虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

3、4 歳児のグループレッスン  個性に合わせた働きかけ 2

2011-05-21 14:10:54 | 日々思うこと 雑感
4歳前後の子たちに、
4方からのぞけるようになっている写真のような箱と、ある方向からのぞいている人形を見せて、
「ビッグバードには、何が見えるのかな?」とたずねると、
首をかしげます。

それで、子どもたちを呼んで、
ビッグバードののぞいている穴から中をのぞかせてあげると、
「あっ、しっぽが見えるー!!」と
びっくりした声をあげてはしゃぎます。

その方向から、どんな風に見えるか想像がつかなくて、
実際、目で確かめることができると心から感動するようなのです。
この年齢の子たちは、面白いです。
そうしたひとつひとつの現実にいちいちびっくりできて、心から感動できるところが……。

10つぶの小豆が入っている1000までの数で遊べる道具もままごとで人気でした。
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レッスンに参加している☆ちゃんと○ちゃんは、直観が優れている子たち、
★ちゃんは感覚が優れている子です。

感情や思考が優れている子らも、何かをインプットしたりアウトプットする際は、直観か感覚のどちらかに寄っているので、
この2つのタイプへの(直観か感覚)対応を参考にしていただけたらと思います。

感覚が優れている子は、
根気があって、一度はじめたら集中して取り組む子が多いので、だんだんと器用になっていく子が多いです。
このタイプの子が不器用になるのは、
ある年齢まで手作業をあまりさせず、他の子のように上手にできないことを気にしたり、自分の理想のレベルの上手にできないことを気にかけるときです。
また、ひとつの基本パターンを組み合わせて
美しい大作を作ることが好きなのに、
自分で考えた自由工作を作るように期待されて、不安が強くなっている子も
不器用なままの場合があります。

感覚が優れている★ちゃんは、直感が優れている☆ちゃん、○ちゃんのように
新しい課題にすぐに飛びついたり、
自分でひらめていた考えを口にしたりするといった
すばやい反応は少ないです。
けれども、
ひとつの基本的な計測方法を学ぶと、
「このときはどうだろう?」「このときはどうだろう?」と

さまざまなパターンをひとつひとつ確実に確認していく姿がありました。

こうした感覚の優れた子たちの能力を引き出すには、
感覚が優れている子たちがどのような活動に興味を示して、
どのようにするとそれを洗練させていくのか
身近な大人が知っていることが大切だと思っています。



★ちゃんは、ものさしを使って工作したお人形の身長測定をしたのが気にいって、
おもちゃのアイロン台のたてや横や斜めの長さを測りたがったり、

四方から観察する箱が気にいって、中身の向きを変えたり、のぞく位置を変えたりして熱心にどうちがうのか観察したがりました。

1000までの数の箱から、100を取り出すのも
楽しんでいました。

それらは全て★ちゃんが自分でやりたがったアイデアです。
「斜めはどうなるのかな?」といった疑問を口にしたとき、めんどくさがらずにいちいち物差しを取ってきて、いっしょに測ってあげるという手間をかけると、このタイプの子はとても喜ぶなと感じています。

大人が自分のために手間をかけて動いてくれるのが、
とてもうれしいのです。直感の優れている子たちが、勝手に自分でどんどんやりたがるのと、ちょっとちがいます。

それで、物差しを片づけると、再び、「これはどんな長さかな?」とたずねます。

ていねいに見本を見せたり、
何かしたがるとき、やりたがるだけ付き合ってあげると、
何でも完璧にていねいに取り組むようになります。

次回は直感が優れている子たちへの対応を書きますね。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ぴーなつ)
2011-05-22 03:08:17
今回の記事は、とっても具体的で、わかりやすかったです!

