えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・『ヤン・リーピンの覇王別姫』

2019年02月22日 | コラム
・切り刻む身体の語り掛け

白い剪紙の「静」が掲げられると水を打ったように客席が静かになり、琵琶の名曲とされる「十面埋伏」が切り裂くような弦の一音と共に始まった。

21日初日の『ヤン・リーピンの覇王別姫』は中国の京劇の古典「覇王別姫」を下地に、雲南省の少数民族出身の舞踊家ヤン・リーピンが演出、制作の鞭をとった舞踊劇だ。既にイギリスやアメリカで公演され非常に高い評価を得ており、本邦では今回が初の公演となる。
オーチャードホールの扉が開くと、遠目からでもわかるほどに舞台には無数の鋏が釣り下がり、上手では白い服の女性が大量の紙に包まれながら無言ではさみを動かして紙を切り続けていた。やがて琵琶の演奏が終わり、「相」の字と共に現れた劉邦の参謀の蕭何が、物語を京劇の発声で語り継ぐ背後より

次々に人が現れ、人が舞い、若々しい項羽とたおやかな男性演じる虞美人が物語を体で現わしていった。
京劇では日本の歌舞伎や能と同じくすべてを男性が演じるというしきたりがあるため、中心人物は虞美人を含め全員男性の演者が演じている。虞美人を演じた役者のすさまじさは既にあちこちの批評で言われているように、裸身の登場からして既に身体こそ男性だけれども体の生々しい動きの全ては見事に女性を表していた。鞭を思わせる腰のしなりから足の甲の反り返りまでが美しく、服を着るよりもむしろ、裸で筋肉を伸ばしながら身体を確かめるようにうごめいていた時の方が女性を感じた。京劇や歌舞伎の女形では袖や裾で男性らしさを隠すが、それを逆手に取りつつアジア人の男性に時々ありえる華奢な線を身体一本で彼は作り上げていた。

その虞美人と舞う項羽は若々しさを強調された髪形のおかげか、京劇の敗軍の将というよりは三国志の小覇王の方がふさわしかった。虞美人以外は全員バック中する中でも、特に項羽の登場場面のバック中は型も高さも「雄飛」という文字がぴったりで、ハサミの真下でひらめく紺色のすその長いスカートのような衣装が、跳躍する足によく映えていた。

相対する劉邦はなんとなく豊臣秀吉を彷彿とさせる、項羽と対峙しておちゃらけた滑稽を見せると思いきや、項羽を罠にはめるため韓信と策謀を巡らせ、最後は敗北者となった項羽を背景に堂々と舞台の中心を占めて仁王立ちする「帝」の文字にそぐった立ち居振る舞いを見せていた。

彼らは最後に真っ赤な羽毛を跳ね散らかしながらそれぞれの運命に従ってゆく。自刎した項羽は逸話通り、その体を切り刻まれるかのように人の群れに取り囲まれ、乱れた長い髪を顔の側面に垂らしてうなだれ動かなくなる。戦に勝利する劉邦は赤い羽根の雨を喜ぶかのごとく受け取り開いた足を崩さない。虞美人は来ない。いつの間にか天井近くにあった鋏の群れは彼らの頭上に落ち、剪紙の女は紙の山にうずもれた。切り取られたかのように瞬間的に過ぎる二時間の見事な終わりだった。

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