【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

せい/『青春のオフサイド』

2009-01-16 17:25:53 | Weblog
 「せい」を変換しようとして変換候補のトップに「聖」が出る人と「性」が出る人とでは前者の方がありがたい人のように思えますが、前者は「聖水」(それも卑俗なおしっこの方)のマニアで、後者は科学などの用語の「○○性」で性をよく使っている人かもしれませんね。さて、私が「せい」を変換しようとしたらどんな変換候補リストになっているかしら。

【ただいま読書中】
青春のオフサイド』(原題 Falling into Glory) ロバート・ウェストール 著、 小野寺健 訳、 徳間書店、2005年、1800円(税別)

 10歳の少年ロビーは、学校がドイツ軍の空襲で焼けたため教室を借りた近くの学校で、女としても教師としても生きの良いエマと出会います。数年後、ロビーが進学したグラマースクールで二人は再会します。ロビー(17歳)は労働者階級の息子、努力家の秀才でラグビーの優秀な(きわめて乱暴な)フォワード。エマ(32歳)はケンブリッジに行った階級、婚期を逃しくたびれかけた教師。ロビーは古代ローマの遺跡に夢中になり、エマはロビーに歴史家の素質を見いだします。最高学年になって修学旅行先までロビーはバスではなくて自転車で行くことにします。早朝の65kmの自転車旅行は、まるで魔法の国への旅のようでした。その“魔法”のせいか、ロビーとエマは少し接近します。
 エマは戦争中に婚約者を亡くしていました。“深い仲”だった彼は空軍のパイロットでしたが結婚直前に戦死し、エマはその心の傷が癒えずにいたのでした。ロビーはエマの心にぽっかり空いた虚無の穴を見つめてしまいます。エマはロビーの優秀さや天性のリーダーシップだけではなくて、亡くした婚約者の面影をそこに見ます。二人は恋に落ちてしまいます。
 しかし、それは禁断の恋です。教師と生徒ですから今でもスキャンダルですが、終戦直後の階級社会では、たとえ事実がなくて噂だけでも二人にとって致命的なものになってしまいます。しかしそれでも、いや、だからこそ、二人は恋に溺れてしまいます。
 話をいくらでもどろどろにすることはできたでしょうが、さすがウェストール。ラグビー、男女交際、遺跡、勉学、仲間たち、そして当時の性道徳などについて実に生き生きと描写することで、真っ当な青春物に仕上げています(男女がこっそり隠れるのが防空壕の陰、というのが時代を象徴しています)。さらに本書は、情熱と誇りを忘れない二人の成長物語でもあります。誇りを失って他人のあら探しだけをする薄汚い者や形式的な道徳主義者には好かれないタイプの物語かもしれませんが。
 ただ、ロビーの人を見抜く力には時にゾクリとさせられます。エマに言い寄っていた歴史教師に対する分析と予想の正確さ(およびその冷徹さ)など、いくらフィクションとはいえそれはないだろう、と言いたくなりました。「それはないだろう」であって「それはあり得ない」ではありませんが。(実際に、人の向こう側を見抜く目を持った者は、すでに若い時からその目を持っているのです)
 そうそう、主役の影に隠れて目立ちませんが、実は本書で一番成長したのは、ロビーがエマとの関係を周囲に偽装するために付き合っていた女の子ジョイスかもしれません。物語最後の校庭での“長口舌”には、これが最初には「耳も口も役に立たないも同然」と酷評された女の子と同一人物か、と驚いてしまいました。本書がジョイス、あるいは、汚いのぞき屋のウィリアム・ウィルソンの立場から描かれたら、どんな物語になっただろう、とそちらにも想像の翼が広がります。物語で主役だけではなくて脇役が光っていたらそれは厚みのある豊かな物語ですが、本書は数々の“脇役”もきわめて魅力的な物語です。