私の娘は、以前感覚が優れているとなおみ先生にいっていただきました。娘の様子を観察していると、先生が記事に書いてくださっている感覚型の子の特長にぴったりはまっています。私自身はたぶん直観が優勢かな、と思っていましたが、今回のこの一連の記事で確信しました。

娘を見ていると、こういうことが好きそうかな、やっぱり。と、目の前の子供が喜びそうなようには工夫してあげられるのですが、
心のどこかで
感覚型ってことは、ものごとの表面的なことにしか興味が湧かないのかな。(自分はやっぱり奥に流れている真理・・みたいなものに興味があり、それが最高に面白いんだ!という気持ちが強い)・・・と
心のどこかで、自分の興味を娘とは分かち合えないのかな・・と残念に感じていることを否定できません。


いやいや、どのタイプが良くてどのタイプが悪いということはないのだから、と自分に言い聞かせますが すっきりとはぬぐえないというのが正直な気持ちです。


でも、記事を読みながら  まずは得意分野を伸ばすことで他にも興味が出てくるのかな、ということを自分に言い聞かせながら という感じです。

虹色教室の記事は、乳幼児から学生の頃の・・・  つまり、親の側から見ると子育ての部分にスポットが当たっていることが当然ながら多く、  (その人のずっと先のことまで常に視野に入った状態で書かれていることと思いますが)読む側では気をつけないと、大学を卒業するころまでに 何をすればいいのか?! あせる~! みたいな、それこそちょっと近視状態になりそうだ~と 思うことがあります。

私自身は、次々と色んなものに興味が移り、自分の思うエッセンスみたいなところだけ理解すると 飽きてしまい、なんでも適当にできるが、何もしっかりとは残らず、「色んな事ができるのねぇ」とは良く言われますが、それにはいつも「器用貧乏なだけです」と答えています。謙遜ではなく、正直なところです。どれも帯に短したすきに長しという状態なのです。

それで、やっと、他の能力の素晴らしさ、必要性をだんだん実感し、そちらも少しでも鍛えていきたいなぁ・・・と。
ここ数年でやっと、他のタイプの人を内心馬鹿にするような気持から、いやいやそうではなくて、自分にはない優れた力だなと素直に認められるようになってきました。

40歳が目の前です(笑)
でも、まだまだ成長していきたい。

このように自分のことを思い返すと、人間の成長っていわゆる子供時代だけにとどまらないのだから、娘のことも  娘の生涯という長いスパンで考えていきたいな、と思うようになりました。

つい、先生の記事に出てくるような「おっ。すごい!光ってる~」みたいな成果を早く、見たいという欲にかられがちですが。

つい、自分の好みの分野に早く長けてほしいという気持ちになってしまいます。

どのタイプの子であっても、長いスパンでみると、

①得意な機能を思う存分伸ばし
②補助的な機能も伸ばす
③苦手な機能ももしかしたら伸びてくるのかな?

これが今の私の解釈です。

・・・そして、やっぱり最後には 同じ喜びを分かち合えるようになれるかな?とつい思っている自分がいるのですが・・・。

それとも、苦手分野はやっぱりずっと開拓できないんでしょうか。

感覚型の人は、ものごとの表面にしか興味が湧かないの?浅はかな人になる危険性が高いのか?
(感覚型のみなさん、失礼をお許しください。
違うタイプだから、理解ができていないのです。)

という私の恐れのような気持ち・・

この表現自体、人の優れている面を素直に素晴らしいと思えるようになってきているとは書きましたが、それもまだ発展途上で、私はまだまだ自分とは違うタイプについてはこのように 否定的な面を見ようとしてしまっているようですね。

娘と、色んな事を一緒に楽しんで、共感しあうことももちろん、いっぱいあります。
でも、心のどこか片隅に 自分の好きなタイプではないな・・という残念感?心配?が残渣のように残っていて、それを綺麗にぬぐい去ることができたなら、と思うのです。

もし、逆に私が感覚型で娘が直観型だったっら、やはり、同じことを思ったのでしょうね。

なおみ先生に、何をお聞きしたいのかうまくまとめられず、すみません。

要は、
娘が自分の思うタイプではないことに、
心の奥底では満足しきれていない

また、長いスパンで見る、といっても私には現在4歳の娘の成長過程しか見れていないので経験がないから不安

なのですが

ほんとうは、心の底から娘の能力に尊敬の気持ちを持って、応援したい
自分の不安や欲で いがんだ眼で娘を見るのではなく、
純粋に、安心・信頼といい意味での期待で子供を見ていたい

