飲んでもブログ

飲んでいる時に付けたタイトルで間違いではありません。
趣味は山登りやハイキングとDVD映画の収集です。

野島公園をぶらり

2017年08月20日 | Weblog
 8月19日(土)は、京急線「金沢八景駅」の近くに行く用事があったので、帰りに金沢シーサイドライン「野島公園駅」から歩いて行ける野島公園に行ってみました。

<金沢シーサイドライン>



 シーサイドラインの下は工事をしていますが、金沢八景駅東西自由通路で京急線と結ぶ延伸工事みたいです(平成30年度末の供用開始?)。


 シーサイドラインから野島山が見えたので撮ってみました。

<野島橋>

 シーサイドライン「野島公園駅」で降りて、ご覧のような野島橋を渡って野島公園に向います。


 野島橋を渡ったので、振り返ってシーサイドラインと「野島公園駅」を撮ってみました。

 取り敢えず、水路沿いを歩いて旧伊藤博文金沢別邸に行ってみることにしました。

<水路沿いの道>

 野島橋を渡って左に行くと、水路沿いの道には屋形船や釣船などの船宿がありました。
 小公園の手前に遣って来ると、ご覧のようなススキがありました。




 見事なパフパフのススキだったのでアップで撮ってみました。

<小公園>

 ご覧のような閑静な小公園に着きました。


 沖に八景島シーパラダイスが見えたので護岸に行ってみました。


 八景島シーパラダイスを撮っていると、海で何か獲っている人達がいました。
 手に道具のような物を持っているので貝を獲っているかも知れませんね!?


 取り敢えず、八景島シーパラダイスをアップで撮ってみました。

<旧伊藤博文金沢別邸>

 小公園の右手に旧伊藤博文金沢別邸があるので行ってみました。


 この別邸は、明治31年(1898)に建てられた茅葺寄棟屋根の田舎風海浜別荘で、横浜市の有形文化財に指定されています。
 入館料は無料で入口でパンフレットも貰えます。


 玄関から上がってご覧のような廊下を通って、台所棟、客間棟、居間棟の順に回ってみることにしました。


 取り敢えず、台所に行ってみましたが、右の置きヘッツイは新しいものでした。


 調理場の裏に、4.5畳の部屋があったので撮ってみました。
 この部屋は居間のような感じがしますが、多分、使用人が使っていたのでしょうね!?




