思いつくまま、気のむくまま

日々の出来事を日記代わりにつづります。

雨の日曜日

2011-06-12 07:49:29 | 日記
梅雨のど真ん中。
毎日毎日雨が降る
アジサイの花が盛りとばかりに咲き誇る。

車の免許は持っているがペーパードライバ―の私、
長男が雨の中バイクでは大変だろうと軽自動車を譲ってくれたのに…。
一度は乗ってみようかと思ったが、やはり怖くて結局弟に乗ってもらうことにした。

相変わらず原付バイクを飛ばしている。
ひどい雨の時はさすがに街中までは乗れない。
バスを利用する。

昨日も激しく降りしきる雨の中、保護者面談のために教室まで出かけた。
雑談中心だが、世間に、情報に、友人に流されている人が多い。
「…のようだ」、「…らしい」
人の噂や情報を信じ、子どもを信じていない。

東北の大惨事は人々の考えや、これまでの生き方、これからの人生についての
価値感を根本から覆した様な気がしたが、何も変わっていないのか?
もう過ぎた出来事になってしまったのか?

被災地の人たちは、世間の関心が失われていくことを恐れている。
今も続いている災害なのだ。
復興のめどはたたない。
政治は空白状態のように感じる。

無責任に遠いところからあれこれ言うのは控えるべきかもしれないが、
義援金などは届けられたのだろうか?
有効に使われているのだろうか?

3か月たった今、茫然自失の状態から置かれた状況を受け入れざるを得なくなると
様々な思いが交錯し、心も体も侵されてしまうだろう。
夢や希望という言葉がむなしい。

日々の生活が普通にできる私たちでさえ、連日の報道、遅々として進まない復興への道、
国の将来を思うと気力が萎える。

おまけに梅雨。
教室の子どもたちで、心配な子の顔が浮かんでくる。
せっかくの日曜日なのに心も晴れない。

入院中の母

2011-06-02 22:31:40 | 日記
過日、入院中の母のもとに会わせたかったYおばちゃんを連れて行った。
亡き父の従兄弟の奥さんにあたる人だが、小さいころから
私たちには縁の深かった人だ。


親戚でも一番近い身内のように接してきた。
すっかり変わり果てた母を一所懸命励まし、昔話をしてくれ何度もハンカチで
目頭を押さえられた。その姿を見て私ももらい泣きしてしまった。

母も歯のない顔をくしゃくしゃにして喜んでいる。
あんな嬉しそうな母の顔を久しぶりに見た。
母がしっかりと握られた手を離さず穴のあくほどおばちゃんの顔を見て
「あんたも年取ったなあ…」といったのには大笑い。


「また来るからね、また来るからね」と何度も振り返りながら病室を出るおばちゃんを
弟が自宅まで送って行った。Yおばちゃんも年老いているのだ。

食べる物も流動食、好きだったお肉も、お寿司も、甘いものももう食べさせることが
できないんだろうか…。
入院した当初、「食事がおいしくない、早く家に帰ってご飯が食べたい」と
いう母に、「早くよくなろうね。今は食べられないのよ」と言い聞かせてきた。

うがいができない。口に含んだ水さえ出せない。
誤嚥性肺炎は繰り返すとか…、
最後に普通食を食べたのは何だったろうか…。
弟嫁の作る料理を「おいしい、おいしい」と食べていた。

6月のこの時期私にとって、超多忙な日々が続く。
保護者個人懇談会をするのだ。
今日も朝から夜まで一人一人の保護者と面談した。
保護者の都合に合わせているので、働いている人は夜の時間帯を指定してくる。
これだけはどうしてもやらねばならない行事なので頑張りたい。

合間をぬって母を見舞おう。