の近くに行ってみました。

取り敢えず、井伊直弼像を撮ってみました。

井伊直弼は、近江彦根藩の第15代藩主で、安政の大獄や桜田門外の変で有名の人物で、横浜開港にも関わっています。
現在の掃部山は、明治初期に新橋駅と横浜駅(現在の桜木町駅)間の鉄道開通時には、外国人鉄道技師たちの官舎が建てられていましたが、明治17年(1884)にこの山を井伊家が買取し、大正3年(1914)に横浜市に寄付されました。
又、掃部山は、井伊直弼の官位であった掃部頭(かもんのかみ)から付けたようです。


折角なので、井伊直弼像をアップで撮ってみました。


井伊直弼になったつもりで、横浜港方面を撮ってみました。

ついでに、横浜ランドマークタワーと一緒に井伊直弼像を撮ってみました。
<JR桜木町駅に向かう>

井伊直弼像の後に、横浜能楽堂があるので掃部山公園を下りて外観を撮ってみました。

又、向かい側に、県立音楽堂があるので撮ってみました。

駐車場の先には、ご覧のような大クスノキがあったので撮ってみました。

包帯に巻かれている痛々しいそうなクスノキだったのでアップで撮ってみました。

大クスノキの奥には、ご覧のような県立青少年センターがありました。

県立青少年センターから紅葉坂(もみじざか)に出ると、向かい側に結婚式場の伊勢山ヒルズがありました。

紅葉坂を渡って、伊勢山ヒルズの前を通って中を覗いてみましたが、係りの人には見向きもされませんでした。

紅葉坂を下っていると、県立青少年センターの敷地内に金星太陽面経過観測記念碑があったので撮ってみました。
金星の太陽面通過は、金星が太陽面を黒い円形のシルエットとして通過していくように見える天文現象みたいです。


横浜ランドマークタワーが間近に見えるようになったのでアップで撮ってみました。



紅葉橋に遣って来ると、下を走っている桜川新道(?)が見えたのでアップで撮ってみました。


紅葉坂を更に下ると、国道16号線を渡る交差点「紅葉坂」が見えました。


折角なので、横浜ランドマークタワーを真下からアップで撮ってみました。

「動く歩道」が見えて来たので、「さくら通り」から上の「動く歩道」に乗れば桜木町に着けます。

「動く歩道」に乗ったので、左側に見えた帆船日本丸を撮ってみました。
<JR桜木町駅>

「動く歩道」を下りると、桜木町駅前に商業施設(?)があったので撮ってみました。
昔、JR桜木町駅の地下に大衆酒場(桜木町ゴールデンセンター?)があったので行ってみることにしました。
取り敢えず、駅前広場から近くの北改札(横浜駅)方面の飲食店街に行って地下の下り口を探すことにしました。
飲食店街をウロウロしてみましたが、地下の下り口は見つけられませんでした。

仕方がないので、駅前広場に戻って南改札(関内駅)方面に行って探すことにしました。
改札口の前を通って先に行くと、地下に飲食店がありそうな入り口を見つけました。
「ぴおシティ」が怪しそうなので行ってみると、16時過ぎたばかりなのに、どのお店も立ち飲み客で溢れていました。

どうにかカウンターとテーブル席があるお店を見つけたので、落ち着いて飲むことが出来ました。
今回の「回転福ねずみの戸部杉山神社~掃部山公園」は、年初めに「回転福ねずみ」のお参りが出来たので、子年の今年は何か良いことがありそうです。
又、横浜生まれの私は、掃部山公園、横浜能楽堂、県立音楽堂、紅葉坂など言葉だけでも懐かしい思いがしました。
尚、万歩計は、大して歩いていないのに18,000歩近くになっていました。