えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

過コラム:ねじめ正一 「落合博満 変人の研究」

2009年02月11日 | コラム
過去に書いたコラム、で過コラム。
とてもおやじチックでいいごろあわせが出来たので、
過去に書いたものを出すときはタイトルにこれを出します。
これから出すものは。(編集しなさいよ)

去年(2008年)の春、5月1日に書き終えたものです。
冒頭の評判がとても良かったことを覚えています。

:『落合博満 変人の研究』ねじめ正一

ファーバーカステル社のダーク・カドミウムオレンジをした帯に、モノクロで映っている男の写真でこの本、すべてなのかもしれない。左手の薬指の指輪。腕輪。かぶった帽子の下から覗くのは肌で、髪の毛ではない。目じりを引っ張って垂れた右目。黒目の向く先は私たちから見えない空間を何気なくさまよっている。こわいが引き寄せられる不思議な表情。

 そういうひとが、落合博満―中日ドラゴンズ監督なのだ、と、いうことを、ねじめ正一はくるくると言葉をまわしてなんだかわからなくしてしまっているように見える。帯のウラ『落合博満という名前は食べ物で言えばホヤのようなものであって、あるいはナマコのようなものであって(中略)落合の美味さ、落合の苦味のある滋味を味わうことができるのである』この一文はまとめのように見えて実は、本を開いて19ページという早い段階で登場する。後?後は、好きで好きでたまらない人の話をする人の、上気した頬と息遣いを思い出せばいいだろう。そんな勢いで文章がすっと流れている。
 
 まず落合という人の変人っぷりをアピールするに分かりやすい行為の紹介から本は始まる。親切。一通り落合というプロフィールを確認させた後目次に入ってやっと、味わう中身へ向かう。だが親切さがここでアダになる。面白半分で落合を覗こうとこの本をとった人間にとってそもそも興味の対象は、行為の説明だけで十二分にわかりやすく、はじめて落合という変人をこの本で知ろうとする人間(主に私のような)はそれだけで満足してしまうのだ。そして何より、落合のスゴさの引き合いに長嶋茂雄を持ち出す回数の多さが鼻についていただけない。
 
 ねじめ正一は確かに落合にホレているがそれ以上に長嶋イメージの影が付きまとい、その上でなされる落合語りは「わたしこの人大好きなんです!!」という素直すぎるオーラが輝いていて目がくらんでしまう。通して読んで恥ずかしくて、かゆくなってしまった。
(798字)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 張競「恋の中国文明史」読了... | トップ | マキノ雅彦監督「旭山動物園... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

コラム」カテゴリの最新記事