えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・なくなるところ

2020年02月08日 | コラム
 ビルが老朽化して、と、それだけの話だった。街の薬局で薬を出してもらった後、軽く街並みを眺めながら雑談する流れが自然なものになってから長い。薬剤師の初老の男性と小柄な奥さんのさばさばとした話しぶりと、気さくで端的に市販薬の効能を教えてくれるありがたい店だった。3月末で店を閉じると聞いたのは今日だった。仕事もまだ探せていないんですよね、と、いつもの口調で店主は言った。
 話自体は昨年末に聞かされたのだという。建物の老朽化と近くの駅の改装に合わせてビルのおとり潰しが決定し、代わりのビルが建つのは十年後とお役所的な大型のプロジェクトに巻き込まれたかたちだった。十年後など気長に待てないので代わりの場所を探してもらってはいたものの、場所柄の家賃の高さに圧倒されるばかりだったという。家賃がないからここで店が出来たのだけど、と、頭の上からさらっと言葉が落ちる。自動ドアが開いて近くの医者からもらった処方箋をひらひらとさせて客が入ってきた。奥さんが受け取り、奥の調剤室へ入っていった。それを見ながら、一番は患者さんを置いていくことなのだけれど、と、それまでよりも少しだけ感情のこもったことばが入り口のほうへ飛んで行った。
「マスク売り切れました」と無造作に印刷したA4の紙もものともせず中国語なまりの英語で客が品物をほしがっていた。No、で追い返された彼女はバス通りの方へ曲がる。大きな店ではないが、近くにホテルがあるので外国人の客の多い変わった店だった。品ぞろえも他の薬局ではなかなか見かけない、キップパイロールの軟膏を置いていたり、山田養蜂場ののど飴がレジの傍にそっと置かれていたり、タイガーバームがザルにこんもりと盛られていたり、と、市販薬へのひそやかなこだわりが店のあちこちに潜んでいる。
 そういう店は2019年の増税前後から街を問わず地方を問わず唐突なスピードでなくなり、知るだけでも紅茶店が二件、かばん屋が一件と行きつけの店が消えた。これで四月には薬局が一つ消えて、私は同じ居場所を探すこともなく椅子に座って処方箋を待つ、退屈な薬局を探すことになる。

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