 廊下を通って客間棟の方に行ってみると、客間の手前に客用便所があったので撮ってみました。


 客間棟には「晴嵐の間」(12畳)と「帰帆の間」(12.5畳)の客間がありました。
 又、右側の廊下は畳敷(9畳)の廊下になっていました。






 客人になったつもりで、座る前に見事な庭園を撮ってみました。


 左の「帰帆の間」の床ノ間には、ご覧のような金屏風が置いてありました。




 金屏風に何が書いてあるのか分からなかったので「金屏風解説」を撮ってみました。


 「帰帆の間」を別の角度から撮って、内縁を通って居間棟に行ってみることにしました。


 内縁から居間棟が見えたので撮ってみました。


 途中、客間棟の後ろにある中庭が見えたので撮ってみました。


 居間棟には「秋月の間」と「夕照の間」の各8畳の居間があります。


 「夕照の間」の床ノ間に、ご覧のような掛け軸があったのでアップで撮ってみました。


 谷川俊太郎の詩のようですが、意味不明です。


 居間棟にも、ご覧のような便所があったので撮ってみました。


 又、ご覧のような立派な木製箱の風呂もありました。

 別邸を一回りしたので、庭園に出てみることにしました。


 残念ながら庭園には入れないので、石垣越しに庭園を見るしかありません。


 目の前に八景島シーパラダイスが見えたのでアップで撮ってみました。




 庭園を眺めながら、敷地の外れまで行ってみることにしました。


 敷地の外れに遣って来たので、垣根越しに別邸を撮ってみました。

 旧伊藤博文金沢別邸の隣りは牡丹園になっているみたいです。

<牡丹園>

 今の時期、牡丹は咲いていませんが、所々にベンチがあったので一休みすることにしました。


 目の前の木に梅(?)の実が生っていたので撮ってみました。


 梅の実が生る時期としては遅い感じがするのですが、取り敢えずアップで撮ってみました。


 園内を散策していると、ご覧のような芙蓉(フヨウ)が咲いていました。




 ピンク色の素晴らしい芙蓉だったのでアップで撮ってみました。


 ご覧のような歌碑があったので撮ってみましたが、何と彫ってあるのか読めませんでした。
 

 再び、旧伊藤博文金沢別邸の横を通って牡丹園の出口に向かいました。


 出口に着いたので、牡丹園の出入口を撮ってみました。


 出入口の雨樋が竹で出来ていて、珍しかったのでアップで撮ってみました。


 牡丹園を出て左に行くと、ご覧のような地図があったので現在地を確認しました。

<野島山展望台>

 駐車場横の山道を上って行けば、展望台へは450m程で着けるみたいです。


 この山道は舗装されていますが、車も来ないので歩き易い道路です。


 日陰を選んで山道を8分程登ると、道は二股に分かれていました。
 案内<展望台まで94m>が出ている左の方に行ってみました。
 ⇒ どちらからでも展望台へは行けたみたいです。


 山道を上っていると、展望台が見えたのでアップで撮ってみました。


 山道を上り始めて10分程で、展望台の下にある野島貝塚に着きました。


 野島貝塚は、横浜市の史跡に指定されていて、市内では現存する最古の貝塚みたいです。




 野島貝塚の奥に行って、八景島シーパラダイスと住友重機械工業の埠頭をアップで撮ってみました。


 野島貝塚の入口に、大きなサルスベリが咲いていたので撮ってみました。


 展望台の下に着いたので、展望台の上り口を撮ってみました。


 ご覧のような螺旋階段を上って展望台に行きます。


 展望台から八景島シーパラダイスをアップで撮ってみました。


 「海の公園」の方を撮ってみましたが、茶色の建物は横浜市の環境創造局金沢ポンプ場ですかね!? 


 シーサイドラインと「野島公園駅」を撮ってみました。


 あまり確かではありませんが、鷹取山も撮ってみました。


 野島貝塚から見えた住友重機械工業の埠頭は、木々に邪魔されていて良く見えませんでした。


 展望台を一回りしたので、ご覧のような降り口から下に降りました。


 展望台に上る時は気が付かなかったのですが、螺旋階段の下の床はご覧のようになっていました。


 展望台広場に出ると、かながわの景勝50選の「野島の夕映」の碑があったので撮ってみました。


 展望台に夕方までいる訳に行かないので、展望台を別角度から撮って野島神社に行ってみることにしました。


 展望台広場からは、来た山道に戻らないで別の山道から下に行ってみました。
 山道の途中に、ご覧のような石段があったので下りてみました。


 かなり急な石段で少し不安だったのですが、取り敢えず下に行ってみました。


 下に着くと、野島神社の案内があったのでホッ!としました。
 少し離れた所から降りてきた山道を撮ってみました。
 ⇒ どうやら、この山道は展望台に行く別ルートみたいです(このルートだときつかったかもね!)。

<野島稲荷神社>

 野島神社に着いたので鳥居を撮ってみました。


 野島神社は心霊スポットのような場所にあって、本社は石段の上にありました。


 手前の手水舎で身を清めてから本社に行ってみることにしました。


 石段の両脇には、何体かのキツネの像が建っていました。


 石段を上り切ると、左側に末社の船玉社があったので撮ってみました。
 

 船玉社の左側には、岩穴に祀られているも末社(?)もありました。


 又、船玉社の右側には、末社の大神宮や天神社があったので撮ってみました。


 ご覧のような手水舎が、本社の左側にもあったので撮ってみました。


 本社で、ここまで道に迷わないで来れたお礼を兼ねてお参りをしましたが、軒下の防犯カメラ(人体感知センサー付き?)が自動点灯するので正面は上手く撮れませんでした。




 少し離れたところから本社を撮って野島神社を後にしました。

 野島公園からは、道に迷うこともなくシーサイドライン「野島公園駅」に着くことができました。
 駅近くに地魚料理店があったので、一杯遣りながら遅い昼食を取りました。

 今回の「野島公園をぶらり」は、2時間程の散策でしたが念願の野島公園に行けたので大変満足しています。
 尚、万歩計は大して歩いていないので11,000歩を超える程度でした。
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江の島をぶらり(2017/8)

