飲んでもブログ

飲んでいる時に付けたタイトルで間違いではありません。
趣味は山登りやハイキングとDVD映画の収集です。

円覚寺と建長寺をぶらり(建長寺編)

2011年12月28日 | Weblog
 円覚寺を見学した後、JR横須賀線を超えて弁天堂茶屋から見えた煙が漂っている方を目指して鎌倉街道を鎌倉方面へ向かいました。
 どうやら煙の正体は陶芸屋さん(?)の窯焼きの煙みたいでした。陶芸屋さんに立ち寄っても良かったのですが時間が掛かりそうなので今回は諦めて鎌倉街道沿いにある東慶寺に向かいました。

<東慶寺の山門>


<金仏が遠くに見える参道>

 拝観料(100円)を払って山門をくぐると真正面に小さな金仏が見える参道があります。参道の両脇には梅の木があって梅が咲いたら見事な眺めだと思います。
 参道の左側に「鐘楼」とその隣に茶室「寒雲亭」、そして暫く進むと右側に「書院」とその隣に「本堂」があります。
 
<鐘楼>

 ご覧の用な年期の入った梅の木があり梅が咲いていればこちらも見事な眺めに違いありませんね!

<本堂>


<本堂に祀ってあるご本尊の釈迦如来坐像>

 東慶寺は1285年(弘安8年)に北条時宗夫人の覚山志道尼が開いた尼寺ですが、先ほど見学したように同尼は時宗の菩提のために円覚寺の黄梅院に華厳塔も建立しています。
 時宗は1284年に亡くなっていますので、没後すぐに東慶寺と華厳塔が建てられたことになります。覚山志道尼は時宗思いの素晴らしい夫人であったに違いありませんね!
 ところで、女性の側から離婚できなかった封建時代に、東慶寺に駆け込めば離縁できる女人救済の寺として明治に至るまで「縁切りの寺法」を引き継いでいました。現在は、尼寺も閉じられて禅寺になっています。

<金仏をアップ>

 本堂を過ぎると小ぶりな金仏があります。柔和な顔つきからすると女性の仏様ですかね?

<さざれ石>

 松ケ岡宝蔵(15時30分で閉館)の前に国歌に詠まれているものと同じ「さざれ石」がありました。珍しかったので写真に撮りました。
 「さざれ石」の先は墓苑になっていて歴代尼僧墓所もありました。写真も撮ったのですが掲載は?


<浄智寺(じょうちじ)の入口>

 浄智寺は1281年(弘安4年)に執権北条時頼の三男宗政の菩提を弔い、宗政とその子師時を開基として宗政の妻が建立した寺で、鎌倉五山の第四位の格付けになっています。現在の建物は関東大震災後に再建されたものとか。

<鐘楼門>

 石段を登ると正面に立派な鐘楼門があります。

<曇華殿>

 お詣りしている人も一緒にパチリ!


 曇華殿にはご本尊の三世仏坐像(阿弥陀、釈迦、弥勒の仏像)が祀られていますが上手く撮れませんでした。仏様が二重に写っていますが、写真を撮るのを邪魔したのかも?

<素晴らしい紅葉をパチリ>


<鎌倉・江の島七福神の布袋尊>



 布袋尊のお腹を撫でると元気が貰えると書いてあったので、お腹と頭と指もついでに撫でてみました。布袋様をどうして布袋尊と書いてあるのか?ぶつぶつつぶやきながら浄智寺を後にしました。


<建長寺の天下門>


<境内図>

 天下門をくぐると大きな駐車場があり、先ずは境内図で全体を把握。総門、三門、仏殿の並び順は先ほど見学した円覚寺と同じだなと少しエヘン(当然ですよね!)。
 建長寺は1253年(建長5年)に北条時頼が創建したもので、鎌倉五山の第一位に格付けされている臨済宗建長寺派の大本山です。どおりで他の寺と比べると敷地や建物のスケールが違います。因みに円覚寺は鎌倉五山の第二位に格付されています。

<総門>

 総門をくぐると受付があり入山料(300円)を払います。

<三門>



 総門の先に高さ約30mの三門(重要文化財)がそびえ立っています。三門の上部をアップしてみました。なにしろデカいですよ!

