えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・視覚の価値

2021年02月06日 | コラム
 貰い物でまだ一度も使っていない万年筆のためにインクを買いに行った。メーカー品なので使い方やインク以外に必要な道具があれば誂えるつもりだった。紺色のセーターにぱさついた茶髪の、おそらくマスクのせいで無愛想に見える店員は慣れた手付きで万年筆のキャップを外し、ルーペでペン先から透明なプラスチックのインク溜まりまで目を走らせた。一度も使っていませんね。倉庫の奥から出てきたものを頂いたので、何分。店員は基本的な万年筆の使い方を説明するとインクの売り場へ私を案内した。黒は品切れで、ブルーブラックを勧められたが、紫と緑で迷い緑にした。値段は税込みで千百円だった。思ったよりは安かった、と感想を口にしながらぞっとした。
 外出が憚られるようになってから、外の店で買い物をする機会がなくなるということは、商品そのものの姿と値段を見比べる機会が減ったということで、それはそのまま財布の緩みにつながってゆく。具体的にはあまり述べられないがスマートフォンは怖い機械だ。あの狭い画面に顔全体を押し込めてしがみついているとものの価値がずれる実感を覚える。外では財布の中身と相談して諦める値段をインターネットではあっさりと口座を開いて私は金を吐き出しているのだ。口座の中身もネットに掲載されている商品の重みも私の身体には伝わらない。そこにある写真のみ(親切な場合は寸法も)と他人の評価以外でしかものの良し悪しを判断することができない。この道具を使う場合は当たり前の注意だが。
 インクを一瓶とついでに細々としたものを買って重くなった鞄と軽くなった財布を下げて帰宅する途中、銀行に寄った。おっかなびっくり確かめる口座にはまだ数字が表示されていた。まったく大した量のない数字に振り回されてとにかくと生活を送っている。

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