思いつくまま、気のむくまま

日々の出来事を日記代わりにつづります。

ゼミ発表

2010-09-23 11:26:04 | 日記
所属するゼミにて自教室の指導目標、課題、今後の展望などについての
発表をした。

その10日ほど前に講師の先生及び担当者が教室を訪れ子どもたちの学習風景や、
教室の立地などを検証していかれた。
ビデオ編集をしてあったのでそれを見ながらみなで討議、こちらからは現在
おかれている教室の現状や子どもの指導についての話をした。

講師の先生が長年一緒に自主研で学ばせていただいた先生で、師と仰ぐ方なので
いろんなアドバイスをいただいた。また、過分なお褒めもいただき、人間教育に関する
価値観が同じで「本がある教室で入った途端ほっとした。これからもがんばってほしい」
と励まされた。

この発表の準備もあって夏から大忙しであった。教室改造も関係している。
家に帰れば母の介護が待っている。
ますますわからなくなっていく母。
姉がいるから、二人で見ているから穏やかに接していける。
これがこの忙しさで一人で見るとなったらとてもここまでの余裕はない。

車椅子での生活だが、ディでも機能訓練をしているようで、立ち上がり、歩行など
随分できるようになってきている。見守りが必要だが、困るのは勝手に動くこと。
夜中に一人でトイレにも行っている。私たちが疲れて寝入っているときに
行ったのだろう。リハビリ、訓練を家庭でも続けながら、しっかりと歩けるように
してあげるほうがよいのかも。

慎重に転ばないようにと気を使いすぎ、母の自由を束縛している現実、それでも
目が離れたときに動いているので、それもいくら言っても理解できないのだから
動けるようにしてあげた方がいいだろう。

介護の問題はいずれ深刻な課題として国を脅かすことにもなるかも知れない。

少し不安な私

2010-09-17 10:39:30 | 日記
やっと母をディサービスに送り出し一息ついている。
次々に電話が入る。
仕事関係でも書類のミスがあり平謝り。
大丈夫かなあ私・・・。

書き損じが多い。
確認しているうちにどうしてこんなことを書いたのかと思ったり、
急いで出した書類とかにそういう指摘が多いということは、処理能力が
劣ってきている証拠。

仕事をこれから先続けていくことが可能なのか悩む。
子どもたちには「先生はぼけていくだけだからあなたたちがしっかりしなさい」と
まるで人任せ。健気な子どもたちは「うん、任せて」
これでよいのだろうか・・・?

このところの忙しさといったら、言い訳になるかもしれないが、半端ではなく
自分の仕事以外のことで頭がいっぱいだった。
昨日も今後の母のことについての会議が我が家で行われた。

10月からは弟の家での生活が始まる。
心配は尽きないが、思い切らないことには前に進めない。
今度は本気で看るつもりのようだし、弟嫁も一緒に会議に加わった。
様々なサービスがあることに驚く。介護用品も豊富だ。
上手に介護サービスを受けながらみんなで関わっていけば何とか母を
看ることは出来そうだ。

都会では老人の孤独死が多いとか、ニュースで報道されるたびに胸が痛い。
誰にも関心をもたれず、動けず、助けを呼べず、食べるものもなく・・・、
人間の最後がこれでいいのだろうか?

“人は生きたように死ぬ”つまり、どのような生き方をしてきたのか、
毎日いかに生きるかを諭した言葉だと解釈しているが、人に恥じない生き方を
していれば死も安らかに迎えられるということだ。

しかし、罪もないいたいけな子どもたちが命を落とす羽目になったりするのを
見たり聞いたりすると矛盾を感じるのだけれども・・。

欲深い人間に対する戒めの言葉なのだろう。




母のこだわり

2010-09-14 09:35:35 | 日記
今朝やっと秋の訪れを感じた。
日中はそれでも暑いけれど、朝のひんやりとした空気は心地よい。

久しぶりのブログ更新。
母を退院させてからというもの気の休まることがない日が続いている。
姉がいてもこのありさま。一人だったら私が倒れてしまっただろう。

前々から時々口に出してはいたが、最近特にひどくなったことが、
母の自分の死についてのこだわり。
もう自分は死んでいるので通夜をどうしろ、葬式はどうしろとうるさくてかなわない。
昨日、家の大掃除をしたが、といっても押入れや部屋の片付けなのだが、
弟も来て手伝ったので、いよいよ通夜の支度だと思ったらしい。

何度説明しても理解できない。
姉が帰ったら弟のところへ預けることになっているのだが、ちょっと環境が
変わっただけでも認知が進むという。大丈夫なのだろうか・・・。
我が家は二人とも仕事をしており、母を一人にすることが出来ないので看られない。

施設も視野には入れているが、まだ自分たちで世話が出来ればということで、
弟も決心したようだ。

今日ディに送り出すまでが大変だった。
まだ通夜や葬式のこだわりが続いており、ディには行かないという母を無理に用意させ
たので、すこぶる機嫌が悪い。
私たちの着ている服が喪服でないのに苛立つ。
ディへの連絡帳に詳しく症状を書いた手紙を同封した。

姉は10月になれば帰ってしまう。そういつまでも留まれない。
介護は始まったばかりなのかもしれない。
世の中にごまんといるであろう同じ境遇の人たち・・・・。
自分たちもいずれ介護される側になるのだが、長寿を喜べない現実があるのも
知っておくことだ。