2017年08月14日 | Weblog
 8月13日(日)は、運動不足の解消を兼ねて江の島に行ってみました。
 江の島は、今年1月の「藤沢七福神めぐり(江の島編)」で来ていますが、島内をゆっくり回るのは2016年10月の「江の島散策と花火大会(前編)」以来になります。

<片瀬江ノ島>

 片瀬江ノ島駅に着いたので、龍宮城のような駅を撮ってみました。


 弁天橋からシーキャンドル(展望灯台)が見えたのでアップで撮ってみました。
 尚、手前に見える橋は片瀬橋です。


 江の島弁天橋を渡っていると、江島神社御鎮座記念龍燈籠があったので撮ってみました。

<海上遊覧>

 岩屋に行くので、江ノ島までは遊覧船(べんてん丸)で行ってみることにしました。
 



 遊覧船が出港すると、遊覧船の乗り場、背後に片瀬橋が見えたので撮ってみました。


 江ノ島から戻って来る遊覧船(第十べんてん丸)とすれ違ったので撮ってみました。


 遊覧船からシーキャンドルが見えたのでアップで撮ってみました。


 シーキャンドルと一緒に江の島の岩場を撮ってみました。


 折角なので岩場をアップで撮ってみました。

<岩屋に向かう>

 遊覧船が江ノ島に着いたので相模湾を撮ってみましたが、ご覧のような曇り空だったので富士山は見えませんでした。


 海辺の散策路を歩いているとご覧のような魚がいたので撮ってみました。


 又、ご覧のようなフナムシ(船虫)もいたので撮ってみましたが、子供達は気味悪がっていました。


 途中、ご覧のような岩場の下も通ります。


 海辺近くの散策路には、ご覧のような貝があったので撮ってみました。


 貝をアップで撮ってみましたが、食べられそうな貝ではありませんね!?


 分岐<岩屋、稚児ヶ淵>になっている階段下に着いたので、岩屋橋を渡って岩屋に行ってみます。

<第一岩屋>

 岩屋は長い歳月を経て波の浸食でできた洞窟で、第一岩屋と第二岩屋に分かれています。
 第一岩屋岩屋に入ると「岩屋の石造物」の説明板がありました。
 説明板に依ると、岩屋詣で奉納された石像物(約25体)が今でも残っています。


 ご覧のような薄暗い洞窟の中を進みます。


 右側の池に、与謝野晶子の歌碑「沖つ風 吹けば またゝく 蝋の灯に 志づく散るなり 江の島の洞」があったので撮ってみました。


 前に来た時は、ここで手燭(ロウソク)を貸してくれたのですが、今日は貸出はしていませんでした。


 雫が垂れているご覧のような洞窟の中を進みます。


 洞窟の中を暫く進むと、道が八臂弁財天坐像で二股に分かれていて「左から進んで下さい。」と書いてありました。


 八臂弁財天坐像をアップで撮って左に進んでみました。




 取り敢えず、歩きながら左側の石造物を撮ってみたのですが・・・


 一番奥に「江島神社の発祥の場所」があったので撮ってみました。
 尚、近くに「日蓮の寝姿石」や「扉の奥が富士山に通じている」の説明板がありましたが、暗くて分かりませんでした。

