えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

ここのところ

2009年10月19日 | 雑記
目に見えて文章が雑になっています。
読んでいただいている方には至極しごく申し訳ないです。

ものを読みすぎて(読まなさ過ぎて)消化不良を起こしているのかもしれません。
難しい本を背伸びして読んでいる。
思考の整理がおぼつかないまま言葉にうもれている。

幸田文の「季節のかたみ」を読みました。やっぱり、身の回りのこまごました
ことを文に落すのが上手い人です。崩落のことを書いた項で、わからないことを
わからないとありのままいい、惑ったことをそのまま書いてもわずらわしくない
人徳というか、文徳というものがある人です。

土砂崩れのことをやけに詳しく書いているなあ、と思ったら「崩れ」という
一冊もあります。こちらは、あちこちの土砂崩れ現場を巡ったことを、身体の
きしみと共に描いた一冊です。なぜ、土砂崩れに興味を持ったか、と言うことを
幸田文は、生活とともに人も崩すから、と語っています。
人を崩す、つまり心を崩す現場を、何も出来ず話をきくだけ聴いたのでしょうか、
耳に苦しい話を抑えて幸田文はただ自分の思ったこと、感じたことをかきます。

感じたことを読めるように順を追ってかける、このことがどれほどすごいことか、
飾り気も素っ気もない言葉の選び方が好きです。

似たような女性随筆家に武田百合子と言う方がおりますが、彼女もわたしは
割合好きな作家なのですが、幸田文とはまったく正反対のものの書き手です。
たぶん武田百合子のほうが、ことばが好きな人のものの書き方をしていると
思います。それこそ熟柿のような。
幸田文は、落雁のような文です。

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