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マダムnihaoのフレッシュ搾りたてブログ。お気軽にお立ち寄りください。

宿場の雛祭り

2009-03-03 10:40:00 | ももちゃん


          

 
 娘が嫁いで以来、雛人形を飾らなくなってしまった我が家。
でも三月の声を聞くと、なんだか無性にお雛様の顔を見たくなる。
そこで花巻市大迫(おおはさま)町の『宿場の雛祭り』に出かけた。

 大迫町は名峰・早池峰山を仰ぎ見る『神楽とワインの里』
かっては盛岡と遠野、釜石方面を結ぶ街道の宿場町として栄えていた。
絹生産が盛んで京都と取引を行っていたので、そのため享保雛や古今雛、次郎左衛門雛など、江戸時代から明治時代にかけて作られた雛人形が、旧家や商家に多く残されている。
古い木造建築の奥の間で、三百年も前の雛人形たちが、装いも美しく勢揃いして現代によみがえる空間には、得も言われぬ幽玄の趣が漂う。


          

            



 昔は、子どもたちが家々の雛人形を見て回り、雛祭りを楽しみ慈しむ風習があったそうだが、その風習を今に復活させたのが『宿場の雛祭り』
ふだんは静かな山里に、たくさんの観光客が押し寄せていた。
雛めぐりマップを手にして、うろうろと家々の戸口を探し歩くのも楽しみのひとつだ。
旧家・商家の方々もお茶やお菓子などを用意したり、雛自慢を聞かせてくれたりと、アットホームなもてなしを提供してくださってとても気持ちがよかった。

 さて本日は三月三日。
我が家の大切な老犬ももちゃんは、14年前の桃の節句の時から家族の一員となった。
七段飾りのお雛様の前で、所在なげにふるえていた小さな姿が目に浮かぶ。
まるまる太って元気いっぱいだった時代は過ぎ、今また生まれたときのように小さくなって終日まどろみの中で暮らしている。
私は、ももちゃんの一番可愛かった時の姿を、人形にして残しておこうと心に決めた。
どのような形、どのような素材になるかは.......考え中。
 
 『桃の節句』は『ももちゃんの節句』 
ささやかだけれどなにかお祝いをしてあげよう。
 
 

頭が痛い.......

2008-12-27 10:40:48 | ももちゃん



 (新年用の記事の予約投稿のミスではありません!)

 クリスマスバージョンからお正月用になった居間の一角。
年末には実家の母も姑も、家のあちこちに鏡餅を飾っていそいそと新年の準備をしていたが、私はもうずっとキルトのえせ鏡餅で間に合わせている。
このお飾りを出すと否応なく年末気分が加速される。

 どちらの職場も御用納めとなったらしいが、この土日仕事が入っている夫。
みんなが忙しいときに休んでいる職種であることを忘れて文句たらたら。
有馬記念ぐらいやらせろ!
ぶつぶつ言いながら出かけた。

 今日は娘夫婦が帰ってくる。
しかもももちゃんの天敵ココアを連れて!




 元気旺盛な青年犬・ココアがやってくると、ひさしを貸して母屋を完全に乗っ取られる我が家。
哀れなももちゃんはたちまち居場所を失い、ストレスで下痢・嘔吐が続く。
静かな暮らしは一転悪夢と化す。

 頭が痛いことはまだあって.......
里帰りした若夫婦の実家が、互いに近所同士いうのはどんなものだろう?
いっそ九州と東北と離れていれば何も問題はないのだが、婚家と実家に宿泊する日数のバランスは大変微妙な問題を孕んでいる。
最低でも6対4の割合で婚家重視が常識ではないだろうか?
私にしてみれば、あちらさまに失礼のないようにと口を酸っぱくして教えているのだが........。

 それにしても現代の若夫婦事情にはたまげる!
お互いに昼間はどちらかの実家で楽しく過ごし、夜になると
「やっぱり自分の家で寝るのが一番!
 じゃあ、バイバイ!また明日ネ!」
とそれぞれのねぐらに別れて帰って行くのだから。
結婚前は「駄目!」と言ってもこっそり泊まりにいっていたのに、晴れて夫婦になってからこれではまったく先が思いやられる。

 初めのうちこそ双方の親とも
「こんなことは許されないことだ!」
と顔をしかめて叱りつけていたが、だんだん馴らされて平気になっていくのが恐い。

 ああ!かくも子育ての下手くそな団塊世代の我らである。



ももちゃん、受難か?