完璧にでなくても一歩一歩親としても成長していきたいです。

そのために、なおみ先生にさらに何かヒントをいただけたらと思い、コメントさせていただきました。


ちなみに、私は 学生時代なんとなく勉強は良くできて、すんなり高校に入り、運よくそれなりの大学に入ったものの、自分のやりたいことに対する意欲も中途半端で、大学時代はまったく無駄な過ごし方をしました。就職活動も面倒がっていい加減だったのに、なぜか、適当に決まってしまいました。

そして、適当に一生懸命真面目に(笑)7年勤めたあと、
退職し
(ずっと勤めていればぬくぬく適当に幸せだったとは思います。それなりにいいレールに乗っていたんです)
畑違いの道へ飛び込み、
(30歳前後ですよ~f^^;周囲の人には「意味不明」な行動であったと思います。)

でも、ここで大きな挫折をして、人生観を大きく変えられました。

それでやっと、たとえ平凡な日常であっても、ちょっと華やかな日であっても、自分で自分の道を踏みしめて味わいながら生きることってこういうこと?と感じるようになった気がしています。

どうにかならなきゃ、でも何していいのかわからない~もう、何歳だし~とあせる気持ちがようやく消えてきたのは最近です。

一番効いてるのは、30歳の挫折なんです。
めちゃくちゃ頑張って、途中で挫折するなって分かったけれど、とにかく頑張ってもがいてみました。そして予測通り、やっぱり、その道はあきらめました。
だけど生まれて初めて相当にもがいたからだと思います。
そこからやっと、理想の自分ではなくて、今の自分を直視できるようになった気がします。
30歳でやっと入口に着いたような感じです。

願わくば、できるだけ早く、今の感覚を持っていたかった。そうしたら、どれだけ有意義な時間を過ごせただろう、と思うのです。

・・・ってことは、挫折する時期がもっと早くても良かったのでは。

ただ、挫折でほんとうに折れてしまわずにいれたのは、
「なんとかなるさ」「どう転んでも、人生は楽しい」「どんなことにも面白みがある」
というような気持ちが 私の心には根底に流れているからです。

色々、考えていると、子供に一番教えたいのはそれだけかもしれません。

ほんとうに長文ですみません。
後半は、

就職までうまく いいレールに乗っていたが、
自分でもがいた経験がなかったので
自分自身と向き合って、
ほんとうの意味で
自分自身を楽しめていなかった

という経験談で、「挫折ってすばらしい」と言いたかったんですが

・・・でも、やっぱり、昔とは状況が違うので、子供をとりまく日本の社会の難しさを思うと、ため息がでますね。









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すっきりしました (ぐうたらこ)
2011-05-22 15:09:33
もうすぐ4歳の長女が感覚型で、このレッスンにそのままビンゴ!
本当にわかりやすかったです。
私も直感寄りの感情型であるため、なかなか理解ができず、悶々としたり、接し方に全く自信がなく後悔したりばかりで。。。
感覚型って、やっぱり独創性ってないもんなんですね!
ほっとしました~
娘は子供らしくノビノビとした絵ではなく、私が描くのと同じように描けて誰からも褒めてもらえるアンパンマンしか描きません。
自分で上手く描ける自信があるものしか描かないんです。
そういうところに、物足りなさや、考える力が育ってないのでは?と思っていたんですが、上手い人や憧れる人の観察の集中力はあるし、真似もすごく上手だし、性格?と思っていたところです。

あと、1歳の下の子は一人でパズルを黙々と集中して遊ぶことが多いのですが、長女は一緒に遊びたがったり、見ていて欲しがったりするので、愛情不足なのかなと思っていましたが、レッスンのお子さんの行動と似ているので、そういう性格なんですね。
ほっとしました。
身近に感覚型のお子さんがあまりいないので、また次回のレッスンの報告を楽しみにしています!
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