<仏殿>

 三門の先に大きくそびえているのが仏殿(重要文化財)です。NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」のお江の方の東京芝増上寺の霊屋を建長寺が譲り受けたものらしいです。

<ご本尊の地蔵菩薩像>

 ご本尊が地蔵菩薩像とは珍しいですね!

<法堂(はっとう)の千手観音像と釈迦苦行像>

 仏殿の奥にあるのが法堂(重要文化財)ですが、近すぎて写真に撮れませんでした。その代り法堂に祀られているご本尊の千手観音像(奥)と釈迦苦行像(手前)を撮りました。

<法堂の雲龍図>

 法堂の天井に描かれた雲龍図ですが、円覚寺の仏殿に描かれている雲龍図(白龍図)と比べると建長寺の方が新しく描かれた感じがします。

<唐門(からもん)>

 法堂を暫く進むと唐門(重要文化財)がありますが通り抜けはできません。

<方丈(龍王殿)の庭園>

 唐門の先が方丈(龍王殿)で、ここが建長寺の最奥の建物です。龍王殿に上がって写真を撮ろうとしたのですが「座禅中は写真撮影禁止」の注意書きがあって撮れませんでした。
 その代り、龍王殿の奥にある庭園(名勝史跡になっている)が素晴らしかったのでこちらを撮りました。

これで建長寺は一通り見学しました。帰り道の案内板に「天園ハイキングコース」の名前が出ていました。もしかしたら天園ハイキングコースから建長寺に入れば入山料(300円)は取られなかったかも?

 建長寺を後に北鎌倉駅に戻り、17時前には大船駅に着きました。大船の居酒屋で一杯遣っているとTVで「よこはまコスモワールド」のイルミネーションがボリュームアップされていました(そうだ今日はクリスマスイブ!)。
 根岸線で大船駅から桜木町駅までは30分位で行けるのでイルミネーションを見学してから帰ることにしました。以下、「よこはまコスモワール」で撮ったものです。













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円覚寺と建長寺をぶらり(円覚寺編)

2011年12月26日 | Weblog
 12月に入り、めっきり寒くなり山登りやハイキングもシーズンオフに入り運動不足気味なので近くの鎌倉アルプス(北鎌倉駅⇒勝上けん展望台⇒瑞泉寺⇒鎌倉駅)でも散策しようと思い出かけました。
 北鎌倉駅に14時頃に着きましたが、円覚寺の見学だけで1時間近く掛かってしまい、結局、建長寺に着いたのが15時30分頃でした。これから建長寺を見学して鎌倉駅まで行くとなると途中で日が暮れてしまい、又、寒くなるので今回は鎌倉駅には行かないで北鎌倉駅に戻りました(これってサボりと言うのですかね!)。

<円覚寺の総門へ向かう階段>

 円覚寺は以前にも来たことはありますが全てを見学したことはありませんでした。高校時代の歴史で「円覚寺の舎利殿…」を習ったのを覚えていた(言葉だけで中身は?)ので良い機会なので行ってみようと思いました。

<境内配置図>

 配置図を見ると見学する所は30箇所以上ありそうです。

<三門>

 受付で拝観料(300円)を払って直進すると「三門」があり、その先が「仏殿」です。

<仏殿>


<仏殿に祀ってある御本尊>


<仏殿の天井>


<唐門>

 「仏殿」を出て暫く歩くと「唐門」があり、唐門をくぐると左に百体の観音様が祀ってある「百観音」があります。ここには方丈(禅林の住持の居間)があります。

<百観音の一部> 

 写真の奥に写っているのが唐門です。

<石に彫ってある観音様>


<方丈の庭園>


<妙香池(みょうこうち)>

 妙香池は、円覚寺創建当初からの放生(ほうじょう)池らしいです。池の淵の岩には「虎頭岩」の立札(中央やや左)がありますが、どれが「虎の頭」なのか分かりませんよね?

