えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・雪解けの夕べ

2016年01月23日 | コラム
 ベランダの手すりから雪が滑り落ちた。近くの公園の木々の枝は元の姿を取り戻し、地面に積もった雪には大人らしい、遠目からでも薄青い靴跡が残されている。雲をすっきりと払い落とした空は家の合間から焼けつきそうに赤い夕焼けを覗かせていた。暑熱のような夕焼けを追いかけて深い青が東の空から星を伴い暮れてゆく。誰も歩かない道路へ明かりがぼつぼつ灯りはじめた。

 灰色の夜、「来る」と分かる尖った寒さが窓をすり抜けてガラスの向かいの部屋へ入って来た。シャッターを引き下ろして電気を消せば部屋は真っ暗になる。シャッターを下ろさずに朝の雪明りをカーテンの隙間から透かして眺めたい心持だが本気を出して空が雪を連れてくる日はそうもゆかない。それなりに覚悟が要る。中心からへし折れたつるバラのアーチやひしゃげた車庫の屋根を思い返せば雪はもう遊び相手から随分と遠ざかってしまったのだなと思う。

 時計に急かされて暗がりを手探りにカーテンをまさぐり窓の桟へ足をかけてかがみこみシャッターを上げた。パチパチと爆ぜる音を立てて氷の粒がベランダの黒い手すりに五センチほど積もった雪塊に当たっている。寝巻のまま身体を乗り出して雪を掴もうと腕を伸ばして、ゆったりした袖口から侵入する風の冷気に諦めて窓を閉めた。

 テレビをつけると画面はL字型に分割され、L字の面には絶え間なく電車の運行状況を流し残りの長方形には傘を差して駅に群がる人の集団が次々に切り替わっていった。その電車が通る駅名だけでもう走ることを全く諦められる路線はともかくとして、傘の群れから動けと強制される路線は尻尾を切り続けながら逃げるとかげのように車両の間隔を縮めて運転を続けていた。減らした車両で普段運び続けている朝九時か九時半までにそこへいなければならない場所を持つ人の量をこなしきれるわけもなく、駅のホームにはヤミ市の荷物を抱えた駅のように人がこぼれおちそうだというニュースキャスターの言葉を聞いてテレビを切った。跳ね返る雪粒は重みを増して雨になったらしい。止まずに降り続く水の塊が外へ出ようと道路の雪を掻き捨てる防水ジャンパーを一つずつ家へ戻すように凍えさせてゆく。

 昼ごろになって音は止まった。雪かき組も傘差し組もおさまるところにおさまって町はやっと雪景色になった。しかしそれも二時間ほどのことで、車が順調に行き交い子供が遊び、大人たちは買い物へ出かけてゆく。雪は青空から注ぐ光を浴びてゆるゆると溶けはじめていた。

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