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中将姫の話

2010年05月10日 | 日記
今日はならまちに伝わる典型的な継子話
「中将姫」を語ろう。


 なら町の南の鳴川に、誕生寺ていうお寺があるねん。
 中将姫は、そこで生まれはったんや。
 中将姫のお父さんは、藤原鎌足のひ孫で、藤原豊成いう人やねん。
 お母さんは、紫の前ていう、きれいな人やってんて。
 二人には、子どもが出来へんかった。
 二人は、子どもが欲しいと思うて、長谷寺の観音様に願を掛けはってん。
 そしたら、満願の日に、夢に、観音様が現れて、
 「お前たちの願いは聞き入れた。けど、お前たちのうち、どちらか一人が欠ける事になるぞ。
 それでもええか」てお告げがあってん。
 「はい、結構でございます」て返事したとたん、二人は目が覚めてん。
 それからしばらくして、中将姫が生まれはったんや。
 中将姫は、二人に可愛がられて、蝶よ花よと育てられはってん。

 ところが、中将姫が三つになった時、観音様の約束通り、お母さんが亡くなってしもうてん。
 お父さんは、中将姫をかわいそうに思うて、新しいお母さんを迎えはってんて。
 新しいお母さんは、照日の前いう人やった。
 照日の前は、お父さんの前では、
 「可愛い可愛い。このお菓子をお上がり」なんて言うて、
 中将姫を可愛がるふりをするねんけど、
 お父さんのおらんとこでは、
 「お前なんか、どこかへ行ってしまい。寒うても、着物なんかいらんね」
 て意地悪言わはるねんて。
 そのうち、自分の息子が生まれると、ますます中将姫をいじめるようになってん。
 冬、雪の降る寒い日に、中将姫を松の木にしばって、折檻したりしはってんて。
 その松は、今でも豊成の屋敷跡といわれてる徳融寺に残ってるねんで。

 あるとき、中将姫は、とうとう、葛城山の地獄谷に捨てられてしもうてん。
 けど、運良く、時の帝に救われて、中将姫は、帝に仕える内侍になってんて。
 ところが、照日の前は、また、武士に命じて、中将姫を殺させようとしたんや。
 そのときは、武士の夫婦に助けられて、山に隠れ住むことになってん。
 そしたら、偶然、狩に来たお父さんに見つけられて、
 中将姫はお父さんに連れられて、帝のところに戻ることができたんや。
 中将姫は、その後、弟が亡くなったのをきっかけに、当麻寺で出家して、
 尼さんにならはってんて。
 そうして、当麻曼荼羅を見ながら極楽往生しはったということや。

    原話資料:進藤秀樹・竹原威滋・丸山顕徳編 『奈良市民間説話調査報告書』 
    再話 : 村上 郁


上の写真は、ならまちにある中将姫の誕生寺です。
この寺には、中将姫の産湯の井戸もありますよ。

それから徳融寺には中将姫のお墓が、父の豊成公のお墓と並んでありますよ。
ぜひ、尋ねてみてね。





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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2010-05-12 16:46:45
この寺の前を通る度、中将姫なんか知らんわ!そんなに偉いんか!と思ってました。
すいませんでした。
面白いです。

継母に虐められる美しい姫の話というのは、やっぱり日本にもあるのですね。
そこも興味深い点の一つです。

方言で語るスタイルも、話にすっと入っていける感じがしていいですね。

更新楽しみにしています。
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