 帰りは、右側の道を通って第一岩屋を後にしました。

<第二岩屋に向かう>

 第二岩屋に行く階段を昇ると、ご覧のような見晴らしの良い場所に出ました。


 ここからは、ご覧のような散策路を通って第二岩屋に向います。




 途中、亀石が見えるのですが波が高くて亀に見なかったのでパネルと一緒に撮ってみました。


 第二岩屋の手前にご覧のような岩があったので撮ってみましたが、『危険に付き 立入禁止』と書いてある岩でした。

<第二岩屋>

 第二岩屋もご覧のような薄暗い洞窟の中を進みます。


 途中、「天女と五頭龍(江の島生まれの伝説)」があったのでアップで撮ってみました。








 第二岩屋の奥には、願い事が叶う龍が祀ってありますが、手を叩かなくても色が変わったので撮ってみました。


 第二岩屋を後に、ご覧のような散策路を戻って稚児ヶ淵に向かいます。

<稚児ヶ淵(ちごがふち)>

 「かながわの景勝50選」に指定されている稚児ヶ淵に着きました。


 後ろに回って稚児ヶ淵の素晴らしい眺めを撮ってみました。


 ご覧のような岩場の散策路を昇って上に行きます。


 踊り場に、ご覧のような石碑があったので撮ってみました。


 稚児ヶ淵を後に急な石段を上ると、海鮮料理の富士見亭があるので一休みすることにしました。
 ビールを飲みながら相模湾を眺めていると、真下に稚児ヶ淵が見えたので撮ってみました。

<龍宮大神>

 富士見亭から参道に行ってみると、ご覧のような龍宮大神がありました。


 今日は参拝客がいなかったので、岩窟入口の上にある巨大な龍の像を撮ることができました。


 又、中に入ってお参りをして写真も撮ることができました。

<奥津宮>

 参道の先に行くと、「八方睨みの亀」の絵がある奥津宮に着きました。
 拝殿が斜めに撮れていますが、敷石の手前の端は正常に撮れているのですが・・・


 杓文字(神威奉載、萬福招来)と一緒に本殿を撮ってみました。


 取り敢えず、本殿をアップで撮ってみました。


 「八方睨みの亀」の絵を撮って奥津宮を後にしました。

<山田検校の座像>

 山田流箏曲の開祖の山田検校座像があったので撮ってみました。

<手水舎>



 手水舎に鋳銅の亀がいたのでアップで撮ってみました。

<亀石と力石>



 亀石を撮りに行くと、左側に力石があったのでアップで撮ってみました。

<参道>

 参道を歩いていると「山ふたつ」に着いたので、いつものように撮ってみました。


 参道の土産物店に、映画『ローマの休日』で有名になった「真実の口」があったので撮ってみました。

<江の島サムエル・コッキング苑>



 苑内に入ると、夏の暑さに負けない「サンパチェンス」が咲いていたので撮ってみました。


 聘碧亭の脇を通ってシーキャンドルに行ってみました。




 途中でシーキャンドルが見えたのでアップで撮ってみました。


 シーキャンドルの下に着くと、エレベータに乗る人の長い行列が出来ていました。
 ⇒ 待ち時間が40分だったので、上に昇るには止めました。


 折角なので、下からシーキャンドルをアップで撮ってみました。


 ご覧のような竹灯籠のある散策路を通って出口に向かいました。


 振り返ると、木々の間にシーキャンドルが見えたのでアップで撮ってみました。


 出口近くに、ご覧のような影絵灯篭があったので撮ってサムエル・コッキング苑を後にしました。

<大道芸>

 サムエル・コッキング苑の前では、いつものように大道芸を遣っていました。




 見物人が少なくて立ち去れなかったので、終わりまで見てしまい寄付もしてしまいました。

<中津宮>

 中津宮に着きましたが、参拝客の行列が出来ていたので遠くからお参りをしました。




 中津宮を後に、石段下のヨットハーバーを撮ってみました。

 石段を下って、中津宮広場の前を通って奉安殿に行ってみました。

<奉安殿>



 奉安殿の手前に、「むすびの樹」があるので、いつものように脇から江の島弁天橋を撮ってみました。


 妙音弁財天像と八臂弁財天像が祀ってある八角円堂を撮ってみました。


 江の島エスカ―脇の銭洗白龍王で、お参りしている人達がいたので撮ってみました。

<辺津宮>

 辺津宮も参拝客が並んでいたので、遠くから撮ってお参りしをしました。


 参道の石段を下ると、右側にあった手水舎にも人が並んでいました。

<瑞心門>

 ご覧のような石段を下って瑞心門に向かいます。


 石段の上に、ここで物を拾うと幸運を授かると伝えられている「福石」があったので撮ってみました。


 瑞心門に、弁財天童子石像が祀ってあるので撮ってみました。


 瑞心門をくぐると下に、江島神社の赤い鳥居が見えたので撮ってみました。

<弁財天仲見世通り>

 これから通る仲見世通りを撮ってみましたが、ご覧のような人出でごった返していました。


 仲見世通りを抜けると、背後に市指定重要文化財の青銅の鳥居があったので撮ってみました。

 後は、江の島弁天橋を渡って湘南モノレール「湘南江の島駅」で大船駅に出て帰ることにしました。

 今回の「江の島をぶらり(2017/8)」は、特に新しい発見はありませんでしたが、万歩計が15,000歩を超えていたので、運動不足の解消にはなりました。
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ひまわりまつり(座間:2017)