2008-06-09 09:45:05 | ももちゃん
 
      

 左写真は子犬の頃のももちゃん。
右は現在のももちゃんですが、食事以外の時間はほとんど寝ています。
痩せ始めていますが異常な食欲ぶりで、一日に烈しく何度も餌の要求をしてきます。
ももちゃんに劣らずぼけている私も、餌をあげたことを失念してつい騙されてしまうので要注意です。

 ももちゃんの散歩は夫の仕事です。
でも釣りに出かけた夫の帰りが遅いので、久しぶりに私と一緒に散歩しました。
近所の農道を、よぼよぼとぼとぼと歩くももちゃんを引っ張っていると、同じく犬連れの見知らぬ人たちからたくさん声をかけられます。

「やあ、ももちゃんこんにちは!」
「おや?今日はお父さんはどうしたの?」

 あらっ?いつの間にももちゃんはこんなに有名になったのかしら?
いや彼女が有名なのではなく、もしかしたら夫の方が有名になっているのではないだろうか?
ご近所付き合いなど全然してこなかった夫が、いつのまにか『お散歩デビュー』で、立ち話などをしながら仲間作りをしていたのかもしれません。

 さて夫が退職して時間が出来、職場から頂いた旅行券もたまっているのに、老犬ももちゃんを置いては旅行にもいけない現状です。
しかし今週末はどうしても会津若松の温泉に出かけなければなりません。
子どもたちがお父さんの『退職祝いの会』を、双方の中間地点の福島で行うことを計画してくれたのです。
娘婿殿の父上も退職されたので、ふたりの父親の退職祝いを兼ねています。
私たち夫婦は車で出かけて、帰途日本海側の釣り場などを散策しながらもう1泊したいと考えているのですが、ももちゃんが最大のネックです。

 ペットホテルでは、10歳以上の老犬をなかなか預かってはくれません。
M嬢に餌やりと散歩を依頼しようかと思ったのですが、ただ今ゴルフ場は稼ぎ時で大忙しです。
いつもカットをお願いしている犬の美容室に電話してみたらやっとOKが出ました。
ちょっとした環境の変化にもすぐ体調を崩すももちゃんですが、ここはなんとか踏ん張ってもらうしかありません。

 姑を介護していた時は、どんな緊急事態でも介護保険サービスのおかげで困ったことはありませんでした。
今後一体どうしたらいいのだろう?
ペットにも介護保犬サービスがあるといいのになあ.......。



優しい時間

2008-04-07 10:10:05 | ももちゃん
               

最近のももちゃんです。
運動能力の低下がかなり目立っています。
何度も失敗してやっと椅子の上に乗りましたが、今度は下りられなくなって
しまいました。
いかにも困ったような自信なさげな表情ですが、最近はこのような顔をすることが増えています。

 ひところの体調不良は落ち着きましたが、日々動作が緩慢になっています。
耳も遠くなったのか雷や救急車の音も知らんぷり、大好きな玄関チャイムの音にも全然反応しなくなりました。
夜中に意味なく大声で鳴き出したり、よく寝てよく食べるのに痩せ始めたり、とぼとぼ歩きになったりと、いくつかの痴呆症状を呈し始めています。
からだの不調をなにひとつ訴えず我慢しているももちゃんが哀れです。

 思えば婆婆が亡くなってから、ももちゃんの老化が顕著になりました。
ディサービスやショートスティから帰宅した婆婆を出迎えていた頃のももちゃんは、吠えたり駆け回ったり尻尾をふったり、全身で元気いっぱいに喜びを表すことが出来ました。
「私が帰ってきて喜んでくれるのはももちゃんだけね........」
と呟く婆婆の言葉を複雑な思いで聞き流しながら、無償の愛情表現で家族を温かな気持ちにさせてくれるももちゃんの力に感謝していました。

                 

犬は痴呆になり始めると、どの犬も穏やかないい表情になると言われています。
視力や聴力が衰えて、生活の中のすべての恐怖や刺激や緊張がなくなり、食べ物の記憶やよき思い出に浸りながら、幸せな時間をまどろんでいるのでしょうか。
これからは出来るだけ側にいて、ももちゃんから与えられた優しい時間のお返しをしていかなければと考えています。

 以前口の悪い友人から
「おい!自分の飼い犬をちゃんづけで呼ぶのは馬鹿みたいだからやめろ!
 自分の子どもみたいに(この子がね~え)とか話すのもみっともないぞ!」
と厳しく注意されたことがありました。

 うんうん、ごもっとも、ごもっとも。
私も犬を飼うまでは、愛犬家の常軌を逸した行動は鼻持ちならないものでした。
でもこれだけは、飼い主になってみなければわからない。

「あのね、ももちゃんの名前はね、ももちゃんまでが正式な名前!
 アグネスチャンやレスリーチャンといっしょなの!
 ちゃん付けにしたらももちゃんちゃんでしょ!
 私がそんな馬鹿なことをする訳がないわよ!」



ももちゃんのお節句

2008-03-03 10:00:01 | ももちゃん
                

 我が家のお雛様飾りです。
じ~っと眺めて、なにごとか思案にふけるももちゃん。
 「あれっ?この珍妙なオネエちゃんたちのグループは何だ?」

                

