えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・途上の買い物

2020年04月11日 | コラム
 道中、ゲームセンターの代わりにドラッグストアを見かけると必ず中へ入るようになってからそう時間はたっていないにもかかわらず、四月の終わりのゴールデンウィーク直前に似た気分で過ごしている。勤め先の在宅勤務推奨に乗っかり家にいることを選び、咳をしても怯えずに済むようになってからここ数日は本当に家の中にこもっている。巣ごもりとは言いえて妙だが春になれば大抵の動物は巣から出てエサを探しに行くだろう。ドラッグストアには二週間ほど前に品薄になったキッチンペーパーやティッシュペーパーを下げた中年の女性がいるきりで、マスクをつけた白衣の薬剤師や医療事務員はカウンターの奥でテレビを見ながら立ち働いている。表のワゴンにはアルコール入りのウエットティッシュとこれもアルコール入りのハンドジェルが並べられ、「お一人様二つまで」の張り紙が皺くちゃにワゴンの手前に貼り付けられていた。次の日には空っぽになっていたので、今の流行りはこれらしい。
 返送された書類を作り直して郵便局に出すと手ぶらになった。風が強いおかげで雲一つなく、文字通り陽の光が肌を刺して毛虫を触れた時のように細かく肌の表面が泡立っている。道沿いの居酒屋と喫茶店は休業と謝意をA4にまとめた一枚を張り出してカーテンを閉めていた。手を伸ばすと手が触れる距離がいけないそうで、ここに限らず駅前のスターバックスやドトールも軒並み休業していた。この町にはないがゲームセンターは問答無用で閉まっているだろう。通路が機械で狭められている上に暇な子どもが大勢たむろしているのを頼まれたケーキを買いに行くついでに見たことがある。ドラッグストアだけはいつものようにのぼりを掲げて棚には商品をぎっしりと並べ店を開けていた。
 調剤薬局と大手ドラッグストアの中間ほどの地元のドラッグストアの品ぞろえはところにより変わり種がある。たとえば傷薬の「キップパイロール」の小型の缶はチェーンのドラッグストアにはまず置かれていない。輸入物の軟膏で切り傷の応急手当てに重宝しているが、いつも置いてある薬局は一件だけだった。昔祖父が使っていたおかげでパッケージだけはなじみ深いタイガーバームもおいていない。意外にきちんと効くらしく置いておくと欧米の観光客が買っていくらしいと話を聞いて一つ購入したが、まだ自分の体では効能を試していない。懐かしく実用性もありながら大手の商品に巻き込まれて取り扱われなくなる商品が店ごとにあり、絶妙にうさんくさい所がドラッグストアのいい所だと思う。
 店に入り棚を一巡してなんとなく目に留まったユニリーバ・ジャパンの黄色ワセリン200グラムを買った。「残酷な神が支配する」の「ワセリンは冷たいかね」というどうしようもない場面の一節を思い出しながら700円ほどを支払い、重さで持ち手が伸びかけているビニールをぶら下げてまた帰路についた。言えばキップパイロールやタイガーバームも置いてくれるかもしれない。だが今は欲しくない。この辺りでそれらを欲しがる客は私ぐらいだろう。蝦蟇の油式に腕を切って効き目を見せるわけにもいかない。近くの小学校から血を見せる商売をするなと怒られるのがおちだ。それでドラッグストアを失ってもつまらないので、使い道はそれなりに幅広いらしいワセリンをぶら下げて帰宅した。ワセリンを塗ってべたついた手を眺めていると、消毒ジェルをなぜ買わなかったのかと責められたのでもう一度店に行く。

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