<国宝:舎利殿に入る門>

 奥に小さく写っているのがかの有名な舎利殿、やはり舎利殿の中身は?

<仏日庵(開基廟)>

 あまりに見事な茅葺き屋根なのでパチリ!

<白鹿洞(びゃくろくどう)>

 立札に「当寺落慶開堂の日 この洞中より一群の白鹿が現われ 開山国師の法廷に列した」とありましたが、こんなに細いところを鹿の一群が通れるんですかね?

<黄梅院(おうばいいん)の山門>


<黄梅院に続く道>


<黄梅院に続く道から木々を激写>

 秋なら紅葉が素晴らしいかも?
 
<黄梅院>

 立札に「時宗公夫人の覚山尼が時宗の菩提のために建立した華厳塔の地に、後に足利氏が夢窓国師の塔所として建立した」とありました。
 ここが円覚寺の一番奥(境内配置図では一番上)で後は下るだけです。

<国宝:洪鐘(おおがね)>

 鎌倉時代の梵鐘で、北条貞時が国家安泰を祈って寄進したもの。右に写っている人と比べるとその大きさが分かりますね!

<洪鐘の裏をアップ>

 洪鐘には「… … 風調雨順 国泰民安」の文字も刻まれていました。

<弁天堂>

 弁天堂の横の茶屋で甘酒を飲んで小休止。高台なので見晴がよく白い煙が漂っている所にお寺さんみたいなのがあったので後で立ち寄って見ることにしました。

<選仏場>

 出(入)口の近くに選仏場があり坐禅場なのですが当日は弓道を遣っていました(建物の左側の外に的)。建物の中に道着を着た女性が左の方に写っています。

<弓道場の的をパチリ>

 誰かが的に当たるまで見て居たかったのですが、3人遣って残念・無念!!!

 写真を撮ったり小休止をしたりしてのんびりしていたので、円覚寺だけで一時間位掛かってしまいました。当然ですよね!
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大船・定泉寺の「田谷の洞窟」をぶらり

2011年12月12日 | Weblog
 大船駅から歩いて30分位の所にラドン温泉と「地下の大伽藍(田谷の洞窟)」があると聞いたので面白そうなので行って見ました。バスも有るみたいなのですが歩いてみました。JR大船駅の西口から柏尾川沿いに戸塚方面に北上して環状4号の笠間橋下を左折して二つ目(?)の信号の田谷交差点を右折すると5分位の所にあります。

<閉館していたラドン温泉>

 「田谷の洞窟」の看板を目印に歩いていると看板の手前にラドン温泉がありました。ラドン温泉は今年の6月30日に閉館していて「 ドン温泉」になっていました。田谷の洞窟を見学した後に入ろうと思っていたので残念! 

<「田谷の洞窟」の看板>


<定泉寺の登り階段>


<定泉寺>

 宗派は真言宗で境内には修行大師(弘法大師)像もありました。田谷の洞窟は鎌倉時代に真言密教の修行場として作られたもので正式名称は田谷山の瑜伽洞(ゆがどう)と言うそうです。

<諸国行脚中の弘法大師>

 
<入洞の心得(入洞前)>

 400円/人の拝観料を払うとお灯明のローソクが貰えます。心得には、「弘法大師と全国百八十八札所を巡拝する霊場」、「巡拝は『行者道』の標識に従って進む」などの注意書きがあります。
 又、洞窟内は「喫煙・撮影禁止」の注意書きもありますので残念ながら写真は撮れませんでした。右側に写っている道が洞窟への入口です。

<洞窟の入口>

 「入洞の心得」の右側にある洞内の入口です。田谷の洞窟は全長1Kmに渡る地下霊場で、現在一般公開されているのはその約3分の1と言うことです。(不謹慎ですが)さあ探検です!