2017年08月13日 | Weblog
 8月12日(土)は、「ひまわりまつり(8/10~8/15)」の座間会場に行ってみました。
 「ひまわりまつり(座間)」は、2013年8月「ひまわりまつり(座間)に行ってきました」で来ているので4年ぶりになります。

 昨日まで小雨が降ったり止んだりする生憎の天気で今朝も曇っていました。
 昨日からの空模様だと人出も少なそうなので、小田急線「相武台前駅」から直行バス(4本/時、200円)で行ってみました。
 ⇒ 直行バスに並んでいる人は殆どいなくてバスも座って行けました(ラッキー!)。又、係りの人の話では、遠くは神戸や銚子から一泊で来ている人もいると言っていました。

<新田宿エリア>

 直行バスは、座間会場の「新田宿エリア」近くに着きました。
 ご覧のような農道を通って、中央奥に見える「新田宿エリア」に向かいます。


 「新田宿エリア」をアップで撮ってみました。
 右側に展望台もありましたが昇っている人はあまりいません。


 「新田宿エリア」に着いたので、ヒマワリを撮ってみましたが、残念ながら後ろ姿でした。






 表に回ってヒマワリをアップで撮ってみました。


 他のエリアから回って来た人が、このエリアのヒマワリは陽に向かって咲いていると喜んでいました。








 陽に向かって咲いているヒマワリをアップで撮ってみました。






 素晴らしいヒマワリをアップで撮ってみました。




 蕾のヒマワリがあったので一緒に撮ってみました。


 ついでに、蕾をアップで撮ってみました。




 空と一緒にヒマワリを撮ってみたのですが・・・








 別の素晴らしいヒマワリを撮ってみました。


 ヒマワリの花に蝶の幼虫(?)がいたのでアップで撮ってみました。


 展望台(定員20人)に行ってみると、人が少なかったので昇ってみました。




 取り敢えず、右手と手前のヒマワリ畑を撮ってみました。




 手前のヒマワリ畑をアップで撮ってみました。


 「新田宿エリア」の歩いて来た方向を撮ってみました。






 奥に見えた素晴らしいヒマワリ畑をアップで撮ってみました。




 手前下のヒマワリ畑を撮って、展望台の下に行ってみました。


 この辺りのヒマワリ畑は、陽当たりが悪いのか(?)蕾が沢山ありました。






 開きかけた蕾があったのでアップで撮ってみましたが、花は折り畳んであるみたいですね!?


 開きかけた蕾と一緒にヒマワリを撮ってみました。




 「新田宿エリア」のヒマワリを撮って「ざまりん広場」に行ってみました。

<ざまりん広場>

 売店や休憩所のある「ざまりん広場」に着いたので撮ってみました。
 12時には少し早かったのですが、席が空いていたので一杯遣りながら休憩することにしました。


 暫くすると「ざまりん」が遣って来たので撮ってみました。


 暑かったのでチューハイと地元の発泡酒「座間ひまわりエール」を飲んでみました。


 係りの人がテーブルにヒマワリの切り花を持って来てくれたので撮ってみました。


 「ざまりん広場」の前にもヒマワリ畑があったので行ってみました。








 素晴らしいヒマワリを撮って、次は「座間エリア」に行ってみました。

<座間エリア>

 「座間エリア」の展望台は、午後から晴れたので(?)昇る人の長い行列が出来ていました。


 ここにもご覧のようなゲートがあったので中に入ってみました。








 取り敢えずヒマワリを撮って、相模川の河川敷を歩いてみることにしました。

 河川敷は、「相模の大凧まつり」の時などはかなり人が歩いていますが今日は殆どいませんでした。

<相模川の河川敷>

 座架依橋(ざかえばし)の近くに遣って来ると、素晴らしいサルスベリが咲いていたので撮ってみました。


 座架依橋に大凧が留まっていたのでアップで撮ってみました。


 座架依橋の下は「ひまわりまつり」の臨時駐車場になっていました。




 座架依橋を越えて暫く進むと、別のヒマワリ畑があったのでアップで撮ってみました。


 河川敷にご覧のような大きな木があったので近くに行ってみました。




 近くに行ってみるとベンチがあったので木陰で一休みすることにしました。


 実が生っていたので撮ってみましたが、ナンジャモンジャ(クスノキ)ですかね!?


