虫干し映画MEMO

映画と本の備忘録みたいなものです
映画も本もクラシックが多いです

ミリオンダラー・ベイビー (2004/米)

2005年06月02日 | 映画感想ま行
MILLION DOLLAR BABY
監督: クリント・イーストウッド 
出演: クリント・イーストウッド  フランキー・ダン
   ヒラリー・スワンク   マギー・フィッツジェラルド
   モーガン・フリーマン    エディ・“スクラップ・アイアン”・デュプリス

 ボロいボクシングジムを経営するフランキーは、ボクサーを慎重に育てようとするあまりに試合を待たせることが多く、有望選手に逃げられてしまう。そんな時に彼に鍛えてくれと言ってきたのが31歳のマギー。女はコーチしないと断ったが、あきらめずにくいさがるマギーはついにフランキーをトレーナーにする。
 そして短期間で実力をつけ、KO勝ちを重ね、タイトル戦にまで挑戦する。

 泣かされました。でもちょっと複雑。「士は己を知るもののために死す」という言葉の意味で「相知る」人間のドラマだった。
 自分で納得出来るレベルまで、この映画で波立ったものを落ち着かせることが出来るには少なくとも後2,3回見なければダメ。なのでまだ箇条書き。いずれ書き直していきたい。
 影と闇が印象に残る映画だった。 

・ いかにも今のアメリカっぽいと思った。観光旅行でさえ行ったことがないのにえらそうで口幅ったいけれど。一昔前だったら「ロッキー」になるんでしょう。ダメダメ状態からチャンピオンになる。そして支えてくれる恋人と友がいる…みたいな感じで。しかしこの主人公は女性で、しかも闘わずには生きられない、人の残り物を食べても自分の力で生き抜く、妥協を嫌う生まれながらの闘士。血を湧かせるボクシングの魔力には今ひとつ鈍感な私でも関係なく、彼女が誇り高いファイターの天性に生きる人間であることがわかる。でも愛情を求めても得られず、生き方を認められない。
・ マギーがのし上がっていく過程や、家族の描写なんかはいささか紋切り型な感じはする。もちろんそれが、同志として、擬似父娘、師弟としてあの頼みごとが出来るまでに信頼を築く様子を描くことになっている。
・ それに私にとってかなり衝撃的だったのは、やはり宗教の関わり方。フランキーは自分で持ちきれないものを神に預けようとして預けきれないようだったが、結局自分で背負うことにしたのだ。
・ 作中、ゲール語やアイリッシュに関するものが重要なファクターになっていて、その意味がわかるともっと理解できるだろうに、と残念。あれは欧米社会では共通常識なのだろうか。 
・ モーガン・フリーマンは相変わらず素晴らしかった。後姿からボクサー上がりみたいに見える。肩の下がり方も、ショーシャンクなんかと微妙に違う。ヒラリー・スワンクも、マギーという女性を、ほかの誰にも出来そうもないくらい実に現実感を持って見せてくれたと思う。
・ 無駄なシーンがないほどきちんと組み立てられてる映画だと思ったけれど、今までの映画にあった、畳み掛けてくるように緊張感が張り詰めるシーンがない。素材のせいだろうか。
・ 私は6ヶ月間呼吸器をつけ、寝たきりになった明治生まれの女性の介護をしたことがある。人並み以上の能力とプライドを持った人だった。もし私が呼吸器をつけなければ生きられない時は、そのままにしておいてほしいと、個人的に思っている。