 「ねえ、そんなに澄まして何しているの?
  ねえねえ、なにか美味しいものでも隠しているの?」

 
今年こそはお雛様を出して飾ろうと思っていました。
しかし物置から埃まみれの段ボールを運び出し、七段のステージを拵え、説明書を見ながら人形や道具の位置を確認しながら仕上げる作業は、以前なら心浮き立つひとときでした。
今はどう考えても億劫です。
我が家には、もう嫁入り前の娘はいないし.........あっ、一匹いた!
永遠の処女のまま婆さんになってしまった哀れなももちゃん。

 ももちゃんには申し訳なかったけれど、結局、手作りの縫いぐるみやドール、友人から頂いたミニお雛様を飾って、我が家の大切な未婚娘の無病息災をお祈りすることにしました。
和紙人形雛の色紙は、10年ほど前にHUZUさんから頂いたものです。
おそらく製作した本人も忘れているのではないでしょうか?

 子どもの頃の我が家のお雛様は、今時なら大変珍しい『翁雛』でした。
腰の曲がった共白髪のお爺さんとお婆さんの側に、鶴と亀とが侍っている祝い雛だったと記憶しています。
ひな祭りの時期になると、必ずこの地味なお雛様が出現するのですが、昔話から抜け出たような翁と媼の張り付いた笑顔が、子供心にも不気味で泣きそうになりました。
この怖い幼児体験が、きらびやかで愛らしいお人形に憧れる私の性癖を育てたのだと思いますが、その肝心のお雛様もここ数年は出番なしです。

 『お雛様って、いつまで飾らなければならないのだろう?』
以前から疑問に思っていましたが、やっと数日前に答えが出ました。
テレビに登場した民俗学者が言うことには、その家の女の子が嫁いだ後は、もう飾らなくてもよいそうです。
もちろん飾ってもなんら問題はありませんが、女の子の嫁入りとともに雛人形のお役目は、無事終了するとのことでした。
 
 お人形たちを暗闇の中で放置したままでいることがとても気になっていたので、ホッと胸をなで下ろしています。
お雛様たち、先ずは引退後しばらくの間は、どうかゆっくりお休みください。


最後の孝行

2008-01-31 12:00:02 | ももちゃん
                 

 初めまして。ももちゃんです。
桃の節句の頃に我が家にやって来たのが名前の由来です。

 子犬のようにあどけない顔をしていますが、もう14歳のお婆ちゃんです。
寝てばかりいて、食事以外のことには興味を示しません。
完璧だったトイレの躾は、もう完全に忘却の彼方で、食事中の私たちの足下で粗相をすることも度々です。
散歩するのも億劫がるので、無理矢理引きずって連れ出します。
目は白内障で白濁し、毛は全く艶を失い、そこはかとなく臭く、「おすわり」も「待て」も忘れました。
姑亡き後、ももちゃんの介護をしなければならないことは早晩覚悟の上でした。

 1週間ほど前から、ももちゃんの体調がすこぶる悪くなりました。
嘔吐や下痢を繰り返し、一日中元気がありません。
ちょっと留守をして帰ると、足を踏み入れるのが恐ろしいほどリビングは汚物まみれです。
あまりに哀れ。涙を堪えながら念入りに掃除する毎日でした。


               
 
 熱風吹き抜けるストーブの前で、じっとして動かないももちゃん。
   ......もしかしたら死ぬかもしれないね.......
私と夫は顔を見合わせ、複雑な視線を交わしました。

 「婆婆が死んだときは泣かなかったけれど、ももちゃんの時は大泣きするかもしれない。どうしよう!」
と私。
「うん、わかる。オレもそうなるかもしれない........。」
と夫。
人はなぜ、あんなに世話になった親の死よりも、ペットの死の方が悲しいのでしょうか?

 ももちゃんの下痢は続き、目を離すことが出来ませんでした。
そこで私は一念発起。もう絶対無理だと思われるトイレの躾に、再度チャレンジすることを決意しました。
大きく広げた新聞紙の上にペットシートを敷き、ぶるぶる震えて弱っているももちゃんを誘導し
「ここがあなたのトイレです」
何度も何度も語りかけました。
「首尾よくいけばごほうびをあげます」

奇跡が起こり、ももちゃんが昔の記憶を取り戻しました。
奇跡は、もう三日間も続いています。
よたよたとよろめきながらも、一日中何度も寝床とトイレを往復します。
もしかしたら最後の飼い主孝行のつもりか?
その健気で律儀な飼い犬の姿は、思わず涙を誘います。
このまま成功すれば、雨降りや雪降りの日に無理して散歩に行く必要がなくなり、ももちゃんと私たちの負担も減ります。

 そして......昨日から、ももちゃんは元気回復し始めました。
食事の時間にはワンワン吠えて、旺盛な食欲を誇示します。
夫が帰宅した時、勢いよくしっぽを振りながら迎えにいったので、家中に安心の笑顔が戻りました。

 桃の節句が間近です。
今年こそ我が家の癒しの女神のために、久しくしまい込んでいたお雛様を飾って、盛大にひな祭りをしなければならないと思っています。