 別の場所にもご覧のような大木があったので撮ってみましたが、名前は分かりません。


 河川敷から土手を昇れば上の散策路に出れそうなので行ってみることにしました。


 足元に、ご覧のような黄色の花が咲いていたのでアップで撮ってみましたが、これも名前は分かりません。


 河川敷に戻って歩いていると、右側の道路脇に看板<岩盤浴&デイドックスルーム>が出ていました。

 ”岩盤浴”に魅かれて下の施設(フットサルクラブ「シンドバット座間」)に行ってみました。
 入口にいた女性が、今日はコスプレで貸切ですと申し訳なさそうに言ってくれました。
 ⇒ 河川敷を歩いている時に、茶髪や化粧の濃い女性が何組かいた理由が分かりました。




 「シンドバット座間」を後に、道路を歩いていると道端に野葡萄(?)が咲いていたのでアップで撮ってみました。


 「相模の大凧まつり」の新戸会場の前に着いたので、「観光休憩所あらいそ」で一休みすることにしました。




 横断歩道を渡って凧揚げ会場に行ってみましたが、人影はありませんでした(当然ですよね!)。




 休憩所に白いサルスベリが咲いていたのでアップで撮ってみました。

 ここまで遣って来ると、JR相武台下駅までは10分程で着いてしまいます。




 近江屋橋に着いたので、いつも以上に水量の多い鳩川(?)を撮ってみました。

 JR相武台下駅に着くと、上りの電車が遣って来たので待たずに乗ることが出来ました。
 海老名駅に着いたので、駅前近くのいつも行く居酒屋で一杯遣って帰りました。

 今回の「ひまわりまつり(座間:2017)」は、天候が危ぶまれたのですが雨に降られなくてツイていました。
 又、人出もそれほど多くなくてヒマワリが堪能出来たので良かったです。
 尚、万歩計は大して歩いていないので10,000歩を超える程度でした。
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大山街道:下鶴間宿(大和市)

2017年08月06日 | Weblog
 8月6日(日)は、大和市にも大山街道の下鶴間宿があったので出掛けてみました。
 国道246号線の「東名入口(横浜町田)」付近から大山街道を散策しながら小田急線「鶴間駅」まで歩いてみます。

<南町田>

 「東名入口」へは、「中央林間駅」で東急田園都市線に乗り換えて「南町田駅」から歩くことにしました。
 「南町田駅」で降りるのは初めてなので、取り敢えず、北口を撮ってみました。
 

 北口の前は、現在、整備工事中で商業施設などはありませんでした。
 取り敢えず、2019年度開業予定の「南町田拠点創出まちづくりプロジェクト」のポスターを撮ってみました。

<国道246号線>

 「南町田駅」からは5分程で国道246号線に着きました。
 ここからは、ご覧のような横断歩道橋を渡って「東名入口」に向います。


 横断歩道橋から国道246号線の大和方面を撮ってみました。
 尚、上の道路は国道246号線のバイパスで、奥に見える左右の高架道路は保土ヶ谷バイパス(国道16号線)です。

<東名入口>

 ご覧のような「東名入口」交差点を渡って大山街道を目指します。
 「東名入口」は国道の246号線と16号線が交差しているので、渡るのには時間がかかります。


 大山街道は、「五貫目町」までは国道246号線と並行している道路なので車では通ったことがありますが、歩くのは初めてです。
 道に迷っても仕方がないので、大山街道へは車と同じような行き方(国道16号線沿いを左折)にしました。