<入洞の心得(入洞後)>

 洞内の入口から入ってまた同じ場所に戻ってきます(30分位かかりました)。心得の手前に写っているようにローソクを手燭(ローソク立て)に立てて(所どころに灯りはありますが)洞内を進みますが、ゆっくり歩かないとローソクが消えそうになります。
 洞内は密教曼陀羅の図が岩壁や天井の壁に所々刻まれていますが、暗い中でこれだけ良く彫ったものだと驚くやら感心するやら(思わず合掌)。又、途中には修行者が集まった比較的広い所や川もありました。

<入洞後は境内の木々も素晴らしく見えます>

 左側に小さく写っているのが弘法大師像です。

<厠(かわや)の立て看板>

 洞窟に入る前は気が付かなかったのですが、定泉寺の登り階段の左に厠(かわや)がありました。立て看板に「大小便時 當願衆生 燭除煩悩 滅除罪法  おんくろうだのううんじゃく」と書いてありました。
 意味は解りませんが、何となく御利益がありそうなので撮ってみました。
 最後の「おんくろだのう うんじゃく」は呪文でこれを唱えながらトイレを掃除すると臨時収入があるらしいですよ!
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いちょう団地で富士見

2011年12月05日 | Weblog
 朝起きたら青空だったので今日の境川散策は富士山が拝めるのではないか(?)と勇んで出かけました。散策路は横浜市と大和市の境になっている境川の袂の「境橋」から「いちょう団地」までのいつも川沿い遊歩道です。
 この時期の散策は、花も咲いていない川沿いをただ歩くだけですが、今回は終盤近くの「本興寺(ほんこうじ)」の紅葉と富士山のビューポイントがある「いちょう団地」を目指しました(約1時間半の散策予定)。

<本興寺の山門>

 いつもは東海道新幹線の跨線橋を渡って本興寺の裏(裏門はありません)から本堂に向かうのですが、今回は時間もあったので山門から入りました。

<本興寺の仁王門>

 山門から100m位のところに例の仁王門があります。

<本興寺の本堂>

 宗派は日蓮宗で、寺宝の「絹本著色法華宝塔曼陀羅(けんぽんちゃくしょくほっけほうとうまんだら」は横浜市の指定有形文化財(絵画)に指定されているようですが拝んだことはありません。

<境内の紅葉>


<黄色と赤のコントラストが素晴らしい>

 イチョウは横浜市の名木古木に指定されています。

<イチョウとモミジを別角度から>

 
<道路から撮った「いちょう団地」>

 本興寺を出て下ると街路樹がイチョウ並木の「いちょう団地」があります。

<富士山のビューポイントから撮った「いちょう団地」>

 いちょう団地は、神奈川県の横浜市泉区と大和市との境を流れる境川で二分されたかなり大規模な団地で、横浜側の「いちょう上飯田団地」48棟2238戸、大和側の「いちょう下和田団地」31棟1394戸に別れています。世帯の約2割が外国人だと言われています。
 中央に団地を横切って左右に細長く写っているのが新幹線の線路で、右側が東京方面行き左側が大阪方面行きです。

<ビューポイントから撮った富士山>

 写真だと小さく撮れてしまいますが、それなりに素晴らしい光景ですよ!ビューポイントは周りの皆さんに迷惑がかかるので内緒です。
  
<富士山をズーム> 






<いちょう団地と田んぼ>

 いちょう団地の周辺にはご覧のような田んぼが未だあり、昔は農村だった面影が残っています。

<大津家 長屋門>

 田んぼの近くに長屋門もありました。長屋門は封建時代には家格の象徴で、農村では村役人の屋敷に建てられていたらしいです。江戸末期の建物で大和市の重要有形文化財にもなっています。

<ついでにわが家の金柑も撮りました>

 いちょう団地の富士見から帰って来て、わが家の金柑もご覧のように色づき始めていたので記念に撮りました。これから金柑酒を造って飲むのが楽しみです。 
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