<大ヶ谷戸(おおがやと)庚申塔>

 大山街道に入って7分程歩くと、バス停「大ヶ谷戸」の傍に「大ヶ谷戸庚申塔」があったので撮ってみました。
 中央には、庚申塚(?)と刻まれた塚がありました。


 「大ヶ谷戸庚申塔」を後に、ご覧のような閑静な街道を進みます。

<日枝神社>

 街道を暫く下ると、左側に鳥居があって境内には消防自動車が停まっていました。




 奥に、社殿があったので、お参りしてから扁額を撮ってみました。


 左奥に、ご覧のような大六天社があったので撮ってみました。


 どうやら日枝神社は、消防分団の後にあったようで、ご覧のような火の見櫓が見えたのでアップで撮ってみました。

<圓成寺(えんじょうじ)>

 「日枝神社」を後に街道を暫く下ると、右側に「圓成寺」の山門があったので入ってみました。


 本堂で、ここまで道に迷わないで来れたお礼を兼ねてお参りをしました。


 境内に、ご覧のような大きな桜(?)があったので撮ってみました。
 周りにはベンチが設けられていたので、お花見には持ってこいですね!?


 又、立派な鐘楼があったので撮って、「圓成寺」を後にしました。

<五貫目町>



 「五貫目町」に着いたので、「目黒」の交差点までは国道246号線沿いを大和方面に向って歩きます。

<目黒の交差点>

 「目黒」の交差点で、陸橋下を通って八王子街道の反対側に出ます。


 近くにあった鶴間橋から、これから渡る境川に架かる鶴瀬橋を撮ってみました。


 鶴瀬橋から境川の上流方面を撮ってみました。
 尚、境川は武蔵国と相模国の国境に流れていたので、ここからは大和市になります。

<観音寺(かんのんじ)>

 鶴瀬橋を渡ると右側に、ご覧のような「観音寺」がありました。


 境内に入ると、右側に金亀坊稲荷があったので行ってみました。


 由緒などは分かりませんが、失礼して内部を撮らせていただきました。


 又、左奥に弁天堂があったのでこちらも撮ってみました。


 正面に戻って、ご覧のような山門を通って本堂に向います。




 参道の左側に、大慈大悲観世音菩薩が立っていたのでアップで撮ってみました。


 右側にあった手水舎で、身を清めてから本堂に向います。




 本堂でお参りしてから山号(鶴間山)を撮ってみました。


 参道を戻ると、右手にご覧のような太子堂があったので撮ってみました。


 山門をサルスベリ越しに撮って、「観音寺」を後にしました。


 観音寺前の横断歩道を渡って、ご覧のようなバスが通る大山街道を進みます。

<大山阿夫利神社御分霊社>

 街道を暫く進むと、右側に「大山阿夫利神社御分霊社」があったので行ってみました。


 取り敢えず、赤い鳥居をアップで撮ってみました。


 右奥に、「金運・長命 大国主大神 出世 太閤豊臣秀吉公霊」の立札のある祠がありましたが、御利益と御霊の関係が良く分かりません。


 社殿の手前に、ご覧のような可愛らしい手水があったので撮ってみました。


 取り敢えず、社殿でお参りをしましたが、由緒書がないので詳しいことは分かりません。


 境内の奥に行くと、ご覧のような「新田義貞公之像」があったので撮ってみました。


 又、入口の左に「新田軍の鎌倉進撃路」の地図が掲げてありました。


 大山街道に戻ると、「新田義貞公鎌倉進撃路」と「相州鶴間村宿」の碑があったので、新田軍はここで泊まったかも知れませんね!?

<下鶴間ふるさと館>

 街道を暫く歩くと、交差点の先に、ご覧のような住宅(旧小倉家)が建っていました。


 住宅の外に、「高札場」があったので行ってみました。


 3種類の太政官の高札が掲げられていたので撮ってみました。

 「高札場」を撮ってから、後の「下鶴間ふるさと館」に行ってみました。


 入口の右側に、明治4年頃の下鶴間宿の写真があったので撮ってみました。
 

 入口でパンフレットを貰って中に入ると、ご覧のような土蔵と母屋が建っていました。


 取り敢えず、母屋を撮って中に入ってみました。
 尚、母屋には土間と4つの和室があります。


 土間に、ご覧のような下鶴間宿のジオラマがあったので撮ってみました。




 奥の和室に、箪笥や長持が置いてあったので撮ってみました。


 8畳の奥座敷を撮ってみました。


 奥座敷の縁側から、ご覧のような桶が見えたので撮ってみましたが、何に使った物ですかね!?


 奥座敷の手前には、囲炉裏のあるご覧のような床板の座敷がありました。


 ご覧のような神棚(?)もあったので撮ってみました。




 母屋と土蔵の外側を撮って、「下鶴間ふるさと館」を後にしました。


 大山街道に戻って、ご覧のような坂道を上っていると、騒々しいアナウンスがするので左の方に行ってみました。

 (有)さがみ水産の脇を通って道なりに5分程歩くと、コミセン下鶴間会館に着きました。
 コミセンの上の方からアナウンスが聞こたので裏の階段を昇ると、何と「下鶴間諏訪神社」の境内の外れに着きました。
 ⇒ 「下鶴間諏訪神社」へのこの行き方は、私の好きな裏道かも知れませんね!?

<下鶴間諏訪神社>

 赤い鳥居が見えたので、正面まで行って鳥居を撮ってみました。


 境内の右手に、ご覧のようなテントがあって騒々しいアナウンスがするので行ってみました。




 「下鶴間こども相撲大会」を遣っていて、勝負一番づつの実況中継をしていました。


 騒々しいアナウンスの正体が分かったので、境内を散策することにしました。
 奥に見えるのが拝殿です。








 参道の右側に、ご覧のような境内社があったので撮ってみました。


 又、左側には、ご覧のような御神木の椎の木がありました。


 手水舎で身を清めて拝殿に行ってみました。


 拝殿でここまで無事に来れたお礼を兼ねてお参りをしました。


 お参りしてから「諏訪大明神」と刻まれた扁額を撮ってみました。


 

 ついでに、扉や向拝の立派な彫り物もアップで撮ってみました。


 拝殿の左側に、ご覧のような元宮があったので撮ってみました。


 「下鶴間諏訪神社」を後に、裏道を通って大山街道に戻りました。

<下鶴間不動尊>

 街道に戻ると、向かい側に「下鶴間不動尊」の急こう配の階段がありました。


 階段を昇り切ると、ご覧のような本堂があったので撮ってみました。


 失礼して、不動尊が祀られている内部を撮らせていただきました。


 隣りに、天神様と蚕神様が祀られている祠があったので撮ってみました。


 急こう配の階段を降りて、街道に戻ると「下鶴間宿説明板」があったので撮ってみました。

<鶴林寺(かくりんじ)>

 説明板の隣りに、「鶴林寺」の参道があったので上ってみました。


 本堂は、想像に反して鉄筋コンクリート造りだったので少し拍子抜けしました。
 尚、「鶴林寺」は隣の「下鶴間不動尊」からも来れたみたいです。


 取り敢えず、三つ葉葵のある香炉を撮ってみました。




 境内を散策していると、ご覧のような鐘楼と六地蔵尊があったので撮ってみました。


 参道から下の大山街道を撮ってみましたが、外塀が何となく古風な感じがしますね!?

<鶴間駅に向かう>

 「鶴林寺」を後に街道を暫く歩くと、右側に「子育て地蔵尊」があったので撮ってみました。


 向かい側に、「渡辺崋山とまんじゅうや(土屋家)」の解説板がありました。
 近くに土屋家がないか探してみたのですが見当たりませんでした。


 「子育て地蔵尊」から暫く歩くと、今度は「厄除け地蔵尊」があったので撮ってみました。

 鶴間駅に向かって歩いていると、北西の方角にイオンの赤い看板が見えたので行ってみました。
 イオンに着いたのですが、鶴間駅の近くにある「イオンモール大和」ではなく、「イオンつきみ野店」でした(ガックリ!)。
 仕方がないので、県道50号線を通って「中央林間駅」に行くことにしました。

 今回の「大山街道:下鶴間宿(大和市)」は、「厄除け地蔵尊」迄はそれなりに順調だったのですが、最後にずっこけてしまって残念です。
 尚、万歩計は、それなりに歩いたので18,000歩近くになっていました。
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